蟻との会話

山谷感人

エセー

1,017文字

蟻よ、蟻、蟻。

現在。滞在している部屋は、兎に角……暑い。小窓しかなく通風が微笑すらしない。熱風が籠る。昨夜なぞ公園に涼を求めて外出したら真逆に寒くて風邪を引きそうになった具合。まあ然し、オールマンブラザーズバンドなぞの暑苦しい音楽は、その部屋で真に迫って聴ける。ホット・アトランタ。
虫。それだけ湿気もあれば、部屋中に大量、訪れる。
一週間前。ガレージで食事を渡していた野良猫が、不意に来なくなった。昨年の冬頃から、鳴かなくなったし、痩せてきたし、どうみても体調不良ではあった。部屋で一緒に暮らす猫の寿命はだいたい十六年。然し、野良猫は三年だと云う文献を読んでいた故、常に「おはよう、飯、喰うか?」の後、ゴロゴロ・タイムを経て「サヨウナラ」と別離の挨拶を僕はしていた。だが向こうが上手であった。自身、他界が近いな……と悟って居なくなったのだろうが、余りにも突然であった。
僕は近辺を探しに行った。ニャーと呟きながら。傍目には完全に不審者である。慟哭。
ハナシが戻る。虫。
部屋には蟻が常に十匹程は遊びに来る。最初は寝ている時に噛まれて痣になったりで「殺生はしたくないが、やむを得ない」で潰したりしていたが、もう今は、最早、蟻と暮らしているのが愉快になってきた。寝る前の二時間程、蟻がパーティーをしている様子を視ているのが日課だ。
よく聞く「働き蟻は八割、二割はクズ蟻」の論は観察していると如実なる事実である。十匹が居ると、八匹は我が部屋の畳で集まって遊んでいるが、残りの二匹は僕が呑んでいるビアにイタズラしようと昇ろうとする。「邪魔だよ、これはアルコール」と払い退けようとするが、その二匹は缶内に入ってくる。逃げようとして。クズの末路。然し、僕も虫ではないが同類で有るから、その蟻・ティストのビアを浴びる。多分、ギネスに挑戦している方以外で本年度、蟻を体内に入れているのは僕がトップランナーでなかろうか。
残り八匹。利口な蟻は僕が「寝るぜ!」と畳を叩いたら、遊びを止めて冷蔵庫の下、ダンボールの下やらに解散する。僕の、新たなパートナーは蟻だけか、致し方ない……と刹那的に自分自身で問答するミッドナイトも有るが、それは運命なので僕は、呪わない。
蟻よ、蟻、蟻。食事は与えないが、生存する心算ならば、僕のビアを攻めない限り仲良くしよう。逆に僕に諸々と教えておくれ。然し、最近、寝ている隙に噛みすぎで痛いから、そこは自重すべし。
僕は結句、最早、蟻を愛でていて生きている。

2022年5月30日公開

© 2022 山谷感人

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"蟻との会話"へのコメント 1

  • 投稿者 | 2022-06-04 14:54

    うーん、傑作。
    ビアは糖分豊富故、蟻が種の保存に駆られて訪れるのもやむなし。山谷先生には博愛慈悲の心でアントビアを味わいぐたされたく。
    縁あらば新しい猫様も現れることでありましょう。熱中症に留意なさいませ。

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