志賀直哉に就いて

山谷感人

エセー

2,010文字

皆、志賀直哉が好きである。

大宰治が酔いどれて喧嘩を売り、絶筆として出された如是我聞。
確かに志賀直哉への誹謗中傷が延々と綴られている。
然し、判る人には判るが、そもそも大宰治は志賀直哉の大ファンである。作品の端々に、その敬愛はストレートに、たまには皮肉を入れながら書かれている。長兄と志賀直哉の文学の品性に就いて語る「津軽」なぞ読んでいて、表裏が哀しく、痛々しい。
決定的。一等、有名なのは志賀直哉が文藝春秋かなんかの合評にて「最近、売れているらしい、大宰某君の作品、あれ、ちょい読んだが、良く判らなかったねえ。(笑)」の記述があったからだ。無論、皆さんも御存じの如く、「犯人」なる短編を揶揄された訳で、ここでも一緒に居た、川端康成が親分には直接、大宰治は文句は言えないしで悪人扱いさるる。まだ、命賭けでは無かったから、本丸は置いて、格下扱いする雑魚には絡んで鬱憤は晴らそうなる心算。つくづく、絡まれるる側は、面倒でしか非ず。可哀想な方だ。そりゃ浅草より、雪国へと行きたくなるだろう。
大宰治は「あれは推理小説でなく心理小説だ」と後に、新潮だかで抗議したのだが黙殺された。まあ「犯人」自体が、やっつけ仕事みたいな内容だから、仕方ない。
僕は、尾崎一雄なる作家が好きだ。彼の書いた、大正期から昭和半ばくらいまでの文壇史のエッセイは甚だ、愉快だ。無名の天才作家なぞ出てくる。それこそ、志賀直哉が絶賛したのに「旅に行く!」で音信不通になって、それっきりの輩とか現実として登場しアツい。所謂、文壇世界。お前、志賀直哉が認めて推薦したら、明日から売れっ子じゃねえか。そんなモノ、全く要らない、ヒッピーだったのだろう。
そこで、尾崎一雄が通じて書いているのは「志賀さんの悪口を云う人は、断じて許さない」である。要は学閥の縦社会。大田静子を一時期、養った関係でも有る彼が、大宰治にも「志賀さんを、舐めたら刈るぞ」と言っていたらしい。檀一雄なぞ、一時期、尾崎一雄夫妻が、余りにも貧乏で一緒の部屋に住ませていたが、そうした恫喝に小便をチビり、そこで彼は志賀直哉派閥から離れ、佐藤春夫派に入るに至る。門弟三千人、三千人……。
大宰治が自決する前日。埼玉の大宮に滞在していた、往時、筑摩の社長であった、古田氏を彼が訪ねたが、偶々、闇米を買いに行っていた彼と会えなく、それが社長さんの、後悔の念になっていたらしい。曰く「あの時、会えてハナシを聞いてあげれたら、彼は他界しなかった」
然し、その少し前に、大宰治から小田原の外れに病気で引き籠っていた、尾崎一雄への葉書が残っている。御無沙汰してますが、呑んで話したいですね! 的な。
思うに、流行作家になっていた大宰治は、結句、自身は志賀直哉、を越えれたのか? に拘泥していた筈だ。それを先輩、昔からの仲間で有り、そうして愛憎深い志賀直哉のパシりなる、尾崎一雄に聞きたかったのだと感じる。なお、尾崎一雄が、痛い、痛い、寝込んでいる! 状態であった故に、その面会はかなわなかった。一年ほど前に、斜陽のノートを伊豆に借りに行き、帰りに前述した太田静子を巻き込んで部屋に押し入り、自分だけが照れて痛飲したのがラストであろう。
今、僕は二十年ぶりに「暗夜行路」を拝読している。内容は完全に、大正時代の私小説だ。旧い。だが面白くて、ページが止まらないのである。
昭和初期の「お前も教科書の中の有名人、偉人キャラだ!」なる、大宰治が、絡んで憧れた力量、読ませる腕力が確かに、ある。
大宰治が、他界する気で纏めた「晩年」に表示して写真は彼が「志賀直哉に、似てないかい? 気に入っているのさ」と周囲に吹聴しまくっていたらしい。遠く時代は離れて、僕が拝見しても、全く似ていない。対象。例えば、音楽を演奏したとしても、狙ってやったハード・ロックンロールと、古典的で書斎にて正座し、自身を律して描く、綺麗な歌謡曲は別ジャンルだ。
仕方ない。惜しむらくは、大宰治が他界した後日、談話で志賀直哉が感想を聞かれた時「ふーん、悪い事したかな?」的な流し方をしたとの事。だか、いっそ清々しい追悼だ。美しい。また、太平洋戦争中、シンガポール陥落、なる作品を書いた先生は終戦後、「私は一貫して戦争反対であった。反戦国になった日本は、フランス語を国語にしようと、思う」と、しゃあしゃあと、そう語れる志賀直哉は、最早、ラスボスである。大ファンだけどね。
全く「暗夜行路」の中身には触れずに終わらせるが、そうした諸々も含んでの、凄みが、志賀直哉の深さだろう。所謂、ボンボンの大宰治は、恋い焦がれて、途中から対抗しようとしたが、場数が違っていた。
日本文学を学ぶなら必ず、志賀直哉を読まないと、ならない。因習。そうして日本芸術が誇る、穢さも賎しさも全てが詰まっている。結句、いずれにしろ面白かった人の勝ちな世界である。
志賀直哉の作品は、そうした、こもごもを交え、崇拝する歴史として、いつまでも人を魅力する。

2022年5月5日公開

© 2022 山谷感人

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