冬が終わり 温かい風が吹くような夜
ぼくは同級生の女の子に尋ねた
「こういう春の夜ってわくわくするよねえ」
「そう? 私はそわそわして嫌だけど」
彼女はきまり悪そうに答えた
春になると 桜が咲く
壊れてしまった人から 連絡が来る
ぼくの家のドアを四十分もがちゃがちゃいわせ
どこかで会ったよねと言い続け
ついには警察に連行された女が
春になってまた声をかけてきた そしてそのあと黙りこんで
「あれ、人違いかな」
とぼけたように言う
「人違いだよ」
ぼくは答える
ぼくの会社に電話をかけて
「ミニコミ誌を売ってるんですか」
名乗りもせず なにを売るのかも説明せず
まごまごと
ぼくは何を言っているのかを聞き取れず
ついつい大声になる
電話の向こうで彼は恐縮したように
もう売ってないんですか 東京の会社なのですか
彼は関西に住んでいるのだろう
「いまはもう売っていなんです」
ぼくは答える
ぼくの大切な友人が
会議中に電話をかけてくる
ぼくは電話に出ず 夜になってかけなおす
彼はでない
ぼくはLINEを送る
「昨日電話もらった? 出れなかったよ どうしたの」
「どうもしない どうしてるかと思って」
ぼくは彼がどうもしなかったことを知って
良かったと思う
「俺も忙しくしてるよ がんばろう」
ぼくは答える
桜の花盛りの頃
壊れてしまった人たちは少し元気になる
生きる理由を見つけたような
暖かくなる速度が自分をよくしてくれるような
そんな昂ぶりからだろう
そして桜の花が散り さんざんに踏みつけられて
ゴールデンウィークが過ぎて 梅雨が始まって
壊れてしまった人たちは元気をなくす
会社をやめてしまったり
家から一歩も出なくなったり
死んでしまったり
桜が街灯に照らされて舞い散る夜
ぼくはそんな人達のことを思う
そして 春の夜にそわそわした彼女が
後年出版社に就職して
僕の小説は二千部も売れないと言ったことを
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