夏コミで《無》のコスプレをした件

アマゾンの段ボールをヴィリヴィリ破いたら~、ヌルヌルルサンチマン近大マグロでした〜。チクショー!!(第11話)

眞山大知

小説

5,606文字

コスプレはルールとマナーを守って楽しみましょう。いい子は決して《無》のコスプレなんてすることのないように。

※無についてはこちらの動画が参考になるのでぜひご覧ください→https://youtu.be/oCwK_1Ay2lo?si=VuA6ryuK6qOVoi2q

わたしはクラゲ。アングラの電子の海を漂う透明なクラゲだ。そんなクラゲにスパチャを送るあしながおじさんなんていない。わたしの配信にはどんな色のスパチャも来ない。赤いスパチャ? あんなの、都市伝説でしょ。

敗北主義者のわたしはディスプレイを眺める。配信のコメント欄は、時折思い出したように更新。

「るぅちゃん、《無》のコスプレって興味ある?」

わたしは現れたそのコメントを読みあげながら、度数9%チューハイのプルタブを開けた。虚無の音が、鶴見駅前徒歩15分・家賃4万円のワンルームに広がった。

コンビニで買ったショートケーキを口へ頬張る。チューハイで流しこもうという作戦だ。――これがわたし、コスプレイヤー・無何有むかうるぅの生誕祭配信だった。

そもそもこの「無何有るぅ生誕祭配信」なんていうのも、まだYouTubeがGoogleに買収されたあたりの古の世から惰性でやり続けているだけで、底辺コスプレイヤーのわたしはこの激動の時代の波に乗れず、JKという日本国内における最高級ブランドを持っていた身分から、なんのとりえもない三十路女へ没落をたどっていき、二度と取り戻せない青春の記憶は肥大化してモンスターとなりかけた承認欲求とともに鶴見川の底に捨てた。

誕生日なんてうれしくない。左手に持った缶を口につけて酒を一気飲み。ショートケーキと酒がミックスされた液体を喉に流しこむ。

飲んでいる間、ふと昔のことを思い出した。幼稚園の時に実家のお茶の間で、おばあちゃんの膝に乗せられ、ブラウン管テレビで見たおじゃる丸。いつの日か少女漫画でどかんと一発当てて大金持ちになることを夢見ていらっしゃるうすいさちよ28歳独身様が、6回使ったティーバッグを扇風機で干して、「7回目が一番美味しいの」とのたまうシーン。お菓子作りが趣味のおばあちゃんは手作りのビスケットをわたしにあげて、わたしは、小さな手で食べながら、うすいさちよ28歳独身様をケラケラ笑った。でも、うすいさちよはわたしとちがって夢にまっすぐだし、仲間もたくさんいる。わたしのもとには、どれだけ待ってもおじゃる丸も電ボもカズマもやってこない。

缶から唇を離して、わたしはマイクに向かって「《無》かー。いまのところはないかなあ」と返事しておくが、右手はキーボードを打っていた。デュアルディスプレイの、配信用の画面と別の画面には、Xの検索結果が表示された。さっそく《無》の写真を見つけた。フォロワー数十万人の有名レイヤー様が、ビッグサイトのコンクリート打ちっぱなしの空間で、本来なら、全身全霊をかけて作り上げたポーズを披露するはずなのに、その写真では《無》のコスプレをしていた。

その姿はまぎれもない《無》だった。黒子のように、真っ黒な服を着ているのではなく、イシツブテの着ぐるみに足がないことを表現したように、透過レイヤーをあらわした白と灰色の市松模様でもない。《無》がたしかに、存在した。

無、それはスーパードンキーコングシリーズのバグで重要な概念。ゲーム中に特定の手順を踏むと、プレイヤーの操作するコングたちが、何かを持っているポーズをするのだ――手元に何も持っていないのに。これを「無を取得する」といい、ゲームをクリアする時間の短さを競うRTAにとって、非常に重要だ。あらゆる動画サイトで、RTAの解説者たちはゲーム中に「無を取得してゴールを召喚しましょう」と傍から聞いたら理解不能なことをさらっと言い、取得した無を虚空へ投げると、ボーナスバレルやワープバレル、大砲などがどこからともなく引き寄せられ、それらのアイテムに入るとなぜかゴールしてしまうことがあり、プレイ時間を短縮することができるのだ。

写真に写っているのはその《無》のコスプレだ。むかしはドンキーコングやディディーコングのコスプレをしながら無を取得しているポーズをとるだけだったが、最近のコスプレの技術進歩は凄まじく、非常に危険な方法ではあるが、《無》単体のコスプレができるようになった。

《無》をしたコスプレイヤーには別の子が抱きついていた。――サメの大きなしっぽを生やしたメイド。わたしのコスプレ友達の笹かまちゃんだった。

急に嫌な気分になった。時計を見る。配信がもう3時間経過していたし、もうなにもやることがなくなったので、適当にあいさつをして、終了させた。

ふたたび写真を見る。笹かまちゃんは写真に「これでわたしも願いが叶う! #無 #cosplay」とコメントを書いていた。《無》のコスプレはまだ難易度が高く、ので失敗する可能性が高いが、成功したレイヤーや、そのレイヤーに触れた人には幸運が訪れるという都市伝説がある。触れた人がビジネスに大成功して札束風呂に入れるようになった噂もあるという。なんだよ、それ。エロ本の広告か。

でも、そんなくだらない噂にも飛びつきたいわたしがいた。

幸せ。わたしが最も手に入れたいもの。

中学の修学旅行で行った原宿でスカウトされて一度は断ったものの、芸能界に行けるとあの当時のわたしは有頂天になり、コスプレにハマりだした高校時代はコスプレの写真と履歴書を事務所へ送りつけた。たまたまオーディションに受かって撮った、漫画雑誌のグラビア写真が1回だけ掲載されて、芸能生活はそこで終わり。移り住んだ横浜から田舎に戻るに戻れず、ただ惰性で生きていた。死ぬのにも、それなりの覚悟と行動力が必要だ。わたしにはそれすらなかった。

横浜市に住んでいるといっても、家賃4万のユニットバスのワンルームに住み、空の鬼殺しの紙パックやワンカップ大関が街路樹の側に転がる鶴見駅の西口で、パチンコ屋のホールのバイトをしながら、夜はスナックで働き、パチンコ屋の常連たちと薄い酒を飲んで、どの台が出るか出ないかとかを言い合って、ゲラゲラ笑いあっている。コスプレイヤーとしては当然のように行き詰まった。

32歳、独身。東北の片田舎に住む親はとうに定年を迎えて嘱託社員として働き、大好きなおばあちゃんはお菓子も料理もすべてやり方を忘れてしまって施設に行った。2歳下の妹は、街コンでディーラー勤務の男を見つけ、社会人生活を早々に切り上げてすでに2児の母になり、上の子はもう小学1年生になっていた。

わたしはいったい、なにをやっているんだろう。

ふたたびキーボードを叩く。5chで自分のスレを見る。

 

 

無何有るぅを語るスレ Part2

 

0006 中の人は名無し 2024/06/08(土)  22:57:35.46

むかし1回だけ雑誌のグラビアに載ったんだっけ? 結局2度目はなかったけど。

 

0007 中の人は名無し 2024/06/09(日)  23:03:51.21

自意識拗らせた三十路。場末のキャバクラにいそう

 

0008 中の人は名無し 2024/06/12(水)  21:37:43.55

>>7

事実陳列罪^ ^

 

 

このままじゃいけない。やっぱり時代は《無》だ。この世界をハッキングしなければ。目指せ、えなこ。月収500万円。

わたしは振り向いてチューハイをゴミ箱へ投げた。空中を舞う缶は、ゴミ箱とは検討違いな方向に飛んでいき、床に虚しい音を立てて落ちると、コロコロ転がっていった。成功するならわたしはなんでもしてやる。たとえそれがこの世界の脆弱性セキュリティホールをつく禁忌タブーでも。

 

 

 

*     *     *

 

 

 

無何有るぅと申します。夏コミ1日目の今日は《無》のコスプレRTAの解説をしていきます。みなさん知ってのとおり、《無》のコスプレ自体がこの世界のバグ技を使い、難易度と危険性が高いのでそもそもレイヤーの数が少ないんですよね。まだ《無》のコスプレを初めて2ヶ月と初心者ですが、初心者ならではの視点でRTAの魅力について解説できればいいなと思います。

さっそく仕込みをしていきたいと思います。日の出オープニング画面で██をすることによって、いきなり新千歳空港へ瞬間移動ことができます。本来は朝イチの飛行機に乗って羽田空港から新千歳空港へ移動する必要があるので数時間程度の短縮になります。《無》のコスプレをするときにまず《無》のコス衣装をゲットする必要があるのですが、新千歳空港に行く手法は6月末に、わたしのコス仲間の笹かまちゃんが発見したものです。そして今回使用する日の出カットは先月、8回目のコスプレの際に私が発見したものです。

新千歳空港で到着したら国内線の出発ロビーへ移動してください。いきなりですがここで服を脱いで全裸になります。脱いだ服を頭上に掲げながら、追ってくる警備員や職員を切り抜け、保安検査場へ突っこんでいきましょう。わたしはコスプレをやりはじめた頃はここで何度も捕まりました。保安検査場を通過すると京成電鉄の券売機があるのでそこに自分の脱いだ服を放置します。これが後のワープの仕込みになります。全力ダッシュして職員から逃げて、2番搭乗口におもいっきりダイブ。

ダイブするとワープが発動して、いきなりりんかい線の車内にいるはずです。きちんと服を着た状態に戻っているので安心してください。そして、列車がどれだけ進んでも到着する駅はずっと天王洲アイル駅になっているのでここでさらにワープの仕込みその2をしましょう。3回目の天王洲アイル駅はホームがバナナの皮だらけだと思います。駅で降りると目の前に██の箱があるので頭上に掲げて持っていきます。《無》のコス衣装を取得するために必要です。ホームの奥側へ行くと██がいるので飛び乗り、██に██の箱を装備させましょう。ここがワープの仕込みその2です。仕込みができてないと、このあとの《虚無》から脱出するワープが実行不可能となり、二度と現実世界に帰ってこれなくなります。

線路に降りて、██に乗ったまま██の箱を捨てて服を脱ぐと《無》のコス衣装を取得できます。衣装が入手できたら着替えましょう。

ここで██から降りると床をすり抜けます。すり抜けた先は果てしなく広がる《虚無》の空間が広がっています。ギャグマンガ日和の飛鳥文化アタックのようにでんぐり返しをすることで進むことができます。頭の中で秒数を数えながらでんぐり返しをして、ちょうど34秒経った頃にでんぐり返しをやめましょう。一気に虚無の奈落の底に落ちていきますが、仕込んでいたワープが発動し、無事に会場へ到着します。

 

 

 

*     *     *

 

 

 

東京ビッグサイトの側、防災公園の芝生には何十人ものカメコがわたしを囲んでいた。

その円の中心にいるわたしには、カメコの放つ「すげえ、るぅちゃんの《無》だよ」という、羨望と下心がこもったような声がはっきりと聞こえた。シャッター音が、ゲリラ豪雨の雨粒のように鳴り響く。

わたしは《無》のコスプレをマスターしてから人気が急上昇。始めてからたった3週間で企業案件を獲得でき、食品会社やカー用品店のCMに出演。念願だった初めての写真集も販売し、いまでは本当に月収500万円。これでわたしはトップレイヤーになれた。

しばらく撮影が続き、夕方にようやく人がはけたあと、芝生にいるわたしのもとに駆け寄ってやってきたのは笹かまちゃんだった。笹かまちゃんは小さな背を伸ばし、わたしを褒めた。

「るぅちゃん、《無》のコスプレ、最高だったよ!」

内心照れる。だが、わたしには気になることがあった。

「ありがとー。ところで話が変わるけど、笹かまってなんで《無》のコスプレをやめたの?」

「ほら、あれって、8回以上やると……」

笹かまちゃんは言葉をつぐんだ。

「ああ、呪われるって言うんだろ? 嘘でしょ、あんなの」

「どうしてそう思うの?」

「だって、わたし、もう何十回もやっているけどピンピンしているよ」

わたしが言い終えると急に笹かまちゃんは真っ青になった。

「ああ、もう助からない。るぅちゃん、あの噂ってね、呪いとかそういうのじゃないの。《無》を呼び寄せるって、この世界に強烈な負荷をかけちゃうんだよ。そうすると、負荷のかかったこの世界ゲーム破壊クラックしようと、ろくでもない輩が来ちゃう……」

笹かまちゃんが震える手で指さした。指す方向を振り向くと、芝生の上に、突然、ドンキーコングのコスプレをした男たちが現れた――。

男たちは血走った目をわたしに向けて突然走ってきた。逃げなきゃ。走る。駄目だ。体が重い。一日中ずっと立ちっぱなしで疲れていて、さらに《無》のコスプレはとても体力を消耗する。あっけなく男たちに捕まった。《無》のコスプレをしたわたしをかつぎあげ、男たちは猛ダッシュした。持ち上げられているあいだ、わたしはビッグサイトの巨大な逆三角形を横目に見ながら思った――彼らも、何かのRTAに挑戦しているのかもしれない。それこそ、わたしのように。

男たちは芝生で突然立ち止まると、わたしの体を空中へ投げた。虚空から樽が出てきた。男たちはその樽に向かって飛びこもうとしたが、そのうちのひとりがいきなり怒鳴りだした。

「おい、お前ら、あそこでバナナの皮で滑ってねえだろ。仕込みが失敗だ!」

怒鳴られた別の男は不服そうな顔をして答える。

「つまりどういうことだよ」

「俺たちはRTAに失敗した。逃げられない。クリアできずに、この世界のエンドロールが流れちまうのさ」

男たちは一斉に青ざめると、世界が暗転。無。無。無。すべてが無になった。急速に薄れゆく景色。クラゲのようにわたしは漂う。虚空になにか白いものが浮かびあがった。よく見るとそれは文章だった。

 

――この世界をプレイしてくださりありがとうございました! 高評価お願いします!

 

これが世界の終わりか。できの悪い同人ゲームみたいな終わり方だなと、なぜかひとごとのように思った。

2024年8月13日公開

作品集『アマゾンの段ボールをヴィリヴィリ破いたら~、ヌルヌルルサンチマン近大マグロでした〜。チクショー!!』第11話 (全12話)

© 2024 眞山大知

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