天地創造

合評会2024年7月応募作品

眞山大知

小説

3,770文字

まだパワハラ気質が残っている会社だと思ってください。2024年7月合評会参加作品。

 前職は公務員だった。栃木の町役場は隣が牧場で、昼休みに築五十年の庁舎から窓の外を見ると必ず牛が脱糞していた。アヘ顔のような表情をさらす牛と、香ばしい臭いが鼻につくのにうんざりしてXにポストしようとしたら「1ヶ月で即戦力になれます、3ヶ月でフリーランスになれます、6ヶ月で年収500万円になれます」なんて広告の動画が流れてきて、うさんくさい文句にころっと騙されてしまうほどあのときの俺は疲弊していたらしく、すぐ辞表を叩きつけて渋谷のプログラミングスクールに貯金を全部課金してしまった。
 ペンシルビルのなかの校舎で、見た目がAV男優のような講師たちから講義を受け、胡散臭い思考に刷りこまれた俺は何でもできると勘違いしていた。後で見返したら恥ずかしくて悶絶したポートフォリオを提出し、卒業間際になると、スクールに手のひらを返され、あれよあれよという間に年収200万円の三次請けにぶちこまれ、話が違うじゃないかと事務局を訴えようとしても、裁判費用なんてとうてい捻出できず、泣く泣く入社してしまった。
 怒れるのは金と職があるヤツだけだ。高校時代に読んだ蟹工船を思い出す。斡旋屋に騙された東京のバカタレボンボン大学生が船の底で泣きわめいていた。俺はその令和バージョンだ。人類なんて進歩しちゃいねえ。
 そう回想しながら、それこそ蟹工船のような満員電車に乗っていた。電車は嫌そうな急減速をして五反田駅に着いた。駅を出て、目黒川の沿いを歩くと、ドブ臭さで鼻がひん曲がりそうになる。三年目だがまったく慣れない。
 派遣先のビルはよりによって労基署の目と鼻の先だった。仕事してくれ。なんで顧客や一次受けはしっかり勤怠管理してくれるのに、俺たちはタイムカードすらないんだ。
 朝イチの打ち合わせで会議室に入るなり、ぬらりひょんのような顔の顧客が「よその業者が1人月でやってるから1ヶ月でできますよね?」と挨拶もせずに確認してきて、隣にいる一次請けの営業はツーピースのパツパツのスーツを着て、間髪いれず「はい! 喜んで!」と脊髄反射で答え、栄養失調じゃないかと心配するほど頬のこけた20代のPMは無言でどこか虚空を見つめ、二次請けのSEはPMを一瞥すると、「頑張ります!」と駅前のソープランドの受付のようにへこへこへこへこ頭を下げた。
 営業はツーブロックを手で触りながら俺の肩を叩いた。
「天地創造なんてちょちょいのちょいでできますよ!」
 ふざけんな、天地創造なんて経験ゼロだ。一度も世界を作ったことのない童貞だ。じゃあてめえがやってみろよ、取引先とビールを飲むことしか能のないゴリラゴリラ脳筋ゴリラめ。
 SEをチラ見する。SEは奥歯に物が挟まったような顔をしてこちらを見ていた。

 

 

*     *     *

 

 

 終電間際まで残り、オフィスの隅の常駐席でキーボードを叩く。
 光速c、電子の電荷の大きさe、重力定数G、プランク定数h。基礎物理定数は現実の定数を入れてもいいのだが、そうなると計算が重くなるので天地創造用の特殊な数字を打ちこむ。
 あとは顧客の望む世界を作ればいい。他にも数十個にも及ぶパラメーターを入力してプログラムを実行。別のウィンドウで、昨日実行したプログラムの結果ファイルを開く。再生ボタンをクリック。真っ黒い画面が一気に明るくなった。星雲が生まれ、銀河ができ、惑星がまわり、海から生物が陸に上がっていた。
 今回陸にあがったのはナメクジだった。そのナメクジが二足歩行しだし、文明をつくりあげた。古代帝国、コロッセオ、皇帝、巨大聖堂、市民革命。自由を求める民衆の戦い――厳かな議事堂の演台には指導者の凛々しいナメクジが立ち、マイクに向かって演説をしていた。
「わが国は5年後までに宇宙へナメクジを送る! 蛞蝓ナメクジ類初の有蛞宇宙飛行だ!」
「クソ、見栄えが悪いな……」
 ファイルを削除。ナメクジたちの文明は一瞬にして崩壊し、宇宙は無に消え去った。
 ようやく知的生命体を生み出せるようになったが、このままだと顧客が見栄えが悪いとゴネてくるだろう。要件書に落としてないことまで織り込む気にはなれないが、経験上、顧客がぬらりひょんの顔を突然大魔神のごとく怒りの形相に変えて「神は細部に宿る!」とキレ散らかすのは目に見えている。
 だったら生産性を考えて要件書を組んでくれ。下請けの忖度と犠牲がなきゃお前らのスカスカ要件書は役に立たねえんだよ。ああ?
 天地創造――宇宙そのものを仮想空間上に構築する技術。80年代、ソ連のコンピュータ学者がシミュレーション上で世界を創造することに成功。大企業はこぞってとびついた。現代の倫理ではとうてい実施不可能な社会実験をするためだ。東京に核ミサイルを落とされた際の危機管理。食糧不足で国民が飢餓に陥ったときにイナゴやコオロギをどれだけの高値で売りつければ、企業イメージを落とさずに利益を最大化できるかのシミュレーション。はたまた国民を全員ケタミン漬けにしたときのGDP上昇率の計算。
 ITバブルの波に乗って一時は隆盛を極めた天地創造だったが、言語が特殊で、かつ天地創造の技術と価値を理解できない大企業は「なんでこんなに人件費が高いんだろう?」とほざいて外注しだし、いまじゃ単なる人工商売と化している。先月まで会社の最古参のスタッフが担当していたが定年退職したため、仕方なく引き継ぐことになったが手順書なんてない。OJTもなかった。
 言語を勉強しながら天地創造をするが、顧客の要望に応えられるレベルのものができない。先任者の書いたプログラムをちょこちょこ変えればいいのだが、今月から予算削減で少なくされた計算ノードではとうてい納期に間に合わず、プログラムを実行するソルバーもよりによって今月から予算削減でしょぼいメーカーのものに変更になり、結局最初から勉強してプログラムを書いている。仕事を依頼されてもう20日目。現実的に納期に間に合わせることは不可能だった。
 翌朝、会議室で事情を説明するとSEは顔を真っ赤にした。
「初めてなのは分かるんですがね、それを顧客に知られたらどうするんですか? 切られるのはわたしじゃないんで責任を持ちませんよ」
 SEの説教を上の空で聞きながら思った――今どき、性体験の童貞処女がおおっぴらに言えるようになったのに、どうして初体験の仕事は童貞処女と申告していけないんだろう? ああ、転職してえ。そんなスキルがねえから、こんなところにいるんだろうけど。
 会議室の窓の外には目黒川の緑色の流れが見えた。転職しても、窓の外に広がる色は緑のまま変わらない。一瞬、窓の外にあのアヘ顔の牛が見えたような気がした。

 

 

*     *     *

 

 

 30日目、徹夜明けのオフィスに朝日が差しこむ。やっとこさまともなホモ・サピエンスを生成することができた。顧客のケチケチ貧弱サーバーで動くくらい軽くしてやったんだぞ。感謝しろ。
 画面の中のホモ・サピエンスは2020年代の日本社会を忠実に再現してくれた。田舎町の家畜小屋では牛が嫌そうな顔をしながら草を食べ、都会の社畜たちはオフィスに押し込められて目を虚ろにしながら働く。へ、俺も画面のなかの社畜も牛も一緒か。
 もしかしたらこの世界も、誰かが創造した世界なのかもしれないと思った。それこそ、小汚いビルのなかで俺みたいな社畜がプログラミングしてできたのかもしれな い。
 SEが来るまで待っていよう。そう思った瞬間、画面のなかの社畜たちがぶるぶる震えだしていきなり脇腹からなにかが生えた。目を凝らして見ると、そのなにかは牛の首だった――栃木の町役場の窓からうんざりするほど見た。あの牛の首。
 首は回転し、うっとりとした顔で画面越しに俺をじっと見つめた。
「なんだこれ……。キモチワルっ」
 つぶやいた瞬間、ディスプレイにいきなりブルースクリーンが表示された。
「……は?」
 おい、あともう少しで納品できるレベルに世界を仕上げることができたのに。ふざけんなよ。
 目の前が暗転。これで納期には間に合わない。
 気分を落ち着けようと休憩室にいって、SEへの言い訳を考えながらコーヒーを飲んでいると、突然後ろからSEがやってきた。――まだ朝の6時なのに。
「できましたか?」
 SEが睨みつけると、突然体がぶるぶる震え出した。脇腹からワイシャツを突き破るように飛び出してきたのは牛の首だった。あの牛の首。アヘ顔のような表情、つぶらな瞳、鼻息の臭い。何が起きたか理解できず目の前が真っ青になSTOP: c000021a {Fatal System Error}

The Windows Logon Process system process terminated unexpectedly with a status of 0x00000403 (0×00000000 0×00000000).

The system has been shut down.

Restart and set the recovery options in the system control panel or the /CRASHDEBUG system start option. If this message reappears, contact your system administrator or technical support group.

2024年7月10日公開

© 2024 眞山大知

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