グランド・ファッキン・レイルロード(8)

グランド・ファッキン・レイルロード(第8話)

佐川恭一

小説

4,472文字

こないだ友達が三人で飛田新地に行ったらしいんですよ。ほぼ三人同時に入って、一人だけ時間内にいけなかったみたいなんですね。それでおさまりがつかなくて、「もう一件だけいくから待っててくれ」って言ったら、他の二人は「いや、もう帰るわ」つってマジで先に帰っちゃったんですって。待つっても十五分程度だし、普段は優しいやつらなのに。それだけ飛田新地の賢者タイムって凄いんだなあって思いましたね。

蒼井そらに連れられて私は天王寺で下車することになった。ずうっと環状線に乗っているはずだったのに、私は蒼井そらの柔らかな舌の感触と甘い唾液の味が忘れられなくて、彼女の言うことを聞いていればまた何かしらの褒美が与えられるのではないかと興奮もしていた。私が童貞でなければこんなことで精神を惑わされることもなかったのかもしれないが、私は童貞だった。

天王寺で降りてから蒼井そらは私と腕を組んで、まるで恋人のように楽しげに話をしながら歩いてくれた。

私は受験勉強をしている間、恋人を作りデートやセックスにうつつを抜かし偏差値を下げたクラスメイトたちを馬鹿にして大笑いしていた。香川照之にいたっては東大実戦や東大オープンでD判定やE判定を取った人間(彼女持ち)の結果表を黒板に貼り出し、思うさま罵倒していた。私はそれを聞いてさらに笑って笑って鼻水をとばしていた。そのとき私は心から楽しんでいた。そう思い込んでいた。しかし今考えれば、それは自分の知らない世界を知った人間への嫉妬の裏返しだったかもしれない。

結局東大実戦や東大オープンでD判定やE判定を取った人間(彼女持ち)のほとんどは東大を受けずに早稲田か慶應への入学を決めた。香川照之は彼らを罵倒し続けた。サンデー毎日を過去十年分もってきて出身大学別の卒業後の収入ランキングや国家Ⅰ種合格率や司法試験合格率、有名企業入社率、さらには各省庁の事務次官がほとんど東大法学部卒であるというデータまで持ってきて東大の中の文Ⅱ、文Ⅲのことまで馬鹿にし始め、学校では完全なる嫌われ者として有名になった。私は自分が香川の攻撃対象にならない程度の成績を保っている間、私の敵であるリア充どもを粉砕してくれる彼を強力な味方であると感じていたのだが、今ではもう、合わせる顔がない。今日、香川が私に厳しさをにじませながらも優しい言葉をかけてくれたのは、私が童貞だからだ。彼は非童貞には容赦がないが、相手が童貞である場合にはDやE判定を取っても、徹底的に叩き潰そうとはしないのだった。恐らく、あれだけ自信を持って自らの道を切り開いていく香川の中にも、非童貞への嫉妬心はあるのだ。

そんな受験のつらい思い出も、腕におしつけられる蒼井そらのおっぱいの感触が少しずつ和らげてくれる。弾ける笑顔が、向き合うべき東大不合格の事実を消し飛ばしてくれる。こんな女性が隣にいたなら私は、受験を放棄してさえいたかもしれないと思った。恋人のいる状態でも早稲田や慶應に受かっていった奴らは、もしかするととんでもない精神力の持ち主なのかもしれない……
「もうすぐ着くわよ」

蒼井そらに言われて我に返った私は、よだれを拭き取って周囲を見渡した。
「お兄ちゃんお兄ちゃん、こんなかわいい子よ近くで見たげてー」
「現役女子大生20歳! 昨日入ったとこよー色々教えてあげて!」
「こっちこっちこっち向いてお兄さん凄くいい子よ何でもするよー」

 

「あっお兄ちゃんありがとー」
「何分なん?」
「うーん十五分一万千円、二十分で一万六千円やけどね。知ってて聞いてんにゃろお兄ちゃん」
「知らん知らん、ちょっと高ない? 厳しいわーおばちゃーん」
「そない言われてもなー」
「……ほなもうちょっとよそ回ってくるさかい」
「わかったわかった! 時間はちょっとまけたるわ」
「ちょっとって?」
「……十分まけたるさかい、ただ二十分以上のコース選んでや」
「ほんまに? 助かるわーありがとうおばちゃん!」
「今回だけよほんまにー」

 

……あたり一面の飛田新地である。

 

私は飛田新地についてインターネットで知識のみ仕入れていたが、実際に降り立つのは初めてであった。遊郭(料亭)の建物がたくさんならび、ライトアップされた女の子が道行く男性たちに手を振り、横にいる客引きの老婆が声を張り上げている。中に通された男は二階の、布団の敷かれた和室でことに及ぶという寸法なのだ。
「ここ、ほんと凄いところですね」
「ええ、ここにいる女の子たちはみな尻教会の信者なのよ」
「え!? あの綺麗な人たちがみんなですか!?」
「一人残らずね。私たち信者は大きく三つの階層に分かれている。ブラインド、マリオネット、クリエイター。ブラインドは真実に目を背けている段階の人間、これは信者の最低ランクであり、信者でない人間もそこに属するわ。その中でも細かくランク分けされるけれど、それはおいおいね。次がマリオネット、これは尻教会の教義を知識として覚え、その通りの振る舞いが可能になった段階の人間。この遊郭にいる女性たちはみな、マリオネットクラスの信者たちよ。そして最上ランクがクリエイター。教義をもとにして自ら思考し、ブラインドを教育したり、マリオネットに的確な指示、役割を与える人間のことね。私はクリエイターに属しているわ」
「ちょちょちょっと待って下さい、やっぱりもう帰ります!」

私はとてつもない恐怖を感じ始め、組んでいた腕をやや乱暴に振り解いた。
「どうしたのよ急に」
「いや、もう訳がわからないですし! マリオネットとかクリエイターとか! 僕実は今日、大学に落ちたんですよ、それで電車に乗って、時間をかけて自分を落ち着かせようって思ってたんです」
「知ってるわ、東大に落ちたのよね」

どいつもこいつも、私が東大に落ちたことがどうしてわかるのだろう。
「そ、そうですよ! もうそろそろ帰って予備校をどこにするか決めなきゃいけないんです。あー駿台にしようかな、河合かな代ゼミかな!」

私が大声を上げながら蒼井そらに背を向け天王寺駅の方へ帰ろうとしたとき、蒼井そらが言った。
「果たして一浪で東大に合格できるのかしら?」
「え?」
「毎年A判定で落ちる人間も山ほどいる東京大学に、あなたは一年後絶対確実に合格できるのかしら?」
「それは……」
「一年後、あなたは現役でも受かっていたはずの大学に入るはめになるかもしれないのよ。高校時代恋人と思う存分セックスしていた、あなたよりはるかに成績の悪かったクラスメイトと結局同じ大学に、一学年遅れて入るかもしれないのよ」
「そ、そんなことはありません! 僕の今の状態からさらに一年積み重ねれば、運なんて作用しないくらいの実力はつくはずなんだ」
「果たしてそんなにうまくいくかしら」

蒼井そらは鞄からiPad的なものを出してきて、Yahoo!知恵袋を開いた。
「これを見て」

 

Yahoo!知恵袋:東大落ちで慶應に進学するのですが

 

「どう? これが一浪で、5点差で東大に落ちた人間の末路よ」
「こんな、僕はこんな性格腐ってません!」
「どうかしら。想像してみて。一年後、あなたが死力を尽くして受けた東大に、5点足りずに慶應に進学するところを。あなたは初めから慶應志望だったわけではないのよ、ちゃんと想像してみて。センター試験のために全科目の勉強を四年間かけてした挙げ句、東大の二次試験の問題を解けるようになるまでに血の滲むような努力をして合格に十分な力を付けた挙げ句、ほんのちょっとした当日の失敗のせいで、三科目で合格可能な慶應大学に進学することを」
「ぐぐ……」
「想像してみて。本当にあなた、この女みたいにならないって言えるのか」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

私は不安に押しつぶされ、客引きの老婆の声の飛び交う中で膝から崩れ落ち、大声を上げて泣き叫んだ。

三年間やったんだ。三年間勉強しかしなかった。いや、中学のときから勉強しかしていない。六年だ。六年間費やした! それであっさり落ちたんだ。あと一年やったってダメかもしれない、そんなことぐらいわかってる。でもやるしかない。だって他に何もやってこなかった! スポーツも恋愛も、中学生らしい遊びも高校生らしい遊びも何一つやらなかった! 全部だ、全部投げ捨てて勉強だけしてきたんだ、それで落ちた! 僕はアホなんだ。僕は自分のことを周りのやつらより賢いと思っていた。頭が良いと思っていた。それだけが僕の誇りだった。でも、僕よりアホだったやつが何十人も東大に受かった。本当は僕の方がアホだったんだ。模擬試験で何十連勝したって関係ない。僕の方がアホだったから落ちたんだ! もう僕は死にたい! 誰か僕を殺してくれ! 殺してくれえええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!
「つらかったわね」

蒼井そらが私の顔を大きなおっぱいで包み込んだ。私のよだれと鼻水が彼女の胸にべっちゃりと付着したが、それを拭き取る気力はもうなかった。
「ごめんなさい、ひどいことを言ったわね。あなたはもう東大に合格するのに十分な力を持っている、それが私にはわかるわ。後は精神を鍛えること。あなたに必要なのは知識ではなく精神の力なの。尻教会の修行プログラムに取り組んで、ブラインドからマリオネットにまで上がる頃には、あなたの精神は確実に、受験のプレッシャーなんかには負けなくなる。後は普段通り問題を解くだけで、あなたは東大生よ」
「うぐぅ……それは……」
「なあに?」
「文Ⅰですか……?」
「もちろん、文Ⅰよ。文科Ⅰ類に合格するのよ」
「……絶対に、合格を保証してくれますか?」
「もちろん」
「……でも、やっぱり勉強は予備校でしないと」
「心配しないで」

蒼井そらはまた私を強く抱きしめて言った。
「尻教会には受験生用の学習プログラムも用意されているわ。信者の中には塾講師、予備校講師も多いのよ。受験科目の対策はそれでばっちり。夕方まで講義を受けて、夜は修行プログラムに取り組めば、あなたは確実に東大法学部卒のエリートになれる。一年間、尻教会寮に入ってもらうことにはなるけれど」
「それって、いくらするんですか」
「一年間で五百万円よ」
「ごひゃ……」

私が驚きの声を上げる前に、蒼井そらはもう一度私に濃厚なキスをした。私の父は有名なギャンブラー永井浩二ではあるのだが、たまに大損をこいてその責任を某巨大匿名掲示板の名無しになすりつけ配信中に叫んだりしているくらいだから、やはりお金の余裕がないことは間違いない。

一体どうやって五百万もの費用を出してもらえばいいのか、やはり普通の予備校で真面目に一年やった方が良いのではないか……というような葛藤が一瞬頭に浮かんだのだが、蒼井そらの柔らかな舌と唇が私のぎんぎんに勃起したペニスを包み込んだときには、もうそんなことはどうでもよくなっていた。

 

私は飛田新地の中心で射精した。

 

ペロペロキャンディをくわえた橋下徹が、遠くから私を見ていた。

 

 

第八章・完

2015年7月9日公開

作品集『グランド・ファッキン・レイルロード』第8話 (全17話)

© 2015 佐川恭一

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