グランド・ファッキン・レイルロード(5)

グランド・ファッキン・レイルロード(第5話)

佐川恭一

小説

4,157文字

山Pも錦戸もNEWSにいたってこと、時々でいいから思い出して下さい。

京都駅をすぎ、ナギイチとヴァージニティーを交互に歌っていた私に近寄って来たのは、加藤シゲアキだった。水嶋ヒロかな、とも思ったのだが、どうやらどちらかと言うと加藤シゲアキのようだった。水嶋ヒロは数年前、某巨大匿名掲示板上でスレッドが無駄に上がっているケースが散見されたことに着想を得て『SAGEROU』という作品を発表し話題になったが、今はもっと黒く執事っぽくなっているはずだし、やっぱり加藤シゲアキだろうと思った。どうやら能登川駅からずっと身を潜めていたようだったが、彼は私の高校のかなり上の先輩で、通っていた時期が全く重なっていないため、体育祭や文化祭による魂の触れあいもなく、つまり互いに何の面識もない。それで今まで声をかけづらかったのだろう。

しかし彼の目を見た瞬間、彼がかつては精力的にアイドル活動をやりながら小説の執筆にも励んでいて充実した日々を過ごしていたものの、ゴールデンの連続ドラマの主役をはる、というかねてよりの目標になかなか到達できずにいる自分をもどかしく思うあまりに精神の安定を崩してアイドルをやめ、一般企業に就職して初めのうちはかなりちやほやされたが、歩んできた道のりが特殊だったせいもあり基礎的なパソコン操作さえ満足にできず職場の同僚たちに干され、今は課長に「お前はもう何もするな」とデスクのパソコンを取り上げられ陰口を叩かれ続けているだけの木偶の棒であるということがわかった。
「お前がハイゼンベルク永田ディックKフランシスか?」
「そうです」
「浪人するのか?」
「そうなると思います」
「何のために? 高学歴の称号を得たいのか? 社会的地位の高い仕事に就きたいのか? それとも金が欲しいのか?」
「……全部、あると思います」
「ハッ、まったく、意味のない努力はやめたほうがいいぜ。君は東大文Ⅰを受けると顔に書いてあるが、どこを出ようが、どんな経歴を持っていようが、カスは淘汰されるのが今の日本社会だ。俺は昔アイドルだった。アイドルというのもなかなか厳しい世界でね、俺のいたところではCDデビューできる奴の方が少なかった。想像を絶するほどの激しい競争を勝ち抜いて、俺はアイドルグループとしてデビューして何枚もCDを出し、オリコンの一位だって獲ったんだ。君も知っているグループだと思う。

それでも、ひとたび会社へ行けば俺はカスだった。アイドルとして必要な能力と社会を現実的に回転させる能力が違ったからだ。学歴だってそうだ。周りを見わたしてみろよ、勉強に時間を取られた人間たちはコミュニケーション力に劣り、社会的な経験値が不足しているケースが多い。大江健三郎は『個人的な体験』の中でこう言っている、主人公である鳥(バード)は自分と同じ大学(東大と推測される)を出た女たちについてこう言っている、

彼女たちは卒業後の日常生活について致命的に不適格になった。彼女たちは、結婚すれば離婚したし、就職すればになったし、なにもしないでただ旅行をしていた者は滑稽かつ陰惨な衝突事故に出くわした。いったい、それはなぜだったろう? ありふれた女子大学を卒業した連中はいきいきと新生活の場に順応しそこでのリーダーとなってゆくのに鳥の大学の女子学生たちだけがそのようであるのは?

これは何も女性に限った話ではないだろう。一部の能力を極端に肥大させた人間よりも人生をバランス良く渡ってきた人間のほうがあらゆる面において優秀な歯車となるということが、いまの社会では大江の時代以上に常識になっているのさ。学歴による企業の選考は確かにまだ根強く残っているが、それは元々、人間としてカスでない者が身につけて初めて効力を発揮するんだ、そして選考に通った後にそいつが通用しないなら通る意味がないんだ、思わないか?」
「はあ」
「お前は間違いなくカス側の人間だ、顔に書いてあるぜ」
「じゃあ、加藤さんはどうなんですか?」
「もちろんカス側の人間さ。俺は会社でつまはじきにされている、恥ずかしい話さ。ずっとアイドルとしての自分の見せ方を研究して、いわば夢の世界に属してきたから、現実に対処する能力が低いんだ。だって、アイドルはみんなを夢の世界に連れて行って、目を覚まさせないように細心の注意を払うものだからね。現実よりも夢を俺たちは重視していた。もちろんそれはアイドルの世界を一歩出れば役に立たない能力だった。つまり平たく言えば俺は普通の仕事ができない、使えないクズになっていたってわけさ。そういう人間の生き残る道ってのはただ一つ、愛嬌しかない。あいつできないけど、なんか憎めないよね、というポジションの確立だよ。それも俺には不可能だった。なぜなら俺に愛嬌なんて備わっておらず、同僚たちのコミュニケーションに参加するスキルも持ち合わせていなかったからだ。俺のスキルはアイドルとしての自分があって初めて役立つものばかりだった。アイドルが普通の人間と会話する難しさがお前にわかるか? どこか、俺はお前らとは違う、という意識が残って、それを捨てようともがき苦しんで、それでもやっぱり捨てられず、かわいくない奴に成り下がっていく。情けなかったよ、自分がズブズブと沈んでいくのを感じるのはさ。

それで俺は社会に居場所を見つけることを完全に諦めた。会社へ行くといつも下痢をするんだ、拒絶反応だな。だが、俺は絶対に辞めてやらないぜ。ボコボコにのされてもあそこに居座って、会社から金をむしり取ってやる。そして黙ってパソコンのないデスクに座り続けて職場の雰囲気をひたすら悪くしてやるんだ、それはそれで痛快だろ? それに、生きがいも見つけたんだ」
「生きがいですか?」

私が聞くと、彼は黒くくたびれたビジネスバッグの中からA4の紙の束を取り出して私に渡した。
「……何ですかこれは」
「……小説だよ。俺は昔本を出したことがあって、小説の書き方ってやつは大体わかってるんだ。そこで俺は今の地獄のような経験をすべて小説に換えてやることにしたのさ。そうでもしないと勿体ないからね。これまでの努力がすべて無視され、積み上げて来たものが音を立てて崩れる感覚、人間の残酷さと人生の無意味さ、そういうものを書いていると、俺は勃起してくるんだ。周りの気に入らない人間は片っ端から殺してやってるよ。どれだけ酷い方法で殺害するかを考えるたびに、興奮して眠れないくらいさ。世界の虐殺大百科とか、最近SMの教科書みたいな本も買ったんだ、この道具でこいつをいじめ抜こう、これであいつを八つ裂きにしようって想像するのが、もうサイッコーに楽しいんだよね。君も一度やってみるといいよ。そしてどいつもこいつも、俺を排除する社会的にうまくいってる人間も、結局無意味の渦の中へと引き込まれていき、死、つまりは無へと、俺のようなカスと同じゴールへと蹴り込まれてしまうということが、俺には愉快で仕方ない。悪意100パーセントの小説を、俺は書いて書いて書きまくってやるんだ」
「そんなことが、生きがいなんですか?」
「そうだよ」

彼は、確信に満ちた声で言った。
「これは俺の性にとても合っているんだ。俺の経験は記述されなければそのまま流れ去ってしまう、俺の嫌いなやつらの行為も言葉も、すべて流れ去るだろう。俺はそんなことは絶対に許さない。俺がしっかりと書きとめて、消えかけたものを揺り起してやるんだ。お前はこういうことをしたんだ、俺は忘れてないぜ、ここにちゃんと書いてあるぜ、ってさ。無邪気な加害者は被害者の気持ちなんて想像しない、してくれないんだ。仮にしようとしたってわからない、強いやつに弱いやつのことは絶対にわからない、そういう風にできているんだよ。だから俺が教えてやるんだ、お前らがしたことで、このように苦しんでいる人間がいますよってな。丁寧に丁寧に、どんなサイコパスでも理解できるようにしつこく粘り強く書きまくる。それで仮に、俺を否定したやつらが俺の小説を読んで『あのときは悪かったな』なんて俺の肩に手を置いてきても、俺は絶対にやつらを許さない。許してたまるかよ。謝れば許されるなんてガキじゃねえんだ。やっても謝ればいいなら、やったもん勝ちだろうが。もし俺の小説が何かの賞を獲れば、こういう俺の文章が一般のひとにも読まれ、俺の憎悪が決して消えないのだということをやつらや世間に徹底的に知らしめ、死ぬまで残る不快感を植え付けることが出来る。俺の死後も、部数が少ししか出なかろうが、どこかにテクストとして俺の憎悪は残るんだ。永遠にだよ! そう考えただけで、こう、勃起してこないか?」

私は大分こじらせている加藤シゲアキの、熱に浮かされたようなしゃべり方をたいへん気持ち悪く思った。私はこのようになってしまう可能性を秘めているだろうか? 悪意にまみれ発表のあてもない小説を書き続けることだけが生きがいの、情けない弱者になってしまう可能性を秘めているだろうか?

まさか。

私はこんな邪悪な目をしていない。誰かを強く恨んだこともない。それにここまで社会に適合しない人間でもない。パソコン操作もできる。私とこいつとは、根本的に違う生き物なんだ。

ほんとうに?

ほんとうさ。

ただ、ひとを恨むような環境にこれまで置かれていないというだけで、いくつかの条件が揃えばお前も加藤のようになるかもしれないぜ。

まさか。
「それさ、いつでもいいから読んでくれよ、全然、文学賞の選考に引っかからなくてさ。読んでくれるひとを探してたんだ。君はなんだか俺に似てるって、電車に乗った瞬間に思ったよ」

私はふざけるなと思いながら、笑顔で彼の小説を鞄にしまいこんだ。
「また、読んでおきますね」
「読んだら、感想を聞かせてほしいんだ。これ、ここに」

彼はガムの包み紙の裏にメールアドレスを書いて渡し、足早に大阪駅で降りて行った。私は数秒の後、彼を追おうと思った。小説の最初の一節に引用されていた何かの歌の歌詞を見て、とても悲しくなったからだった。

 

♪ 明日っから またヒキですか? ほら就職しないで隠居 ニート

夢のない日を 大事に生きましょう もう一生……

 

 

第五章・完

2015年7月6日公開

作品集『グランド・ファッキン・レイルロード』第5話 (全17話)

© 2015 佐川恭一

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