ナニワ最狂伝説ねずみちゃん

応募作品

佐川恭一

小説

13,834文字

破滅派13号応募原稿です。テーマ「BTTB(バック・トゥ・ザ・ベーシック)」ということで、私の選んだ題材は村上春樹の処女作『風の歌を聴け』でございます。

 

 

おまえら聴けぇ、聴けぇ! 静かにせい、静かにせい! 風の歌を聴けっ! 男一匹が、命をかけて諸君に訴えてるんだぞ。いいか。いいか。静聴せい、静聴せい! おまえら、風の歌を聴けぇっ!

 

 

「金持ちなんて・みんな・くそくらえやろが!」

ねずみちゃんはカウンターに両手をついたまま誰に向けてともなくそう怒鳴った。ねずみちゃんは、いつも上下ねずみ色のスウェットを着ているので、ねずみちゃんなのだ。

「ほんま、うちらなんか、スウェット買うのでギリやっちゅうねん。」

そう言いながら、ねずみちゃんはビールをガブガブ飲んだ。ねずみちゃんは一日最低1000ミリのビールを飲むのだ。

「ほんま、スウェット以外の服、買えへんしな!」

ビール代を服に当てれば余裕なのだが、ねずみちゃんにそういう考えはない。ねずみちゃんは、自分がスウェットしか買えないのは資本主義のせいだと思っていた。

「資本主義が人間を狂わしたんや、ぜんぶパアにしたんや! せやろ? 資本主義のせいで人間は金の奴隷や、くだらん家畜に成り下がったんや、縄文の魂を思い出せっちゅうねん!」

ねずみちゃんは岡本太郎のミニチュア太陽の塔を肌身離さず持っている。太陽の塔が縄文の精神を表しているのだという。僕ちんにはよく理解できなかったが、ねずみちゃんにとっては縄文人こそが人間なのだ。

「ダニや。金持ちちゅうのはダニなんや。あいつらなんか何も考えんと生きて、そのまま死んでいく。その点、縄文人はちゃんと考えとった。」

僕ちんはねずみちゃんの白く細い指を眺めながら頷いた。ねずみちゃんは信じられないほど綺麗な指をしていて、僕ちんはそれがとても好きだ。

 

 

僕ちんとねずみちゃんが一夏で飲んだビールの量は計り知れない。吸った煙草の本数も計り知れない。それ以外にすることがないからだ。僕ちんは無職だったし、ねずみちゃんも無職だった。

「ワイズ・バー」のカウンターには煙草の脂で変色した一枚の版画がかかっている。ある退屈な夜、僕ちんが版画を眺めながら酒を飲んでいると、バーテンのワイが話しかけてきた。

「ワイはな、版画が趣味なんや、そこに掛かっとる版画もワイが作ったんや。あれ何にみえる?」

それは僕ちんにはシックスナイン中の男女にしか見えなかった。

「シックスナイン中の男女だね。男が僕ちんで、女が剛力彩芽。」

「剛力彩芽が好きなんか?」

「かなりね。」

「意外やな。どこがええの?」

「そうだね、事務所から推されても推されても人気が出ない、それでも健気にがんばっている、そういうところがいいんだな。」

「西内まりやは?」

「反吐が出る。」

「えらい厳しおすな。」

「厳しくなんかないさ。モデルの彼氏がいる女なんてロクでもない。糞だメルドー。」

するとワイは楽しそうに笑った。

「でも、西内まりやがタダでご奉仕フェラしてくれる言うたら、あんた泣いて喜ぶやろ?」

「翌日死んでもいい。」

「ほしたら、あんたは西内まりやが好きなんや。ただあんたがイケメンモデルになれへんかった、それだけのことや。しょうもない負け惜しみはやめときなはれや!」

僕ちんはワイにビールをぶっかけてやろうかと思ったが、もう一度冷静に西内まりやのご奉仕フェラを想像してみた。

 

翌日死んでもよかった。

 

 

「虫酸が走るっちゅうねん。」

ねずみちゃんはまだ金持ち許すまじ的なオーラを出していた。

「うちがスウェットしか買えへん世の中ってどうなん? それって金持ちがぜんぶ金持ってるからやん 。うちかて綺麗なドレスとか着たいやん。」

僕ちんはドレス姿のねずみちゃんを想像してみた。そして言った。

「きみはスウェットのほうが似合うと思うよ。もうほとんど一体化してる。」

ねずみちゃんは激昂して僕ちんをビールジョッキで殴打した。
「お前なんや、一体化とはどういうことや、うちがスウェットやっちゅうんか、うちがスウェットのようなものやと、そう言いたいんか?」
「すみませんでした。」
「すみませんでしたやないねん、イエスかノーかで答えろ! お前は・うちを・スウェットの・ようなものやと・そう言ったんか?」

こうなってしまっては、イエスもノーも悪手だ。良い答えじゃない。ただ沈黙だけがすべてを解決してくれる。ねずみちゃんはもう一度ビールジョッキを振りかぶった。僕ちんは咄嗟に避けようとしたが、その前にワイが叫んだ。
「それ以上やるんやったら外に出え!」

僕ちんはホッとしたが、ねずみちゃんの怒りはおさまっていなかった。
「おう、ほんだら外出よやないけ! お前来い!」

僕ちんは無言でカウンターから立ち、受けて立つような雰囲気を醸し出した。そしてねずみちゃんが「ワイズ・バー」の扉を開けて外に出たとき、僕ちんは脇から一気にねずみちゃんを抜き去って逃げ出した。
「ワレ、待たんかい!」

ねずみちゃんは多分僕ちんを追いかけただろうが、僕ちんは一度も振り返ることなく逃げた。必死で逃げ抜いた。ねずみちゃんと一戦を交える、それは絶対にやってはいけないことだからだ。ねずみちゃんの座右の銘は「専斬臨陣退縮(陣に臨んでもし下がれば専ら斬る)」。敵を前にして逃げ出した者は即座に殺す、という意味だ。これは中国の清朝に反旗を翻した太平天国軍の陣頭に掲げられていた言葉である。中国ではじめて社会主義思想を唱えた洪秀全こそ、ねずみちゃんのヒーローなのだ。そんな人間と戦えば一体どうなる? 僕ちんは脚がちぎれるほど走り続けて帰宅し、震える指でねずみちゃんに「ごめんなさい。」とラインした。するとねずみちゃんは「なんやっけ?」と言った。

酒の入ったねずみちゃんの記憶力は、ミミズの脳味噌以下なのだ。

 

 

なぜ君は、じぶんのことを僕ちんなんていうんだ?

 

さあ、忘れたね、そんなことは。

 

 

僕ちんは無職だが、一度だけ保険代理店に就職しようとしたことがある。同族経営でやっていた小さな代理店だ。社長は居酒屋で酒を飲みながら面接を行った。僕ちんは適当に話を合わせているだけだったが、社長は「採用!」と言って僕ちんの手を握ってきた。

「採用や! あんた、気に入ったで!」

僕ちんは何が気に入られたのかわからなかった。「なるほど。」以外の言葉を発していなかったからだ。

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2018年4月7日公開

© 2018 佐川恭一

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