エメーリャエンコ・モロゾフ『マイトレーヤ正大師の墜落』佐川恭一訳

佐川恭一

小説

4,056文字

天才無国籍多言語作家エメーリャエンコ・モロゾフの初期作品『マイトレーヤ正大師の墜落』の翻訳にチャレンジいたしました。

「35歳は人生の折り返しってゆうやろ!あんた35にもなって、何しトンねん!?」そう言われたモロゾフはお怒りで、「めっちゃ小説書いてますけど?めっちゃ小説書いてますけど?ほなあんたは小説書けるんか?あ?」と早口で煽り返した。しかしおっさんは「小説やとwwププークスクスww」と笑って125ccのバイクで走り去ってしまった。モロゾフは両手で三角形をつくり、とがった部分をバイクに向けて、「おっさん、死すべし!」と唱えたが、バイクは目当ての電柱にぶつからなかった。バイクはスイスイと車の間をぬって、見えなくなった。なんやったんや、あのおっさん……そう思ってからモロゾフは気づいた。
「わしも、もうおっさんやった……」
 モロゾフは妻の稼いだ金で生活していた。妻はプロのだめんずウォーカーとして名を馳せており、世界だめんずウォーカー選手権で特別賞を授与された。「エメーリャエンコ・モロゾフなる芽の出ない異常作家を飼い続けながら、気丈に振る舞っている」というのが授賞理由だった。
「あんたみたいなん飼ってたら、ふつう大賞ヤロ!!」
 授賞式から帰ってきた妻はモロゾフを競馬用のステッキで激しくぶった。モロゾフが少ないお小遣いを貯めて買ったステッキである。小説がどんづまると、妻の抜群のプロポーションを保つのに一役買っているジョーバくんに乗り、ステッキをふるい、一気に大外から追い込むイメージをつくる。おれはこれから一気に原稿を進める、おれは一気に原稿を進めることができる、あの有馬記念のシンザンのように!
 妻がエメーリャエンコ・モロゾフをぶちまくっていると、格闘家として頭角を表しつつあった大学生のエメリヤーエンコ・ヒョードルが訪ねてきて、「や、ちょっと奥さん、ヤバいですって!」と慌ててロシアンフックを繰り出しかけた。しかしエメーリャエンコ・モロゾフはそれを手で制止した。
「これがうれしいんだよ!苦痛じゃないんだ、う、うーれしいんだよ、学生さん!」
 エメーリャエンコ・モロゾフは全治3ヶ月の重傷を負ってそのまま入院し、病院でも小説を考え続けていた。「あんたごめんな、やりすぎた(ワラ」妻からはそのメールが一通来ただけで、見舞いにはエメリヤーエンコ・ヒョードルしか来なかった。「ぼく、モロゾフさんの小説は天下とる思てます、モロゾフさんの凄さを、みんなわかってない!」エメリヤーエンコ・ヒョードルはコンバットサンボっぽいやばい動きを繰り返しながら言った。「そんなん言うてくれるの、あんただけよ」と言ってモロゾフは泣いた。「もう、もう、そんなん、あんただけよ」。
 病院でテレビをつけると、世界だめんずウォーカー選手権の特別賞を受けた妻が特集されていた。そこにはモロゾフの初期作品『モディフィカシオン』やそれに類する奇作の概要が映し出され、「クソ小説」と嘲笑されていた。
「このような作品……ブフォww作品群を、モロゾフ氏は書かれていて、しかもアルバイトさえしていないと、こういうわけなのですが、奥様はどのようにお考えなのでしょうか?」
「ええ、主人は自由人ですから、主人がのびのびやっているところを見るのがわたしの生きがいですから、この生活に後悔はありません……(´;ω;`)ウッ
 なんやねん、わしが一応、家事ぜんぶやってるのに……モロゾフはテレビを見ながら、「そういえば『逃げるは恥だが役に立つ』で家事を年収に換算したらいくらになるか計算してたな」と思い出して、病院にこっそり持ち込んでいたプレステ2で逃げ恥のDVDをみた。しかし、家事の値段にたどりつく前に新垣結衣で抜いてしまい視聴は終了となった。新垣結衣はめっちゃかわいいけど性的にはビンビンこない、というのがモロゾフのそれまでの考えだったが、このとき彼は全シーンの新垣結衣にちんぽをくわえこもうと蠕動するマンコを幻視した。私はたしかに新垣結衣のマンコを見た、形のよい、毛のほどよく生え揃ったトロトロマンコを、そしてそれはジャパニーズ・おマンマンとしての理想形をあらわしてもいた!後年モロゾフが酒場でマスターにそう語った夜、となりに座っていた女が「星野源」とつぶやいた。
「なんだって?」
「当時の彼女を輝かせていたのは星野源よ。あのえもいわれぬサブカル臭さの恩寵で、新垣結衣が自身でも気付いていなかった性的魅力を花開かせたのよ」
「シャーラップ!ゴミめら……!」
 モロゾフはバナナ・ダイキリ――バナナ・ダイキリ!――をテーブルに叩きつけて叫んだ。
「なんで星野源やねん。なにがええねん、カッコよくもない、めっちゃ歌上手いわけでもない、なんやねん、あんなもんが、一体なんやね!」
「あなたはこう言いたいのかしら?『星野源などより、俺のほうがよっぽどイケている、なのに、なぜ時代は星野源を選んだのか?』」
「うん」とモロゾフは言った。
「そう」
「それはあなたがお源さんの魅力に気付いていないだけよ。お源さんは、あなたのような馬鹿にはいささか難解すぎる」
「さてはお前、お源さんの一派だな?」
「さあね。マスター、お勘定」
 モロゾフはしみじみ思った。「娘とかできて、お源さんとか言い出したら、勘当や。なあ、ジャンヌオルタちゃん……」モロゾフはスマホにおさめられた水着ジャンヌオルタちゃんを目を細くして愛でながらつぶやいた。それを見たマスターは、「息子とかできて、ジャンヌオルタちゃんとか言い出したら、勘当やな」と思った……
    星野源のおかげかどうかはわからないが、とにかくその性的ガッキーの導きにしたがったモロゾフ。布団に隠れて静かに抜いたつもりだったが、同部屋の17歳美少女リプニツカヤが「おっさん、あんた今抜いてたヤロ!?」と問い詰めてきた。
「抜いてません」
「うそやん!部屋じゅうイカくさいもん!あたしの裸想像して抜いてたヤロ!?」
「決してそのようなことはございません」
「ほんまやな?男に二言はないな?」
「二言という文字は、私の辞書にはございません」
 するとリプニツカヤはモロゾフのベッド脇のゴミ箱を漁り、ホカホカのティッシュを取り出し、「おっさん……」と言った。
「こら、なんや?」
「ティッシュでございます」
「ティッシュに、なにやら付着してへんか?」
「付着してございません」
「ほんまやろなあ!!」
 リプニツカヤはモロゾフの鼻に勢いよく使用済ティッシュを突っ込んできたため、モロゾフは期せずしてみずからの精液の匂いをかいだという……しかしそこにはリプニツカヤの可愛らしい指の発する、若い女性に特有の、部活やってるっぽい健康的な甘酸っぱさもふくまれていたという……ああ、なんていい……愛しい愛しいセヴンティーン……
 結局リプニツカヤの退院後も、リプニツカヤの指の匂いを思い出して病院で抜きまくりの日々を過ごしたモロゾフ。
「もうええでしょ」
「は?」
「もう退院できますよ」
「え、もうですか?」
「何言っトンねん!もう4ヶ月よ。なんなら先月退院でも良かったよ」
「退院……ですか……」
 モロゾフは家に帰りたくなかった。4ヶ月離れて頭を冷やしてみると、やっぱりステッキでぶたれたのとか、納得がいかなかった。しかしそれを今さら蒸し返してみたところで、妻はまたステッキでぶってくるに決まっている。「モロゾフさん、僕に任せてください」とエメリヤーエンコ・ヒョードル。「僕が、なんとか話してきます」エメーリャエンコ・モロゾフの執筆環境を整えるためならば協力を惜しまないエメリヤーエンコ・ヒョードルである。エメリヤーエンコ・ヒョードルはモロゾフの妻を訪ねた。
「こんにちは。わたくし、エメリヤーエンコ・ヒョードルと申します」
「あら、なんのご用かしら」
「ご主人のことでお話があるのですが……」
 するとモロゾフの妻はすごい形相になってロシアンフックを食らわした。脳震盪を起こしたエメリヤーエンコ・ヒョードルはグラついて、クリンチに逃れようとしたが、女性にクリンチなんてしたら「セクハラ」とか「下衆ヤバ男」とか言われるのではないか?最近、いろいろうるさいし……と考えクリンチできず、もう一発とどめの左ハイを食らってあえなくKO負けを喫した。後年エメリヤーエンコ・ヒョードルは、藤田和之やミルコ・クロコップといった強敵たちと戦う際、「モロゾフの妻戦」の経験が生きたと打ち明けている。
 エメリヤーエンコ・ヒョードルの敗北を知ったモロゾフはのそのそと家に帰ったが、やはり罵詈雑言と暴力の嵐で、「花より男子」の熱狂的ファンとして視聴を誓っていた「花のち晴れ」も見せてもらえず、録画さえ許されなかった。耐えかねたモロゾフは新興宗教の集まりに出て、信者たちの前で涙ながらに悩みを吐露するみたいなことにハマった。悩みを聞いてもらい、同意してもらい、励ましてもらう。モロゾフはそうして自分を慰めながらだましだましやっているうち、宗教者としてのランクが上がり「マイトレーヤ正大師」の称号を得るまでに成長、ついに教祖みたいなやつに会う権利を得た。はじめて見た教祖っぽい男はフルフェイスのヘルメットを着用していた。そしてモロゾフのティムポを握りしめ、「ダッタ、ダーヤヅヴァム、ダムヤーク」と唱えてこう言った。
「フウム……きみの悩みゆうんは、ノーベル文学賞とったら全部解決するのとちがうか?」
 モロゾフは、そのとき一挙に視界がひらけ、至高の代表作『カッサンドラ・ニーハオ』の構想が舞い降りてきたのだという。
「なあ、わしが誰かわかるか?」
「え……?ま、まさか……!?」
「フフ……そのまさかじゃよ……!」
 教祖的な男はフルフェイスのヘルメットを脱ぎその顔をさらけ出した。モロゾフは「おお、おお……!」と歓喜の表情をあらわし、積年の労苦の刻み込まれた男の手を強く握りしめたが、実は誰なのかさっぱりわからず、四年後に知ったかぶりがばれて破門された。

2018年9月1日公開

© 2018 佐川恭一

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

---

"エメーリャエンコ・モロゾフ『マイトレーヤ正大師の墜落』佐川恭一訳"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る