天才作家エメーリャエンコ・モロゾフとの邂逅

佐川恭一

小説

3,354文字

近いうちにノーベル文学賞を獲ると言われている天才多言語作家、エメーリャエンコ・モロゾフ。これは昨年、偶然のつてで運良く彼の家を訪問する機会を得た際の記録である。

稀代の天才多言語作家エメーリャエンコ・モロゾフの家を訪問する機会を得たのは、昨年の秋のことだった。私はモロゾフの日本語翻訳者である吉澤さんの運転で、大阪から山梨県の小渕沢に向かった。モロゾフの家は築四十一年の小粋なコテージで、足を踏み入れようとしたとき、モロゾフは何か獰猛な犬のような吠え声を三分ほどにわたって発し、どう見ても歓迎されていないオーラが凄かったが、吉澤さんは「どうぞ、と言っています」と言った。私は「本当にそれだけですか?」と聞いたが、吉澤さんは「それだけです」と真顔で言うので、そのまま家に上がらせてもらった。

エメーリャエンコ・モロゾフの噂は七年ほど前から聞いており、当時知人のつてを辿って一冊だけ原著――『猛省する肉便器』――を手に入れ、通勤中に少しずつ訳していたのだが、なにしろ七十ヶ国語を操る作家である上に、スラングや造語を多用するタイプなので翻訳が恐ろしく難しく、私は電車の中で一行訳しては眠る日々を過ごしていた。めちゃめちゃ分厚く持ち運びに不便で、毎日訳したわけでもないので、翻訳作業は全然進んでおらず、七年かかって全体の十分の一も訳せていないと思う。その十分の一の中で、ヤリマンと呼ばれていた女がやがて肉便器と呼ばれるようになり、肉便器は「ヤリマン呼ばわりは、これまで許してきたけど、今、肉便器っつったやつ、出てこい!」とタンカを切る。そこで名乗り出たみつるは、なんと童貞であり、しかし、童貞でないふりをしているという、奇妙な存在だった。世界的に見ても、こういう人間は少なく、日本では、かつて京都大学の経済学部に一人だけ、そういう人間がいたことが確認されている。童貞でないことを裏づけようとするみつるのエピソードはことごとく嘘くさく、無知と矛盾に満ちていて、なにか、異国のファンタジーのようだね、とサトシが言ったため、みつるは日本ファンタジーノベル大賞に応募し、半年ほど結果を待つのだが、結果は一次落ちであり、なにか、一次で落ちたようだね、とサトシが言うのだが、それで、みつるはキレてしまう。お前のせいで、日本ファンタジーノベル大賞に、応募するための小説に費やした時間、および、結果を待っていた時間を、無駄にした!みつるは、そういうことを言うのだが、サトシは、人生に無駄なんてないさ、すべてが、いまのきみをつくる一部なのだから、と言い、みつるは、そうだろうか、と納得しかけたところで、やはり納得できず、サトシに振り向きざまのストレート・パンチをお見舞いしてしまう。それによって、みつるは懲役を食らったのだが、そのとき、父親が持っていたナニワ金融道に「腸疫九郎太(ちょうえき・くろうた)」なる登場人物がいたことを思い出し、腸疫九郎太がセルシオに乗っていたような気がしたため、急いで実家に帰り、ナニワ金融道を探し回ったみつるだったが、みつるはナニワ金融道の代わりに、親が持っているフランス書院のレイプものを見つけて読みふけってしまい、シコっていると、母親が階段を駆け上がってくるのが聞こえ、あわててティッシュを放り出し、父親の書棚から難しそうな政治学の本を選んで取り出し、「ふむ、コーポラティズムね」とつぶやくなどして、シコってないアピールをしたが、母親は、「シコるんは、一日一回まで!」と言って、平然と、みつるの周りに掃除機をかけていくではないか!  みつるはたまらず、「シコってへんし」と言ったが、母親は「シコったやろ?」と言い、みつるは「シコってへんて」と言った。「まあええわ」と母親は言い、「シコるんは、一日一回まで!」と繰り返した。みつるはもう何も言わなかったが、それから生涯にわたり、一日一回しかシコらなかったと言われる。これこそ、いしだ壱成のいうところの、「言霊」というものの正体なのである。やがて服役を終えたみつるにも好きな女の子ができ、それまでも好きな女の子は山ほどいて、告白して振られてきたのだが、これまでの女の子など、ぜんぜん好きではなかったのだ、と思えるほど好きな女の子ができて、告ろうとしたが、サトシがあらわれ、僕も彼女が好きだ、という。そこで、どちらがよりフェラーリの新作を、うまく運転できるかの勝負を、鈴鹿サーキットで行うこととなり、サトシは命懸けでコーナーを、スピードを落とさず曲がり切ったが、みつるはびびってブレーキを踏んでしまい、ひどいタイムを記録。その記録は後日、専業主婦の運転する、スズキのアルトに抜かれたため、驚いたフェラーリの最高責任者が、鈴鹿サーキットにあらわれ、みつるの走りの録画を見たのち、思わず「ファッキン・ジャップ!」的なイタリア語を叫んでしまったのだが、それを偶然に天皇が聞いており、天皇がフェラーリの最高責任者にスッと手をかざすと、フェラーリの最高責任者は、きゃりーぱみゅぱみゅの大ファンになり、友人の披露宴の余興で、「にんじゃりばんばん」を踊って、その様子がユーチューブにアップされたが、再生数は五百にも満たず、ヒカキンに弟子入りした。そんな中、勝者たるサトシは、思いびとに告白して、みごとに成功をおさめ、サトシはかなり腰を強く打ち付けて射精するタイプの猛者で、その打ち付けの虜になった女の子は、まだお互い定職についていない現状を顧みず、ヤリまくり、かつイキまくりの日々のなか、妊娠して、女の子を出産し、興奮のあまり、キラキラネームをつけてしまう。それが、心愛と書いてココアちゃんとかならまだ良かったが、綺羅宙(キラスペース)だったので、みつるは、ショックのあまり泣き、炊きたてのご飯の入った、炊飯器をテーブルの上に置き、そこに右足を突っ込んで片足で立ち、むかし、高野山で修行中にならった、大日如来をあらわす「ア」という梵字を、頭に描いて、「アーーーーーー」と、唱え続けたので、とうぜん右足が重い火傷を負い、歩くのも痛くなったみつるは、中古のチャリを買い、それで移動するようになったが、とにかく坂が多いその街の地形に疲弊し――ついにはキャッシングに手を出しまでして――電動自転車を購入、意気揚々と街を走り回った。そのとき、みつるは、スムーズな移動が可能になったぶん、ぶくぶく太り、やがて、電動自転車でさえ、しんどいものとなることを、まだ知らなかった……

これが、私が『猛省する肉便器』の十分の一までを訳して理解した内容の概略であり、その旨をエメーリャエンコ・モロゾフに吉澤さんを通して伝えたところ、エメーリャエンコ・モロゾフは何かを言い、吉澤さんは「きみが出たという、日本の洛南高校というのは、やはり灘高校や東大寺学園高校と違って、君のような、バカばかりなのか?と言っています」と言った。私が驚いて、「本当にそう言っているのですか?」と聞くと、真顔で「本当です」というので、まあ、本当だと判断して、してやったりと思い、胸を張って、「私は、じつは東大寺学園にも合格しています」と言い、「滋賀に住んでいたので、東大寺学園に通うことは現実的でなく、洛南高校を選んだのです」と畳みかけてやった。吉澤さんがおそらくそれを訳してゴニョゴニョやったあと、エメーリャエンコ・モロゾフがゴニョゴニョ言い、それから吉澤さんが「受かったかどうかは関係ない。通ったかどうかが問題であって、きみは東大寺学園高校に通っていない。そもそも、通えない高校を受ける者は、虚栄心に取り憑かれた、救いようのないバカだ。やはり、洛南にはバカばかりなのか?と言っています」と言ったので、私は、このモロゾフの、築四十一年の小粋なコテージに、火をつけようと思ったのだが、すでに禁煙六年目だった私は、ライターすら持っておらず、ちょっとした焦げ目をつけることさえかなわなかったため、せめてもの抵抗として、彼の高価なレコードプレーヤーの目立たぬ部位に、油性マジックで、洛南高校の校章を描きつけておいた。この訪問のあいだじゅう、あまり機嫌の良くなかった私だったが、これ以降、エメーリャエンコ・モロゾフの聴く音楽はすべて、洛南高校生の、定期的な全校集会における、意識が京大の赤本に飛んだままの、うつろでやる気のない校歌の斉唱なのだと考えて、帰りの車では、思わず笑みがこぼれた。

2018年8月18日公開

© 2018 佐川恭一

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