グランド・ファッキン・レイルロード(9)

グランド・ファッキン・レイルロード(第9話)

佐川恭一

小説

6,273文字

【今回のあらすじ】全盛期の熊田曜子ちゃんのおまんまんぺろぺろ。

飛田新地の中心で射精した後スーパー賢者タイムに陥った私のふにゃふにゃのペニスはずっと大人しく下を向いて金玉袋にぺったりはりつき、蒼井そらに腕を組まれたまま十分ほど歩き回り並みいる美女を観察したにもかかわらず、ぴくりとも反応しなかった。

そしてもはや何の刺激も与えてくれない美女たちよりも、むしろその横にいる老婆たちの方が私にある感懐を抱かせ始めた。いつしか私は某大学の現代文の中で引用されていた、ボードレール『巴里の憂鬱』の一節を思い起こしていた――

 

……そうして老婆は、幼児の前に近寄っていった、晴れやかな笑顔をつくって、微笑みかけようとしたのである。

ところが幼児は、この齢すぎた優しい婦人の愛撫の下で、恐怖して身を悶え、家中に響き渡る金切り声で泣き立てた。

そこでその優しい老婆は、永遠の彼女の孤独の中に身を退け、そうしてとある片隅で涙を流した、こう考えながら――
「ああ! 私たち、不幸な世過ぎた女共には、もはや人の気に入る時は過ぎたのだ、あのような無心の者にさえも、そうして私たちは、私たちの愛そうとする幼児にさえも恐怖を与えるのだ!」

 

私はこの飛田新地の客引き老婆たちにも若い頃があったのだと考えた。若く美しい女たちを汚らしく唾を飛ばしながら宣伝する皺だらけの、この界隈を歩く者にしてみれば嘲笑の対象でしかない醜い老婆たちにも、恋の夢に溺れた甘く切ない時がきっとあったのだと考えた。
「どんな美女の顔も、些かの夢もなしに見るとき、この老婆の顔に変貌しない、と誰が云えよう」

トリンドル玲奈が読んでいた『金閣寺』、主人公の友人である内翻足の柏木は老婆で童貞を捨てた。トリンドル玲奈は柏木の言葉を言葉遊びにすぎないと否定し、美女の顔は決して老婆に変貌しないと言った。若く美しい人間たちは、自分が老い、醜くなってゆく可能性を忘却して老いた人間を嗤う。自分は決してそのような存在ではないという、絶対的な若さの自信を持って嗤うのだ。それは想像力の欠如と言えるのかもしれないし、あるいは来るべき自らの老いと向き合うことからの、烈しい逃避であるのかもしれない。対象を嗤うことで自らを対象と切り離そうとする、ある種の恐怖に起因する防御的行為であるのかもしれない……

ハイパー賢者タイムに突入していた私はそんなことを考えながら蒼井そらと歩き続け、気付けばとある料亭の前に導かれていた。ふと腕時計を見ると時刻はすでに午後七時十分。空は光を弱めている。料亭にはやはり他と変わらず、若く肉感的な美女が座っている。
「ほら、全盛期の熊田曜子ちゃんだよ、知ってるわよね」
「はい、知ってますけど……」

全盛期の熊田曜子でオナニーをしたことは五十回以上ある。しかしハイパー賢者タイム中の私のペニスは全盛期の熊田曜子の実物を見ても金玉袋からまったくはがれようとしなかった。

大抵の場合は一時間きっかり続く私のハイパー賢者タイムは実に強烈なもので、目の前にぺぺローションにまみれた裸の磯山さやかが現れ後ろから私をぬるぬると抱きしめつつ両乳首を責め耳を舐めてくれても、それに加えて西武から巨人に移籍した片岡治大とテキサス・レンジャーズのダルビッシュ有に二穴を同時に犯され悦びの声を上げる加藤綾子アナウンサーが快感に意識を失うか否かぎりぎりのところで私のペニスをくわえ込みぐちゅぐちゅフェラチオをしてくれても、私のペニスはぐにゃぐにゃのままこう言うに違いないのだ……

あなたがた、かの有名な快楽主義者エピクロスの考える快楽とは何だったかご存じですか? 彼は酒池肉林の情念にまどわされた瞬間的快楽を慎むべしとし、永続的快楽――つまりアタラクシア(心の平静)に恵まれた人生を最上としたのです。さあ、磯山さやかさん、ぺぺローションを洗い流しなさい。片岡治大さん、ダルビッシュ有さん、それぞれアナルとヴァギナからペニスを抜き取り、漏れ出た精液を洗い流しなさい。加藤綾子さん、私をくわえ込むのをやめ、念のためにアフターピルを飲みなさい……
「ねえ、全盛期の熊田曜子ちゃんでも二十分一万六千円なんだから、ここってほんとに凄いと思わない?」

私がハイパー賢者タイム中のペニスの大活躍を妄想していると、蒼井そらが胸を押しつけながら話しかけてきた。しかしハイパー賢者タイム中の私は全盛期の熊田曜子ちゃんの二十分一万六千円を即座に安いとは考えなかった。

……こうした美女たちと二十分本番あり一万六千円という価格設定は果たして適正だろうか? インターネットで風俗について調べたところ「パネルマジック」通称パネマジというのがあるらしく、店側から提示された写真を参考に風俗嬢を指名しパネル指名料まで払ったというのに実際に出てきた風俗嬢が全然別物の化け物というケースもよくあるようだから、飛田新地のように実物を目で見てから選べるシステムはかなり優良なものだと考えることもできる……しかし、二十分一万六千円……単純に考えれば六十分で四万八千円ではないか。いくら美女であるとは言っても、それがたとえ全盛期の熊田曜子であるとしても、そんなことが許されていいのだろうか……

眉間に皺を寄せていると、全盛期の熊田曜子の横に突っ立っている客引きの老婆が私に声をかけてきた。
「あんた、ここ回るの初めてかいな」
「はい、この蒼井そらさんに連れてこられたんですよ。それにしても二十分一万六千円ってどうなんですかね。二十分じゃ射精できないこともかなりあるだろうし、インターネットで調べたら滋賀の雄琴じゃ五十分で一万四千円っていうところもありました。単純に考えてですよ、二十分一万六千円って六十分四万八千円じゃないですか。インターネットで調べたらそんなの、SMクラブで低温ロウソクとかムチとか浣腸とか使って遊んだ上でアナルファックもできるぐらいの額ですよね。やっぱり六十分四万八千円なんて、ちょっとおかし」
「うるァアああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

老婆はBOYの日比野ハレルヤBOY 並に叫び声を上げながら、レイ・セフォー並にノーガードだった私の顎をフランシスコ・フィリオ並の右フックで一閃した。私は調子の悪い時のジェロム・レ・バンナ並の顎の弱さを見せ、座り込むようにその場に崩れ落ちた。
「あんた! いま六十分で四万八千円って言うたなあ!」

老婆がもう全盛期のパンチ力を持っていないことが幸いし、気絶にはいたらなかった私は頬をさすりながら言った。
「い、言いましたよ、16000×3で48000でしょうが!」
「あんた飛田ではなあ! 六十分やったら四万千円でええんや!! そんなん常識やろ! どこの店が単純に三倍するんや頭おかしいんちゃうんかほんま! そんなもんちょっと調べたら載ってることやろ! インターネットインターネットってあほみたいに調子乗りくさって、結局何にも調べられてへんのやあんたは! そんなんやから東大にも受からへんのと違うんか!」

また東大落ちがばれている……

私は老婆の剣幕に押され黙り込んだ。
「ま、まあまあ、この子、新しく入る子だから優しくしてあげてよ」
「えっ、あらあら、ほんまかいなそらちゃん、それ先言わなあかんでぇ。いやーごめんやで僕ちゃん、そんなん知らんかったさかいきついこと言うてしもて、堪忍やでほんま。そんな恐い顔せんと、中入ってか」

私は老婆に促され全盛期の熊田曜子と手を繋ぎ、一階の奥にあった幅の狭い階段を、下へ下へとひたすら降り続けた。インターネットでは階段を上り二階の和室でことに及ぶと書いてあったのだが……後ろからは老婆と蒼井そらが無言でついてくる。

熊田曜子はずっと私に、もう三月なのに寒いね、とか、お兄さんかっこいいね、とか当たり障りのないことを話しかけてきて何度か頬にキスをしてくれたがまだハイパー賢者タイム中であった私の頭の中には九十九年の東大入試で出題された加法定理の証明問題が浮かんでいた。私はあの問題を秒殺したが周りのクラスメイトたちは意外と焦っていて、落とすやつもたくさんいた。あの年に受験生だったら私は受かっていたかもしれない……

長い長い、小さな山一つ分くらいあったのではないかと思われるほど長い階段を降り、その先にあったふすまを開けると、そこには大きな和室が広がり、中央にふかふかの布団が敷かれていた。
「あんた、これからイニシエーションを始めるで」
「イニシエーション?」
「そうや、ここで尻教会に入信するための通過儀礼をやってもらう、いわゆる顔面騎乗イニシエーションや」
「が、顔面騎乗イニシエーション?」
「そうや、あんたはそこの布団に仰向けに寝転がって、舌を突き出す。その上にクリエイタークラスの女性が座り、ヴァギナやアナルを押しつけながら腰を振るんや」
「ちょっと、そんなの、あの、臭いとか大丈夫なんですか?」
「大丈夫やない。でもその臭いが重要なんや。あんたは最初強い臭いに耐えきれず辛い思いをするやろう。でもな、あそこのスピーカーから流れる音楽を聴きながら、心を落ち着けて、全身の力を抜いて女性に身を任せれば、その臭いはいずれ香水……ジャンヌアルテスのスルタンフェアリーローズのような甘い香りに変わってくる。そうなれば、あんたはもう尻教会の一員というわけや」
「いやその、あの、それで顔面騎乗をするのが、全盛期の熊田曜子さんなんですか?」
「その予定やけど、別に違う人でも構わんで。蒼井そらちゃんでもええし、私がやってあげてもええ」

老婆はキッヒヒヒヒ、と奇妙な笑い声を上げた。ハイパー賢者タイムのいまだ続いていた私はこの老婆にも、自らの性的魅力の枯渇を受け入れ自虐的な笑いを身につけてしまったこの醜い老婆にも、恋の夢に溺れた甘く切ない時がきっとあったのだと考えた。
「あなたにします」
「キッヒヒヒ……え?」
「おばあさんでやります、イニシエーション」
「あ、あんた冗談はやめてや! この二人で気に入らんのやったら他のも呼べるさかい」
「いいえ、僕はあなたがいいんです」

頬を赤らめた老婆が、私にはまるで十五歳の少女のように見えた。全盛期の熊田曜子と蒼井そらは顔を見合わせ、驚きを隠せない様子でいる。
「ほんなら、そうするけど……ほんまにええんか、私なんかで」
「はい」

私は裸になり、布団に仰向けに寝転がった。老婆は身につけていた薄汚れたワンピースをするすると脱ぎおむつを外して、私の顔の真上にヴァギナが来るようにして立った。
「ほな……始めるで」

スピーカーから佐村河内守の交響曲第1番《HIROSHIMA》が流れ始める。人は音楽そのものに感動していたわけではない……音楽に付随する物語に感動させられていたのだ……私の目からは涙が溢れ出した。

老婆はそのままゆっくりと腰を落とし始めた。

そして私の顔までヴァギナがあと三十センチのところまで迫ったときのことである。
私はガオグライ・ゲーンノラシンのような俊敏な動きで両足を瞬時に折りたたみ、また老婆の両の尻たぶを思い切り蹴り飛ばした。

老婆は部屋の端まで吹き飛んで畳で全身をすりむき、十五歳の少女の顔から七十六歳の老婆の顔に戻って「何すんねんな!」と大声で怒鳴った。
「うるっせえババアー!! きたねーまんことケツ穴見せてきやがっててめーふざけてんじゃねえよ! なんで十八歳の俺が後期高齢者のババアのまんことケツ穴ペチャペチャなめなきゃいけねえんだよ! フツーに考えたら冗談だってわかるだろうが頭沸いてんじゃねーのかブスババア! お前みてーなのはもう女じゃねえし人間でもない、『ババア』という名の産業廃棄物なんだよ!! ハアハアくせー二酸化炭素出してねえでさっさと寿命で死ねクズババアーーー!!!」
私がAK47をフルオートで30発撃ち尽くすような思いで叫ぶと、老婆はAK47をフルオートで30発撃ち込まれたように身体を弾ませて絶命した。腕時計を見ると午後八時十分、ちょうど私のハイパー賢者タイムが終わっていた。これがもう一分遅ければ、私は後期高齢者のババアのまんことケツ穴を舐めるはめになっていたのだ。背筋の凍る思いとはこのことである。

蒼井そらと全盛期の熊田曜子はげらげらと笑いながら拍手している。
「君凄いねー! クリエイターを言葉で殺しちゃうなんて、本当に素質あるんじゃない?」
「え? そうですか? 何か、あの人ほんとに死んじゃったんですか?」
「あれはほんとに死んでるわね、君ちょっとひどすぎだよ。さあ、顔面騎乗イニシエーションがまだ終わってないわ。私が代わりを務めさせてもらっていいかしら?」

全盛期の熊田曜子が服をゆっくりと脱ぎながら言った。私のペニスははち切れんばかりに勃起していた。
「ぜひお願いします!(^ω^)」
「じゃあ、いくわよ。最初はもしかしたらちょっと鼻ににおいがくるなあって思うかもしれないけど、我慢してね。私だって恥ずかしいんだから。でも少しずつ、ジャンヌアルテスのスルタンフェアリーローズのような甘い香りになってくるはずだから、それを感じたら教えてね」
「わかりました」

全盛期の熊田曜子が、もう一度布団に仰向けに寝転んだ私の顔に向けてゆっくりと腰を落とす。そして私の突きだした舌に全盛期の熊田曜子のヴァギナが触れた瞬間、私はジャンヌアルテスのスルタンフェアリーローズのような甘い香りを感じペニスを勃起させた。
「ああ、あばば、甘いです、うぶぶ、甘い香りがします」
「ほんとに? 早くない?」
「ほ、ほんとです、あぶぶぶ」

全盛期の熊田曜子はウフフ、と笑いながら腰を振る。私は全盛期の熊田曜子のヴァギナとアナルをペチャペチャと舐めながら甘い甘い香りと圧倒的な幸福感に包まれ、ここは天国だと思った。私は内側からせり上がってくるようなあまりにも強い刺激に視覚異常を起こし、幸福の悦楽の涙でいっぱいの瞼の裏には、黄金の熊田曜子像が燦然として百万の反射像をつくった。午後八時二十五分、私はこの数分間、真の幸福を享受するに値する……想像を絶する大きな幸福に耐えるだけの魂をもつ、選ばれた十八歳として完璧だった、私の幸福の城、私の幸福の社! ああ、おお、おお、熊田曜子! ああ、ああ、あああ、熊田曜子よ、熊田曜子よ! 熊田曜子よ! おお、おお、あああ……

そうして私は、ペニスを触られてもいないのに思い切りびゅるびゅると射精した。
「うふふふ、いっぱい出たね」
「私のときより出てるじゃん」
蒼井そらが少し離れたところでかわいらしいふくれ面を見せている。熊田曜子は私の顔に甘い匂いのする尻を押しつけたまま、シックスナインの体勢になり、精液を綺麗に舐めとってくれた。

最高の気分だ……

天国は、理想郷《ユートピア》というのは、実際に存在するものなんだ……

そのとき、スピーカーから流れていた音楽はすでに佐村河内守の交響曲第1番《HIROSHIMA》から、レムリア・アイランド・レコードよりリリースされたTOSHI『愛の詩をうたいたい』に変わっていた。

 

 

第九章・完

 

参考文献

ボードレール『巴里の憂鬱』、三宅達治訳、新潮社、一九五一年。

大江健三郎『政治少年死す―セヴンティーン第二部』、文学界、一九六一年。

『恋と童貞 第三号』、恋と童貞編集部、二〇一一年。

2015年7月10日公開

作品集『グランド・ファッキン・レイルロード』第9話 (全17話)

© 2015 佐川恭一

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