〇三三三の森

合評会2023年09月応募作品、合評会優勝作品

小林TKG

小説

4,400文字

ナショナルジオグラフィックの2022年5月号を見て書きました。

「アキタ」

アキタが名前を呼ばれて振り向くと、そこには日本から来たジャーナリストが立っていた。

「そろそろ行けるか」

ジャーナリストはロペ国立公園に行きたいんだという。日本、極東から来たそのジャーナリストはこのガボンにある、ありすぎるほどある、地面に落ちてる石ころ位ある、アキタがガボンの説明としてそのような話をすると、

「津原泰水の本にもそういうのがあったな。瀬戸内にある島の数も、手を洗った時に両手に付着した水分くらいとかだったか……」

アキタが何の話をしているのか聞くと、

「こっちの話。死んだ人間の話だ」

「それよりも」ガボンの森、マルミミゾウの森にはもう行けるか。ジャーナリストは気を取り直すようにして言った。

極東顔のジャーナリストはロペ国立公園の事をマルミミゾウの森と言った。

 

 

前日このジャーナリストを名乗るアジア人は、アキタの住んでいる集落にやってくると、綺麗な、綺麗すぎて少し怖い気がした。いつの事だったか首都リーブルヴィルに行った時に通りかかった立派な教会から聞こえてきた、多分純正の仏蘭西人の様な仏蘭西語で、

「この中に、マルミミゾウの森まで連れて行ってくれる奴はいないか」

と声を張り上げた。

「金は払う」

その手には金が握られていた。その場にいた誰もが「あいつはバカだ」と思った。この国ではすりやひったくりが多い。そんな環境であんな事する奴もいない。

しかしそのままという訳にもいかないのでアキタはそのアジア人の元に近づいて、

「私は車を持っている。あなたを森まで連れていける」

と述べた。男は目を細めてアキタを見た。

「お前、名前は?」

「アキタだ」

「秋田、秋田って言ったか?」

男はそう言うと、

「アキタは何の車に乗ってるんだ」

「あれだ」

アキタが指さした所には無造作にピックアップトラックが停まっていた。

「トヨタの、日本の車だ」

「ハイラックスか……」

男はそれを見て、呆然としたような顔をした。トラックだからだろうか。ぼろく見えるからだろうか。しかしガボンにある道は、ほとんどが未舗装のままだ。場所によっては穴が開いていたり酷くぬかるんでいたりする。その点あの車は大丈夫だ。とても丈夫だ。去年死んだ父がアキタにあの車を残した。残したというか……。父がどういう経緯であの車を手に入れたのか知らない。もしかしたら悪い事とかをしてたのかもしれない。首都ではドラッグが流行っているそうだ。しかしアキタには関係なかった。アキタは悪い事をしていなかった。父が死んだという知らせが来て、アキタの元に車が来て、その車を奪いに来るような人間もいなかった。

「途中で停まっちまったりしないか」

「大丈夫だ」

多分、大丈夫だろう。その男はマルミミゾウの森といった。マルミミゾウ。Éléphant de forêt d’Afrique。Forest elephant。少し前にナショナルジオグラフィックにマルミミゾウの森というのが載った事がある。そこで間違いないとしたらロペ国立公園になる。それはアキタが住んでいる所からは結構遠い。アキタの住んでる集落からは三、四時間かかる。しかし首都まで行く程ではない。

「というか、お前」

「ジャーナリストだ」

その極東人は自らをジャーナリストだと言った。綺麗すぎて怖い気がする仏蘭西語で。

「ジャーナリストはどうやってここまで来た」

「鉄道に乗って来た」

ガボンにはトランスガボン鉄道という鉄道が走っている。

「ロペ駅があっただろう」

ロペ国立公園はガボンの世界遺産になっている。だから駅がある。ロペ国立公園に行くならトランスガボン鉄道を使うのが普通だ。アキタも国立公園には行ったことないが、それでも知ってる。車で行くのは大変だ。

「途中で降りた」

極東顔のジャーナリストはつまらなそうに言った。

「なんで」

何で降りた。

「大変だったんだ。駅でも何でもない所で停まるし。トイレも酷かったし」

「……」

忘れてた。この極東顔のジャーナリストはバカだったんだ。

そんな訳でアキタはその極東顔のジャーナリストをロペ国立公園まで車で連れて行くことになった。最初は近くの駅まで連れてくと伝えた。しかし極東顔はそれは嫌だと、拒否した。

「車で連れていってくれ」

アキタ自身も詳しくは知らないが、車で行っても難所はあると思う。何か所も。酷い目にあうと思う。そう思ったが、でも黙ってその提案に合意した。前金にさっき見せびらかしていた金を全部くれたし。無事にロペ国立公園に到着したら、更に同じ額くれると言ったから。

アキタの住んでいる集落にはホテルが無い。だから極東顔のジャーナリストはその日、アキタの家に泊まった。家の寝床をジャーナリストに使わせて、アキタはピックアップトラックの荷台に敷物を敷いて寝た。

 

寝る前にジャーナリストが、

「マルミミゾウは日本では〇三三三って書くんだ」

と教えてくれた。

「それからこれは0333っていう意味でもある」

その数字には何か意味があるのか。アキタはそう聞いたが、ジャーナリストは何も答えなかった。

 

 

まだ午前中だったが、日差しが強くそれに加えて湿度がひどく、車の窓を開けていても自然と汗が噴き出した。道は未舗装で、場所によっては穴が開いていたり酷くぬかるんでいたりした。

「酷いな」

助手席に座った極東顔のジャーナリストがうめいた。

 

しかし進み続ければいつかは終わる。必ず終わる。容赦のない太陽の日差しと、ぬめるような湿度の中、どこまで続くとも知れぬ未舗装の道を走っていくと、やがて前方に何か見えてきた。車を走らせて近づいていくとそれは車の、車両の列であった。どうやら渋滞しているらしかった。こんな場所で。360度全てが自然に囲まれている。こんな場所で。

 

車を停め、アキタとジャーナリストは降りた。そして車列の間を先に向かって歩いた。小型のバスを越えた辺りで、唐突に視界が開けた。バスの先には人だかりが出来ており、皆一様に同じ方向を見ていた。黙って先に広がる光景を見ていた。

 

線路があった。その更に先に森が広がっていた。あれが、目的地なのだろうか。マルミミゾウの森なのだろうか。

 

その森からゾウが排出されていた。ゾウが列をなして木々の間から排出されていた。あれがマルミミゾウなのだろうか。Éléphant de forêt d’Afrique。Forest elephant。みな一様に、その森から排出されて、線路を渡って、どこかに、どこまでも。ずっと遠くの方まで。ゾウ達は皆一様に元気が無く見えた。あばらが浮き出ているのも多い。鼻をあげ耳を振り。ゾウ達の列は途切れることが無かった。いつまでも途切れることが無い。ゾウの列。森の、木々の間から、マルミミゾウ。途切れることのないマルミミゾウの群れ。終わる事のない列。行軍。

 

アキタの隣に立っていた老人がぼそりと、

「もうあいつらの食べるものが無いんだ」

そう言った。マルミミゾウの森にはもうマルミミゾウのエサが無い。だから夜中になると近隣の家々の菜園まで来てそこを荒らすんだという。それをロケット花火などを使って追い払っていた。ロペの町はゾウとの共存を、共に生きていく道を模索していたそうだが。でも、これはつまり……。

 

その場にいた全員が呆然とその光景を見ていると、その中から一人、マルミミゾウの群れに向かって走り出した奴がいた。見慣れない肌の色。ジャーナリストだった。ここまでアキタの車の助手席に乗っていた極東顔のジャーナリストだった。

ジャーナリストは猛然とゾウの群れに向かって走っていった。周りの人間はそれを止めようとしていたが、ジャーナリストはそれらを乱暴に振り払ってゾウの列に向かって走っていった。闇雲に。そうしてやがて草木に紛れ、砂埃に紛れ、ゾウの群れに紛れて見えなくなった。

 

それっきり戻ってこなかった。極東顔のジャーナリストも。マルミミゾウの群れも。それっきり戻ってこなかった。

 

 

永遠とも思えるゾウの群れ、行軍は、昼前には終わった。終わってみるとたかだか一時間弱程度の事であった。もう一頭のゾウも出てこない。残っていない。気配もない。後にはただ風の音だけがした。

 

マルミミゾウの気配が綺麗さっぱり無くなると、そこに集まっていた人間は一人また一人と車に戻って走り去っていった。ゾウの為に起きていた渋滞は解消された。

 

極東顔のジャーナリストは夜になっても戻ってこなかった。仕方がないのでアキタも車に戻った。それからなんとなくカーラジオをかけた。

 

雑音の酷いカーラジオからは聞き慣れない曲が流れてきた。Wednesday Campanella。Mercredi Campanellaとかいうのの。jean dupontだかJohn Doeだかって。アキタはその間ずっとフロントガラスの先を見ていた。ガボンの森。マルミミゾウの森。ロペ国立公園を見ていた。ゾウのいなくなった森。マルミミゾウの森。

 

アキタはロペの町で一晩あの極東顔のジャーナリストを待った。助手席にはジャーナリストが持っていたカバンが残ったままだった。中を検めると大量の金が入っていた。大量に。カバンに詰められるだけ。ギチギチに。

あとiPodtouchが出てきた。ホームボタンを押すと四ケタのパスコードを求められた。少し考えてから0333と入れると開いた。音楽を流すと聞いたことがある曲が流れてきた。さっき聞いた曲。さっきラジオで聞いた。Wednesday Campanella。Mercredi Campanellaのjean dupont。John Doe。名無しの権兵衛が流れてきた。

 

あれっきりマルミミゾウも極東顔のジャーナリストも戻ってこない。ふと、一生戻ってこないような気がした。それでも、なんとなく、アキタにはマルミミゾウもあの極東顔のジャーナリストも大丈夫な気がした。彼らは救われたような気がした。なんとなく。

 

目を瞑るとゾウの群れ、マルミミゾウの森、ロペ国立公園から排出される、隊列を組んでどこかに向かうようなゾウの群れが見えた。その脇にはジャーナリストが居た。それから父もいた。それ以外にも見ず知らずの人間が沢山いた。人間だけじゃない。他の生き物も沢山いた。彼らはどこに行くつもりなのか。どこまで行くつもりなのか。でも、きっと、あの行軍は救われるような気がする。何が救いが、どうしたら救われるのか、よくわからないが。それでも。

 

それでも。

なんとなく。

 

アキタはいつか行った首都リーブルヴィルで見た教会の事を思い出していた。中から聞こえてきた怖いくらいの仏蘭西語。あの純度の高い。怖いくらいの。

2023年8月28日公開

© 2023 小林TKG

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"〇三三三の森"へのコメント 14

  • 投稿者 | 2023-09-18 15:29

    読んでからしばらく感想を考えていましたが、大量の象の群れが瞼の裏に写るばかりでした。とにかく文体が見事で、それで充分だという気がしました。

    • 投稿者 | 2023-09-19 16:57

      感想いただきましてありがとうございます。
      椋鳩十御大の片耳の大シカを読んで感銘を受けまして、そんでそういう動物文学みたいなものを書きたい。書けたらいいなあって思いながら書いたら、こういう話が出来ました。なんか。なんか出来ましたwww
      瞼の裏が象で溢れてくれたのなら幸いでございます。

      著者
  • 投稿者 | 2023-09-23 19:27

    このナショナルジオグラフィックは私も読んだと思います。マルミミゾウが絶滅の危機に瀕しているという内容でした。世界的な森林減少による生態系の危機がテーマでしたが、マルミミゾウって文字にまず目が奪われたんです。マルミミゾウって名前がたまらないんです。カタカナも読んだ響きもたまらない。それだけで彼らに殉じてもいいって思うくらいです。(殉じませんけど)
    極東顔のジャーナリストの心情は案外そんなところにあったのかもと思いました。話すのは綺麗すぎる仏蘭西語だけど。〇三三三とかアキタとか、ラジオから聞こえる曲の名前とか(全然知らないけど)、TKGさんらしく感性の高い作品だと思います。

    • 投稿者 | 2023-09-24 02:14

      感想いただきましてありがとうございます。
      ナショナルジオグラフィックの2022年5月号の99ページのマルミミゾウの目が人間、しんどそうな人間の目にしか見えなかったんです。で、それが忘れられなかったんで、話にしました。
      マルミミゾウって名前はそうっすよね。可愛いですよね。でも丸耳象って漢字で書くと全然可愛くないんです。なんかね。石仏感が出ます。だからカタカナにしたんですよwww

      著者
  • 投稿者 | 2023-09-23 21:54

    不思議な当て字のせいでマルミミゾウ自体架空の存在かと思いましたがいるんですね。「○三三三」は横書きだと○が走っているみたいですし、縦書きだと夕陽または朝陽のようで神秘的でした。そもそも全体が埃っぽくも神秘的だったので、その象徴みたいな。美しい話でした。

    • 投稿者 | 2023-09-24 02:18

      感想いただきましてありがとうございます。
      まず最初にナショジオ読んで、それからマルミミゾウってパソコンに入れて調べたんですけど、その時なんでか知らないけど、
      ●三三三
      って変換されちゃってwww
      だからパソコンに、お前おい! コラ! ってなったんですけども、でもよくよく考えるとこれはオシャレと思われるんじゃないかとwww
      シャレオツだと思われるんじゃないかと。そんな訳で、タイトルは〇三三三に鳴った次第です。

      著者
  • 投稿者 | 2023-09-25 08:22

    小林TKGさんはたまに切なく哀愁のある物語を書かれてナンノコッチャな物語とのギャップが良いですよね。津原泰水私も好きでした五色の舟とか。で、やっぱり水カンが出てきました笑

    • 投稿者 | 2023-09-25 13:05

      感想いただきましてありがとうございます。
      津原泰水さんの幽明志怪シリーズが大好きなんです。ただこれがまさかのkindleに無いんです。でもシリーズの中のピカルディの薔薇に収録されてる籠中花が読みたくて読みたくて。ラストが最高なんです。この話のラストの一、二行に書いてる事がこの世で一番美しいと思うんです。だから、これからはあれですね。水カンに続いて津原さんの事も書くようになるかもしれませんねwww
      kindleで出るまで。

      著者
  • 投稿者 | 2023-09-25 16:50

    やすみんはネットでちょっと絡んだのと、サロンで一度お会いしたことがあるので、懐かしい気持ちでちょっとほろりとしました。惜しい人を亡くしました(Geek的な意味で)。アニメ化したらいい感じの映像になりそう。詩的な名作だと思いました。

    • 投稿者 | 2023-09-25 18:37

      感想いただきましてありがとうございます。Kindleで販売して欲しくて津原さんのエピソード入れたんですけど、なんか好評っぽいですね。入れた甲斐がありますね。
      アニメ化どうなんですかねwww
      萌え要素無いですけど……www

      著者
  • 投稿者 | 2023-09-25 18:44

     独特の文体で独特の世界、変な夢を見ている感覚で楽しめる。
     時系列を守り無駄な登場人物がいない構成も掌編の基本ができている。
     ガボンを舞台に描こうという発想も個性的。
     ただし、通勤途中の話ではないのでお題を守っているとは言いがたい。確信犯だね。

    • 投稿者 | 2023-09-25 19:26

      感想いただきましてありがとうございます。
      朝の渋滞に巻き込まれるっていうお題だと思ってたんですよねえwww
      だから、書いてからよくよくお題を確認してみて驚きました。
      「うええ! 通勤時の渋滞じゃん!」
      ってなりましたよねーwww

      著者
  • 編集者 | 2023-09-25 20:58

    マルミミゾウの、悲しみも帯びた周辺が美しくも鋭く描かれている。小林さんの作風の一極地なのか。マンモスビューピー。

    • 投稿者 | 2023-09-25 21:24

      感想いただきましてありがとうございます。
      以前の合評会で、象の檻って話を書いたんですけど、象の檻ではゾウそのものが出せませんでしたので、一回どうにかゾウが出る話を書きたかったんですwww

      著者
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