「あーこんちくしょう、やられた!」
岩上が、表面のプリント合板が一週間バッグに放り込みっぱなしだったリーフパイみたいにパリパリに割れた、サークル室の長机を叩きながら呪詛の言葉を吐いたのは、二〇二一年の夏の盛りだった。
「何を、やられた?」
僕は酷使に耐えかねて破損してしまったGoProのマウントを交換する作業を淀みなく進めながら、訊いた。
「アガサ・クリスティー賞だよ! まじ、やってらんねー」
聞けば岩上が次の自主製作映画用として書いた脚本が、ロシアの女スナイパーを主人公にしたサスペンス・コメディーなのだそうだ。アガサ・クリスティー賞を受賞した小説とたまたま内容が酷似しているから、せっかく書き上げた脚本を丸々放擲しなくてはならなくなった、という次第らしい。でもよくよく話を聞いてみれば、件の小説はソ連の少女狙撃兵を主人公にしているようだが、コメディー要素はなさそうだしロシアではなくソ連の話だし、こんな総合大学の弱小映画サークルが作る自主製作映画ごとき、内容が被ったからといって誰も気にしねーわ、と言ってやったが、岩上は納得しない。
「そもそもロシアの女スナイパーなんてどうやって撮影するつもりだったのかよ」
鳴海か池田あたりに頼んでカラコン・毛染めで出演してもらうにしたって、圧倒的日本人感は拭えない。だが岩上はこともなげに言った。
「お前のゼミに留学生いるだろ。ストヤノフとかいう」
いや、確かにいるにはいるが、ごく真面目な学生だぞ。映画製作なんかたぶん興味ないぞ。役者志望でも何でもない留学生にギャラをちらつかせて出演させようとしていたのか。無茶にも程がある。
「それ、ポシャって正解だったんじゃね?」
僕は正直に言った。岩上は下唇を右手の親指と人差し指でつまんで引っ張りながら、MacBookの画面を忌々しげに見据えている。
アイデアというのは発表順の早い者勝ちだ。たとえ何十年も前から少女狙撃兵の話を温めていたとしても、壁に囲まれた街を巨人から守る完璧なストーリーを思いついたとしていても、先に誰かが発表してしまったら終わりだ。創作のアイデアは先に世に出た者に絶対的独占権がある。いや正確には独占ではない。別に似たようなアイデアで後追いしてもいいのだが、そういった作品はほぼ間違いなく「二番煎じ」の四文字で片付けられる。
そのことは岩上もよく弁えていた。だからこそ、こうやってやりきれない思いを湿っぽいサークル室の隅で噛み潰しているのだ。
「おはよー」
映画同好会とベニヤ板にマジックで書かれた表札の掲げられた、立て付けの悪い引き戸を盛大に開けながら甲高い声を響かせて入ってきたのは法学部四年の鳴海だった。
「あれ? 真壁くんも岩上くんも、暗い顔してどうしたのー?」
鳴海は二年下の僕と岩上を、親しみを込めてくん付けで呼ぶ。岩上の新作脚本が台無しになった経緯を僕が説明すると、鳴海は意外にも同情の視線を岩上に向けた。
「岩上くん露文だもんねー、悔しいよねー」
ロシア文学といえばドストエフスキーくらいしか知らない商学部の僕でも、専門分野(といえるのかどうかは判らないが)で出し抜かれる悔しさはまあわかる。尤も、例のアガサ・クリスティー賞受賞者には出し抜いたつもりなんて一ミリもないわけだが。
「それで、お前の話だと結局どうなるのよ。その女スナイパー」
「ったりめーだろ、西側の士官をバッタバッタと倒しまくるんだよ」
西側って、こいつの頭ん中は冷戦のまま止まってんのかよ、と思っていたら、僕の思考を読んだかのように岩上は続けた。
「真壁、お前、ロシアがソ連とは別の国だと思ってねーか? いいか、あそこはな、ロシア帝国、いやキエフ大公国の昔から、なんにも変わってねえんだ。ソ連になっても、ロシア連邦になっても、根っこは変わらない。あの国は、死んでも変わらないよ」
何がどう変わらないのか、という質問に明確な回答はなかった。だが、岩上はいつも同じ主張を繰り返していた。曰く、ロシア人は個人でみるといい奴が沢山いる。だけど国としてまとまっちゃうと、どうも具合が悪い。領土的野心は丸出しだし情報統制は酷いし弱者をひねり潰すのに何の躊躇いもないどうしようもない国だ、と。
「ヨーロッパはそのことを知っている。なんせ、それまで常勝だったナポレオンもヒトラーもロシアに攻め込んだのがケチがつき始めだったんだからな」
だからヨーロッパ人がロシアを毛嫌いするのはわかる。しかし実際に領土を奪われている日本人が、どうしてロシアの脅威に無頓着なのか、と岩上は憤っていた。
「あんな国とまともな交渉ができると思ってる馬鹿どもの頭の中って、普通にお花畑だろ」
それから約半年後、岩上の主張が正しかったのだと、僕は報道によって知ることとなった。
*
ヨーロッパはナポレオンとヒトラーの失敗から、さすがに学んでいたようである。
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