la mer ~海と僕と、時々、オトン

応募作品

鈴木沢雉

小説

4,776文字

合評会2021年7月参加作品。サブタイトルはお戯れです。深い意味はありません。
例によってアイキャッチ画像は自作です。

「親はなくとも子は育つ」

誰が言ったか知らないが、その格言の真偽を問われれば僕はこう答えるだろう。半分は本当だが残りの半分はデタラメだった、と。

 

僕は飛石九朗とびいしくろう。アメリカで旅客機が高層ビルに突っ込んだ頃、大田区で公立高校に通っていた。九朗という名前はおおいにその後の人生を示唆するものだったが、親としては九つ、つまりたくさんの朗らかな出来事が待つ未来を願って名付けたらしい。

友達が二人いた。一人は生田いくたといい、ほぼ毎週末、父親と船釣りに行っていた。川崎にある船宿を使っていたが、この船宿というのが木村拓哉主演のドラマで主人公の実家として登場し、父親役のいかりや長介とともに実際の船宿でロケをやっていたそうだ。生田は常々そのことを自慢げに吹聴していたが、別に船宿の関係者でもなんでもなく、ただその船宿の客ってだけで(しかも客なのは親父であって生田本人ではない)ずいぶん得意になるんだな、と感心したものである。

もう一人は豊島としまといって、父親はそこそこのホテルで働く料理人だった。フレンチのシェフと聞いて想像するのは色白で恰幅の良い男だが、豊島の親父は浜に打ち上げられた流木のように筋張って暗褐色の肌をしていた。それもそのはず、豊島の親父はサーファーで、休みの日は必ず湘南へ波乗りに行っていた。豊島もついて行っては、磯遊びをしたり泳いだりしていた。

そんな具合で、生田が「海に行く」と言えばそれは東京湾での船釣りのことだし、豊島が「海に行く」と言えば湘南での波乗りを意味していた。

 

「ちょっと海に行ってくる」

スポーツ新聞を片手に、親父は背中を弓なりに曲げたまま勝手口を出ていく。ひどい猫背は工務店の雇われ職人としての職業病だというが、僕は信じなかった。ときどきうちに飲みに来る親父の仕事仲間には背筋のしゃっきりした人もたくさんいたからだ。

原付に跨がり親父が出かける先は平和島の競艇場と決まっている。一度出かければ暗くなるまで帰ってこない。負ければやけ酒をひっかけて帰ってくるし、たまに勝っても勝った分以上を大森の飲み屋に落としてくるだけだった。

「あンた、出かける前に玄関の破風板塗ってって頂戴な」

母が左手にイサキ、右手に出刃包丁というスタイルで出てきて言った。イサキは生田家の釣果からのおすそわけである。親父の弓なりの背中に向かってヤスリのようにざらついた声が追いすがる。親父は宿題をさぼって遊びに抜け出す小学生が親にその姿を見咎められたときのように、肩をびくっとさせて立ち止まった。

「明日やる」

「明日やるって言ってもう半年経つじゃない」

「明日はやるって」

そんなやりとりを何度聞かされたか知れない。僕はよくも母が愛想を尽かさないものだと思ったが、母はこう言って笑った。

「いっそ余所に女でも作ってくれりゃすっきり別れられるんだけど、そんな甲斐性のある人でもないしねえ」

有り金を競艇につぎ込む以外に悪癖がなく、仕事だけは真面目にやってるもんだから、決定打に欠けるってわけだ。

母のレーザービームのような視線を背中に浴びながら、親父は原付のエンジンをかけて遁走した。

 

そんな感じの日々が、永遠に繰り返されると無邪気に思っていたわけではない。

だけど現実は僕の予想とはまったく違った形で変化し始めた。

「なあ九朗」

高二の夏休みが近づいたある日、親父が幽霊みたいな声で話しかけてきた。僕は自分の部屋に入ろうとドアノブに手をかけていた。

「お前、少し金貯めてたよな。あれ、ちょっと貸してくんないか?」

奥歯に物の挟まったような喋り方が、動機の怪しさを物語る。

「え、何に使うの?」

愚問だった。親父は居心地悪そうに身をよじる。

「うん、まあちょっとな」

怒りとか悲しみとか悔しさとか、そういう感情のどれもが浮き立つ余地はなかった。あるとすれば単なる驚き、息子がバイトで貯めたなけなしの金をギャンブルの元手にしようという親がこの世にはいるんだと知ったときの、純粋な驚きでしかなかった。

親父は親父で、それが越えてはならない一線だという自覚はあったらしい。猫背の上に乗っかった顔は、申し訳ないような、これまでの人生を点検するような、複雑な眉と頬の筋肉の動きに歪んでいた。

「それでなあ」

まだあるのかよ、と僕はドアノブから手を離す。

「今日は破風板を塗らなきゃなんねえから、ちょいと海に行ってきてくれないか」

だからこの半年の間にやっときゃよかったのに、という言葉を飲み込んで、僕は親父が渡してきたメモを受け取った。

 

僕は部屋に入ると、人形型の置物と対峙した。正確には置物ではなく、貯金箱だ。豊島が中三の夏休みに親父のサーフィンがてら家族で行ったハワイ旅行のお土産だった。ティキ像というらしい。中に入っている金は、僕が高校生になってから始めたコンビニバイトで貯めたものだ。

まだまだ足りないのに、と溜息をつく。傍らに積まれた電子ピアノのカタログを繰る。付箋を貼った箇所、もう何度眺めたか知れないそのページを開いた。近くの家電量販店でたまに実売価格をチェックし、その度に得た数字を書き込んでいる。数字は少しずつ減っていくが、まだ二十万を切らない。

僕は七歳までピアノを習っていた。当時はまだバブル景気の余波で工務店は儲かりに儲かり、良家の子女でもない僕が個人指導の先生についてピアノを習うだけの余裕があったのだ。バブルが崩壊したあとはたちどころに家計が悪化し、ピアノなんかやってる場合じゃなくなった。僕は特別ピアノに思い入れがあったわけでもなく、むしろ先生の厳しい指導にちょっと嫌気がさしていたこともあり、なんの未練もなくやめた。

それ以来ちゃんとレッスンに通ったことはないので、一応弾けるには弾けるのだが決して上手くはなかった。ところが、男子率が高くほぼ男子校状態の高校に入るとピアノを弾ける人材は貴重だった。上手くもない僕が合唱の伴奏にかりだされたりしたのはそのせいで、成り行きで練習なんかやっていると急に僕の中でピアノ熱が再燃してきた。

ピアノを買おう、と思い立って貯金を始めたのはそういう経緯である。

が、それもこれまでだ。親父は貸してくれと言ったが、戻ってくるあてはない。僕は親父の仕事道具から玄翁を拝借してきて、振り下ろした。ティキ像は思ったより大きな破片になってそこらじゅうに飛散した。そのひとつが玄翁を持った僕の右手に当たり、鋭い痛みを覚えた。

 

平和島に向かって自転車を漕いでいると、さっきまで乾ききっていた感情が急に湿り気を帯びてきて、僕は訳もなく洟をすすった。ティキ像の破片で切った右手の中指に巻いた絆創膏が、ドクドクと指を締めつける。競艇場に到着すると、百円を払い場内に入った。外の舟券売り場で買ってもいいのだが、せっかく僕の貯金をはたくのだからレースも見て行ってやろう、と思ったのだ。

この頃はまだ世の中もおおらかで、高校生が一人で入場しても誰もとがめる者はいなかった。親父が仕事で来られないときに使いを頼まれて何度も舟券を買いに来たことがあるので、勝手もよく知っていた。僕は親父のメモを片手に、舟券売り場へ急ぐ。

「おっ、飛石んとこの倅じゃないか」

テレビの近くにたむろしていたおっさんの集団から、僕を呼び止める声が上がった。僕は立ち止まった。

「なんだ今日は飛石のやつ来ねえのか」

話しかけてきた男は、黄色い歯をむきだして笑った。杖をついていて、右脚の膝から先がない。僕はこのおっさんを知っていた。親父の先輩職人にあたる秋津あきつという男で、糖尿病で壊死した右脚を切って今は引退している。

「はあ」

僕はどうしたものか困り果て、その場に立ち尽くした。普段なら無視して売り場に急いだであろうが、何故かそうしなかった。無意識に、誰でもいいから大人に助けを求めようとしていたのかもしれない。

「なんだお使いかい。どれ見せてみろ」

秋津のとなりにいたおっさんが僕の右手からメモを奪い取った。汚れたつなぎを着た、背の高い男だった。つなぎの男がメモを検分していると、他のおっさんたちも顔を寄せてメモを覗きこむ。

「ああこりゃ全然だめだ」

パンチパーマのおっさんが顔をくしゃくしゃにして言った。

「ったく飛石さんは相変わらずセンスねえなあ」

「どれ貸してみな」

つなぎのおっさんの後ろからひょいと手を伸ばしたポロシャツバーコード頭の男がメモを掠め取った。僕は反射的に手を出して取り戻そうとするが、僕の手はわずか数センチ動いただけで諦めてしまった。

「保険のつもりか知らねえが一艇ばかり手広く買ってるのはなあ」

横須賀基地のキャップを被ったおっさんが爪楊枝を咥えたまま言った。

「どれ、おいちゃん達がちょいと直してやるよ」

秋津は鉛筆を耳に挟み、脚がない方の肩を器用に柱へともたせ掛けて、出走表を広げた。

「とりあえず三レースは来島を外しちゃダメだろ」

パンチパーマが言う。ポロシャツバーコードが盛んにうなずくが、横須賀キャップの男は渋い顔をしている。

「四号艇はペラ交換してるぜ」

「ばあか」つなぎの男が鼻息を荒くする。「来島はペラ換えようがなんだろうがばっちり合わせてくるんだよ。去年の常滑SGじゃあな……」

「まぁた常滑談義が始まったよ」とパンチパーマ。

「五レースは2-4-5の複勝でどうだい」

「そこは1-2-5だろう。本間は落水した翌日は絶対こねえ」

「風は二メートルか。あとで強くなるぜ」

「この水面じゃ風は考えなくていいって」

「展示始まるからちょっと俺見てくるわ」

おっさん達の話し合いは永遠に続きそうだった。やがて話がまとまると、全面的に赤を入れられた親父のメモが僕の手に戻ってきた。

「こいつを買っとけば間違いねえって。親父さんによろしくな」

秋津は言い、黄色い歯を見せて笑った。

僕は「ありがとうございます」と誰にともなく言い、メモを手に舟券販売機に向かった。いざ販売機を前におっさん達のセレクションを確認すると、ほとんどが一番人気か二番人気の、手堅いが面白くもなんともない買い方だった。

レース開始まで時間がなかった。右手中指の絆創膏が汗で湿ってずれ始めている。僕は逡巡した挙げ句、最初の親父のメモどおりに買った。最後に、親父には頼まれていなかった十二レースの三連単を自分用に買った。なんとなく、運試しのつもりだった。艇番は3-5-1。何故かというと、チェックしている電子ピアノの型番がCM-351だからだ。

販売締切のアナウンスが場内にかかった。僕はおっさん達に遭遇しないよう、反対側の階段から観覧席へと向かった。

 

結果から言うと、親父の予想はまったくの空振りに終わった。おっさん達のお薦めも、当たりはしたがオッズが低すぎて収支は完全にマイナスだった。最後に追加で買った僕の三連単が、唯一の大当たりだった。大穴で二十万の払い戻しになった。

僕はその足で家電量販店に向かい、ピアノを買った。店員に二十万の現金を差し出すときは緊張で手が震えた。落ち着け、悪いことをしてるわけじゃないんだ、と自分に言い聞かせるが、考えてみれば未成年が舟券を買って得た金だ。立派な悪事である。悪事だと分かると、急に手の震えは止まった。僕は汗でずれた絆創膏の位置を直した。

ピアノはメーカー在庫から後日配送になった。家に帰ると、僕は親父にピアノの注文控えを見せながら今日の顛末を正直に話した。親父はひとこと「わかった」とだけ言って、綺麗に塗り直した破風板の養生を剥がし、道具を片付けていた。

それきり親父は競艇をやめてしまった。一度だけその理由を訊いたことがあるが、「バカらしくなった」のだそうだ。そりゃそうだ。僕だって何年も練習して弾けるようになったピアノを、昨日始めたばかりの人が僕より上手く弾いたら、嫌になってやめるだろう。

2021年7月9日公開

© 2021 鈴木沢雉

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純文学

"la mer ~海と僕と、時々、オトン"へのコメント 27

  • 投稿者 | 2021-07-15 11:19

    前回の『南へ』みたいに下半身にはこなかったけど、良質な小説だと思いました。小説っぽい小説。誰かの人生を切り取ったみたいな、日常が描かれている。競艇場って湖かと思ったら、海にもあるんですね。
    こないだ東京にあるある会のある作戦会議で、財団法人日本船舶振興会に乗り込んで行って寄付を貰おうぜ、という話になったけど、結局ネコに鈴を付ける者がいなくてたち切れになった。

    • 投稿者 | 2021-07-15 18:18

      僕はどちらかというと下半身ネタはあまり好きじゃない方です。
      なので今回みたいな雰囲気の方が自分の好みではあります。
      競艇場は海にも川にも湖にもあるので、海水も淡水も汽水もあります。平和島は海水です。(最近知った)
      > こないだ東京にあるある会のある作戦会議で、
      「あるある会」ってなんじゃと思ってしばらく考えてしまいました。
      お父さん、お母さんを大切にしよう!

      著者
      • 投稿者 | 2021-07-16 06:34

        あと「たち切れ」は「たち消え」だと思います。

        著者
  • 投稿者 | 2021-07-21 00:51

    はじめまして。
    文章も構成も端正で、5千字足らずのうちに主人公の少年の生活圏が生き生きと描かれていて、感服しました。ただ幕切れがややあっけなさすぎるような気がしたのですが、こういうあっけないぐらいの方がいいのかもしれないとも思いました。そちらの方が完結していない開かれた終わり方と言いますか、そういうと大げさすぎるのですが、こういう日常世界がどこかでまだ続いてるような感じがして生きたものになるように思いましたので。

    • 投稿者 | 2021-07-23 23:19

      ヨゴロウザ様、ありがとうございます。
      こんな人々・家族が実際にいそうだな、と想像しながら書いたので、嬉しいです。
      時代は違えど、今もその場所で人生を紡いでいる人が居るわけなので。

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-21 22:02

    微笑ましい家族ドラマとして成功している。私は東京の地理に詳しくないけれど、下町情緒が出ていると感じた。それがどこから出ているかと考えてみたが、左手にイサキ、右手に出刃包丁を持ったまま出てくる母親や、貯金箱を叩き割る主人公の芝居がかった仕草の効果が大きいと思う。競艇場のオッサンたちの「渋い顔をしている」「鼻息を荒くする」といった紋切り型まみれのデフォルメ描写もいちいちクサい。そもそも、たいていの人は『サザエさん』に未知の風景を求めない。既視感のある古き良き共同体の懐かしさと、伝統的な価値観を逸脱することのない予定調和の物語。本作が志向している風景も、そういったものなのかもしれない。

    • 投稿者 | 2021-07-23 23:54

      Fujiki様、ありがとうございます。
      たしかに、福岡や世田谷を知らなくてもサザエさんを見れば日本人ならどこかで見たことある風景を共有できるわけで、これがアメリカならそうはいかないだろうなと思います(カリフォルニアのサザエさんをテキサスの人が見てもたぶんそれほど既視感を覚えない)。
      だからこそそこに通底するヒューマニズムとかが必要なんでしょうね。じゃないと翻訳文学とか成り立ちませんしねえ……

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-22 16:20

    非常に面白かったです。
    捻ってるとか、予想を覆すとかそういう面白さではなく、すぐ近くにあるかもしれない風景をドラマチックに描いているところに面白さを感じました。
    「人生は喜劇だ」
    そう耳元で呟かれたような感覚。
    素敵な作品をありがとうございます。

    • 投稿者 | 2021-07-23 23:22

      古祭玲様、ありがとうございます。
      なんでもないことをなんでもあるかのように描くのがまさに主眼だったので、このような感想を頂けて光栄です。

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-22 18:21

    すごく好きな物語です。平和島のおっさんたちの会話がリアルで最高です。偉そうに講釈たれるおじさんに限って、手堅いレースしかしないから大穴当てることもないんですね。
    ビギナーズラックにショックを受けてきっぱりとギャンブルを止めたお父さんですが、止めるきっかけが欲しかったのだろうと思いました。ギャンブルでじり貧になって行く話は陰惨な雰囲気のものが多いんだけど、この話は高校生の主人公の清潔さに救われています。
    二回目以降、大勝ちすることはまずないので、もう平和島には行かないでね、と心から思ってしまいました。

    • 投稿者 | 2021-07-23 23:26

      大猫様、ありがとうございます。
      あまりにハッピーエンドでまとまってもつまらないかな、と思ったのですが、主人公のこの後の人生に紆余曲折があることは示唆されていますし、むしろこの物語の期間はそれを乗り越えるために必要な助走の期間だったという見方(後付けですが)もできるかなあと思いました。

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-22 22:29

    毎度のことながら、描写は真に迫るものがあると思います。
    ただ昭和的感覚がぎりぎりあるようでない私は、少し年代的ギヤップを感じてしまいました。
    私としては著者の過去の強烈な個性のある作品の方がはまります。あくまで好みの問題です。

    • 投稿者 | 2021-07-23 23:29

      古戯都十全様、ありがとうございます。
      僕の作品に「強烈な個性」なるものがあるかどうかはまるで自信がありませんが、破滅派ではそっち系統メインでどんどん書いていくつもりなので、よろしくお願いします。

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-22 22:57

    綺麗にまとまっていてオチも良いですね。競艇には行った事ないですが、こんな感じのおっちゃんたちがたむろしているのが目に浮かびます。ギャンブルで家を建てた奴はいないという言葉がありますが、工務店で働いている親父さんというのは皮肉なのかしら。

    • 投稿者 | 2021-07-23 23:57

      諏訪靖彦様、ありがとうございます。
      ギャンブルで家を建てた奴はいない、という言葉は知りませんでした。したがって、皮肉というのは全然考えてませんでした。すみません。

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-23 15:51

    もはやなくなりつつあり、牧歌的になってしまったような気もする世界を丹念に描かれているように思いました。
    ただ、このことで競艇を本当にやめれるのかなあ?とは思いました。
    こういうことがあって実際にやめる人もいるのかもしれませんが。息子の金を使ってまでの筋金入りのギャンブラーは、とことん破滅してもらったほうが面白いかなって私個人の感覚のせいでそう思うのかもしれません。
    息子には負けていることを絶対に知られたくはなくなった、という風に読むのも、うがった見方になりますかね。

    • 投稿者 | 2021-07-23 23:36

      わく様、ありがとうございます。
      この作品の父親については、僕自身の父に関する経験が色濃く影響していると思います。ギャンブルと煙草を同列には扱えないでしょうが、高校生の頃から吸い始めて還暦を超えるまでずっとヘビースモーカーだった父がある日突然自発的に煙草を止めてしまったのです。死ぬまで絶対に煙草を止めないと思っていた父でしたから、とても驚きました。たぶん、何かを始めたり止めたりするのって、他人から見ると本当になんでもないようなきっかけによるんだと思います。

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-25 03:55

    以前、アメトークにてボートレース大好き芸人って言う回を見まして。全く知らないし縁も無いギャンブルの世界なのに面白かったんで。まずそれの事を思い出しました。あとピアノが弾けてギャンブルをしている人で有名なのは霜降り明星の粗品さんです。ので、それも思い出しました。だから、この話を読んで映画とか撮れそうって思いました。沖縄国際映画祭とかに出したらいいんじゃないかと。はい。

    • 投稿者 | 2021-07-25 12:26

      小林TKG様、ありがとうございます。
      アメトークにそんな回があったんですね。霜降り明星は知りませんでした。
      とはいっても私もこの作品を書くまではボートレースなんて一ミリも知らないし興味もなかったので、色々と勉強になりました。

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-26 15:16

    3連単であてたお金でピアノを買うなんて、詩的です。好きです、そういうの。

    「親としては九つ、つまりたくさんの朗らかな出来事が待つ未来を願って名付けたらしい」

    せめて、八朗とかにしてあげたらいいものを笑

    • 投稿者 | 2021-07-26 20:08

      春風亭どれみ様、ありがとうございます。
      名前に言及していただいて、感謝します。
      たしかに八朗ならいいですね。まあ源義経も九郎だし、由緒のある名前といえばそうなんですが……

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-26 18:19

    九朗くんだけに最後まで苦労して苦しめられる話かと思いましたが、思いがけずハッピーエンドでほっとしました。
    すんなりと感情移入しやすい文章で、父親に金をせびられる場面なんて、臨場感があって心臓がヒヤッとしました。アクション並にハラハラドキドキと九朗くんの顛末を見守りました。

    • 投稿者 | 2021-07-26 20:11

      曾根崎十三様、ありがとうございます。
      自分的には父親に金をせびられるこの場面が作品のハイライトだったので、とても嬉しいです。

      著者
  • 編集者 | 2021-07-26 19:18

    家族と周辺の描写がとても良い。記憶の中の海、こんな海との向き合い方もあるのだと感心した。競艇は、まあ、ほどほどに。

  • 投稿者 | 2021-07-26 20:14

    Juan.B様、ありがとうございます。
    考えてみれば依存性のあるものの話は小説の定番なので、意識せずにチャレンジャーなことをやっちゃったな、という感じです。

    著者
  • 投稿者 | 2021-07-26 20:22

    息子を持つ父親としては、グッサリと突き刺さるものがある。俺の負けだ。

  • 投稿者 | 2021-07-26 21:18

    地元のずっと南の方にも競艇場があって、そのうらぶれた雰囲気をなんとなく思い出しました。
    こういう形で父を超えるという描写は新鮮だなと。

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