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応募作品

鈴木沢雉

小説

4,897文字

合評会2021年5月参加作品。ちょっとSFっぽくしてみました。

氷土の彼方に六つの人影が動くのを、俺の鋭敏な視覚は捉えた。傍らを走るプリュムスももう気づいているだろう。奴は勘がいい。特に女の気配を察知することにかけては極北地方随一だ。

「上玉だ! メケ、ぶちかますぜ!」

プリュムスの《タルボッカ》は隆起した筋肉を波打たせて、速度を上げた。緋色の体毛に覆われた六足獣は馴致した瞬間から俺たちの手足になる。《イクリプス》と呼ばれる四脚の亜種でない限り、《タルボッカ》は六脚だ。プリュムスは力まかせに追いすがる気らしい。最近《タルボッカ》を乗り換えたプリュムスは、たいして速いほうではないその獣の足を過信しているように見えた。二人で連携して挟み打ちにしたりといった籠絡をつかうのも煩わしいとばかりに、ただまっすぐ女たちを追う。

「スピード頼りじゃ取り逃がすぞ!」

折角の獲物だ。できれば一人も逃したくない。だがプリュムスの動きに気づいた女たちはもう逃げる体勢に入っていた。こうなったら俺も全力で走り、一人でも捕まえるしかない。女日照りはもう半月も続いている。前回のチャンスは二日前、森林限界のふちでよく肥った抱き甲斐のありそうな三人組の女を捕捉したが、プリュムスが先走ったせいで三人とも逃げおおせてしまった。

「くっそ、《タルボッカ》、走れ!」

俺は自分の《タルボッカ》を狂ったようにせっつき、ぐんぐんと加速した。六足獣は身体じゅうの穴という穴からぬめりけのある獣くさい分泌液をしぶきにして飛ばした。その一部が俺の鼻頭と眉毛をぬらし、俺は昂奮をさらにかき立てられた。

やがて逃げ遅れた一人の女が間合いにはいったとみるや、俺は《タルボッカ》を大きく跳躍させておそいかかった。視界の隅で、プリュムスも最後尾の女に飛びついているのが見えた。ぎゃっ、と獣っぽい叫び声をあげて女は《タルボッカ》の毛むくじゃらの太い脚に組み伏せられる。

 

「なあメケ、知ってるか? 森林限界を超えてった連中、南の大陸でやりたい放題らしいぜ」

女の全身をしゃぶりつくし、八回ほど犯してようやく落ち着いたプリュムスが言った。犯された女が膝枕をして、プリュムスの巻き毛を愛おしげにつくろっている。俺はまだ五回目の途中で、山猫皮の腰巻きをつけた女の股を優しく愛撫していた。痩せた女は長く伸びた髪のすき間からのぼせたような眼を俺に向けている。その眼が音もなくすっと閉じられた。

「大陸の女は肥えてていい塩梅なんだろう」

俺は純粋な羨ましさから、言った。プリュムスは苛立ったように女の手をはらいのけて半身を起こす。

「《エケス》は俺たちのもんじゃねえ。ここで好きに女どもを狩っていられるのも、俺たちが極北地方から出ずに大人しくしてるからだ。女がいるからって、際限なく出張っていってみろ、たちまち《クォータ》に根絶やしにされちまうぞ」

プリュムスの言には理があった。かつて極北地方から出ていって勢力を広げようとした人類が《クォータ》の粛正に遭い全滅した、なんて話はごまんと聞いている。あまり目立つ行動を繰り返せば、《クォータ》は極北地方の人類まで、殲滅しにくるかも知れない。俺たちは自らの領分をわきまえ、ここ極北地方で身の丈に合った生活を送るしかないのだ。

「最近はそのせいか、変な流行病はやりやまいが蔓延ってる。もう氷沙ひょうさ地帯にまで広がってるって話だ」

その噂は俺も聞いたことがあった。疫病といっても人類が罹患するのではない。そいつに冒された《タルボッカ》は人類の馴致を受け付けなくなる。聞いた話では、既に馴致した《タルボッカ》も主人との絆を失い暴走するのだそうだ。

「《タルボッカ》なしじゃ女も狩れねえ。お終いじゃねえか」

俺は女の股から顔を上げて言った。

「そうだよ」プリュムスは両手で女の腰をつかみ、尻を上げさせた。「俺は御免だね。こいつができなくなるのは」

と言い、九回目の交尾を始めた。

 

プリュムスが死んだのはそれから半月後のことだった。

俺は直前に《タルボッカ》が沼の汚泥にはまり、両後脚を痛めていたので大事をとって休んでいた。プリュムスは東の氷沙民たちと徒党を組んで女狩りに出ていたところだった。族長の息子たち二人はゴロつきとして有名で、狩り中の事故にみせかけて仲間をクレバスの底に突き落とし、女を独占するなんてまことしやかに囁かれていた。俺はたとえ自分の《タルボッカ》が万全だったとしてもその狩りには参加しなかったろう。

報せを俺に届けたのはララドだった。何度か狩りを一緒にやったことのある、小柄な男である。

「スワイダやゴワイダがなにかやったわけじゃないんだな?」

俺は念を押した。ララドはヘタレな彼には珍しく、はっきりと請け合った。

「間違いないよ。ダチが見てたんだ。あいつらはむしろ、プリュムスを助けようと必死だったって」

「じゃあどうしてプリュムスは」

「だから《タルボッカ》が急に止まって奴を放り出したんだって。プリュムスを岩場に叩きつけたあとは、河の方へずんずん走っていっちまった」

誰もそんな話は信じない。一度馴致した《タルボッカ》が主人の意思に反する行動をとるなんて、絶対にないからだ。俺の脳裏には、真っ先にあの流行病はやりやまいの噂が思い浮かんだ。

「メケ、噂は聞いてるかい」

ララドがいっそう声を低めた。俺は渋い顔をして首を振った。

「よせ、証拠はない。極北でいちばんの獣医も、最高位のまじない師も、いままで暴走した《タルボッカ》からはなんの病原菌も見つけられなかったんだ」

「それならなんでプリュムスの野郎は死んじまったんだ。説明がつかねえ」

ララドは涙目になっていた。

「ひとつだけ言えることは」俺は半ば自分を納得させるためだけに言った。「《エケス》は俺たちのもんじゃねえってことだ」

プリュムスの受け売りだった。人類が《エケス》にやってきた時には《クォータ》さえも凌駕するほどの技術や知識、実際に《クォータ》を何百回も殲滅するに足る驚異の力をもっていたという。その時点では《クォータ》を根絶して《エケス》の新たな支配者となるも、彼らを従属させたり対等に交渉したりして共存するも、選択肢は人類の随意であった。

だが人類は緩慢な退化を選んだ。圧倒的な武力と科学技術を捨て、原住生物を馴致し、異性を追いかけて交尾するだけの存在になった。極北地方にひきこもり《クォータ》の目を盗んで細々と生き延びる、というのが俺たちの祖先が出した結論だったのだ。

「俺も南の大陸に行きてえよ」

ララドの眼は焦燥に揺れている。

「よせ、俺たちは」

「わかってる。でもあっちには流行病はやりやまいがないかもしれない。肥えた女が山ほどいるんなら、病気があったってかまやしない。どのみち死ぬなら、あっちで女を抱いて死んだ方がましだ」

俺にはララドを否定できなかった。傍らで寝ている俺の《タルボッカ》が低い唸り声を発した。

 

その日の狩りは思わぬ大集団になった。

俺はララドと二人で少しだけ狩るつもりだったが、先に来ていた三人の男たちが獲物の奪い合いを嫌い、共同作戦を申し出てきた。頭数が多いと女を捕まえやすくはなるが、そのぶん分け前も減る。俺は躊躇ったが、気弱なララドは申し出を受けようとしつこく提案してきたので、俺も折れた。

その後同様にしてさらに二人を加え、集団は七人になった。あとから加わった二人は、族長のゴロつき息子たち、スワイダとゴワイダだった。体格の良い《タルボッカ》に乗り、ふてぶてしい視線で値踏みするように俺を見ていた。俺は目を合わせないようにした。

狩りはすこぶる順調だった。十人の女を捕まえ、さらに三人を森林限界の縁へと追い込むまでは。

「メケ、相棒の様子がおかしいぞ!」

スワイダが俺に追いすがって叫んだ。左翼端を担っていたララドの姿を、俺は探した。奴は定位置にいなかった。少し後退すると、果たしてララドは地面に落ちて這いつくばっていた。その背中に奴の《タルボッカ》が目を血走らせて迫っている。

「!」

なにかを言おうとしたその刹那、ララドの《タルボッカ》は大きな口を開けてララドの頭に背後からかぶりついた。そのまま首を上下左右に振り回し、あたりじゅうにララドの血しぶきをまき散らした。ララドを吐き出した《タルボッカ》はそのままのたうちまわったかと思うと腹に響く咆哮を残して悶絶し、踏みしだかれた草の上に倒れた。

俺はララドに駆け寄った。血まみれのララドは右の二の腕から脇腹、胸、左の脇腹、そして左の二の腕まできれいに《タルボッカ》の歯形を刻まれている。抱き起こすと、まだ辛うじて息があった。

「……女は?」

ララドはそう呟くやいなや、血を吐いてこと切れた。振りかえると、ゴロつき息子たちが追いついてくるところだった。ララドの《タルボッカ》はもう死んだのか、倒れたままぴくりとも動かない。

「信じられない」

俺は茫然と独りごちた。馴致された《タルボッカ》が主人を襲って咬み殺すなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない。スワイダとゴワイダは死んだ《タルボッカ》の状態を確認すると、俺とララドのところにやってきた。

「死んじまったか……こいつ、最近《タルボッカ》を替えたか?」

「わからない。しばらく一緒に狩りをしなかったから。でも前とは違うと思う」

族長の息子たちはなにやら短く言葉を交わすと、俺に向きなおった。

「その血や唾液はきれいに洗っておけ。お前の《タルボッカ》に感染るかもしれん」

俺はララドの血や奴の《タルボッカ》の涎でべとべとになった自分の両手を見た。

「特に《イクリプス》は感染しやすいそうだ。気をつけろよ」

ゴワイダはそう言うと、兄弟そろって踵を返し自分達の《タルボッカ》のところへ戻っていった。俺は訝しんだ。《イクリプス》だと? 俺の《タルボッカ》は六脚だ。ただ後肢を痛めているだけだ--

そう思って俺は自分の《タルボッカ》を振りあおいだ。途端に眼球の裏側がチカチカするような、酷い目眩を感じた。俺は目を開けていられなかった。目眩は収まるばかりか、どんどん酷くなった。その場に立ってさえいられないくらいだった。

次に目を開けたときには、もう俺の《タルボッカ》はいなくなっていた。ぐるり地平線に目を凝らすが、俺の視力をもってしても獣の姿を捉えることはできなかった。

 

俺は丸一昼夜歩いてねぐらに戻った。

帰り着いたときには疲労困憊で、そのまま倒れるように寝てしまった。いやにはっきりとした夢を見た。青白い顔をしたプリュムスが現れ、《クォータ》に対して呪いの言葉を吐いていた。

「メケ、ぶちかますぜ!」

奴は足の遅い《タルボッカ》を、俊足だと信じて疑わなかった。ララドは手足をもがれ、身体が半分になっても血まみれの口だけで喋っていた。

「俺も南の大陸に行きてえよ」

目が覚めた俺は、顔を覆ってわなないた。俺は知った。人類がかつて《クォータ》を百回殲滅するほどの力を持っていたなんて与太話を信じているわけではない。俺たちが《エケス》の片隅で女狩りをしているくらいでは、奴らの脅威にはならない。だが、惑星じゅうに蔓延って《クォータ》の生存を脅かしそうになったとき、奴らはどうするか。

《エケス》は俺たちのものじゃない。

《クォータ》は病原菌を拡散させていたんじゃない。偽物の《タルボッカ》をばら撒いて、俺たちにそれが本物の《タルボッカ》だと信じこませていたのだ。俺たちは何も知らずに《タルボッカ》もどきを馴致していた。

このままじゃ、待っているのは緩慢な死だ。

これを、みんなに知らせないと。

俺はねぐらから外へ出た。朝日の方角にひとすじの煙がたなびいている。よく見れば、黒い筋は地上から空へたちのぼるのではなく、空から落ちてきている。次の瞬間、ぱっと閃光がはしった。光は大気じゅうに満ち、俺の目は焼き付いた。目だけではない、全身がその光に灼かれて一瞬にして蒸発していく。

冗談じゃない、これじゃ《クォータ》だって《エケス》ごと死に絶えるじゃないか。

だが、それこそが《エケス》の意思だったのかもしれない。

地上の生命を百回滅ぼして、不毛の地にしてしまえばいい。宿主が死ねば、寄生生物だって生きていられないのだから。

2021年5月18日公開

© 2021 鈴木沢雉

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"南へ"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2021-05-21 01:09

    私から言わせていただくのもおこがましいですが。作品として楽しめました。この少ない文字数で複雑なストーリーを創り上げるのは、凄いな、と思いました。文章も構成もプロフェッショナルです。
    私も女性を描く時は、つい女性を物扱いにしてしまうのですが、それってなぜでしょうね? 私は現実の世界では普通にフェミニストなんですけど。物、としての女性により興味を感じてしまいます。被害者としての女性に、なにか退廃的なことを感じているのかも知れません。

  • 投稿者 | 2021-05-24 06:57

    こういう世界ってよく書けるなあ。私は全然出来ないです。こういうの。全く違う世界の話とか。想像もできないです。ただ読むのとか観るのとかは出来るんで、面白かったです。あとタルボッカって名前とかどっから、体のどこで考えて、どうやって思いついたんだろう。って思いました。

    • 投稿者 | 2021-05-29 06:01

      何本も足のある生物がうごめいている世界をはっきりと想像できました。『女狩り』とはなんと不道徳な、とつい思ってしまいますが、別に作品でそれを称賛してるわけでもないし、この主人公たちに感情移入をしろと強制してるわけでもありません。小説の世界は広大だなあと再認識させられました。

  • 投稿者 | 2021-05-26 09:06

    滅んじゃうんですね。
    小林さんも書いておられますが、ネーミングセンスがすごいですね。思いつきません。
    エケスは地球的な感じで、滅びこそが惑星が冒される病を防ぐワクチン、とかそういう話だと思って読みました。深読みかも知れませんが。

  • 編集者 | 2021-05-26 16:09

    用語や世界観といい、ワクチンをここまでファンタジーに出来るのはすごい。人類がなぜ退化したのか、何がどうしてこうなったか分からない点も多いが、生きている星からすればそんなことはどうでも良いのだろう。

  • 投稿者 | 2021-05-28 21:09

    面白く読みました。でもワクチンというより病原菌がテーマになっているような。

    圧倒的な科学力軍事力を捨てて、素朴な狩猟生活(しかも女狩り!)に戻って細々と暮らす、人口も少なく良い家畜もいてユートピアな世界です。逃げ回っていた女が、捉えられた途端に従順になって、それどころか狩猟者といちゃいちゃ始めるというのもなんだかエロティックです。《タルボッカ》も捕まったらすぐに人に懐くんですね。
    《タルボッカ》と《イクリプス》と《タルボッカ》もどきの関係がよく分かりませんでした。病原体としてばらまかれた《タルボッカ》もどきが《イクリプス》ということなんでしょうか?

  • 投稿者 | 2021-05-30 12:30

    「イクリプス」は “eclipse” だとして「タルボッカ」はなんだろう。家畜病であればとりあえず全処分してしまえば済む話なのに「《タルボッカ》なしじゃ女も狩れねえ。お終いじゃねえか」「どのみち死ぬなら、あっちで女を抱いて死んだ方がましだ」という発想に行き着くところに野蛮な男どもの性欲のあさましさを感じた。

    「《クォータ》は病原菌を拡散させていたんじゃない。偽物の《タルボッカ》をばら撒いて、俺たちにそれが本物の《タルボッカ》だと信じこませていたのだ」とあるが、結局どっちだって人類の危機ってことには変わりないじゃん、その違い重要? と感じてしまった。メケが彼の飼っているタルボッカに名前を付けて可愛がるとかして絆を感じていることを示す描写がもっとあったほうがよかったのかもしれない。ワクチンがどう表現されているのかも私にはよくわからなかった。

  • 投稿者 | 2021-05-30 21:26

    私も藤城さんと一緒で語源を考えながら読んでいました。「エケス」は準惑星ケレスかしら。最初は「タルボッカ」が馬のようなものだと思って読みましたが、そうやら違うようですね。あえて細かく説明をしないで読み手に考えさせるのは良いですね。

  • 投稿者 | 2021-05-30 21:42

    語句のネーミングに深い意味があるのかどうかわかりませんでしたが、面白かったです。説明が無い分、色々な読み方ができそうだと思います。
    人類が文明を失って退化しても性欲は衰えないという設定は、むしろ退化したからセックスぐらいしかすることがない、というような印象を受けました。

  • 投稿者 | 2021-05-31 16:55

    男性には狩猟文化があって動物を乗り回して、女性は逃げている野生動物のような存在で、日常はどういう暮らしをしているのか疑問には思いましたが、創造された世界ではそこまで考えなくていいのかなと考えるのをやめました。

  • 投稿者 | 2021-05-31 18:24

    感想は一言です。
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