ペンウィー・ドダー、参上!

巣居けけ

小説

6,652文字

こんなヤツ知らない……。

立体的山羊。彼は自分が特別な山羊であると信じている。それは、昔に叔母である山羊から膝枕をされながら吹き込まれた虚言にすぎなかった。しかし立体的山羊は、自分から立体的山羊であると名乗るほどに叔母の言葉を全面的に信じていた。
「おれはいつでも立体的なんだ」
「だから、立体的山羊……?」
「ああ。おれはこれを誇りに思っているよ」

彼は、職を持っていない。栄養局に五年務めていた実績を持つが、六年目を迎えた時点で、局内にある特殊な局所属税係に、局所属税である六十円を一度も払っていなかった事実が発覚し、そのまま流しそうめんのように退職となった。しかし現在の彼には当時と同等の収入がある。父が作り上げたゼリー運搬業の三割の収入が彼の手の中に納まっている。弁護士をうまく使い、三割がこちらに流れるように仕向けるのには一年の時間を必要としたが、それのおかげで現在でも街中を自由に闊歩することができている。彼は、いつでも自分の四肢の位置を気にしている。いつしか、自分の体がモザイクのようになってしまうことをひどくおそれている。街で市役所の次に信用されている強迫委員会に相談を持ち掛けたことさえある。しかし、「おれはどうしても紙幣にはなりたくないんだ」という受付で放った文言を、委員会の連中はまるで子供の妄言かのように扱い、それらしい診察もせずに立体的山羊を舌で突き返した。立体的山羊は雪の降る街を歩いた。家には帰りたくなかったが、いつしか足は家へと自身を運んでいた……。

二か月前の悲劇を居酒屋で話していると、いつしか他の山羊からは、「そんな卑怯な心配事は、まるでプログラムだ! お前は生粋のc言語だ!」と非難のような物を投げられる。それを聞くたびに立体的山羊は、自分の脳という完全なプライベート空間に汚いミミズを流し込まれているような幻想を思い描き、暴れて怒りを表現する。しかし山羊の暴れ行為など大したことがないので、常に馬鹿にされてしまう。立体的山羊の生涯は、どこまでも続く無機質な部屋だ。雨上がりの港の隅で、透明なプラスチックでできたチューブを好みの少年の口に擦り付ける。
「ここにはな。おれの恥垢がついている。白と薄い黄色の恥垢だ」先端が白く濁っている……。少年は嫌な顔を隠さずに立体的山羊に見せるが、当の本人は嬉しそうに口角を上げ、そこから黄ばんだ唾液を垂らしている。

心身的同性愛を望んでいる技師が好む形を生成している教育者は、どこでも密閉空間を望んで行進を続ける。立体的山羊はすぐにチューブを落として少年に謝罪を求める……。「さっさとしないと、ケツの穴を舐め回しますよ?」
「すみませんでした」少年は滑り台へと走ってゆく……。

山羊は熱い鉄板の上を好んで、そこにゲロを吐き散らかしながら四足歩行を続ける。「おれは三つの点を信仰している」さらに煙草を、いつものように廊下に擦る。「昔に絵を買ったとき、すぐに貯金を崩して額縁も買っておくべきだった。まるでトマトか、隣町にある滑り台に付いた尻の跡のように、誰もが欲情をできてしまう絵画だったから」

山羊はすぐにバルコニーへと出て、そこで気ままに糞を垂らす。「ああ! いつでもポリエステルだな。お前らはどこまで行っても眼底だけを舐めていればいい」山羊は自分のひねり出した糞が、バルコニーの白い木の板で出来た床にしっかりと染みていくのを見届ける。満足感のある笑みを浮かべている。ビルの上にたたずむ怪盗のようだ。

立体的山羊が信仰しているものは、どこでも厄介ごととして扱われている付箋と同等だった。それから、かのクソ山羊はいつでも町のバーに入り浸る。赤いスツールに体重をかけ、友好関係を築けている店主に無茶ぶりを振りかける……。すでに成れの果ての立体的山羊の現在は、後方にある麻雀卓で無意味に金を落としていく堕落山羊たちの、太いだけのくたびれたゴムのような顔や、そこから流れる高級油のような汗を眺めるのが好みな弱い山羊だった。
「今日は一段と高値が飛ぶね……」空のグラスの底を長い舌で舐め回す。油のような味が這いずり回ると同時に、後方に視線が向く。「あの男。どうにもイカサマ師らしいな……」
「まあ、給料日が近いからな。それとあの男はここの立派な従業員さ」白帽子を被った人間の店主が新しいウイスキーを山羊に渡す。彼は麻雀で有り金を喪失した愚か者を一週間も自宅に泊めてやっている奇妙な人間で、それを目撃している常連客は、彼のことを酔いでふにゃふにゃになった口角で、「へへ、ゲテモノ好きのホモ野郎が!」と罵るのを一つの楽しみとしていた。油と虫の羽と羽の間のような臭いを漂わせた常連客に、店主はいつでも表現を和らげながら、「いいんだよ。おれは同性愛にも賛同している」とだけ宣言する。すると常連客はそんな店主の堂々たる視線に温かみを感じ、すぐさま彼のベットへ潜り込むことを希望しだす。店主はまたもや和らいで、自分のベッドは順番制であることを告げると、それまで番犬かの如く煩かった常連客達は、強烈な躾をなされた飼い犬のように静まり返る。

山羊は、油まみれの一文無し男たちがこのガタイの良い店主の家でされている白濁の羞恥心を妄想してすぐに気分が悪くなる。力んだ手にあるグラスのウイスキーを喉に叩きつける。発火しているような感触が食道を包み、すぐに追加の真水を要求した。

そこで新しい客がバーの黒扉を開ける。
「い、いらっしゃい。麻雀かい? 酒かい?」
「いいや。どうしても酒が呑みたい」

 

ベルギーに住んでいたという女は、気晴らしとしてこの街に現れた。

するとはじめに、山羊は目の前の女が美人であると思い込む。「ねえアンタ。おれとコンドームゲームをする必要はあるかい?」
「ないね。理由は一つで、私が今求めているのはただの保険証に他ならないからさ」
「ああ、そう。ならおれの出番はないわけね。まあ、おれはいつでも学区内に居るから。こういう石で出来た椅子に座ったり、川沿いの魚のヤリ場を荒らしたり、酔いつぶれている人間のケツ穴を好き勝手舐めてみたりしているんだ」

店主が床にウイスキーのボトルを落とす。(ここらの酒飲み屋の店主たちは、『もうあんたにはこの酒を振舞わないぞ!』という意思表示として、本人の目の前でボトルを壊すという行為をすることが度たびある。)
「やだ! お前ってそんなに下品だったんだな!」
「あ、おいおい待てよ。とりあえずおれの話を聞けって。隣の美女も、後ろの麻雀中毒のクソ人間集団もだ……」

立体的山羊は毛並みから煙草の箱を取り出す。赤い箱をすぐに開き、一本取り出す。口に咥え、長い舌で先端を舐め回すと火がともる。
「……まず昨日、おれはあのペンウィーにあったんだ。知ってるだろう? 医師のアイツさ。アイツはいつでも有名だからな。有名であり、多忙なんだ。その日もアイツは医師免許相手にプロポーズの練習だとか、コンビニでおでんを購入するための練習だとかをしていたさ。確かにコンビニのあれらを買おうとしたとき、店員さんにどんなふうに声を掛けたらいいのかなんていまいちわからない。学校では教えてくれないし、インタネットで検索をしても、『そんなの誰でも何となくできるでしょ』とかっていう雑な回答しかない。だからあいつのあの練習は真っ当だったんだ。待合室の黄色いソファーに免許証を立てかけて、それに向かってお辞儀だとかなんだとかをするんだ。笑顔だったよ。向日葵みたいだった。いや山茶花かな? そういえば隣にある花屋の山茶花は今日も綺麗だった。ペンウィーのあれは彼岸花的笑みだったかもしれない。とにかくおれは、あのペンウィーが臓物を前にしているとき以外にも破顔をすることに驚きを感じたね。ところで、どうしておれが病院に行ったのかっていうと、実は最近テントの具合が悪くてね。ムスコの面倒は自分でみなくちゃならねえ。だからあの病院のドアをたたいたのさ。頭で、ゴツンとね。

それからペンウィーはすぐに出てきた。山羊であるおれの頭を見下すとすぐに顔の全部のシワをぐにゃって曲がらせた。
『おいおい。私の素晴らしい医学知識の噂は、ついに山羊にまで迫っていたのかい?』ペンウィーは病院の全ての聞こえるくらいの声をおれに向けてきた。おれはもう自分のムスコのことで頭がいっぱいだったから、とにかく治療だかなんだかをしてほしくて、『アンタのスーパー医学を見せてくれよ』って舌を出す。思い返すと、その思い出し行為だけで顔が破裂しそうになるくらい必死だった。でもペンウィーのヤツは、おれのそんな一言で、おれがただのバカ山羊じゃないってことを見抜いたんだな。まあ山羊の世界に医学なんていう概念はあまり浸透していないから、医学を知っているだけでも、結構人間社会に順応している山羊だってわかるんだな。おれの場合はそれに加えてペンウィー医師のことを知っていたから、なおさらあいつに自分の頭の良さをアピールできたんだ。ペンウィーはすぐに自分の血相を、おかしなピエロから最高の医学者にすり替えると、『施術を始める』ってメスを取り出した。あの素早さには驚いたな。だっておれは普段まばたきをしないけれど、そんなおれですら、いつの間にかペンウィーはメスを握っていたって思わせたんだぜ? あれってどこから取り出してるんだろうな。特撮ヒーローの変身ベルトと同じ原理で、ケツの穴にでもしまってあるのか? ……なあ、ペンウィーが巷じゃおかしな医者だって言われてるけどよ、おれにはあの最高医学男が、ネジをトイレに流しちまったマッド・サイエンティストだとは思えないんだ。おれはすぐに華やかな気持ちになったよ。まるで駄菓子屋でかき氷を食ってる時みたいだった。ペンウィーはしゃがんでおれの股に手を突っ込んでくるんだ。なんだか他人にプライベートをまさぐられているみたいで気持ち悪かったけど、幸いおれは自分で自分のプライベート空間を荒らしたことがあるから、その辺は問題なかった。テントの一番上に針みたいな刺激が集中し始めて、すぐにこれは施術なんだって気が付いた。子宮の中に居るみたいな安心感が体を包んで、それはじんわりと皮膚に染み込んでくる。筋肉や神経がふやけていくのを理解した時にはもう遅くて、おれは倒れるようにペンウィーの腕に顔を落とした。ペンウィーは確かに黄色い白衣を着ていたけれど、あの体臭はきっと山羊受けするぜ。臭いフェチのおれが言ってるんだから間違いない! そんな中で施術は続くけど、ペンウィーはどうにも疲れている様子だった。当然だよな。だってペンウィーは、ここらでは最高の医学者なんだ。仕事が多いに決まっている。だからおれは、そんなペンウィーを癒すために、また自分にとっては少し暇なこの時間をごまかすために、叔母のことを喋り始めたんだ……。
『なあペンウィー。おれはアンタに感謝しているけど、アンタはやっぱり大変なんじゃないかい?』
『はははっ。やはりキミは最高の山羊だな。ぼくはたくさんの山羊に出会ったけれど、キミほど頭の回転が良い山羊はいなかったよ……』ペンウィーはそうして施術を続ける。おれの視界の隅では、無理矢理口角を上に向けているペンウィーが居て、見ていると、なんだか胸の辺りがへこんでくるんだ。
『なあ、おれの叔母の話でも聞いてくれよ……おれの叔母はおれに、自分の価値ってものを教えてくれたんだ。おれに立体的山羊っていう名前をくれたのも叔母だし、ほかにも叔母は、おれ五つの頃に村人を何人か始末しているんだ。汗を流さずにデスクワークを続けて、街の中央の広場ではいつでも抽象的な詩を演じていたさ……。でも当時のおれはそんな叔母の姿に疑問があった。当時のおれは何も知らないバカ山羊だったからな。すぐに疑問を口に出すと、叔母は決まってそんなおれの顔面を腕で覆って、駅前で宗教勧誘を行っていそうな湾曲した声で、『港にはね、いつでも塩を頭から被った三人以上の人間が居て、いつでもアーケードの格闘ゲームを体内に移植できないものかと熟考をしているんだよ。世間では悪者扱いされているけどね、私はそんな人たちことそが、この世や山羊界隈の未来を明るく楽しいものにするんじゃないかって信じているんだ。だからお前も、全員で蜜柑を食べたり、空き缶を無理にでも拾ったりするのだけはやめておいたほいがいい……』って囁いてくれる。あの声は今でもおれの大事な子守唄さ……。またある日は、喧嘩をしている両親の腕に手錠を掛けて、サンタクロース治療室の歌を歌いながら自室に連れていったことがあった。どうしたんだろうと思って付いていくと、そこでバナナで作ったサルの置物を強制的に食わせて、吐き出す度に自分の前歯を飲み込ませるっていうお仕置きをしていたさ。両親のために前歯を泣きながら引っこ抜いている姿は格好良くて、おれは思わず声を上げて応援しちまった。あの人は本当に、その身の全てを使って大統領よりも自由な生活を送って死んだんだ……』
『立体的山羊。キミの叔母さんがどれだけダイナマイト的人生を歩いてきたのかはよくわかった。一度全裸で語り合いたいくらいには興味が湧いたさ』
『そうかい。まあ叔母はおれの数少ない人脈の中でも、ぶっちぎりで最も尊敬できる人間だからね。嬉しいね』

それから、施術はすぐに終わったよ。まあ、その間に何人かの人間の女から笑われたり写真を撮られたり、カクテルを投げられたりした時は弱音みたいなのを吐いちまったけど、そのたびにペンウィーが、『ああ大丈夫。この実験が終われば、キミはいつもの最高性欲マシンに戻れるから』って寄り添ってくれた。それから最高のアダルトビデオをいくつか教えてもらったけど、どれも女優がまともな人間じゃなくて、その時ばかりはペンウィーの趣味に圧倒されたかな」

女は飲み干したカクテルのグラスをカチンと言わせる。山羊はすっかり溶けているコカイン・アイスの棒を持ち上げる。
「おれの話をここまで聞いてくれたのはキミが初めてだよ。おそらくキミはペンウィーと同等か、それ以上の良い人なんだろうな……」立体的山羊の視界が立体的に湾曲していく。すぐに自分がベッドの上で横になっていると思い出し、近くのテレビに電源を送り込む。天井が迫り、壁が床として機能しだす……。一度だけゴート・ヴレイク・ダンスを踊ると、視界が再び湾曲していき、バーの席に戻る。
「あれ、ペンウィー? キミはペンウィーなのかい?」

山羊は目の前の医師がペンウィーであると思い込む。
「僕を救ったペンウィー・ドダー!」
「ああ! どうやら少し急ブレーキを外してしまったらしいね。もう少し斜面にマッチポンプを強いていれば、あるいは喋る山羊らしい格好を続けていれば……。キミは今よりも上の段階でムカデのような化け物になってしまっていかもしれない……」山羊の隣のペンウィーは、レモンを溶かし込んだ白衣に青色のシャツ、桃と白の縞模様パンツといういつもの出で立ちだったが、今回ばかりは外出用の黒タイツを足に履いている。「これは工場長の皮膚で作った」
「そんなことができるのかい?」
「皮膚を剥がす宗教があるのを知っているだろう? ちょうどここの店主がそれだ。私はそこの宗派の人間を治療したことがある」

ペンウィーのメスが宗教系の神経回路に鑑賞できる可能性があることは、山羊も新聞などで目にしていた。しかしそれは、同時にペンウィーが国際系の諜報機関に携わっていた可能性を示唆しているので、あまり国家系に良い印象を抱いていない山羊や店主はすぐに泥のような顔をする。「アンタが反国家であることを願うけど」
「まあ、ぼくはいつでも自由の味方だからね。それに、ああいう権力の争いは苦手なんだ……ところで私は安置所に行くべき用事ができたので、ここいらで失礼するよ……」

ペンウィーはすぐにコカイン・アイスの棒を山羊に差し出す。黒文字で、『たぶん当たり』とだけが書いてある木製の棒を向けられた山羊は、ペンウィーの瞳を見つめている。ペンウィーは、自分が勤務している病院の死体安置所に入り込み、その中の美形な死体と性行為を行っているという噂があった。彼が「生きている人間とヤるなんて、品が無い。一つの性別の人間としかヤらないのは、もっと品が無い!」と豪語している瞬間を何人もの記者や警官が目撃していた。
「じゃあ、今度はしっかりとした医療施設で会おうね」

ペンウィーはすぐにバーを後にした。

2021年10月17日公開

© 2021 巣居けけ

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