知的山羊たちの液体公園。

巣居けけ

小説

10,632文字

二日後には全てを忘れているさ……。

少年ココアの香りが聞こえてくる。ビスケットだった少年が、午前三時半の珈琲豆で高跳びを成功させている。五時間前と、二日後の新聞に墨を流している……。

砂漠で作られたままのカレーライス。赤身を残したドレスのような海で、歯列の遊戯を楽しむ長身の学生が、病原菌のような鉄パイプで女を殴っている……。

太陽の破片で惑星が死ぬ。病棟も知らない病原菌の素顔。菌が男性の皮を突き破って、うちわのように風を送り届ける。さながら、小学生の登下校を見送る父親のような、百点のテスト用紙だけを視ることができる笑顔の病原菌。夕焼けとシチューを恋しく想う病原菌は、木製椅子の上で山羊に変身することができる……。女だけが探検家として生き残る。洞窟に侵される未来が映ると同時に、病原菌のように、打ち上げられてから死滅してゆく……。

喫茶店の新鮮なドリッパー。カフェテリアを淘汰した後の喫茶店。小石の珈琲飲み屋を潰した不動産会社が、二日後に現れる新天地を珈琲に浸される。一人称を知らない山羊の密会と撮影者の頭頂部。プラスチックの焦げ茶色が電線に飛び交って、ココアの成分を増幅させている。光を知らない山羊のドーナツを重ねた角が、都会から押し寄せた道楽主義に切断されていく。桃色の作業服が納豆のような血液で汚れて、染みになって、男性に射精を促す要因に成り果てる。

全ての男は病原菌として射精を行い、白色の臭いアーチで女の肉体美を語る。夜には山羊として、路地裏の違法薬物を扱って死滅する……。「おれたちは、黒色火薬を使っても、お空には打ち上げられないけどな!」花火大会のような大がかりな火炎を知らない山羊たちが、ビール缶に詰め込んだコカインで踊りを作る……。

体温を測った時、味噌のような希死念慮。正確な飛び降りと、脳のような希死念慮。病室でそれをまき散らし、他人の願望と混ざり合って、希死念慮のビルを作る。夕焼けに当たった身体が、やはり飛び降りを志願する。満員になった精神病棟を見渡して、自分が透明になったと思い込む。
「アタシはいつでも首を括れる」太いロープにキッスをしている。薄青色で長髪の褐色女。
「喉を掻っ切って、この世とバイビー!」ベッドに固定されたベリーショートの幼児。引き延ばした昆布のような拘束具に鼻水とフケと血の塊が散乱して、彼女のホルモンの臭いが鉄格子越しにも味わえる。「見てんじゃねえよ! 死ぬぞお!」

海外で取れた人間が人参のような賛歌を唱えて、人事のデスクの上と下に落ちる。幼児はラーメン屋に並ぶ脳が死滅した老人のような地団駄を三十回ほど続けると、受験に落ちたことを発表当日に知った学生のような顔をして自分の足の爪を眺め始める。「人が死ぬ激臭」

稲妻を食べつくした羅針盤。生徒たちは、語り掛けてから舐め尽くす。

うつつを抜かす生徒たち。フィギュアの制作過程に、砂漠で作られただけのラーメンの熱と、二日後の冷水を差し入れて、職人のようなカードで決済を続ける。バナナのような、あるいは飴玉のような人間だけが心中できる世界の端の、忘れられた花瓶の席。「私は飛び降りができたから」

彼女のような志願者はいつでも山羊に縛られて、花瓶を交換されると発狂を続ける。しかし、すでに死んでいる山羊からのキッスによって、一時的に幼少期の冷静さを取り戻す。「私は、したいことをしただけだから。その結果が、死体……」医学生は誰も笑わない。彼女は、医学生が他人の生死で笑みを浮かべないことを知らない……。
「ぼくのようなみすぼらしい、いざという時には家内の板や、路地裏の山羊ですらも食べ物にしているような人間でも、病気の足元で靴を作り続けることができるらしいのです。ララバイ」
「君は人間?」
「例外もありますが」そこでチェーンソーを取り出す。アロハートという王国の精液チェーンソー。そして豆まきの際に鬼の役をさせられるちょび髭親父のような顔をする。「書類はどこだ。トレンチコートの中には何もない」
「私は孤児で働く刑事ですよ」クレヨンのような双眼鏡で頭を叩き続ける。「ほら。さっさとチェーンソーを振り下ろしてくださいよ。精液だかなんだか知りませんが、よくわからない国を出されても、混乱するしかありませんのでね」執事らしい右手で促す……。

そして職人はソーを自分に向けて振り下ろす。彼にとっての決済が振り下ろしだった。頭髪が跳ねて消えると、皮膚の破片が天井を埋めて肉体の臭いをまき散らす。肉と血が飛び散って、職人の肩と心情と、この世の風圧の全てを温める。目撃をしているジャンピング・カーの全てが、水平線の向こう側に、高校時代の好みの数学教師を思い出して笑い、去る。「明日のチャンバーに次弾があるの」
「それからどうなったって?」診察室で精神科医が訊ねている。患者の女は右手の親指を顎にあてがいながら、探偵気取りを装っている。
「ああ! 医者のような金額だったわ! ちょうどアンタみたいにね!」
「それは傑作だな。警官は何て言うんだ?」精神科医は和紙のような乾いた笑みでカルテを握る動作を見せる。すると奥の看護婦が新品のお茶が入れられたペットボトルを持ってきて差し出す。精神科医は小さく礼を言いながらそれを開封し、患者のゴマのような顔にぶちまける。

半分ほどが消えたお茶を飲み干して、ゲップを二回行った精神科医。
「それから、どうしてその巡査部長はチェーンソーを持って逃げたんだ?」

患者は自分の両手がチョコレートケーキになり果てたことにようやく気がつく。天井を見上げると、メスのような結晶が入れられたシャワーヘッドが、二つとも潮を吹いている……。

正義を信じている警官が叫んで、赤子を蟻のように潰す。「おれは森林伐採の経験があるんだ」チェーンソーを持って、自分の二本の頭皮の真ん中を切断していく……。
「私の飴玉に唾液があるの!」

蟻の巣の中に居る巡査部長……。
「どうしても女に手錠を付けてみたいの」

彼女は、自分が気に入った全裸の女に、手錠と弾薬と、アスパラガスで創られたショットガンを持たせてから、消灯時間を過ぎた病棟のような深夜を徘徊させるという目標を持っている。幼少期の地震と、部活での準優勝が彼女の右の脳を変動させて、バナナのような香りと、薬物になり得るフケを頭皮から生み出している。

漂う羊水に、数学教師の尿が入り混じる。「これをハンバーガー・チェーン店で出すの。新作のメニュー表よ!」自分が爪楊枝になったと思い込む。
「子供は三人で、全員に前頭葉が無い」原則として、彼女のようなハーフの人間には、羊水を作るための前頭葉が配られる。タイマーが鳴り落ちて、新幹線のような妊娠作業に両手を使う権利がある。

落雷に照らされた席の住人が精液のアーチで移動を開始する。彼らの衣服は汗と体液で濡れて蒸れている。
「どうしてインスタントラーメンを食べてはいけないの?」

全ての女性と半数の山羊が、一斉に警察官の向きに嘔吐を開始する。開腹フェチの老婆が新作のメスで逝く。医学を極めたシリアルキラーが、渡航先のバス停で初めての目撃者を生み出す。書道家の青年がインスタントコーヒーの粉を、借り物の台所に落としてしまう。「腐った米の臭いになるよりはマシだろうか」

日記を捨てたゴミ箱の自律神経を考える。三年前の自殺者の女生徒が、数学教師に山羊を仕掛けてようやく成仏してしまう。両手の花瓶で机を破壊し、医学生に生死の美しさと、面倒くささを同時に問う。
「これでも医者に成りたい?」
「いいえ」

パッケージの改善を行って、焦点を得る。眼帯で作られた道で希死念慮を歩く。注射器の向こう側で染め物を続ける。うちわが待っている。新聞記者と配達員が仕事を持っている。
「おれたちは風のように錠剤を飲むことができる。注射器はいらない。だから、あそこの山羊を解体するスーパーマーケットの中で包丁を振り回してレジを回転させる。店長の胃の中の回転率を上げていく……」松の木でキツツキを創る刑務所人間。涙で濡れている山羊の死骸で唐揚げを呼び出して振舞って消える。「チェーンソーが唸っている音が聞こえる……」

耳をふさいでいる刑務所人間。彼の右の、こめかみに埋もれている塩と、調味料の香りを判断するためのスプーンが、キツツキの形を成してレジ係に襲い掛かる。太陽の火炎がバーコード読み取りの作業を妨害している。「唐揚げを作れと迫って来るんだ……」バックヤードで懸垂を繰り返すレジ係。眼鏡のヒビで、月の生理周期を読んでいるレジ係……。

スーパーマーケットの警報音が、ドレスを作るための工房に鳴る……。旅人の中の落語家が、夕焼けの浮かんでいる深夜の、赤色ビリヤードに入店して行く……。

まるで定規のようなきめ細かさ。クリーム色のタイルにコンビニエンスストアの油揚げを作る。
「でも、おでんは百円を超えているよ?」ここがコンビニエンスストアの床であると思い込んでいる少年が、赤色野球帽でビリヤードを再現している。店内放送の余韻で猫の屍が流れている。

田植えのようなポストに投函の予定を書き込む職員。診察券にキッスを近づけて、新品の看護婦衣服に石炭を練り込む。街中に流れる埃の粉が、配達係からの置手紙と、精神科医が作ったサツマイモで、架空のワルツ作っている……。
「まるで理科の授業のようだな」

サツマイモが煙の中に落ちてゆく……。それを見降ろす教授たちが、モーニングココアを楽しむような双眼で自分の性癖を呟いている。赤子が兄弟と始めるドミノ倒しのような、精液と乳首の弾かれる音。

ステロイドで作られてたビル群の最上階たちが、回転するつむじでモシン・ナガンを磨いている……。「かの英雄が、戦績で女を買ったというらしい……」確実に半音だけがずれているオーケストラの、女局長の涙のようなバラードが流れる寝室。四隅をバスタブに支配され、張られている湯には、泳いでいるスパゲッティたち……。
「英雄たちは、この武器でどれほどの英雄を殺してきたのだろうか……」木炭で作られた椅子で伸びている白髪の局長。居酒屋で押収したモシン・ナガンを素手で丁寧に撫でている。舐めるような、愛撫のような指動き。クリーム色のバラードが、そんなモシン・ナガンの木目の、割れている部分にゆったりと張り付いてきて、染み込むと同時に重火器の戦時の歴史の逆再生が始まる……。

局長の中の新聞紙でクーデターをシミュレーションしている職員。ポストの膝を舐めている山羊の体毛が、体内のコカイン液体の動きを黒色で表している。
「あれはどのような仕組みなんだ?」
「胃液が直接、毛根と連結されているのかもしれない」

質の良い芸であると勘違いした通行人が、山羊の両耳にコカイン専用の硬貨を挿入する。山羊はそのたびに電子レンジのような音で鳴いてみせる。
「見ろよマック! こいつは生粋だ! 人間の友人の皮膚でタンバリンを作っている、人間の母親でオーケストラを実現させている! しかし彼の耳はこの通り硬貨まみれだ! だから半音ズレちまうんだ! コカイン好きの生粋だあ……」新聞紙配達係の野球帽マニア。
「ええ、ええ、それはわかりますが、僕たちって今、はじめて会話しましたよね?」
「良いだろうそんなこと。それよりもマック、君のガーターベルトに加えられているハート型の金色の金具が、おれにはどうしても男性器に見えてしまうんだ……。君はレズだろう?」同時に自分自身がゲイでありマゾであることを指さしで示す。人差し指をありえない方向に二回ほど回転させて、ひらの中の肉にめり込ませる。噴き出る鮮血はマックの顔にレズらしい血管を浮き上がらせて、配達係は自分の肉の中の骨をマックに見せる。「お前はなぜそれを付けている? あるいは、都会に降りた管理会社の、最善策を搭載した警備員か?」
「同類なのかもしれませんね」
「なら、さっさとずらかろうぜ! 悪党みたいに! あるいは盗人みたいに」

唇で最新のスポーツカーのエンジン音とタイヤがアスファルトに擦れる音を演出する配達係は、自慢のゴーカートで路地裏に消えて行く……。

カフェインの中にある蟻の死骸が、コカインと同等の惑星を創る。トンネルの上を歩いていると思い込んでいる山羊たちが、新作のチューブに舌を伸ばして金を払う。「奴らはどこまでも忠実だが、同時に破滅願望の塊だ」事務員はそれから子供用の鎖の付いたゴーカートにしゃがみ込んで、山羊のテーマパークに発進する。
「なんだあいつ、ヘロインの打ちすぎか?」ガスの灰色の香りにコカインを見出そうとしている山羊の同僚が、彼の背中を見送って、クロンダイクを続ける……。

自分の身体が人間の物になっていると思い込んでいる四足歩行。
「このスーツは洗濯の香りや涼しさを知らないんだ」新人教育係の彼は、粘液ソテーの使い方を知らない。

三日前の卵かけご飯になっていく。人間はクンニリングスが好きすぎて、セックスの仕方を忘れてしまう。事務員は性処理の資料と実物のオナホドールを前にして、スクワットの汗を舐め始める。「家で飼ってる山羊の名前は『とみた』ですから。ああ。これは、そのお母さんとヤったお父さんの写真です」血まみれ女は拳銃をトンファーのようにして戦う。「実際のところ、彼は大声を発する芸当にひどく憧れていたんだよ。ぼくはもうお風呂に入りたくはない……」色の無いハンディカムを使用する爆音収集家の彼は、自分の仕事場が流出した件についてのみ釈然としない感情を持っていた。
「まともな婆さんは居ないじゃないか!」記者の彼。山羊の新聞で二日の逃亡生活を語った彼。純粋無垢な推薦文を、図書館宛てに書いたことのある彼。

役者気質な記者の彼は、編集長にとっての、いつでも切り捨てられる便利な駒の役割も担っている……。
「私は例の、迫り来る埃臭さに鼻をつまむことをせずに、むしろ鼻孔に灰色の空気を取り入れた……。全身を巡っていると想像できる電磁石が、気味の悪い両親の顔を上から塗りつぶすので、私は四年ぶりに安眠の中で銃を抱くことができた。すでに珈琲飲みのひったくりカウボーイのような体格を捨てた私と、新聞紙を食べつくす物書きの司書、さらには駒の記者の彼は、この世という瓶の中に存在している薬を使う者たちの全ての財力に、プラスチックの光が進み続けることを心臓と共に描いていくはずなんだ」

麻酔の針でタルトを作る商人の飼い犬。あるいは、塩加減を間違えたミネラルウォーターに、天国のような色の肝を隠し通してから、詐欺師のような飲食店にレッカー車をぶつける黄色ヘルメットの作業員。
「スプーンが紫色に変化している!」滑車を駆使した化石に敬礼をする学者……。黒色ローブの隙間から手錠を持ち出して、店員とシェフの手首に掛ける。彼らが賢明に隠していたリストカット痕や、それに付随しているアトピーの痕がテレビ放送で暴かれる。
「これは昨日の女警部からスリをした物なんだ……」学者は自分が激しい波が続く強烈な崖の隅に立っていると思い込む。「だから女の香りの鉄で捕まった君らは、とてもとても幸福」
「アンタも泥棒じゃないか!」シェフが紫色スプーンを投げる。店内を一周して店員の後頭部に激突する。
「どうしておれを狙うんだ! アンタは例のプロブーメラントレーナーと、回転式のセックスをしたんだろう?」
「……そうだけど?」

罪人に成り果てた二人。すでにそれぞれが、自分専用の囚人服や橙色のツナギに身を包み、泥のような食事で一日を過ごすことを想像している。

飲食店から連れられた彼らは、入り口に激突している新品パトカーに偽装したバンに押し込まれて消えていく。運転席に乗り込んだ学者は誰にも目を合わせずにハンドルを、女性の頸部にそうするように触れてバンを発進させる。

目撃していた山羊の経営者が、遠ざかって行くバンの崩壊している後部を見つめながら、テーブルのビールを二秒で飲み干した。
「こいつも、やがては、おれの血液の一部になるのだ……」赤と白のギンガムチェックのクロスが敷かれたテーブルにグラスを戻す。
「粛清」

途端、横の壁から生えてきたシェフの枝のような腕が、新しいワインを注いでくれる……。
「見たことが無い色だな」
「ああ、これは取れたての新作なんだ」壁の向こうから声がする。伸びている腕も、掃除機のコードのように壁に吸い込まれて消えていく。「お楽しみあれ……

アンモニアが香るワイン……。最新式のバンの、ガソリンの臭い。実験用に購入したものであると必死に思い込みながら飲み干すと、ドアの無い便所の香りが鼻を通って抜けていく。経営者は自分の過去の、便器掃除員の身分が現在も続いてしまっていると思い込む……。
「最後にここのスパゲッティを食べたのは、何年前だっただろうか」
「三年前」全ての体臭に備えた救世主のようなアンモニアの窮地と、それらを袋詰め作業にて死滅させた引率責任者たちが、ミネラルウォーターの管理会社の、よくあるちくわぶビルに変化して、便座と共に浮上する。取り上げられた性器の恋人が、あるいはローション・カプセルが、右腕と共に授業の記録を学習机に押し返すので、隣町の音を肌に塗ってから、就寝の目処を立てていく。
「ほら、こうすれば直立を続けてくれる」

一人称を知らない彼らだけがコンビニエンスストアを利用する。
「コツはただ一つ。鳥類を、必死におだてることであります」海軍兵士のような敬礼の、究極のドミノ戦士……。

二月二日と三日の間。三時と五時のアキレス腱の油揚げ。この世の象はその三分の一が一歳まで生きられない。ならば人間は? あるいは、彼らを主とする生命体たちの礎のような脳天はどこへ消えてしまうのだろうか。学者と印象操作の達人が、瞬時に、自分の両耳を女の取り出したばかりの大腸で塞がれている妄想にのめり込む。「これは気持ちの良い物です。気持ちの良いものなのですよ。どうですか?」

全ての飲食店経営者にうちわの中の大腸を推奨していく。書類の女の鮮血で、三日の禁欲を破壊してしまう……。
「おれはここ数年で、随分と疑い深くなってしまったわ。誰のせいだと思う?」
「裁判官?」
「おまえだよ」

新しい飲食店が空地に降り立ったと連想してしまう……。土嚢を脳と勘違いした力士の弟子。「究極に近い境地だ……」
「おれは裁判官だけど」

晒された経営者の一人が訴えている。大衆は巨大な交差点の真ん中で鍋を始める。鉄と酸素の蓋を素手でいく……。
「いいからお前は、猫を出荷することだけを考えろ!」

シュノーケルだけの海……。塹壕を沈没させたシチュール・パラダイスで文化を書く。サーモンの大群を水面上から撃ち殺して、シュノーケルにこびり付いた塩を、シチューの色と香りに変えていく仕事の少年。腰にトンプソン・サブマシンをぶら下げる猫が、彼が読むべき新聞紙を持ち歩いている。
「ああ、ありがとう。これからコンビニで買おうか、それとも老婆の物を盗もうか、山羊に吐き出してもらおうか、ひどく迷っていたんだ」猫の鉛玉のような色の頭部を、灰色の素手で撫でる。猫は長い舌を出して、手の甲に張り付いている塩とシチューの断末魔を舐め取ろうと奮闘し始める。少年は懐の首輪を自分につけて、先のリードを猫の右眼窩に入れる。
「あんたなら、おれの飼い主にちょうどいい」ギターの六弦が二人の出会いを祝福しようと揺れている……。アルペジオの拍手が新しい波を創る……。

歩いてきた夜道を振り返ると、アスファルトに直に置かれたはまぐりが、何の気なしに開いている……。なら、中にあるものは何? ただの美味しそうな身? 九十年代のロボット玩具? それともやっぱり、ステロイドの蓋?
「知らないよ。ぼくは夜を回ったことが無いから」猫が百足の巨人に飛び込んでいく。百足は無数の足で、眼窩の中のリードを吸い取る。
「まるでスパゲッティを食べているOLみたいだ!」

百足の使われていない足をかき上げて、彼の、筋肉が露出した右頬にキッスをくれてやる。すると地上の水準が上がってきたので、猫は必死に山羊のふりを始める。自分の脳を貫通している二本の角が実在するものであると思い込みながら瞼を閉じると、次には二本の小枝のような角が、百足の筋肉の繊維を破壊して、彼の死骸としての始まりを祝福していた。

あたりを見渡すと、手を後ろで組んでいるギタリストが整列している。山羊は五年ぶりの四足歩行で道を歩き、この宇宙服のギタリストの中に、黒服のベーシストが紛れていることを発見した。
「君はこっちじゃないだろう?」サラダのような顔面のベーシストの、トマトの頂点のような眼球に向かって問う。
「シュワルツシルト半径」
「いそいで向こうに行きなさい」

山羊は、財布の一部分をそれ専用の入れ物にしてしまうほどに熱狂的に一円玉を収集している男が、札束を挿入する場所にて一円玉を発見し、速やかに一円玉の入るべき場所に移動させるためにつまみ上げるような指使いを、長く伸ばした舌で再現しながら、黒服のベーシストを持ち上げる。スニーカーが宙を舞い、蛇のような両足に蛆が湧く。顔面の野菜がドレッシングと共に落下して、底のない黒色に吸い込まれて石と成る。小石のようなそれらが、いずれ人間のような人参と山椒の足を躓かせることを山羊は知っている。
「いそいで向こうに行きなさい」
「ホーキング放射」

しかし、この黒色の空間には、百足の死骸の後の香り以外の物質は存在していなかった。この、人間のネガティブ思考のようなどこまでも続く後ろ指の空間は、一時間ごとに気温が三度ずつ下がっていき、マイナスの向こう側に到達した瞬間、三時間と十五分の維持を開始する。全てのタイマーが規定通りの時刻に鳴り響くと、タイマー静止係が動き始める。起床した老婆のような足で自身らの百足の足のような髪をかき上げ、桃色のプラスチック・ボタンを押して周る。錠剤のようなボタンは押されるたびに、前世の人間の記憶の中から、自分の性癖を取り出して宣言する。「おれは極上の赤ちゃんプレイでしか抜けない」
「おめでとうございます! 大きな赤ちゃんです! アンタとウチの子供だよおおおおおおん」白身にまみれたテフロン加工の赤子が、山羊の子宮から這い出てくる。

老婆は最後のプラスチック・ボタンを両手を押し込み、すぐに二階の寝室に帰って消える。暗闇は予定通りに、気温の下がりリズムを再開していく。

赤子は山羊の顔を見つめた後に、山羊の舌を伝って黒服ベーシストの全身を這う。この黒色の空間に、見事に溶け込んでいるようで、実は全く溶けていない黒色赤子は、自分のボウリングボウルのような頭を悔やんで二階に続く。山羊は黒服ベーシストを無限の黒色の中に落とすと、三年ぶりの四足歩行でそれを追跡し始める。

そもそも、黒色においての二階とは何なのか。概念的な存在を百足の言葉だけで語るのは、芸術作品の上に乗るペンキや万年筆を否定するのと同様に、楽観主義だけで行うことができるはずだ。暗闇に浮かんでいるように見えている畳で構成された二階。この長方形の、どこまでも続く寝室では、やはり例のタイマー静止係たちが足をそろえて眠っていた。

インシデント・コラボレーションは、小道の岩で右足の小指を砕いてしまう。二度目の金曜日に巣立った山羊頭の通常の鳥が、桜色の羽を持った人間と所帯を持つことに賛同している……。

カフェテリアにて、鳥類の性器を観察する観察係の山羊人間。彼は、首から上の全てが白い山羊。しかし身体は通常の人間の男性。毛並みのような白色のポロシャツに、黒のコートを着崩している彼は、注文した珈琲に息を吹きかけたことで浮かび上がる波紋の流れで、上空の鳥たちの動きを先に読むことができる……。

ネクロフィリア愛好家の男たちの、愉快な大地踏みしめ過ぎ問題。
「それって、ただのネクロフィリアとは違うの?」

横からぬるりと出てきたビスケット少年。ビスケットの茶色の野球帽を被った男児が相席に腰を下ろしてココアを注文してしまう。

観察係の彼は珈琲上の波紋を閉じて遠くを視る。
「彼らはネクロフィリアが好み……。死体に性欲を感じている姿を見て、性欲を感じていることがよくある……」両手で鳥類を持っているふりをして、珈琲を半分だけ呑む。「君はココアしか、イケないのかい?」
「まあね。僕は祖国の人間じゃないからね。……ここの店主のことも、詳しくは知らない」
「あれはアメリカの元大統領。暗殺されたと思わせてパンイチで逃げ切るってのを、三回連続でやり遂げた、すごい彼」
「へえ。ところでそれって美味しい?」ビスケット少年は珈琲に薬指を下ろす。しかし水面からは三ミリほど浮いた地点で指の進撃を止め、珈琲の苦い香りの熱を爪先で感じる。「なんだかココアみたいだ」
「マシーネン・ピストーレみたいな味」舌の裏側からマウザーの藍色の化身が這い出てくるような気持ちに落ち着く。

観察係が御用達にしているこのカフェテリアは、昼時にぎわうことがある。無数の深緑の丸椅子に丸テーブルを占領しているのは大半が人間ではあるが、彼と同様の頭部だけが山羊の山羊人間や、純正山羊をペットとして飼っているセレブ人間も、ここのちょび髭親父が作る山羊の首輪型のガトーショコラを求めて来店のベルを鳴らして入って来る。店内は熱気で溢れ、観察係のフリーターのような恰好が村八分にされる。ビスケット少年に関しては、自分が山羊の学校に潜入している時のような鋭く無数に分裂した緊張を肌で感じてしまっている。
「赤ドレスの女の人たちが……」
「大丈夫かい少年。彼女らはすぐに帰っていくさ」彼は落ち着いてちょび髭親父に珈琲の二杯目を注文する。そしてビスケット少年の首元に右手を伸ばして、猫や山羊にそうするように、ころころと撫でる。ビスケット少年は和紙のようなくすぐったさを頭皮から生まれるビスケットによって示し、床に落ちていくビスケットがちょび髭親父の機嫌と赤ドレスのセレブ人間たちの野次馬根性を刺激する。

全てを見届け、自分も一人の観察係に成ったことを自覚し、溶けるように消えていく、空の一杯目のカップ……。コースターには二杯目が置かれている。

彼にとっては、現在のカフェテリアの込み具合は、『込んでいる』の内に入らない。パキスタン・イスラム共和国という国や、アジア大陸の人口数からすれば、ここのカフェテリアの収容許容人物数など、大した数ではないのだから。

2022年2月12日公開

© 2022 巣居けけ

読み終えたらレビューしてください

この作品のタグ

著者

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

"知的山羊たちの液体公園。"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る