奉祝繁盛店

飽田 彬

小説

16,258文字

つじつま合わねえ妙ちきりんな夢とて、オラたちがしがみつくこのおっそろしい生そのもの……祭り好きの彼女は如何にして繁盛店主となったか。

そら、こったらババひとり、こぎたね店だども、なーんも、そったらバカにこいたもんでねえ、ほれ、もちゃくちゃしてねで、はいればいっしょ、ちゃちゃって坐れ、そこさ、ほれ。

たーいした旨いって評判なんだよオラとこ、おまけにバエるべさオラ、ちかごろだばバズりにバズっちまってよ、おかげさんで千客万来てやつだ、ま今日だば、ごらんのとおりヒマだども、ん、んだんだんだんだ暑いせえだべ、んだ今日だばなあーんもかもねえ、クソあっぢなんてもんでねえな、も彼岸だっちゅのに、なんだべこの季違い陽気、どってんこいたなんてもんでねえな、ホントこのクソ暑さだば、あたまヘンになっちまうべさ、こったら想定外の腐れ真っ昼間、まぬけヅラこいてフラついてんの、おめえみてえなうすらハンカくせやつだけだべ、ぶはは、ほれ、ちょっこしその小皿よけれ、いま炭おこしちゃるから、ほれ。

えっ、そうかい、旨いかい、そだべ、オラとこのホルモン旨いべ、したらどれ、もひと皿喰うかい、ほいっ、あんがとさん。

こないだなんか、あれなんちゅの、ほれあの、相撲取りの下っぱのアンコども、ふんどしかつぎったかい、あれ三人づれできやがってな、そ、そそそそそ、こったら狭い店あったらの三人もよくはいったもんだ、オガればいいってもんでねえべよな、したっけよ、アンコどもだばンめえンめって百人前ばかし喰らってったわ、うっそでないって、ほんとの話だあ、もお肉ねえたって、もっとよこせもっと喰わせれって、まあーままままま、ワヤだったさ、あ、炭足すかい、いいかい、そうかい。

あーあぢあぢあぢあぢ、え、ビールかい、ほいっあんがとさん、ほれ、よく冷えてるべ、ひと息にいけ、ぐびぐびってほれ、今日だばビール最高だべ、まったくとんでもねえイカレ陽気だもな、あーあぢあぢあぢ、なんもかもね、ババだばこのまんま干涸びてくたばっちまいそおだ、ぶはは、あーあぢあぢあぢあぢ、どおだビール旨いか、そだべ、よかったな、あーあぢあぢあぢあぢあぢっ、あーもー、ババかっぴかぴだあ、もー干涸びてくたばっちまうどー、えっ、なに、オラにも一杯呑めってか、ひやあ、めんこいことゆうねえこのにいちゃん、そうかい、そんなにゆんだば、したらどれ、お言葉にあまえて遠慮なくいただくとすっか、ほれついでけれ、とととととと、と、ほいさんきゅう、ぷっはあンめっ、ごっつぉさん、ババ生きかえったど。

え、いつからこの店やってるってか、いんやそったらこと、いきなし訊かれたって、コマいことだばオラあんましおぼえてねえけんどもよ、ま、たーいしたむかしっからだな、そこさ地下鉄の駅できる前てのはまちがいねえとこだ、ほれ、あそこ川あるべさ、あの川っぷちに渡し守いてな、剣客あがりだかっておっさんでよ、んで川むこうに馬鉄はしってたな、春さきだば目も口もあけられねえほど馬糞風でワヤだったもんだ、駅逓やら兵村やら先住の衆のコタンやら遊郭やらタコ部屋やらサムライ部落やら、たーいしたにぎやかだったど、時計台も雪まつりもなかったころの話だ、うっそーでねえ、ほんとのことだ、アブクはじけたりギンコ消えたりマチつぶれたりするちょべっと前の話だ、うっそーでねえてば、いんやあ、なーつかしいな、あのころオラまんだおんなざかりでよ、こったらシワくちゃでなかった、ラード塗ったくったみてえに肌テッカテカだった、いんやあ、なつかしいなあ、えっ、いまトシなんぼってか、いんやはやもお、そったらことおー、じょしに年齢訊くもんでないっしょ、にいちゃんだら、もおっ。

うまれかい、オラうまれは壊別だ、知らんべさ、知らんくても無理ねえ、あってもなくてもどーでもいいよな村だ、だども自慢でねえけんどよ、こうみえたってオラちゃんこいときなんの不自由も苦労もないお嬢さまだったんだど、オラの親父つうのはな、これが金掘りの山師でな、たーいした羽振りよかったんだわ、したけどあのど腐れクソ親父、さんざ大酒かっ喰らいやがって、いきなし血へど吐いてコロッとくたばりやがってな、オカアとオラふたりっきり残されちまったのよ、したっけおめえ葬式のまっさいちゅだってのによ、あやしげな連中どかすか押し掛けてきやがってよ、おめんとこの親父さ金貸してあるで、いますぐ返してけれちゅのさ、ウソこくでねえったらよ、証拠ならこれこのとおりって妙ちきりんな紙切れびらびらさせやがるべさ、あいや、オカアもオラも字なんぞろくすっぽ読めねえべ、しっかたねえべさ、いわれるまま金渡したさあ、したっけオラたちあっちゅまに一文無しのホイドになっちまったわけさ、え、なに、ホイドったらおめえ乞食ってことだ、いやーや、なあんも知らねんだなこのにいちゃん、まっいーわ、ほれ、も一杯ついでけれ、とととととと、と、ほい、さんきゅう、ぷっはあンめえ、今日だばビールがばがば呑まさるな、んでよ、なんぼホイドだってよ、喰ってかねばならんべさ、オカアとオラふたり生きてかねばなんねえべ、いいふりこいてる場合でねえべさ、にいちゃん門付けって知ってたかい、わかんねえべ門付け、あっちゃこっちゃ歩いてよ、一軒一軒まわってよ、のっこ追分だのヘげれ節だの唄うんだ、ひとんちの軒さきでよ、したっけ親切な家だば、カボチャだゴショイモだザッパだ、なんだかんだ恵んでくれんだ、自慢でねえけんどオラちゃんこいとき声よかったもんでな、唄っこじょうずだったもんでな、オラちょべっと唄ったらば、だれだってみんな、ほおーって涙ながして聴き惚れたもんだ、えっ、そうかい、にいちゃんもオラの唄っこ聴いてみたいかい、そうかい、そんなに聴いてみたいかい、そうかい、しっかたねえな、したらどれ、むかし思いだして、ひとふし唄ってやるかい、しっかたねえな。

 

あたしゃ 臘黹ぃ飯盛

ひがな鼈州ぅ 荒耋おろし

靠の髏いも えじゃないか

ハア えじゃないかぁ

 

いやいやいやいや、ご清聴あんがとさん、なっ、こったらババだて、まだすてたもんでねえべ、なかなかいい声してるべさ、ぶっははははは、ほれ、つげっ、ほいさんきゅう、ぷっはあンめ、のどごし最高だっ、んでよ、あのころだば寝るときゃおめ駅舎んなかだったんだど、んで線路伝いにあっちゃこっちゃ歩いてよ、ほうぼう門付けしていろんな土地まわったもんだ、あーっ思いだした、あのころ門付け仲間にたーいしためんこい双子の姉妹おってなあ、オラたち仲良しの道連れになってな、道中いっしょに唄ったりベチャラベチャラくっちゃべったりグズベリだのハマナスの実だの喰ったりゲタゲタおだったり、そら楽しかった、いい道連れだった、あーなつかしいなあ、したけどその双子がよ、ある日ぷっつりすがた消しちまってな、なしたんだべ、どこさ行っちまったんだべって心配してたらよ、あるとき通りすがりの電器屋のテレビんなかで唄ってやがった、あんときゃオラどってんこいたど、ふたりともハナやかーな衣装に三味線かかえてよ、むくどりだかひよどりだかって名前でよ、ふたりともたーいしたきれえだった、きんきらきんきらまぶしかった、あんときゃオラどってんこいたな、あーっあと思いだした、あのころだばタンコー、タンコタンコー、なんたって炭鉱いちばん稼ぎになったもなあ、なんたってあのころ景気よかったもの炭鉱、そータンコタンコー、ほんっとたーいしたにぎやかだったよ炭鉱だば、ちょっこし唄ったらばゼンコだあ米だあ味噌だあ古着だあ、みーんな気前よくくれたもんだ炭鉱のひとたちだば、あーなつかしいなあ、あーっあとニシン場にいたこともあるよオラ、ニシン場だばこれまた景気よかったものおー、そらあにぎやかだったど、浜衆だの出稼ぎのヤン衆ばっかでねえ、オラたちみてえな門付けやら物売りやら旅芸人やら、まあーまままま、うさんくせえ流れもんでごったがえしとった、そらあにぎやかだったどおニシン場だば。

んでよ、いったんニシン群来くきたらよ、そーれ猫の手も足りねえってもんでよ、オラたちまでみいーんな駆りだされてな、そら昼も夜もねえ、ヤン衆の手伝いだモッコかつぎだ網の繕いだ番屋の飯炊きだ、まあーままま、てんやわんやの大忙しだった、なかでもいっちばんキツかったのは粕づくりの仕事だったな、ニシンの粕づくりてのはな、まんずおとな五人は楽にはいるような大釜さ湯沸かしてよ、そんなかさ獲りたての生ニシンどばどば放り投げんだ、んでぐっつぐつ煮込んでな、煮あがったらばタモ網で掬ってよ、こんだキリンて圧搾機さぶち込んで、まてえーに搾りあげんだ、んでできた搾りかすが粕玉だ、これがうっそでねえ、四、五人がかりでねば持ちあがんねえほどずっしり重くてなあ、ヒイヒイ泣きながら干し場まで運んでよ、あとはかっぴかぴになるまで干しあげたらば、ようやくニシン粕の完成てわけだ、このニシン粕が極上の肥料になるってんでよ、むかしっから船で内地さ運んじゃ大量に売りさばいてきたそうだ、どでけえ稼ぎになる仕事だってんでよ、オラも最初は大ハリキリで一所懸命働いたもんだ、したけどそのうちだんだんイヤ気さしてきてなあ、なんたって死ぬほどキツいうえに昼も夜もねえ寝るヒマもありゃしねえ働きづめ、そらユルくなかったさあ、いつになったら休めんだかキリねえんだもの、ましてオラまんだ遊びたいさかりの小娘だったべさ、そらイヤ気もさすべよムリねえべさ、んだもんでよ、ある日まんだうす暗い明けがたのことだ、ひとりで逃げちまうべてオラ決心してよ、みんな死に絶えたみてえに眠りこけてるすきに、オカアにも告げずにこっそり番屋ば抜けだしちまった、といって、どこさ逃げるあてあるわけでもねえ、なんせうすらハンカくせえ小娘のことだ、とりあえずずんずん走ってな、いきあたりばったり走りに走ってよ、しまいにゃ走りつかれたもんで、そこらの岬のさきっちょさドッカリ腰おろしてよ、ぼおーっと朝焼けのどでけえ海ながめながら、ほかになんもやることねえ、ごんづよされだのへろぎ舟唄だの唄ってたんだ、したっけだんだんねむーくなってきてな、うつらうつらして妙ちきりんな夢みちまった、あんましゴツゴツ岩だらけで寝ごこちわるかったせえだべな、あったらわけわかんねえ夢みたのは。

ばかでけえカスベみてえなこの島の東側は砂浜多いけんど、西海岸はやたら岩場やら断崖絶壁だらけだべさ、そら東は男神、西は女神が創ったせえだ、西側を受けもった女神は仕事の途中くたびれたもんで手休めてドッカリ腰おろしてよ、好きな唄っこなんかうなりながらサボってた、したっけそこさひょっこり昔なじみが通りかかったもんでよ、おしゃべり好きな女神は待ってましたとばかりダボラ話に花咲かせちまった、いんやはや、いつの世もおしゃべり同士の長話ほどやっかいなもんはねえ、女神ハタと気づいたら、いつのまにやら東の男神は仕事終えて天上さ帰るところ、遅れをとったことに気づき慌てふためいた女神は残りの仕事を大ざっぱにやっつけちまった、したからこの島の西海岸はゴツゴツした岩場やら断崖絶壁だらけってわけよ。

なりゆきを監視していた天上のえらい神々は女神を召喚しこっぴどく叱りつけたのち、ふたたび下界へ降りてすみやかに仕事を完遂するよう命じた、多少なりともなだらかに修復せぬうちは天上へ戻るべからず、と。

めんどおだったけんども、ま、しっかたねえべさ、もいっぺんオラ下界さ降り立ったわけさ、ゴツゴツした岬のさきっちょによ、といってすぐ仕事はじめる気にもなりゃしねえ、とりあえずドッカリ腰すえてよ、ぼおーっと朝焼けのどでけえ海ながめながらひとふし唄ってたわけさ、したっけいつのまにやらありがたーくなっちまってな、うつらうつらして妙ちきりんな夢みちまった、あんましゴツゴツ岩だらけで、けつっぺたあずましくなかったからだべさ、きっと。

いったいどんだけ眠ったもんやら、ふいって目あいたらばよ、なんだらわけわかんねえ気分でな、ひゅるひゅる、なんだらおかーしな風のにおい、ぶるるうって身震いして半身起こしたらばよ、むさ苦しい風体の野郎がじいっとこっち見おろしてるでねえか、オラどってんこいたなんてもんでねえど、思わず吠えちまったさ、だれだおめえ、そこでなにしとるっ、したっけ、野郎こちょばいツラしやがってよ、ずたぼろ信玄袋からやおら握飯ひとつとりだしてよ、腹へっとらんかいってボソッと訊くでねえか、その握飯のなんともンまそうなこと、とたんにオラの胃袋ぎゅるぎゅる鳴りだしたもんでよ、思わず握飯ひったくって、ものもいわずに喰らいついてた、野郎は安心したみてえにもひとつ握飯とりだしてよ、となりに坐りこんでいっしょに喰いはじめた、オラあっちゅまに喰い終わっちまったもんで、まわりきょときょとながめてみた、まるではじめて見るみてえにな、ゴメどもがやたら騒がしくてよ、空見あげたらいちめんニシン曇りだった、したっけ野郎は飯つぶついた指さきで目の前の海を指した。

……ごらんのとおり、豪勢なニシン色してるけど、いつもはケタはずれに碧い海なんだぜ、ここは。沖にむかって岩がたくさん並んでるだろ、手前のひときわどでかいやつはカムイ岩ってんだ。むかし、あるコタンの娘が義経に想いを寄せてな、あとを追いかけてこの岬までたどりついたんだが、義経は北へ船出した直後だった、とり残されたことに気づき、張り裂けよとばかりに叫んだ娘の声は烈風にかき消され義経の耳には届かない、世をはかなみ恨みの言葉を残して海に投じた娘の身体は巨岩と化しちまった、その巨岩こそがあのカムイ岩ってわけだ、「和人の船、婦女を乗せてここを過ぐればすなわち覆沈せん」娘の残した呪詛以来、女を乗せた船が通ると必ず転覆するので、ここから北は女人禁制の地となった、とまあこんな語り草なんだが、もちろんこいつはバカげたヨタ話にすぎん、和人の奥地定住を嫌った松前藩がでっちあげたたわごとさ。

……おめえ、いったいなにもんだい。

……俺かい、つまらん名なしの流れもんさ、ここらの衆からはハンガンさんなんて呼ばれてるがね、故郷の風説をまぶした貝寄風だの凶運を貪る双頭の猫だの胎児の記憶から煮だした頓服だの、あやしげなもんばかり売り歩く根なし草さ、淡い光が雲を切り裂き海原をうららに染める早春のこと、どこをどう渡ってきたのやら自分にもわからんが、この地にたどりつき他愛ないからくり芸で子どもらをとりこにし、おとなたちからはハンガンさんなんて呼ばれて長逗留してきたのさ、でもそろそろ腰をあげ、もいちど旅にでるつもりだ、はやい話が根っからの風来坊てわけさ、そういう姐さんこそ、いったい、どこのなにもんだい。

……オラかい、どこのなにもんってほどのもんでねえな、オラただのホイドっこだ、ま、そったらことどうでもいいわ、それよっかひとつ教えてけれ、いったいオラいま、いつどんな世にいるんだべ。

野郎が答えるには「場所請負制」とやら、ほうぼうからこのカスベ島にはいりこんだ鬼どもが、さんざやりたい放題やらかしてるご時世だそうだ、オラとっぷり眠りほうけたあげく、とんでもねえ時代に目さましちまったんだか、それともこりゃまだ夢んなかだべか、もしかするとオラ夢んなかでもひとつべつの夢みてるんだべか。

……じつをいうと、もう俺はここじゃ暮らせないんだ、これ以上ここのありさまに耐えられなくてな、風まかせの根なし草にできることなんぞ何もありゃしない、そのうえ俺自身、運上屋の連中に命をつけ狙われてる始末でなあ。

あまりに胸クソわるそうな野郎の顔見てたら、なんだかオラまで腹がむかついてきちまった、なんぼゴツゴツ凸凹といえど、このオラが手ずから創りあげたような、そんな気もする土地のありさまに、これ以上耐えられないだと? オラひとっとびに岬とびこえて、むら雲のうえから下界の様子さぐってみた。

ニシンが群来て盛りあがった海ははるか沖あいまで一面の乳白色、にぎやかな浜ではおおぜいの衆が忙しそうに立ち働いていた……オラたちまち全部みてとった……とたんにすさまじい雷鳴が轟き、大粒の雨が降りそそいでニシンの大群の背を洗った……

 

生粋のこの地の衆は収奪という脅威になぎ倒され、場所請負人が支配する漁場の労働者にまで貶められた。請負人の手先である運上屋の支配人や番人どものやり口ときたら……男は昼となく夜となく酷使し病いに倒れると雇蔵と称する物置に放置、たいていは餓死させた。女は人妻と娘の区別なく慰みものにし、悪い病気に感染すればこれも雇蔵に放置、妊娠すればイボタやトウガラシを煎じて飲ませ堕胎させ二度と子を産めぬ身体にしてしまう。男女とも逆らえば縄で縛って薪で打ち叩いたり、食事に毒を入れて殺すと脅したり、死者は山野の土をわずかに掘ったところへ埋め、羆や狼の喰うにまかせ……

 

……俺が語るありさまを、武四郎と名のる老人は一心に書きとめたものだ。幾夜にもわたって俺は語りつづけた。ふと気づくとああして蹲っている剛勇廉直だったかつての豪傑たち、といっても探検家を歓待した暖かな夕べや風のように山野を疾駆した狩猟の記憶、あるいは歓ばしき昂揚にみちた神送りの賑わいなどとさほど遠からぬ世のこと、清廉にして義を重んずるがゆえ神々から授かった賜物も多く所有した彼らの語り口、しみったれた惰眠のさなかに思いがけず亡母の声を耳にするような曖昧でありながら厳然としたその響きを、間違いなく俺は聴きとったのだ、憤怒や呪詛や鮮血に喘ぎ冥界に迸る声をはっきりと耳にした、悪鬼どもが暴虐のかぎりを尽くすありさまを、激浪の轟音甚だしく災厄の果核すら唖者と化す夜半、まざまざと聴きとったのだ、あるいはすべてが凍りつく無明のこと、残虐な焼き討ちのさなかに俺はいた、生き血を啜る運上屋の番人『鼻欠け』一味が、岬の下の洞窟に火を投げ放ったのだ、岩礁が音もなく瓦解し夜叉のごとき紅蓮の炎がたちのぼる、はるか天空に弱々しい星たちの嘶きが砕け散り、囂々と爆ぜる劫火につつまれ絶望の火柱に呑みこまれ、俺はすでに息絶えようとしていた、もはやこれまで、そのとき燃えさかる劫火のむこうになつかしくも美しい面影がゆっくりあらわれる、ふいに骨の髄まで軋む寒気に嬰児のように身をちぢめ、おそるおそる瞼を開きとなりの枕をさぐると、煤にまみれた女がほんのりほほえんでいる、噫、怖ろしかった、しんじつ怖ろしかった、おまえが助けてくれたのか、俺を救ってくれたんだな、無惨な火ぶくれだらけの女がしずかにほほえんでいる、こうして俺は安逸な夢にたてこもる、まったくあぶないところだったんだ、嬰児の姿のまま女の心音に身をゆだねる、こうしておまえと所帯をもてたのだから俺は果報もんだ、ほんにしあわせもんだ、こうしてさざ波のような明け暮れ積みかさね、こうして年々歳々わしらの絆は深まりゆくばかり、数多の災厄こそひとなみに免れ得なかったものの、なんとかわしらふたり生き抜いた、いまや晴れてこうして楽隠居の身となれた、女よ、はろばろと計りしれぬ年月わしらこの世にとどまり、こうしてシワくちゃになってしもたが、それでいて振り返るとまるでつかのまの夢であったように思えるのう、じつにふしぎなことよのう、まどかな心持ちで目をやれば、なんとおどろくべきこと、女はいまだ若く美しいままではないか、光りかがやく満月のようにほほえむのだ、ハンガンさん、またあてどない長い夢を彷徨っておられたのだな、覚醒の種子はいまだひんやり遠い彼方、もいちど夢の大海原に身をまかせるがよい、明けがたの鉱物的迷妄の奥底にゆらゆら女はほほえむのだ……

 

そんなわけで、俺は当初の予定を変え、旅立ちをずるずる日延べした。そして何十年いや何百年経つだろう。それともほんの数年なのか。俺にはわからない。俺は運上屋の番人、あの『鼻欠け』の目を盗み喰い物をかすめとっては女と分けあう。俺たちふたりは岬の下の洞窟に寄り添い棲んでいる。俺は以前から山丹人の親方に誘われていて、いずれ海を渡り山丹の国へ行ってひと山当てるつもりだった。親方の話によれば、あの弁髪の連中が住む土地の奥にはまだ誰も入り込んでいない豊かな広野がひろがっているそうだ。悪逆無道の輩が知る由もない夢の沃野だ。俺はさっさと船出するべきだったかもしれない。山丹人の親方は俺の支度を待ちつづけている。なにより『鼻欠け』一味が俺の命を狙っている。最初から俺を毛嫌いしていた『鼻欠け』はその憎悪をますます肥大させ、あのならず者の心中でそれは殺意にまで昇華しているらしい。

ふと、となりに眠る女の横顔に目を落とす。女の頬に残る涙のあと……永劫に枯れぬ泉はいつの日か洞窟からあふれ轟々たる荒波に合流するだろう、それは岩礁を打ち砕き無数の波の華を生み、沖風にあおられ陸に降りそそぐだろう、そしていつの日かそれらは芽吹き、あたり一面に美しい花を咲かせることだろう。

空も海も群来色に彩られた朝、俺は旅支度を終え洞窟を出た。すぐそこに山丹人の船が待っていた。乗り込もうとして一瞬ためらい、うしろを振りかえってみた。つかのま絡みあった視線はすぐに逸らされ、女と俺はたがいに無言のままだった。

そのとき、岩場の陰から十数人の男たちが山刀を振りかざし躍り出てきた。奇声をあげ斬りつけてきたのは『鼻欠け』を頭目とする運上屋の無頼漢どもだった。虚をつかれた俺は肩に一撃を喰らい、よろめいた。

刹那、凄絶な雷鳴とともに天空がまっぷたつに裂け、まばゆい閃光があたりを刺し貫いた。おそるおそる目を開くと、ひとっとびに宙を跳んだ女が『鼻欠け』たち全員の襟首をまとめてひっつかみ、この世のものとも思えぬ咆哮とともに力まかせに断崖に叩きつけているところだった。あたり一面、血飛沫とともに肉片や骨片が飛び散った。幾度も岩に叩きつけられ、彼らはもはや人間の姿かたちを失っていた。『鼻欠け』は肉体の大部分を欠いてこの世を去った。

この光景に怖れおののいた山丹人は、肩の傷に呻く俺を船に引きずりあげ大あわてで出帆した。またたくまに船は荒れ狂う沖合へ乗り出した。張り裂けよとばかりに叫んだ女の声は烈風にかき消され、大海原に呑み込まれてしまった。なりふり構わず海に身を投じた女の一念がマグマの深い眠りを醒ましたものか、一条の稲光に沿って深海の岩礁がせりあがり、轟音もろとも海面を切り裂いた。

こうして、カムイ岩は誕生した。

 

……生まれたての岩の首根っこにしがみついたまんま、オラ沖へむかって声をかぎりに叫んだものの、木の葉みてえに遠く霞んだ船には届きそうもなかった、つぎの瞬間、荒れ狂う波の合間に野郎の声がかすかに響いた、まぎれもないあの男の唄を、オラはしかと聴きとった。

 

わが女神よ

涯てなき荒磯に息衝く花よ

おまえの生命は怒濤を超え

永劫に咲き誇ることだろう

 

……いつものことだ、泣きながらめざめたのは、とんでもなく痛かったからだ、なんべんもなんべんも、げんのうでぶっ叩かれたみてえに胸つぶれたかと思った、身体じゅうぞっくぞくさむけもした、いつものことだ、まるっきりつじつま合わねえ妙ちきりんな夢とて、オラたちがしがみつくこのおっそろしい生そのものにちがいねえ。

そしていつものことだ、涯てない怒濤は絶えることなく押し寄せつづける、ゴツゴツした岩場でむっくり起きあがり、オラ番屋めがけて駆けだした、頭んなかでオカアに告げられたんだ、たったいましがたのことだ、番屋で網っこ繕いながらいきなし突っ伏して、オカアそのまんまこの世からオサラバしちまったそうだ、あっちゅまだった、あーほんとあっけなかった、思えばずっと苦労ばっかしクソまみれの人生だった、わけいってもわけいってもクソの山、オカアの口ぐせが頭んなかにこだまする、そらなんもかもねえ、オラこってり泣いた、親の死に目にあえなかったんだ、オラてんがいこどくの身になっちまったんだ、オラ泣いて泣いてこってり泣き暮らした、うすら一年ほども泣き暮らしたべか、したけどある日ハタと気づいたんだ、いつまでもこのまんまだばダメだ、オカアがあの世で悲しむばかりだ、んでオラこれからバビッと生きてくどって決心したんだ。

それからはオラ生きてくためになんでもやったど、なんたっておめえ、ひとりぼっちだもの、喰ってくためだもの、門付けだモッコかつぎだ他人様にいえねえ裏稼業だ、なんだって一所懸命やったどオラ、そったら女ひとり生きてくための苦労のかずかず、おめえみてえなハンカくせやつに語ったって、どおせろくすっぽわかんねえべな、とっととととと、と、ほいさんきゅう、ぷっはあ、こらにいちゃんっ、こったらババ酔わしてどおする気だっ、ぶっはははははははははははははははははははは、あーンめっ、ごっつぉさん。

んでよ、ありゃいつのことだったべか、いい仕事あるどって、へなまずるいツラした口利きのおっさんに声かけられたもんでよ、パンケカイベツ川ずずずうーとのぼった山奥さ、オラ伐出の日雇デメンいったことあってな、これがおめえ、わけいってもわけいっても黒い山、とんでもねえ山奥だった、しかも伐出なんて仕事オラ生まれてはじめてだったもんでよ、伐ったばかりのぶっといナマ木見よう見まねでかついだまではよかったども、そのまんまよたよたあーってすっころんじまってな、腰からけつっぺたからクソこっぴどく地面に打ちつけちまった、あんときゃまいったど、おめえにいってもわかんねえべな、いやーいやいや、あれにゃまいった、いたーくて痛くて声もなんも出せねば、すっころんだきり身動きひとつできねえんだもの、なんだってまるきり足腰たたねえんだもの、したっけおめ、親方やら仲間のデメン連中やらオラほったらかしたまんま、つらーって後始末はじめたと思ったら、とっとことっとこ山おりてくでねえか、きっと、ありゃこらもおだめだべ、どおせこのまんまくたばっちまうべて思ってめんどくさくなったんだべさ、山奥のおっくのとんでもねえとこさオラ置いてけぼり喰らっちまった、見捨てられちまったわけさ、はあ、なんだてすっころんだきりそのまーんまびくとも動けねえし声も出ねえんだもの、いんやいやいや、さすがのオラもあんときゃまいったど、思いかえせばはかない人生だった、このまんまクマに喰われて死ぬしかねえべなて観念したさ、おめえクマクソバエて知らんべクマクソバエ、どんぱら黒びかりして羽根っこだけうすら黄いろいハエいるんだハエ、むかしはクマクソバエて呼んどったもんだ、これがよ、うっそでねえクマのクソにだけたかるハエなのさ、したからクマクソバエいたら、ぜーったいちかくにクマもいるってわけよ、まあーままま、うっそでねえ、あんときゃオラのまわりクマクソバエぶんぶんたかっとった、ぶんぶんだど、したからいやーや、こらもおクマに喰われておだぶつだべなて観念したわけさ、そのうち日い暮れてまっくらけのけになっちまうべし、ぞっくぞくシバレてくるべしよ、なんだら得体のしれねえケダモノの声ぎゃあぎゃあ聞こえてくるべしよ、まあーままま、こっころぼそいわおっかないわ、クッソまっくらけのシバレる山奧でひとりっきり、声も出せねえでオラ泣いたど、こーってり泣いたさあ、したけんど、いつのまにやらそのまんま眠っちまったんだな。

ふいって目あいたらばよ、いつのまにやらすっかり朝になってやがんの、オラゆんべのまんま寝ころがったきりでよ、ありゃりゃたすかったあー、とりあえずまんだクマに喰われてねえわってホッとしたさ、したけんどなんだべかオラのまわり鼻ひんまがっちまうくれえナマ臭くってよ、きょときょと見まわしたらばよ、あーりゃりゃりゃ、オラかこまれてやがんべさあ、やつらによ、どってんこいたなんてもんでねえどおめ、だどもすぐにしっかたねえて観念したさ、ごやっかいになることにきめたさあ、こらもお、やつらのごやっかいになるしかねえべよ、なんだってあきらめがかんじんてやつだ。

え、クマじゃねえよ、ハンカくせことゆうなおめ、クマなわけねえべさ、ありゃなんちゅか、ばけもの半分にんげん半分うすらおかーしな連中だ、むかしっからこの土地に流れついた悪党どもの成れの果てだべさきっと、もののけとも呼べねえよおなハンパな連中だ、したけどよ、なんのつもりだか知らねえけど、オラ身動きできねえあいだ、こそこそ喰いもん運んでくれたり、しまいにゃ連中の村さ連れ帰ってなんとなくめんどおみてくれてよ、なんねんだかなんじゅねんだか、オラろくすっぽおぼえてねえけどもよ、すっかり連中のごやっかいになってたわけさ。

どんぐらいたったんだか、オラおぼえてねえけんど、気づいたら身体あんべえすっかりよくなってな、もとどおりぴんしゃん歩けるようになったしよ、したっけいつまでもごやっかいになってるわけいかねべ思ってよ、ここいらでおいとまさせてもらうわて礼いって丁重に頭さげた、したっけ連中たーいしたひきとめてくれてな、今日から年に一度のどでけえ祭りだで、みやげがてらゆっくり祭り見物してけばよかべてひきとめてくれたんだわ、いやーいやほれ、祭りて聞いたらば、むかしっからオラ目えないほうだべさ、なんもかもねえ、ほいほいて祭り見物させてもらうことにしたさ、したっけこれがおめ、たーいしためんずらしい楽しい祭りだったんだ。

まんずオラやつらのあとくっついて、とっとことっとこ神社の境内さいった、これがまた、たーいしたごたいそな神社でなあ、ぴっかぴか黒びかりしたばかでけえ鳥居くぐったらば、なんだら腐ったどろどろ生魚みてえなヘンなにおいしたけんど、ともかくうそみてえにどでけえ神社だった、オラどってんこいたど、こったら山んなかにこったらごりっぱな神社あったなんてなあ、まるっきり夢にも思わなかった、それがちょうど宮相撲の奉納のまっさいちゅでよ、なんもかもねえ、みたことも聞いたこともねえおかしな奉納相撲でな、けゃぢる相撲てゆんだと、振袖ちゃらちゃら着かざったみったくない娘っこふたり土俵のまんなかでにらみあい、ずっしり重そうなモッコかついだ立ち烏帽子の宮司が行司だそうだ、この立ち烏帽子てのが四尺三寸ばかり、てらてら黒びかりしたゆるキャラふうデカ魔羅でな、まわりからはいっせいに「カワイー、カワイー」のきいろい大歓声、ニタニタした行司おもむろにモッコんなかからぬるぬるぷよんぷよん赤黒いもんひきずり出した、これがまあなんの臓物だか知らねえけんど湯気ほっかほか鮮度ばつぐんシズル感たっぷりのハラワタだ、んで行司そのぬるぬるぷよんぷよん臓物ひっつかんで振袖力士の全身さべちゃらべちゃら塗ったくりだした、塗ったくってるあいだ、だあれも一言もしゃべっちゃなんねえきまりなんだと、あたりがしーんとするなか、振袖ちゃらちゃら娘っこふたりあっちゅまに血汁だか脂汁だか膿汁だか身体じゅうでろでろりんこ、オラ思わずオエッてなったども、みったくなしの娘っこふたりなぜか陶然たる面持ちで悦楽の吐息なんぞもらしてやがる、ついでゆるキャラふうデカ魔羅おごそかにノリトとなえだし、そこさ大甕かかえた萌えアニメコスプレ巫女三人登場、行司のノリトおわったとたんいっせいに娘っこ力士の頭から大甕の中身ぶちまけた、これがまあウジムシやらワラジムシやらカメムシやらサナダムシのたくる極楽打たせ湯、何百何千万てクソムシだの血膿脂汁だの全身でろでろりんこ、デカ魔羅行司のハッケヨイ合図にいよいよ奉納相撲のはじまりだ、がっぷり四つに組んでたがいに一歩もゆずらず外掛け内掛け上手投げ張り手にのどわとったり噛んだりグウでぶん殴ったり延髄斬りにパイルドライバーたいした真剣な大勝負だった、こったら奉納相撲オラはじめてみた、せっかくのきれえな振袖わやくちゃにぶっ裂けて、みったくなしの娘っこふたりともあっちゅまにすっぱだか、ほんとだば両者もろだしで不浄負けだべさ、そうこうしてるうち、あんましエキサイトしすぎたもんだか、かたっぽの娘のイレ眼ぶっとんだにゃさすがのオラもどってんこいたな、すかさず相手がイレ眼あったとこさクソムシのかたまりずずんて突っ込んでよ、これにゃたまらずぎゃあって泣きくずれてやがんの、あはは、オラたーいしたたまげた、たーいしたおもしろかった、動画あっぷできればよかったのにな、あはは、したけんどいっしょにいた連中あんましおもしろくねえな、どんづこせせり見にいくべてゆうもんでよ、ほんとはオラもうちょっこしけゃぢる相撲見たかったんだども、やつらのあとついてくことにした。

境内のよこちょぬけたら、だだっぴろい草っぱらあってよ、ふんどしいっちょの若衆わらわら集って出刃包丁ぶんまわしあってよ、斬りたてほやほやの生首奪いあってた、オラはじめニシンの粕玉だべかと思ったけんど、よくよく見たらばこれが血も滴るほっかほかちょんまげ生首だった、なんともうらめしげな目つきのものすごいこと、んで出刃片手の若衆寄ってたかってラグビーみてえに生首の奪いあいだ、まあーま血だか脳味噌だか髄液だかびちゃらびちゃらとんでくるわ、どなり声やら悲鳴やらクッソやかましいわ、泥まみれの生首ぶん獲ったはいいが出刃で土手っ腹ぶっ刺されて奪い還されてやがるわ、ありゃこら、いったいなーんてことだべ、さすがにオラあっけにとられてたらよ、これがどんづこせせりちゅ神事なんだと、したっけあのニシンの粕玉みてえな生首、どんづこちゅのかい、あれ最後まで抱えてたもんが勝ちなんかいって訊いたらよ、べつに勝ち負けだのそったらもんねえ、きまりごとなんかなあーんもねえんだとよ、はあ、なんだらわけわからんかったなオラ、そのうちふんどし若衆ほとんど全員血流してぶったおれちまうわ、どんぱらからはみ出た自分の臓物おさえてゔんゔんうなってやがるわ、さっぱりわけわからんけど、こらたしかにたーいした神事だなあてオラ思った。

そうこうしてるうち、まわりの連中いっせいに歓声はりあげたんで、こんだなんだべて訊いたらば、おまちかね神輿渡御のはじまりなんだそうだ、おごそかにお出ましの寄り鯨みてえにクソでけえ御神体は桜吹雪に彩られたスカッド魔羅、誇らしげに整列したかつぎ手は紅蓮法被の百人衆、男も女も若いも年寄りもいたぞ、まあーま、みんなハレやかあーな化粧してな、たーいした晴れがましいツラつきでよ、紅蓮法被の背にはそれぞれいろんな色や書体でなにやら刺繍文字が縫いつけてあった、「ゴミの分別ルールをきちんと守りましょう」だの「みなさまのお気持ちに寄りそう自己責任で勇気を与えたい」だの「降りやまぬ雨のなか裏切らない努力が瞳をとじたぼくを励ます」だの「世界が称賛する伝統文化に出逢えたキセキMyDear」だの、んで氏子連中いっせいに這いつくばり、ゑんだら様ゑんだら様てへこへこ拝むなか、神輿先導の唄い手おもむろに唄いだしたと思ったら、その声にあわせかつぎ手衆そろり足を踏みだし、ついに神輿渡御のはじまりだ。

 

あたしゃ臘黹ぃ 伽魑守

よう泣く鼈州ぅ 耋魍子

靠の髏いじゃ おろろん朧

ハア おろろん朧

 

哀調せつせつ、ハラワタちぎれそうな頭声だった、紅蓮法被のかつぎ手衆が神妙に合いの手いれた。

 

みそぎじゃ みそぎじゃ

ゑんだらみそぎ

 

ここにいたって見物客感極まり大号泣、てんでに万歳三唱やらスタンディングオベーションのあげく、なぜかいっせいに土下座おっぱじめた、実況中の脳天錐揉み声女子アナがおっそろしいツラでこっち睨みつけ舌打ちしたんで思わずオラも土下座の列に仲間いりしちまった、やがて熱気と興奮が最高潮に達したとこで唄っこの調子がひゅこひゅこ弾むJポップビートにかわった、どんぱらよじれそうなずんどこベースにのせて百人衆いっせいに紅蓮法被ば宙さ放り投げた、とたんにかつぎ手はずれた神輿が地面に垂直落下、重量およそ数十トン桜吹雪に彩られたスカッド魔羅ごろんごろん転がり、超音波シャウトの女子アナやTVクルーもろとも群衆なぎ倒す阿鼻叫喚のさなか、あっちゅまにすっぱだかになった百人衆のイキなこと、いなせなこと。

ひきつけおこすほどすさまじい大音量、オーディエンスをあおるデスヴォイスの唄い手、めくるめく大群舞の幕がここに切って落とされた、すっぱだかの百人衆だれかれかまわず観客の腕ひっぱり踊りのなかひきずりこんだ、踊りの輪にはいったもんは一糸乱れず踊らねばならねえ規則、踊れなかったり踊りの輪からぬけだしたもんは叛祭逆道の大罪、正しい社会成員から脱落、目を覆わんばかりの神罰くだり地獄の責苦味わうんだそうだ、たちまちオラもひきずりこまれちまってよ、ありゃりゃてまわり見まわしたらば見物客全員ひきずりこまれて、なんだかこっぱずかしそうな居心地悪そうなそれでいてまんざらでもなさそうなツラしてうじゃらうじゃら踊ってた、まるでクソに群がるクマクソバエみてえだったけんど、ま、しっかたねえべ、オラも見よう見まねで身体うごかしてみたさ、したっけありゃこりゃなんちゅ妙ちきりんな踊りだべ、まわりの連中ヘッドバンギングしながら、これぞけとづろの舞いだ、けとづろ? おかーしな名の踊りだなあ、オラこったら踊りはじめてだわて叫んだらよ、これぞかけまくもあやにかしこきゑんだら様に奉じる尊い舞いなんだそうだ、んでもすこししたらこんだもんぢょげて踊りにスイッチするで、もんぢょげだば古来由緒正しきぬばたまめやも、けとづろよりさらにキヨらかあーでハレやかあーでスゴーイ舞いなんだそうだ、したけんどオラ内心けとづろでもう十分だわて思ったな、なんだってうごきはげしすぎるわ一本調子すぎるわで、からだコワイのなんのって、はあーもおついてけねえ、しんぞおばっくばく、こらもおーたまらん、はあーもおついてけねえて思ったども、なんだって踊りやめたらぜったいゆるさねえっちゅもんでよ、ほれまわり見れ、だれもかれもみんな規則守ってきっちり踊りまくってるでねえかっちゅもんでよ、まあーま、しっかたねえ、ならうよりなれろだ、オラもがんばって踊ってみたさ、はあ、しんぞお苦しいのなんのって、たーいしたなんぎしたけんど、ま、もんぢょげになったらちょっこし休憩してもかまわねえどって、みんな口ぐちにはげましてくれるもんでよ、オラがんばった、はー泣いても吠えてもけとづろのあいだだけだ、あともおちょっこしガマンしたらあとはラクになるんだて思ってな、したけんどなーしてもかしても、もおーしんぞおばくはつしそで生きたここちしなくてよ、なむさん、もはやこれまで、もおーだめだオラ限界超えちまったあ、ちょっこし休ましてけれーって大声で叫んださ、このまんま踊りつづけたらオラ死んでまうべさーてよ、したけんどまわりの連中とり憑かれたみてえに踊りくるいながら、げたらげたら笑うばかり、オラさすがにキモ焼けてよ、思わず悪態ついちまったさ、こったらハンカくせえ踊りいったいなんの意味あるってか、このクソバエどもがっ、したっけやつら、ぽかーんとしやがってよ、意味だあ? そったらもん祭りにあるわけねえべ、だとよ。

そら、オラだってオラなりにいっしょけんめえがんばったけんど、なんだてかんだて、しんぞおばっくばくするべし、あしはふらふら、あったまぐらぐらでよ、いくらなんでももーだめだ、このへんでドロンさせてもらうべ思てよ、みんな踊りくるってるすきに、こっそりこそり、とんづらすることにした。

こっそり、こそーり、踊りの輪っこぬけてよ、神社の裏手の崖からひとっとび、あとはもういちもくさんてやつよ。

んで、オラ山おりて、そのまんま町んなかでてきたのよ、これでようやくひと安心て思ってな、したっけまあ町もひとでごったがえしててよ、ハンカくせえクソバエ踊りのまっさかりでねえか、わけいってもわけいってもクソの山、オカアの口ぐせぐるぐるヘビロテだ、したけんど、ま、しっかたねえべ、オラそのまんま人なみにまぎれてよ、なにくわーぬ顔でずんずん歩いてよ、はあて、これからどーすべか、あやしげな臓物喰わす店でもやって暮らすべかって、そう考えた、仕入れルートなら確保できたしな。

2021年3月1日公開

© 2021 飽田 彬

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