幾たびも夢に目見えし回廊の年古り鳴くを辿るも愉し
おりおりの夢に訪うかの家のひとも構えも赫々として
故知らぬ縁あるらんかの家の夢路のみにし顕れたるは
回廊に沿いて連なる茅屋の果てなき迷宮統べるひとあり
くれぐれも眠りみるほう前置きて夢語りたしその夢でなく
足搔いてもどうせ捕わる醒めぎわと知っていながら逃げ惑う夢
惨き夢醒めて安堵のうつつとておっつかっつと覚りし朝よ
吾が夢のとき跨ぎ超え汝が夢と往来為すは僥倖なりや
やすらかな永遠の眠りというならば夢みてるだろ永遠に醒めやらず
大スタア無体な仕事強い迫る珍な夢から醒めての疲れ
あの橋を渡るよそうよ吾が町よ市電とことことことことこと
炭鉱町はきみが故郷降り立てば吾が手とりにし幼き日顕つ
きみともに追いしかの日の奇しき蝶舞い濫るいま乱る眼に
他愛なき夜に沁み入るアダージョか仔猫の吐息遠のく汽笛
在り在りて震災語るアナウンサーとどろ情動たぎり立ちたり
春日向貫くごとくバッハ鳴る青葉の慄き天上の刻
いちごパック食器洗剤で濯ぎ喰うそんなひといた思いだしたよ
艶めいて匂い競いし紅薔薇の絢なる夏の名残の疵よ
喜びや哀しみなんど無かりけり唯そこにあり夏ちぎれ雲
明けの靄ためらい匂う白薔薇のなやましき影霞めおののく
この街にカモメ住まうも幾とせぞクラクションに潮騒交じる
この世にはどってんこくほど幸運もあっていいべさ待つわその汐
幾山河越え去り尽きぬ旅ならばいまだあこがれ果てぬあこがれ
あこがれはあやしくあまいかなしみをわれにのこしてさてどうしろと
藍に染む石狩の野の夕まぐれ褪せし列車の喘ぎ過ぎ行く
サブちゃんの熱唱ラジオにハモりたれ菩提のきみよ彼岸渋滞
ラジオよりカタカナ字名跳ね出づる悠かな時代翔るがごとく
だしぬけに牧水詠う現国の教師顧む秋寒の酔い
夜のほどろ鼻さき寒し累代の猫の名かぞえ吾が咎つらね
イチイとは俺のことかとオンコ云い俺らのことかとクネニラルマニ
散葉敷くチャシ跡丘に言問えど俄たつ風嬲り去りたり
カムイチェプ煌めき躍るサッポロのインカルシぺに羆色射す
お登勢なる激浪砕くヒロインに頁繰る手の満ち引き委ね
げにも糸たぐり寄せたりこのシーンあの俳優たちミラノの奇蹟
モノクロの女優佇む町に滲む冬の陽だまりネオレアリズモ
イングリッドバーグマンとさイングマールベルイマンとさ同姓だとさ
結末を逸るあまりのけんけんぱ彩なすあわいぴょんと跳び越え
黒黒と塗られし基の明明と落果累累桜の基に
昏き血の沸き出づ淵に滑り棲む太古の魚よ無明長夜
校庭を翔るエゾリスの何ごと仰せ給うぞ投票当日
投票を終えて繁盛ラーメン店朽葉躙りつ並び立ちおり
黄昏に右むけ右と谺して燃え墜つ空 に萌えアニメ声
窓越しの声まね鴉忌ま忌ましけけけと応えまた眠る猫
歯科受診終えて寄り道ドーナッツ三つ迷いに迷って師走
明日からは畳目ひとつひとつずつ薄陽あわいに亡母の声在り
いとやすく売られ捌かれ鶏の御子きよしこのよる饗されたもう
賢しらに鴉踏み初む白艶の踪跡眩し凛烈の朝
雪あかり風声絶え果つ冴ゆる道これより還世ここより歩め
雪叱り寒さ呵うを朝夕の挨拶とせし慣い慕わし
軒並みにまんまる雀さんざめく梢の端の光の春よ
ひとの世はぱっと醒めたき悪夢なり鳥なき空に放つ孫引き
疫病もヘイトも戦争も吾が時空のうつつなるか鳥なき空よ
暁闇に音なき調べ流るるは水なき国よ鳥なき国よ
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