暁闇雑歌

飽田 彬

1,862文字

〜2023.12

幾たびも

 

幾たびも夢に目見えし回廊の年古り哭くを辿るも愉し

 

回廊に沿うて連なる茅屋の涯てなき迷宮べるひとあり

 

ゆえ知らぬえにしあるらんかのひとのそぞろ夢路に顕れたるは

 

おりおりの夢に訪うおもかげの沁みて春の陽ありありと残更あり

 

吾が夢のふち跨ぎ超えがそれと往来為すは僥倖なりや

 

ヒュプノスに無体な仕事強いられし珍な夢より醒めての疲れ

 

足搔いてもどうせ囚わる醒めぎわと識っていながら逃げ惑う暁闇あさ

 

惨き夢醒めて安堵のうつつとておっつかっつと覚りし払暁あけ

 

やすらかな永遠とわの眠りというならば夢みてるはず永遠に醒めやらず

 

くれぐれも眠りみるほう前置きて夢語りたしその夢でなく

 

 

 

夜のほどろ

 

他愛なき夜に沁み入るカノンかな仔猫の寝息遠のく汽笛

 

あの橋よ渡るよそうよ吾が町よ市電とことことことことこと

 

炭鉱町やまざとはきみが故郷降り立てば吾が手とりにし幼き日顕つ

 

きみともに追いしかの日のしき蝶舞い濫る暁闇あさ乱るまなこ

 

在り在りて震災語るそのひとはとどろ情動たぎり立ちたり

 

春ひなた貫くごとくバッハ鳴る青葉のおののき天上のとき

 

いちごパック食器洗剤で濯ぎ喰う思いだしたよそんなひといた

 

この街にカモメ住まうも幾とせぞクラクションに潮騒交じる

 

喜びや哀しみなんど無かりけり唯そこにあり夏ちぎれ雲

 

この世にはどってんこくほど幸運もあっていいべさ待つわその汐

 

藍に染む石狩の野の夕まぐれ褪せし列車の喘ぎ過ぎ行く

 

サブちゃんの熱唱ラジオにハモりたる菩提のきみよ彼岸渋滞

 

ラジオよりカタカナ字名跳ね出づる悠かな時代翔るがごとく

 

だしぬけに牧水詠みし現国の教師顧む秋寒の酔い

 

夜のほどろ鼻さき寒し累代の猫の名かぞえ吾が咎つらね

 

イチイとは俺のことかとオンコ云い俺らのことかとクネニラルマニ

 

散葉敷くチャシ跡丘に言問えど俄たつ風嬲り去りたり

 

カムイチェプ煌めき躍るサッポロのインカルシぺに羆色射す

 

お登勢なる激浪砕くヒロインに頁繰る手の満ち引き委ね

 

結末を逸るあまりのけんけんぱ彩なすあわいぴょんと跳び越え

 

校庭を翔るエゾリスの何ごと仰せ給うぞ投票当日

 

投票を終えて繁盛ラーメン店朽葉躙りつ並び立ちおり

 

窓越しの声真似カラス忌ま忌ましケケケと応えまた眠る猫

 

げにも糸たぐり寄せたりあのシーンこの俳優たちミラノの奇蹟

 

モノクロの女優いろどる街かどは冬の陽だまりネオレアリズモ

 

イングリッドバーグマンとさイングマールベルイマンとさ同姓だとさ

 

 

風声

 

歯科受診終えて寄り道ドーナッツ三つ迷いに迷って師走

 

明日からは畳目ひとつひとつずつ薄陽あわいに亡母ははの声在り

 

いとやすく捌かれ売られ鶏の御子きよしこのよる饗されたもう

 

雪あかり風声絶え果つ冴ゆる道これより還世ここより歩まん

 

賢しらに鴉踏み初む白艶の踪跡眩し凛烈の朝

 

雪叱り寒さ呵うを朝夕の挨拶とせし慣い慕わし

 

鈴なりのまんまる雀さんざめく梢のさきの光の春よ

 

 

水なき国 鳥なき国

 

黄昏に右むけ右と谺して燃え墜つ空に萌えアニメ声

 

黒黒と塗られし基の明明と落果累累桜の基に

 

昏き血の沸き出づ淵に滑り棲む太古の魚よ無明長夜

 

ひとの世はぱっと醒めたき悪夢かな鳥なき空に放つ孫引き

 

悪疾もヘイトも戦争も己が世のうつつであるぞ鳥なき空よ

 

暁闇に音なき調べ流るるは水なき国よ鳥なき国よ

 

 

まにまに

 

明けの靄ためらい匂う白薔薇のなやましき影過りおののく

 

棘秘めて笑み零れたる白薔薇よ綴じゆく夏に熟えし疵よ

 

幾山河越え去り果てぬ旅ならばいまだあこがれ尽きぬあこがれ

 

あこがれはあまくあやしきくるしみにわれをすておきさてどうしろと

 

光射す夢のまにまにふわりふわきみのおもかげ醒めやらずふわ

 

夢かしら思えどうつつやはり夢されどうつつよきみがぬくもり

 

夢ならばその手をとりて月夜かげ千億光年相語らうさ

2022年1月19日公開

© 2022 飽田 彬

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