再会

応募作品

鈴木 沢雉

小説

3,528文字

タコ暦1988年8月8日 サウスタコタ大学理学部地質学センター主任教授 タコリーノ・デヘント博士による記者会見

あの母子おやこのことでございましょう? 私もこうして話をするのはもう何度目になるかわかりませんけども、いつも涙なしにはお話しできないんですよ。だって不憫じゃありませんか、郁子さんは息子さんを溺愛されていらっしゃいましたからね。目に入れても痛くないというのはああいう可愛がり方を言うのでしょうね。五歳の時でしたわよね。え、七歳? まあ七五三っていうくらいだから一緒ですわよね。それで、えっと息子さん何て名前でしたか。ええそうです宏正こうせいくんです。私の甥にも康成と書いてこうせいくんってのがいますけど、なんだか更正みたいで嫌ですよね。

ええ、そう、息子さんがいなくなったって大騒ぎになったとき、私には最初からピンときましたね。わかってましたよ。あれは人さらいだってね。事故とかじゃなくて事件ですよ。西崎台に行ったに違いない、っていう郁子さんの変な母親の勘みたいなのに惑わされず、警察も最初から事件の線で捜査していれば、無事かどうかはともかく宏平くんの消息もわかったかもしれませんのにねえ。

とにかくその後の郁子さんといえばもう憔悴しきって見ていられませんでしたよ。そんな奥さんと二人きりで旦那さんが心を病んでしまったのも無理はないと思いますわ。あの離婚は仕方なかったですよ。しまいには一人で西崎台へ行って捜索まがいのことをしたり、その頃になるともう誰も郁子さんに話しかける人なんかいなくて、みなさん遠巻きに見ていらっしゃいました。化粧もせずぼろみたいな同じ服を毎日着て、幽霊みたいに息子さんを探してうろついているんですもの。

郁子さんが行方不明になってからもう四年も経つんですか。早いものですねえ。宏介くんに会いたいっていう一心だったんでしょうけど、まあ本当に可哀想でした。あ、このお紅茶美味しいわねえ。お代わりしてもよろしいですか? じゃ遠慮なく頂きますわウフフ。

 

失踪事件のことはよく覚えていますよ。こんな田舎じゃないですか、他に大きな事件もありませんからね。当時私は交番勤務の巡査長で、捜索の際には山狩りにもかりだされました。西崎台はカルスト地形でね、ところどころにドリーネっていう、石灰岩が浸食されてできたすり鉢状の穴があるんです。形や深さによっては人が落ちると二度と抜け出せなくなるときもありますし、落ちた衝撃で亡くなることもあるでしょうね。母親の郁子さんもそれを知っていたから警察に西崎台の捜索を依頼したんだと思いますよ。

私の意見ですか? あり得ないと思います。まず西崎台は宏正くんの家からは遠すぎます。とても七歳の子供が歩いて行けるような距離ではありません。よしんば行けたとしても台地の中へは柵を越えたり生い茂った下草とか灌木を払いながら進まないといけないので、大人でさえ難儀しますよ。どう考えても子供一人では無理ですね。警察も母親からの依頼があったので一応は捜索しましたけど、まあそこで見つかるなんて思ってた人は皆無だったでしょうね。

郁子さんが姿を消したのはそれから二年後のことです。こちらはやはり息子さんを探して西崎台で遭難したんだというのが大方の予想でした。私は母親の捜索にも参加しましたが、夏の暑い盛りでね、かなり難渋しましたよ。妄想癖の母親のせいで山狩りの重労働をさせられて迷惑この上ない。早く帰ってビールを飲みたい。みんなそう思っていたでしょうが、もちろん口には出せません。

はい、警察の公式発表は二人とも行方不明です。なので生死が判らないまま七年経てば失踪宣告が出されることになります。宏正くんはあと一年、郁子さんは三年で戸籍上死亡扱いになるってことですね。ご主人には離婚される前に一度だけお会いしたことがありますが、もの静かで穏やかそうな人でした。あんなことがなければ三人仲良く平和な家庭を営んでいけたのでしょうねえ。実に残念なことです。

 

僕も七歳だったからあんまり細かいことは覚えてないんだけど、警察やら新聞記者やら、たくさんの大人が次から次にやってきて話を聞いていったのはなんとなく記憶にあるよ。宏正くんはどんな子? って訊かれてみんな適当に「いい子だよ」とか「あかるくてやさしい」とか答えてたけど、まあ違うよね。あはは。

うん、クラスでは浮いた子だったよ。暗いっていうんでもないし、いじめられてたってわけでもない。ただ友達とか仲のいい子とかはいなかったかな。

一番よく覚えてるのは、あいつがエビのしっぽを学校にもってきて、気味悪がられたときのことかな。前日の夕飯がエビフライかなにかで、家族のぶんのしっぽまで全部もってきてたみたい。どうするんだって訊いたら、埋めて化石にするんだって! うけるよね。

ほんとうに、そのへんに埋めといて大人になって掘り返せば化石になってると思ってたみたいよ。マジで。西崎台に行けばさ、あそこって石灰岩のなかにアンモナイトとかウミユリとか三葉虫とか、たくさん化石が見つかってるでしょ。そこに埋めればエビもいい化石になるとか思ってたんじゃないかな。

だから僕たちは宏正が西崎台でいなくなったとしても不思議じゃないと思ってたね。大人たちはみんなあり得ないといってたけど。間違いないよ。あいつは魚の骨かカニの甲羅か何かを西崎台に埋めにいって、そこでドリーネに落ちたんだよ。だからあいつの母ちゃんが行方不明になったときも、やっぱり母ちゃんだったらあそこを探すよな、と僕らは納得してた。大人はみんな宏正の母ちゃんのことを気が狂っただのなんだのっていってたけどね。

それより父ちゃんだよな。てめえが鬱んなってる暇があったら一緒に狂ってやれよ、と思うよ。自分の息子のことだろう? 冗談じゃない。

あと、宏正は僕らが小学校を卒業するまでクラス名簿に載ってたし出席番号もあったんだよ。え、いつ戻ってきてもいいように? 違う違う、死んでない以上、それが一番事務処理が楽なんだって。担任の先生にそう聞いたんだ。

 

みなさん今日は晴天で足元の悪いなかお運びくださいましてありがとうございます。長くなりますのでどうぞ八本足すべて楽になさってください。

本日私タコリーノ・デヘントが発表いたしますのは考古学の世界に一石を投じる新しい発見についてでございます。この大発見に関わるというのはじつに私のタコ生において最高の出来事でございます。質問につきましては発表のおわりに受け付けますので挙触手のうえでお願いいたします。

さて、先日西ノ山にてほぼ完全な骨格標本が発掘されたのはご存知かと思います。このたび標本の分析が完了し、新たに判明した事実をお知らせしたいと存じます。

これまでも西ノ山では八本足の吸盤では数え切れないくらいの化石が発掘されてきました。しかし今回発見された生物はまったく違います。背骨をもち骨格に守られた神経系と内臓を有するという点では我々の知る魚類とまったく同じです。ただ問題なのは化石が発掘された地層がこの生物の生きていた時代、完全に地表に露出していたという点です。つまりこの魚類に酷似した生物は陸上で生活していた、とみて間違いありません(会場ざわめく)。

それが何を意味するかについては、ここにおいでの賢明なみなさまにはお判りのことでしょう。そう、かつて我々タコ類が海から陸上に活動の場を移したように、この生物も海と訣別し、陸にあがり、そこで暮らしていた可能性が高い。しかもタコより一億年も前にです。

この生物は極めて高度な社会を築いていたと思われます。このたび発見された化石から、我々は運良くDNAを採取することができました。その結果、この寄り添うようにして死んだ大小一体ずつの個体は99.8%の可能性で親子であると確認されました。性染色体も確認されており、親と思われる方の個体がメス、子供の方がオスであることもわかっています。

興味深いのはこの二体の化石のそばにもう一体小型の脊椎動物の骨が確認されたということです。こちらは我々のよく知る、つまり我々の主食である魚類と酷似しています。彼らがなんの目的で遠い海から西ノ山へこの魚類を運んでいったのかはわかりません。ちょっとおぞましい想像ですが、もしかしたら食糧にしていたのかもしれません。共食いですね(会場しかめっ面)。

詳しくは次回の学会に論文発表いたしますが、私は共同研究者と協議の上、この陸上脊椎動物を古タコ語で「まぼろしの魚」を意味する「ピジズパンタズモ」と命名することにしました。

研究は始まったばかりです。今回発見された母子の化石を調べていけば我々は古代の生物、彼らが生きていた時代、ひいては我々自身の存在についてさらに理解を深めることができると信じています(会場拍触手)。

2020年8月13日公開

© 2020 鈴木 沢雉

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合評会2020年9月

"再会"へのコメント 12

  • 投稿者 | 2020-09-23 14:58

    話者ごとの段落分けが不十分ですぐには飲み込めず突き放された感もあったが、全部読み終えてみるとその不親切さがまた作者の意図するところだったのではないかと思えてくる。現生人類の西崎台が、タコ文明下では西ノ山に変わっているなど芸が細かい。

  • 投稿者 | 2020-09-23 15:48

    前段のウェットさが、遠い未来に於いてカラカラに乾いたイメージで掘り起こされたりとか、色んな意味で対比になってますね。

  • 投稿者 | 2020-09-23 22:39

    手塚治虫の火の鳥未来編で、人間が滅んだ後にナメクジが文明をつくる場面があり、一読してそれを思い出しました。構成は黒澤の羅生門的な感じで、好みです。

  • 投稿者 | 2020-09-24 07:17

    宮部みゆきの『理由』のような事件関係者のインタビューを通して真相を探るミステリだと読み始めましたが、そういうオチでしたか。楽しく読ませて頂きました。離婚後に郁子さんが失踪したのなら誰が失踪宣告の申し立てをしたのか、そこが事件解決の手掛かりになる……とか考えていまだ引きずってます笑

  • 投稿者 | 2020-09-24 18:51

    ひとつの事故あるいは事件をいろんな人の視点や証言から描かれる話はよくありますが、一億年の時を超えて未来のタコの視点から描かれる手法は珍しいなあと思いました。その後の研究でピジズパンタズモがタコを食していた事実が判明した時、驚愕のあまり失神してしまうタコが続出するんじゃないのかなあと思いました。

  • 編集者 | 2020-09-25 18:17

    ヒトが何やらもったいぶった古代文明としてではなく、せいぜい猿人やマンモスみたいな扱いを受けるのが色々示唆に富んでいる。それにしても表紙がなかなか良い。
    遠い将来、タコ達が人間の過ちを繰り返さない様に、タコに理解出来る教訓を世界中に残す作業を、今から始めなければならないと思う。その点、この小説はとても良い教訓を示している。あとはタコに理解できるように翻訳するだけである。

  • 投稿者 | 2020-09-25 21:54

    面白く読みました。謎解きは一億年後。壮大な物語です。壮大なのに細かい話も書き込まれていて最後とのギャップに驚かされました。タコにしてみれば脊椎動物同士が食い合うのは共食いなのか、と妙に腑に落ちたことでした。

  • 投稿者 | 2020-09-25 22:14

    じわじわとキャプションの意味がわかってくる感じ、とてもよかったです。すり鉢状の穴、怖すぎてマジであるのか調べちゃいました。(画像検索してヒエってなりました)

  • 投稿者 | 2020-09-25 22:36

    人間もいつかはこうなるのですね。
    最初、なんでタコなの??って思っていたけれど、こう言うことだと分かって、笑いました。

  • 投稿者 | 2020-09-26 18:36

    人類が残した文明の残骸は人類が絶滅したあとも良かれ悪しかれ残り続けるんじゃないかと思い、西ノ山を発掘するまで人類が発見されなかったのはなぜだろうと話を脱線して考え込んでしまった。絶滅時の状況に関する説明があったら、もう少し腑に落ちる話になったと思う。

    宏正が宏平や宏介になったりするのが誤字ではなく登場人物の言い間違いであるのであれば、傍点か何かで示す必要があるかも。

  • 投稿者 | 2020-09-27 23:21

    最初に語り手が変わった時がわかりにくかったので、もう少し行間を開けるか、記号を入れるなどしても良かったと思いました。
    イラストと紹介文が最後の語り手で突然回収された際にはいきなり殴られたような意外性があり、発想が面白いと思いました。
    タコ生とか挙触手とか八本の脚でも~等のタコらしい(?)言い回しがなんだか微笑ましくては好きです。

  • 投稿者 | 2020-09-28 12:11

    タコの方が登壇したあたりで、無重力に連れていかれました。宇宙空間に放たれました。ふわーってしました。

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