白の玉(3)

安藤秋路

小説

4,506文字

・3・ミっちゃんのオハナシ

 

 

この人となら最高の人生を送れる。そんな出会いをしたことってある?とミっちゃんは聞いた。その顔を見ると二人ともないようね。そんなのってなかなかないよね。この地球の上で一体どれだけの人がそんな出会いを経験するんだろうね。私はそんなに多くないと思うの。それって無理じゃない、普通に考えて?それも同性同士でなんて。あー、言っちゃったよ、ミっちゃん。そうだよね、本当に奇跡だよねそんなのって。白は事の成り行きを見て行こうと心に決めた。玉の話だ。

主任、今日のプレゼンかなり好評だったみたですよ。おー、ミっちゃんか!小さなワインの試飲会だけどやっと仕事を任せてもらえるようになって嬉しくって、つい熱が入っちまったよ。おーし、掴みはバッチし、機嫌もバッチし、いける…今日こそはご飯に誘ってもらうんだ!頑張れ私。

「どうですか、これからご飯とか行きませんか?この頃、プレゼンのことばっかりで全然息抜きとかしてないんじゃないですか?」とミっちゃんは聞いた。この瞬間だけは何度経験しても緊張するなー。誘ってもらうつもりが、誘っちゃったよ。大胆なミっちゃん、天下一品、今日はかなりかわいいぞ。やっぱ、息抜きといったら、ヌキヌキでしょう!って私ったら、おい!

「今日はこの後、会場のオーナーの息子さんと食事会なんだ。」と主任は言った。

「オーナーじゃなくて、オーナーの息子さんですか。徹底していますね。早くも未来のビジネスパートナーですか。」とミっちゃんは言った。

「まあ、ボチボチそんな事をやり始める役目になってきたんだな、俺も。ここのハコは今後また会場として使わせてもらいたいからな。おっ、そろそろ着替えて来ないとな。せっかく誘ってくれたのに、ごめんなミっちゃん。」と主任は言った。しっかりビジネスして来てくださいねとミっちゃんは言った。まあ、現実なんてこんなもんだよね。

「ミっちゃん、今日暇になったか?」と南川が言った。

「うるせー。失せろ、銀蠅!」と完全に男の口調で言った。この男は誰彼構わず毎日のように飲みに誘っている、社内の「宴会部長」だ。死ね銀蠅、害虫、居酒屋のゴキブリめ、こんな時に話かけんじゃねー、乙女なめんな!

「おいおい、男になってるって!暇なら、飲みに行こうぜ。」と南川が笑って言った。銀蠅みたいな男だけど、この男の笑顔は…なんか昔から癒される。

「他にいくらでも暇人がいるじゃないの。私は忙しいのよ。」とミっちゃんが言った。そう、乙女はいつだって忙しいのだ。春の新色が今日発売だし、おしっこ漏れるくらいスタバでラテ飲みながら雑誌読まないといけないし、家でヨガとラテンダンスとピアノとデトックスして、その合間に下着を手洗いして、夜中にツタヤで借りた新作見て、あっ早く返さないと延滞だ…いろいろあるんだよ、寝る前には勿論ストレッチとバストアップの筋トレすなわちアンチエイジング兼シリコンの定位置を維持して、それを済ませたらスタンドの明かりの下で日記、、ミちゃんダイアリーを書かないといけなんだから、大作にしてハリウッドで作家デビューなんだから。銀蠅にかまっている時間なんてない。そんな時間はない。でも飲みてー、それも切実に愚痴りてー。もう誰でも構わねー。銀蠅でも目の前の人間に対して言葉を、内に日秘めた日常の鬱憤をはらしてー。あらこれって、デトックスじゃないかしら?とミっちゃんは、けっこう溜まっていた。そういろんなモノがね、特にまだ工事を済ませていない玉の中にね、っておい!

「ミっちゃんと飲みてーなー。ぶっちゃけて言うと、俺も最近飲んでないんだよ。こ俺様が。」と南川が言った。南川は私と主任と一緒のチームだ。彼も主任の今回の試飲会への思いは痛いくらい解っていた。実はけっこう熱い男で。今回のプロジェクトのために朝から晩まで外周りして連日試飲会のプロモーション活動を続けていた。昼間はポスターを持って走り周り、夜は会場近くの商店やら街の進行組合の飲み会のためにキャバクラの予約や幹事みたいなものまでこなして…この一ヶ月程は一息付く暇も無かったはずだ。

「たまには、付き合ってあげようかな。でも、もちろん南川のおごりな!」とミっちゃんは言った。マジ、給料日は明日だぞ!と言って茶化したが、直ぐに行きつけの居酒屋に連絡を入れた。

今回の試飲会は父も本当に楽しみにしています。特に今回の目玉ワインはもちろんまだ市場に出回る前ですけど、父はそのワインを本当に楽しみにしているみたいで。オーナーの息子は父親譲りのビジネス感覚は持ち合わせてはいないようだが、人柄は気難しい父親と比べるとかなり人間味のある人物だ。それより隣のこいつだ。

「主任さん、今回のこの目玉ワインなんですが確かに素晴らしい出来だと伺っています。しかし私はこのワインだけでは今一つイベント自体の盛り上がりにかけると思います。」とオーナーの息子の隣に座った女が言った。左目の下にはホクロがあり、そのホクロがとても印象的な女だ。彼女は試飲会で一つ余興をやってはどうかと提案した。

「ワインの味を純粋に楽しんでいただく事も重要ですが、せっかく来て頂いた方々にちょっとしたプレゼントをしたら印象に残る試飲会になるのではないでしょうか?」とホクロの女性は言った。試飲会の参加者に入場する際クジを渡して、最後に当選者にはワインのプレゼントをするという、企画自体はありきたいなものだ。しかし、その話をオーナーの息子はとても喜んで聞いていた。そして彼は私に、どうですこの余興の件を再考していただくわけにはいかないでしょか?と聞いてきた。私はこの段階で企画をいじるのは正直おもしろくなかった。もしこれが他でもないオーナー自身の意向であるなば、会社に持ち帰り再考しないわけにはいかない。だが、どうしょうもない息子のために動くのは私の本意ではなかった。私はその場はお茶を濁して逃げた。しかし、きっと私に運が無かったのだろう、この後私はオーナーの息子、ホクロの女、そしてオーナー自身と酒を交わす事になった。もちろんホクロの女はその場でも、その話を持ち出した。酒も入りオーナー自身も悪くない考えだと言った。

ミツオさんここのお料理はいかがでしたか、ワインもなかなかのものが揃っていて私のお気に入りなんだけれど。私の事をミツオと呼ぶなこのクソ女!ファック!しかし、料理はなかなかのものだった。ワインのチョイスもグットなのは認めなければならない…伊達に一人で店回ってないけど、こうゆう店は雑誌にはでないよな、そんなレベルだわこの店。つーか、どっちが払うんだよ、軽く見積もっても一人2万はかたいぞおい。しかも、その左目のホクロ、ズルイくらいセクシーだ。主任から言われたから仕方なく会っているけど、この女一向に仕事の話をするつもりがないじゃんか。私がワインの輸入に関わっているからわざわざ会いに来たらしいが、さっきから主任の話しかしてないよ、この女。そこが一番ムカつくんだよ。

結局、店の代金は左目にホクロのある女性が払った。食事の後に女同士(ミっちゃんも女の端くれ、だよ。)でバーに飲みに行った。バーではジャズバンドが生演奏していた。私ジャズとか全くわからないんだけど、いつも爆音のクラブミュージックとかロックしかし聴かないし。

「ねえ、ミツオさん。主任さんって本当にいい人ね。」とホクロの女は言った。

「あの人、私が提案した余興に付き合ってくれるそうよ。会場のオーナーさんも話の分かる人で、楽しみにしているみたい。」

「余興?もうしわけなんだけど、一体なんの話をしているの。」とミっちゃんは言った。そう、ミっちゃんはこの時まで、この瞬間まで余興の話なんて知らなかった。ミっちゃんは、主任からワインの輸入の件で話があるとしか聞いてないのだ。ミっちゃん自身、この段階で輸入の変更はまずないので、新しいプロジェクトかと予想していたのだ。つーか、余興って、今回の余興は南川の素人ソムリエ大会だけのはずだ。

「つまらない話よ、私がちょっとオーナーに提案したら、あのおじさんったら。ははは。おっかしいの、急に私のホクロが気に入ったとか言って。余興も良いんじゃないかって、言い出したの。そうそう、余興の話だったわね。あなたにはワインを一本調達しておいてほしいの。」とホクロの女は言った。これって一応、あなたの所の主任さんはオッケー出した話だから。まあ、主任さんがどうしても輸入のスタッフと話をしてくれって言うから今日はミツオさんのところにオハナシしにきたわけ、とホクロの女は言った。

ミっちゃんはトイレに行くと言って、一旦席を立った。焦るな私、ここで感情を剥き出したら交渉にもならないもの。主任が私に何も言わずにここに来させたという事は絶対に意味があるはず。わたしにこの件を任せたという事なんだわ。ミっちゃんは女子トイレの便座の上でガッツポーズをした。

「お話はわかりました。オーナーの意向を十分考慮に入れて、対応させていただきます。ご用意するワインは一本だけでよろしいのでしょうか?」とミっちゃんは言った。とにかく妥協案、着地点を探さないと。このままでは、せっかく練上げた試飲会がめちゃくちゃにされてしまう。この手の奴は一度要求を飲むと付け上がって、イベント前日や当日にまで変更を要求してくる。

「一本でいいわ。でもこの際だから、はっきりさせておきたいことがあるんだけど。」とホクロの女は言った。

「私もワインを用意するから、主任さんに選んでもらいましょうよ!どっちがいいか。」さっきまで数人しか客のいなかった店内が少しずつ賑わい出した。バンドマンの演奏も明らかに客を意識したものに変化していた。二人のグラスにはウィスキーがダブルで注がれていた。この店では女性にロックを提供する際には、必ず丸い氷を使用した。二人の机の上には玉の様に丸い氷の入った2つグラスが、一向に中身の減る様子なく置かれていた。つーか、どっちがいいかって。それって、もちろんワインの事じゃない。主任の玉を賭けた、女同士の正々堂々の勝負ってことね!このヤロウ、ついに本性を見せやがったな。私が何年主任の下で働いていると思っているの、主任の事なら、大好きなマンガから足のサイズまで何でも知ってるっつーの。ストーカー…乙女の根性なめんな、このホクロめ!とミっちゃんはメラメラと燃え上がった。ぜってーこの女ぶっ潰す、叩きのめす、オラオラオラオラ、オラッだよ。

「分かりました。私もワインを探しておきます。その代わり、私のワインを主任が選んだ場合は、もうこれ以上この試飲会には口出しはしないでもらいたいのですが、よろしいですか?」とミっちゃんは言った。ホクロの女は、もちろんと言った。人間って本当におバカさんよね。

 

 

「ここの寒さは骨に染みるね。将来はベッドと一体化したい。あきらめなければ、夢は叶う!」

 

★次回は…南川のオハナシ★

2012年6月4日公開

© 2012 安藤秋路

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