白の玉(5)

安藤秋路

小説

4,698文字

・5・ワイン日和

 

 

こっちに蹴ってくれよー!こっちだよ、ロビン、ヘイ!あー、どこに蹴っているんだよ!おじさん危ない。ドカーン。

「ああ、やべーよ。ロビンが蹴ったんだから、お前が取ってこいよ。」とロッシーニが言った。

「お前が近いんだから、ロッシが行けよ。」とロビンが言った。ロッシはボールの方に走って行った。

おい、おじさん大丈夫?ボール当てて、ごめんなさい。南川はベンチに座って下を向いたままで、まるで反応が無かった。頭の端っこが擦れた様に熱かった。なんだこれ、恋の予感か?スゲー衝撃じゃねえかよ。子供?なんだ俺に何の用だ。つーか、俺こっちの言葉は解るけど、喋れねーんだよ。本当の海外初心者なんだからな。正真正銘の初心者なめんな!とりあえず、笑っとくか。ハッハッハー。

このおじさん怖いよ…まあイイや、謝ったしね。とりあえず、もう一度謝っておくか。ジュシデゾーレ。おーい、ロッシ早くボール取って来いよ。うん、今行くって。今夜はついに試合だもんな。

南川はベンチから腰を上げて歩き始めた。空は灰色でいつも通りの締まりのない気持ちになる。くだらない自分の心の中心は、いつだって灰色の空の向こう側だ。出てくることなんてほとんどない。佇む街路樹が俺を見下ろしてくる、お前は本当に不幸になったのか?そんなの分からねーよ。ただ昨日までの俺は、大きな後悔の気持ちと悔しさ、そして一歩も踏み出せない苛立ちを抱えていた。けど、今日はどうだ。真っ白だ。まるで、画用紙の中心に立っているみたいだ。正直不安だ。でも、俺はどこだって歩いていいんだって気がする。これを絶望とか不幸と言うのか、喜びとか幸せと言うのかは俺が決めていいんだ。

人の名前が道路になっているこの町は、何人の偉人がいるんだよ?正直うざってえ。あのワイン屋はどこだっけな?シラフで歩くと余計にわからなくなるような気がする。でも今日はあの店に行くまでは、あのオヤジに会うまでは帰れねえよな。しっかし人はいっぱいいるけど、一人も味方に見えねな。ショーウィンドウに映る自分の顔を見た。元気ねえな俺。すっげー寒いしよ、この町。次の角を曲がったら、誰かに話しかけてみよう!一歩、二歩、後もう一歩。よーし、誰でも来い…ドカン。

「ロッシ、だからボールは蹴るなって言ったろ!ネットに入っていても人に当たるんだからな。すまない、大丈夫か?」とワイン屋のオヤジが言って、手を差し伸べた。南川は目の上から火花が散っていた。硬い地面に尻餅まで突いた。イッてー。首を回して立ち上がると、そこにはワイン屋のオヤジと公園で会った少年が立っていた。

いいのかよ俺までスタジアムに入って。隣にはワイン屋のオヤジと公園の少年が座っていた。サッカーなんてスタジアムで見るの初めてだよ。どこを見ても外人ばっかりだな。日本人は俺だけじゃねのか?

「いや、でもさっきは本当にすまなかった。これでも飲んでくれ。」とワイン屋のオヤジはビールをくれた。

「ありがとう。」と南川は言った。本当に恐る恐る言った。

「いや、悪いのはこっちだからな。今日は息子がスタジアムで初めてボールを蹴る日なんだ。こいつが息子のロッシーニだ。」とワイン屋のオヤジは言った。

「さっきはごめんねオジサン。僕、そろそろ集合だから行って来るよ!絶対にゴールを決めてくるから。オジサンも応援しててよね。」とロッシーニは言った。ワイン屋のオヤジは息子の肩を両手で軽くマッサージした。そして、背中を叩いて行ってこいと言った。

サッカーの試合は本物のプロチーム同士のガチの試合だった。ロッシーニの試合はプロチームの前座だった。時間も凄く短かったし、余興という程のものでもなかった。凄かったのは俺の隣に座っていたこのワイン屋のオヤジだった。カメラで子供をしっかり追っているし、ロッシーニがボールを持とうものなら、怪物みたいな声で叫んだ。そのままだ、絶対にパスなんてだすなー!そこだー、そう、そう、落ち着いて、おちついいいいいてええ、おおおお、うてーーー、ってな感じだった。そしてよく周りを見回してみると、俺の周りはそんなオヤジや母ちゃんばっかりだった。この親達にとっては本戦よりもこっちの方が大切なんだろうな。親ってのはこんなもんなのかな、自分自身の事なんかよりよっぽど熱くなってる様に見える。小さなボールを懸命になって追いかけるロッシーニを、ワイン屋のオヤジはそれより熱くなって追いかけている。なあ、オヤジあんたも。いつもそんな風に俺の背中を見ていてくれたのか?

「オヤジさん、俺さ帰るよ。」と南川が言った。

「おう、そうか!わかった、わかたああああ、今ダーーー、やっちまえええ、行けロッシ!行けロッシ。お前もしっかり見てろ!!ここだ、エリアだ。おち、おちついてえ。はあ、ビット、ビット。シュッ、ッシュ、ッシュウ、ッシュートーーーーー。きた。きた。やった、やったぞーーーーー。ゴールだ!おま、おま、おおおおおおおお」とワイン屋のオヤジは涙を流した。見たか、今のウチの息子なんだぜ。こんな晴れ舞台で、俺はやってくれると思っていたよ。母ちゃん、ロッシがやったよ。やったんだよ。

つーか、初めての試合って言ってたよな。そんな興奮するもんなのかよ!ハ、ハ、ハハハハハハ。でも、なんか俺まで嬉しいや!

「おまえ、そうだ。これ持って行けよ。ワイン。お前もここぞって所で開けろや!」とワイン屋のオヤジは言った。おい!昨日あれだけ売ってくれなかったワインを売ってくれるのか、つーかくれるのかよ。しかも、おい。なんてもん持ってきてんだよ。オヤジさん。これモノッソ高いヤツじゃんかよ!祝杯っていっても限度があるだろ、おい。ハ、ハハハハ。しかも両手に持ってるし。一本開け始めてるしよ、もーーー。なんなんだよ!こっちまで涙出てくるじゃねえかよ。ありがとう、本当に、本当に、ほんとーーーーにありがとう、ワイン屋のオヤジさん。俺、オヤジに会ってくるよ。

 

 

 

「南川ああ、私もう飲めないよ!乙女も、もう限界だあああ。」とミっちゃんは言った。居酒屋で飲み終わってもまだまだ、まーだ飲み足りなかったミっちゃんは南川の家に上がり込んで飲んでいた。乙女ってそんか感じ?そんな時もあるか。

「つーか、どうしたんだよ。今日は、なんか勢いがないぞ!宴会部長、よっ部長様!あっはっはー。もう、ミっちゃんだいぶ先行っちゃてる感じだよ。三年は先行ってるね、私、あ、た、しいい。早く追いついてこーい。」と言ってミっちゃんは南川に抱きついた。そして、頭をゴシゴシと撫でた。

「ミッ、ミっちゃん!おいおい、三年先から手を伸ばしてくるなーーー。俺だって結構飲んでるつもりだけど。今宵のミっ様にはかないませんなああ。はっはっはああ。」と南川が言った。

「しっかしあんた顔に似合わず、ずいぶんと部屋キレイにしてんのね。正直驚いたよ、あたしは驚いたよーーー。ああああ、散らかしたくなるーーー。そこにある本棚とかバタンってしたくなるううう。」とミっちゃんは言った。キレイと言うか、あんまモノを置かないヤツなんだなコイツは。リビングには本棚とセンターテーブルとソファー、向かいにはオーディオセット、それにワインがちらほら並んでいるだけだ。しかも、ちょっとイイ匂いもするし、クンクン、よくわかんないけど花の匂がする。なんか、ミっちゃん、南川はもっと汚い独身部屋に縮こまって住んでると思っていました。人は見かけによらないね、ごめんね南川。ちょっと見直したぞ、ミっちゃんアンタを見直したよ!!

「本棚って、おい。地震でも倒れないようにしてあるのに、ダメだって。」と南川は言って本棚に手をかけようとしたら、不可抗力っていうわけのわからない力が作用してミっちゃんを押し倒してしまった。ミっちゃんって、やっぱ、近くでみると…本当に美人だな。しかも、髪の毛か?すっげーいい匂いがする。イカン、イカン、っておい。男だって、ミっちゃんは!でも、血管の中を小さな塊が流れてくみたいに、ドクドクいって何か、気持ちとか感情とか恥ずかしさとかが流れていった。

「部長さーん。」と言ってミっちゃんは言って、南川の股間を左足で鋭く打ち抜いた。そして、さっと南川から離れた。南川、マジで悶絶!ジタバタしちゃうし、リビングで本当に飛び跳ねちゃうし、ハヒハヒ言っちゃうし、もう大変。ほんと、こいつって面白い。

「本当に倒したりしないから大丈夫だよん。」とミっちゃんは言った。そして本棚の方に行った。なになに、ミステリーとか直木賞とった本ばっかり。なんか営業は喋りが生命線で、パーソナルスペースをどれだけ詰められるかが…ウンタラ、カンタラって言ってたから、その話の種か何かか?しっかりやることやってんだ、やることねーー。この本の後ろら辺にー、怪しい本があったり………、なんだないのかよ!ミっちゃんショック、正直ショックだわ。つーか、ちゃんとワインも置いてあるしね。なんだ、やっぱりこいつマジメちゃん、じゃん。外ではあんなにハシャイデみせて、宴会部長なんてやってるけど…本当はマジメじゃん。なんか、やるじゃん。ミっちゃん…ちょっと見直したぞ!こんなギャップに乙女は弱かったりすんのよねー。って、おい、南川じゃん。所詮、平社員じゃん。主任の方が、かなり、やばいくらい、お話にならないくらい、カッコイイじゃん。でも、なんだろこの感じ。主任と平社員南川の距離が縮まってない?お株が上がってきてるんじゃない。南川を見直してる自分がいるし…何よりこいつといるとホッとできる。あったかい気持ちになれる、調子に乗って股間だって蹴り飛ばせちゃう…もうミっちゃんたら、下品、下世話、家畜ちゃんー!っておい、何を舞い上がってんだよ!そうそう、ワインも置いてあるんだったよねー………。

「なによこれ、このワイン!あんたなんかが持っていて良いクラスのワインじゃないでしょ、これ!おまえのような平社員がさ!」とミっちゃん言った。

「おお、それはマジで触るなよ!思い出のワインなんだから。俺が腐りそうになっていた所を、そのワインをくれたオヤジさんが俺と世の中をつなぎ止めてくれたんだから。とにかく、俺の命より大切なワインなんだ。大切な瞬間に開けるんだ!」と南川が言った。

「そっか。なんか知らないけど、大切なワインなんだね。」とミっちゃんは言った。そして部屋の中を小さな綿のような柔らかい沈黙が包んだ。南川が立ち上がって、トイレに行った。

ふう、何か変な空気になっちゃったじゃん。でも、あのワイン欲しいな。あれさえあれば、確実に勝負は私の勝ち確定!火を見るよりも明らかじゃん。つーか、飛んで火に入る夏の虫状態になること間違いなし。どっからでもかかってきなさいだわ。はあ、私っていけない人。でも、今回の試飲会だけは勝ちで飾らないと気が済まないの!だって、主任の初陣だよ、初陣は絶対に勝利で飾るの。もう、なりふりなんてどうだったいい。大切な主任のためだもん。わたしは、わたしは。ごめんね、南川。本当にごめんね、でも私、私の中の乙女を止められそうにない。ミっちゃんはワインを掴むと、そのまま南川の趣味の良い部屋を飛び出して行った。

 

 

「私事ですが…土曜日、引越しちゃいます。しかも、シェアハウス。ドッキドキが止まらないw」

 

★次回は試飲会のオハナシ…の予定でいます★

2012年6月18日公開

© 2012 安藤秋路

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"白の玉(5)"へのコメント 2

  • 読者 | 2012-06-21 13:04

    人物の心情、人物の周辺の雰囲気が生々しく伝わってきてGoodだと思います!
    (1)からの小ネタもしつこくなく楽しめます!続きも気になるし、いい作品を作りましたね!

    アドバイスを、と言われたら、最初の話に出てきた事件から大分話が逸脱してるように見えてしまうところ。後から繋がるのだと思うけど、ゲッターと悪の組織(恐竜帝国?百鬼帝国?)との戦いはどうなったの?と思う人もいるかも。各々のエピソードも面白いし、情緒的な場面がいいので、繋がりのある短編集にしてみては? というのが、自分なりの感想です。あと、漫画だともっと分かりやすいかも!擬音と話の流れが繋がってるのが、文章だと「どうなってるんだ?」思う箇所が所々あり、説明があると分かりやすいと思います。でも、書いてる時の流れがあるから、いちいち説明なんて入れてテンポを崩したくないってのは、すごーーく分かります。だって頭の中で話がどんどん進んじゃって、細かく文章に直してるとせっかくのアイディアが消えていってしまうからね。

    続き、楽しみにしてます!!

    • 投稿者 | 2012-06-22 22:36

      まず、読んで頂いてありがとうございました!
      やっぱり気持ちが違いますね、コメントいただくと。
      気持ちがいいです、ありがとうございます。

      もちろん、言ってる事も参考にさせてもらいますよー!
      下手くそ?知ってる、知ってる。上等っすよww
      次は絶対にもっと良く書きます!
      続きはもっともっともっと面白くします!

      コメント本当にありがとうございました。

      著者
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