白の玉(4)

安藤秋路

小説

4,403文字

 

 

・4・南川のオハナシ

 

 

 

 もしも、い、が一つ、したら…。冷たい空気が横っ面をさらって行く。さっきからジロジロ見てんじゃねーよ。昼間っから飲み過ぎてんのかな。クソみたいな電話が日本からかかってきたのは、昨日の夜中だったよな…昼間っから飲み過ぎてんのかなって、夜中っから飲みっぱなしだったか。この店の看板がむかついてしょうがねーよ。クソが。ドッカン、ドッカン、ドッカン…グーン、バタン。

 

「おい、うちのドアはサンドバッグじゃねーし。酒場のドアのなら通りの向こうだ。」とワイン屋のオヤジが言った。

 

「そっか、すまないね。この看板がいけねーよ。クソが。」と南川が言った。だめだ。もう立ってられねー。はあ、はあ、はあ、おー、ふー、12143688、しーー。うーうーいー、がああああーーーーー。おーーー、ゲロゲロゲローーー。おーおーー、345698966。ゲロゲロゲローーーーーー。止まんねーよ、出るもんはでるんだ、おー、ふうー、おー、はあ。ドタン、はあ。空ってこんなに青かったのか、つーか雨ばっかのくせに、雨ばっかのくせに、辛気くせー町のくせに…冷てーよ、あああ、あああ、あああ。ああああああああああ。

 

「おい、ここは紳士とワインの国なんだ。たのむからこんなクソ昼間っから、やらかすんじゃねーよ。」とワイン屋のオヤジが言った。このクソモンキーが!ドッカン、ドカン。

 

「オヤジのげんこつよりいてぇかも。」と南川は言って倒れた。

 

 なんだ端っこの方が明るくなってくるこの感じ。いや、まだ真っ暗だ…いや、やっぱり明るいじゃねーか。うー、あああ、あっ、はあ。息が熱いな、胸が苦しいような感じがする。これをムカムカって言うのかな…。あー、ここは天国か。思ったよりも殺風景っつーか、庶民じみてるっつーか。何か音が聞こえるな、こっちに来るような。

 

「オー、起きたのか。こんな所で漏らしたりすんなよ。ちゃんとトイレ使え。」とワイン屋のオヤジが言った。

 

「すー。はあ。なんだよ、オヤジの代わりに俺が閻魔様と面会すんのか。天国とまではいわねーけど、住むなら天国の近場の日当たりの良い所にして欲しいんだけど。地獄とかは…マジで勘弁してくれよ。大した人生だとは思わねーけど、家族思いのオヤジだったんだ。」と南川が言った。

 

「悪いんだが、俺は学がないから。他の国の言葉は勘弁してくれ。フレンチは分かるか?」とワイン屋のオヤジは言った。

 

「閻魔様もワインが好きってか、世界は広いもんだな。日本酒だけじゃ物足りないよな、でも、日本酒とワインの相性はクソだと思うぜ。まあ、酒の肴になるかはわからねーけど、ちっと聞いてくれよ。俺、オヤジが死んだんだ。」と南川は言った。日本語上等だろ。伝わるモンは伝わるだろ。ワイン屋のオヤジは頷いた。

 

 この歳になって馬鹿やってるのはわかってる。オヤジに比べれば俺はクソだ。オヤジは真面目な鉄道員で、俺にいっつも「新入社員はきちんと便所を掃除しろよ」って言っていた。守ったことはねぇ、でも言いたい事はわかってたつもりだ。いつだって、馬鹿は馬鹿なりにいろいろグシャグシャと考えてんだから。最後に交わした言葉は「気分転換するだけだよ、じゃあ行ってくるわ。」だったな。軽く挨拶して、ちょっと寂しさを感じただけだった。本当に軽かった。大学を卒業してやっと手に入れた自由と仕事、なんにも嫌な事なんて無かった。少し期待もされてたんだぜ。あんたを見習って、先輩の机くらいは拭いていたからな。色んなへまして、怒られて、叩かれて、社会に出て少し勉強した。世の中、良い奴もいれば最悪の奴もいるってわかったし、クソみたいな事も山ほど味わった。きっとあんたもそうだったんだろ。こんな時にならなきゃ分からねぇ馬鹿な息子だ。必死になって大人ぶって、仕送りしたり、手紙書いたりした。少し親孝行したつもりになっていた。なんで、なんでかなぁ。俺の未来は明るくはなかったけど、全くの暗闇でもなかったとおもったんだけどな。生きていれば嫌な事だってたくさんある、そんな事は理解できる。でもやっぱり残酷だよ。どうして会社なくなっちゃうかな。これからだったのに。南川はソファーに横になったまま、前髪を手で押し上げた。これから、少しずつ、もっと、かなり、やべーくらいに親孝行してくつもりだったんだ。いつも働いてばっかの両親、欲しいモノを買ってくれるまでにスゲー時間のかかる話のわからねー奴ら、でも次第に家の状況を理解していく自分、諦めとちょっとした苛立ちを抱えた子供時代だった。大人になってくると、いやでも解る事ってあるもんだよな。中二の春、誕生日にギター買ってくれたっけ。アコースティックのやつ、本当はエレキが欲しかったんだぜ。イイんだ、高校生になって自分で買ったから。バイク買ってマジで喧嘩したっけか、本当は褒めてくれると思ったんだぜ。ビールにつきあってやれなくってごめん、俺、どーやらあんたみたいに酒が強くねーみたいなんだ。こんな世界の端っこの街で言うのもなんだけど、ごめん。本当に、そう思ってんだぜ。なんでだ、これからだろ、やっとあんた歩き出したばっかなのに、子供から開放されて、やりたい事いっぱい、まだまだ枯れてなかったんだろ。ちくしょーが、ジクショーが、クソが。おっ、おっ、おおー。鬼め、悪魔め、神様なんて、絶対、ぜったい、ろくな奴じゃねーよ、死ねよ、クソ、クソ、クソがーあああああああ。あー、あー、あー。何で止まらねーんだよ。おおおー。せき止めてたモノが全部出ていく、ろくなモンじゃねー事は分かっている。だけど、止まらねーモンは止まらねーんだよ。はーはー、うーうーうー。気持ちワルー。はあああああ。ガコン、ボトボトボトーー。オヤジ、俺まだまだ言いたい事あったんだよ。あんたに一杯、一杯、いーっぱい、感謝したかったんだよ。こんなのってないだろ、本当、本当に、くそったれが!

 

部屋の温度は確かに暖かいはずなんだけど、このアジア人のせいかなんだか、背筋がキュットなるね。こんだけ切実に訴えられると…お前の歌を思い出すよ。ワインなんて酒屋をやっていると本当に色んな人間に会うもんだ。こいつもその一人だけど、もちろんお前もその一人だ。まあ取りあえずギリギリセーフか。

 

「バケツ用意しておいて良かった。俺のこじんまりとして趣味の良い店をこれ以上やられちゃ、本当かなわないぜ。」でもきっと俺は今日の為に生きていたのかもしれないな。なあ、ステファンそうだろ。きっとコイツに伝えるためだったんだろ。

 

「そんで、結局あんた不幸になったって言いたいのか?」とワイン屋のオヤジが言った。

 

「いいか兄ちゃん、あんた人生の苦味を味わったみたいだな。いいからこれ飲めよ。たくさん水飲んだほうが良い。そして、深呼吸してみな。少しは周りの景色がまともに見えるだろうよ。」とオヤジは言ってタバコに火を付けた。人間てのはなんで、食ったモンを出しちまうんだろうね、もったいね。プップ、スー、はー、まあ俺もこいつがやめれないし似たようなモンか、どうしようもねーよ人間なんて。ふふ。まあ、笑えるよ。

 

「兄ちゃん、あんた不幸になった。そう思ってるかもしれねぇ。でも、俺はこうも思うんだぜ。どんな出来事が起ころうとも、人を不幸にはできない。これは間違いない。昔こんな話があった。ばかみたいに笑ってばかりいる男の話だ。」とオヤジは言った。そして南川をじっと見つめた。

 

「その男はたった一瞬の間に全てを失った。長い人生一日を一瞬と言ってもいいだろう。いろんな事が起こりすぎた。仕事も、信用も、友達も、愛してる家族も、家さえも燃えてなくなった、最後には自分の命すらも。けれど、そいつはいつも笑っていた。仕事をなくした時も、転職のチャンスだって。ハッハッハー。スリと間違われた時も、自分の新しい才能かと疑った。フッフッフー。そんな男を見た友達が去った時は、別れがあれば必ず新しい出会いがあると。ガハハハハ。家が燃えた時は、家族と一緒に少し早いけどクリスの誕生日を祝おうと。ちょっとでかすぎるプレゼントだったか、クリスじゃまだ吹き消せないよなと言って笑った。ハハ、ハハ、ハハハ。それを聞いて母親は子供を連れてそのまま出ていっちまった。きっと明日、落ち着いて話せばわかってくれる。絶対に戻ってくる。こんなスパイシーな日は初めてだ、なんて刺激的なんだ。そうだ、今日の日の事を書いて出版したら…一気にブレイクしちゃうかもな、家族だってきっと戻ってくる。フフフ。また幸せにやっていけるって。世界中みんな、こんな俺の事見て笑うだろうな、ははは…でも、みんなが笑ってくれるならきっと明日も世界は平和さ、それでいいだろ。ワハッハッハッハー。みんな笑おうぜ。そんな時に、男は酔っ払った少年が運転する車にはねられた。少年は月明かりがきれいな夜だったし、火でテンションが上がっていたそうだ。もちろんたらふく飲んでいた。もうろうとする意識のなか少年が真青な顔して車から出て来ると、男はケータイを持っているかと少年に聞いた。少年は持っていると言った。それで俺の動画を撮影してくれと頼んだ。この燃え上がる自宅をバックに最後に歌を世の中に残したいと言った。そんで、youtubeに流してくれよ、もちろんFacebookにもTwitterにもアップしてくれ、こんな俺の人生の終わりを世界中のみんなに笑ってもらいたい。俺は今日まで本当に幸せだったって、大声で歌いたいと言った。そして歌いだした。その歌はとても歌とは言えなかったけど、最後には…ジョイン、と言ってその少年にも歌を歌うたわせた。思いっきり笑いながら歌っていた。本当に魂が燃えているんじゃないのかってくらい心が揺らぐ歌だった。奴の歌の最後は今でも覚えている。生きてるうちに、もしも願いが一つだけ叶うとしたら…………だった。俺が駆け付けた時には、そいつはもう病院の部屋で死んでいたよ。」とオヤジは言った。

 

「きっと、悪魔の悪戯だったんだろうな。どーしょーもねー、悪魔の悪戯だよ。でもよ、俺は思うんだけど、悪魔でも結局その男を不幸にする事はできなかったんだな。どんな出来事が起こっても人は不幸にはならないんだ。笑っちまうだろ。」オヤジはタバコの火を消して、カウンターの方に消えていった。

 

 

 

 

「自分の道を自分で紡いで行くんだ。スパイダー、俺お前のこと尊敬してるぜw。」

 

 

次回はもう少し南川のオハナシ

2012年6月12日公開

© 2012 安藤秋路

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