新代田のマシオ 第二話

新代田のマシオ(第2話)

牧野楠葉

小説

1,585文字

『新代田のマシオ』第二話。38才のマシオと、22才のハルコのパンチドランク・ラブ。

マジでダルすぎるけど会社にいくには赤羽駅からさらにバスに乗らなきゃいけなくて、赤羽東口のバス停を目指して歩いていると政治の演説とか宗教の勧誘がいくつもいくつも飛び交っていて、朝からそれを交わさなきゃなんない。虚ろな目をした会社員がここには大量に集うから、彼らにとっては格好の場所なんだろう。

わたしももちろんその会社員たちの一員で、もちろん本当は「ファック」と言いたかったがなんかその労力も惜しく、最初勧誘されたときは結構ですとか大丈夫ですとか言ってたけど、最近はもうなんも言わなくなった。頭ん中はいつもマシオさんのことだけだ。泥酔して喧嘩してそのまま何日か音信不通になるなんてザラにあったから、そろそろ慣れなきゃいけないな、前なんて道路で寝ていて轢かれそうになっていたんだし生きていたらもうそれでいいや、とか鬱々と考えていたら、すっと目の前に『短編映画鑑賞ご招待券』というのが差し出されていた。私はうつむいてた顔をあげた。
「無料でご覧になれます」と灰色のスーツの女が言った。

わたしは初めてこういう勧誘で立ち止まった。映画。映画。映画に行きたい。前、マシオさんとどうしても水族館に行きたくて、別に水族館じゃなくてもよかったけど、なんていうか、いわゆる普通のカップルがするようなことがしたくて、この日ねって決めたのに当日二日酔いでバックレられて、池袋サンシャイン水族館にようやく引きずりだせたのは最初の約束から二か月後だった。

屋外でやってたアシカショーを見に行ったのに、太陽に向かってしみじみと「久々に昼外出たけど、昼間って明るいんだね……」とか言っててわたしは爆笑してしまった。アシカ見ろや!  でもその一言で、水族館に行くまで二か月かかったのも、全部チャラになった。マシオさんはすごい。

さて宗教は宗教で、もうそれはいいけどなんの映画なんだよとチケットを見るとサイエントロジーと書いてあって、自己啓発系だった。

 

人間の心に関する史上最大のベストセラー『ダイアネティックス』短編映画化!

 

わたしはマシオさんにこれを見せて「行こうよ!」と言うところを想像した。こういうクソ宗教がだいっきらいなわたしがサイエントロジーの映画チケットひらひらさせてるのなんか面白すぎる。でも絶対マシオさんは一緒に半笑いしてくれる。機嫌がよければ、行っちゃう? 行っちゃうか! って言ってくれる。酒飲んでなきゃ、きっと。そんで、観たあと散々赤提灯でビールをかっくらいながら主人公のセリフを真似たりしてバカにしてくれる、元俳優だからそれぐらいやってくれる、……でも、マシオさんは映画に行く前に朝から酒を飲んじゃうだろう。

わたしはそのチケットをとりあえず内ポケットにいれて、
「すいません、急いでいるので。」と通り過ぎた瞬間、携帯が鳴って、それは見知らぬ番号からで……

この前借金の差し押さえで、長年住んだ『世田谷区なのに3万』という驚愕のボロアパートをついに追い出されたマシオさんはわたしの家に転がり込んできたけどここのところもう数日マシオさんと会ってないからか異様に悪い予感がして、応答ボタンを押した。

まあ要約するとそれはマシオさんが飲みすぎてぶっ倒れて救急車で運ばれた。これはマシオさんの携帯の画面にわたしの番号が表示されていたからかかってきた電話でわたしは本当に焦ってパニックになって、本当にパニックになって、頭ん中がブラックアウトして、……灰色のスーツの女に、入会したらマシオさんは助かるか聞いた。女は「心の動揺をおさえる技術をサイエントロジーは教えてくれます。うんぬんかんぬん」みたいな結構長い話をして、でもわたしはどうでもいいその説明を聞いてなきゃ、正直立ってるのもやっとだった。もし、もし死んでしまったら……わたしはその場でサイエントロジー東京に入会して、病院まで飛んでいった。

2019年7月30日公開

作品集『新代田のマシオ』第2話 (全6話)

© 2019 牧野楠葉

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純文学

"新代田のマシオ 第二話"へのコメント 1

  • 投稿者 | 2019-07-31 11:16

    正直言って、すごく面白いです。まくしたてる文章はひっかかりなく物語に引きずり込んでくれて、主人公の心理変化はジェットコースターに乗せられてるみたいで、はやく続きが読みたいです。待ってます。

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