新代田のマシオ 第五話

新代田のマシオ(第5話)

牧野楠葉

小説

1,999文字

『新代田のマシオ』第五話。38才のマシオと、22才のハルコのパンチドランク・ラブ。

 サイエントロジー東京の映画『ダイアネティックス』は簡単に言うとセルフヘルプっていう自分で自分を労わりましょうよっていう話で、会議室みたいなとこの硬い椅子で一時間半ぐらい、観た。同じ回にはいいスーツを着たエリートサラリーマンみたいな人もいたし高架下で転がってるようなおっさんもいたし口のたるみがすごいおばちゃんとかもいた。とにかくいろんな人が病んで、助けを求めてた。同じくわたしも。
 わたしはちゃんと観たよ。それ観ながら、ちゃんと「今」、自分が幸せかって問いながらしっかり観たよ。それが理想的な観客の姿勢だと思ったから。でも、自分で自分を労わる方法がどうしてもわかんなかった。外人の主人公はおとぎばなしに出てくるようなきれいな公園で散歩したりとかこれまで勇気が出なくて行けなかった好きな音楽が流れるクラブに行ったりしてたけどさ、そんなんやったところでわたしは満たされない。わたしはマシオさんの辞典を作りたかった。それが人生の目標って言っても過言じゃないくらい。でもマシオさんはわたしが居て欲しいときに側にいない。
 だから映画観ながら泣いちゃった、わたしも映画の主人公みたいにセルフヘルプですか? できたらどんなにいいかなって——マシオさんはゴールデンウィークのことをなんの笑いも求めず素で「ジーダブリュー」っていう、耳と首の裏に明らかにフェロモンが出てるツボを持ってる、酔っ払ってこけたのか常に身体に8つ以上の痣がある、寝ぼけてトイレと間違えて玄関に放尿してわたしのヒールをずっぶずぶにしたことがある、わたしは許したけど付き合う前別の女の家で同じことしたらそのまま叩き出されたことがある、酔いが極まると子どもの写真を見て号泣する、十年前、子どもと嫁を残してバイクで逃げ出した話をして「オレは本当に駄目なんだ」と言ったことがある。カラオケではブルーハーツ以外歌わない。本当に楽しいときは顎が外れるぐらい大きく口をあけて笑う、袋詰めされてるミニトマトを4分ぐらいで食べ尽くす、日雇いで工事現場で働くときの作業着が異様に似合う……

 

*

 

 脱走していた数日間、どうやらマシオさんはホームレスをやっていたみたいで、警察に連れ帰されたらしい。
 映画上映から家に帰ってきたときには、深緑の泥だらけで破れきったよくわからない布と、縞々模様の青と黒のトランクス (これは見覚えがある )だけという驚異の格好で、まあ髭はボサボサに伸びっぱなしで、髪は埃まみれだった。それで、台所にて、ホームレス期間に拾ったのであろうアルミ缶を炙ってお湯を沸かしていた。
「……なにしてんの、マシオさん 。 」
「お湯を沸かしてる。」
「それは見たらわかるけど。もう家に帰ってるんだからそんなホームレス感を出さなくていいんだよ。」
「違うよ、これでお湯沸かしてハルコにラ ーメン作ろうかなって。だって晩まだでしょう? 作ってやろうかと思って。」
「……そのアルミ缶、気に入ったんだね。」
「多分、言ったことあると思うけどオレ昔ラ ーメン屋一人で回してたんだよ。ラ ーメン得意なんだ。風呂でも入ってな。」
「その台詞 、そのまま返すわ。」
 よくわからない安堵に包まれながら、わたしは洗面台に化粧を落しに行こうと思ったけど、
「ごめんちょっと、まあ、あの、いつものやつ、やっていいですか。」
「ええ? いやだ。オレ臭いし。 」
「だめだよ。勝手に飛び出していったやつにこの場合の選択権はないんだよ。」
 わたしはそういってマシオさんの背中に抱きついて首の裏の匂いを嗅いだ。さすがに何日も風呂に入っていない分、汗やら体液やらが発酵して激しさ極まりない酸っぱい匂いがしたけど、その核にあるのはやっぱりあの、いつもの、マシオさんの匂いで、
「やっぱり、いい匂いだなあ、マシオさん。」
「ハルコ。ハルコ。」
「マシオさんはおっさんでホームレスなのに、やっぱり恰好いいなあ、マシオさん、ねえ、いい匂いだなあ。 」
 なんでわたしはホームレスに泣きじゃくって、何を訴えたいんだろう、新卒なのに、二十二歳なのに 、
「ハルコ。」
「……何。」
「味噌ラーメンにする? 醤油? 」
 いつまでたっても涙が止まらなくて、そうやってヘラヘラ笑うマシオさんをもう直視できなくなって、わたしは煙草を吸いにベランダへ出た。
 結局その夜は二人でコタツに入りながら例のアルミ缶ラーメンを食べて、適当なバラエティ番組に突っ込んだり、酒を飲んだりして、寝た。なんて幸せで楽しい日なんだろうって思ったけど、朝にはもうマシオさんはいなくて、署名とハンコが押された離婚届が机に置いてあった。
 昨日もし、おかえり、って言っていたら何かが変わっていたのかなぁ?
 開け放された窓から冬の風が入り込んで、なにかがカーテンの内側でひらひらと音を立てるから、ぼうっと首を傾けると、輪ゴムで止めた札束が小さくはためいていた。 
 だからまた猫とわたしは、二人ぼっちになった。

2019年8月2日公開

作品集『新代田のマシオ』第5話 (全6話)

© 2019 牧野楠葉

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