夜明けとともに石造りの城門を打ち破って軍隊が殺到した。拍子抜けするほど無防備な街だった。砂漠を越えてやってきた五千の精鋭部隊の前に、少しばかりの守備隊はなすすべもなく壊滅した。そのまま軍は街の中心に進み、丘の上の王宮を陥として、スルターン(王)とスルターナ(王妃)の首級を槍に串刺しにした。それが昼前のことだった。
それから約束ごとの略奪を兵士どもに許した。三日間限りという条件つきで。もっとも交易で栄えた豊かな国とはいえ、大きくもないオアシスの国が千単位の軍隊に略奪されたなら何日も持たないであろう。しかし構うことはない。住人は死に絶えても構わない。どうせ異教徒の街なのだ。
カイワラ王子はそのようなつもりで三日間を過ごした。自らが首を刎ねたスルターンの玉座に座りながら。
スルターンの後宮にはかなりの数の美姫がいた。女には無頓着なカイワラ王子は、それらを麾下の者たちに自由に取らせた。その結果、ハーレムの建物は下品な笑い声と悲鳴に溢れた。王子はこのような騒音は好きではなかった。しかし略奪を許した以上、三日は我慢をせねばならぬ。
考え事をする時、褐色の口髭をひねるのが王子の癖であった。玉座に座っていて仕事をしていても、王子の片手はひねもす口元に伸びていた。
占領した街でなさねばならぬあれこれの事務的な仕事は、もともと無口な王子を一層寡黙にした。砂漠の後方におわす彼らの国王に飛脚を送ったり、城壁の守りについた部隊からの報告を受けたり、新しい指示を出したり。
征服された住民たちの処遇をどうするかは、三日後に決めることにした。餓えた軍隊の略奪暴行に耐えて生き残った者がいればの話だが。
四日目、彼の軍隊は統制を取り戻した。王子は新たな仕事を開始した。
まずは、残っていた王族や貴族たちを街の広場で打ち首にした。次に広場の真ん中に大穴を掘って、寺院から引っ立ててきた邪教の僧侶たちの首と胴をそこへ落とした。そのうちに穴が足りなくなったので、更にもう一つ掘って、新しい支配者に協力的態度を見せない役人や有力者たちを放り込んだ。
これだけ殺せばほぼ間違いない。金や権威や頭脳を持つ者はすべて殺した。残った住民たちは恐怖で反抗する気力さえ失うであろう。カイワラ王子は満足をした。
更に数日経って、今度は王宮に仕えていた侍女や宦官や護衛などの奴隷たちの行く末を決めることになった。王子の指示は簡潔であった。職人や料理人などこれからの統治に役立ちそうな者だけ残して、残りは殺せ。
部下たちは一旦了解した後、重ねて尋ねた。後宮の女たちはどうしたものでしょう。王子は眉をひそめて言った。お前たちは充分貪りつくしたのではなかったのか。まだ不足か。部下たちは沈黙した。そして選別の仕事を始めた。
王宮内にいた数多くの奴隷のうち、医者や床屋、機織りや染物、仕立、料理、細工などの技能のある人々はひとまず一命を取り留めることとなり、それ以外の者は一律に処刑囚用牢獄に収監された。翌日早々にも大穴の回りに並ばせて、順々に首を落として行くことになるだろう。首切り斧が足りないのではないか。砥石をどこかで調達して来ねばなるまい、兵士たちはそんなことを考えた。
最後に残った一団を見ると兵士たちは迷った。そこですぐにお伺いを立てることにした。
「何をする者か」
「楽師どもでございます、殿下」
楽師と聞くと王子は少し考え込んだ。例によって褐色の口髭をひねりながら。その様子を見てやっぱりお尋ねしてよかったと兵士たちは思った。万一、王子の意に沿わぬ処置をしでかしてしまったなら、我が身の首が飛んだかもしれない。
「楽師などこの戦時には無用の長物だが、平時に戻れば用いる場もあろう。まして我が父王は音楽を好まれている。その者たちをここへ連れて参れ。役に立つ者であるか、余が見定めてやろう」
しばらくして、鎖で足首を繋がれた十数人ほどの一団が、兵士の罵声を浴びながらのろのろと入ってきた。一人では歩けないのか、両側から支えられている者や、顔や手足から血を流している者もいる。女が一人もいない。最初からいなかったのか、先の三日間で皆死んだのかであろう。
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