島の大学を卒業した彼は、故郷を離れてユートピアへの入り口に並ぶことにした。ユートピアは何不自由ない生活が保障され、あらゆる夢が叶う場所。希望に胸をふくらませた若者たちは入り口の前の行列にこぞって加わった。
島には仕事の口がないし、一応国立とは言っても地方大学の肩書きだけでは本土の優秀な学生にはとても太刀打ちできない。彼にとってユートピアへの入り口は幸福を手にする唯一のチャンスだった。
国じゅうから人が集まってくるわけだから、行列の長さも相当のものである。もちろん彼のいる最後尾からは入り口が見えるはずもない。噂によれば入り口の鉄の扉はふだんは固く閉ざされており、一日に数人しか入るのを許されないのだという。基本的に前列の状況について情報が入ってくることはほとんどない。治安維持のために自動小銃を肩から下げた兵士が列のそばを常に巡回しているが、彼らは不機嫌な顔をして口をつぐんだままである。誰かが撃たれたという話は一度も聞いたことがないけれど、おとなしくしておくに越したことはないだろう。
列にいても生活はしなければならない。彼は収入を得るために内職をはじめた。封筒に切手を貼る単純作業である。大学では十九世紀フランス文学を学んだが、バルザックやボードレールについての知識は列の中では役に立ちそうにもない。何年か前に出た新訳のバルザック全集を彼は背負って持参していたが、結局読まずに積み重ねて作業台代わりに使っている。丸一日舌がカラカラになるまで切手をなめ、回収に来る業者からその日の報酬を受け取る。貯金はいつまでたっても増えないが、日々の生活にはそれで事足りた。
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