「デルタくん、この生物はなんていうの?」
宇宙船から降り立った特派員ライアンは辺りを飛び回る生物を指さしながら助手のデルタに話しかけた。
「恐らくトンボという種でしょう」
ライアンに続いて降りてきたデルタはトンボへの興味も長旅の疲れも見せずに、
「この星で最も繁栄した昆虫という生物の中で、最も残忍な性格を持つ種だと聞いています」
と答え、調査のための機器を設置し始めた。
「へぇ、それは生存競争を勝ち抜くには重要な素質だ」
そう微笑むと、
「でも、あれを作ったのはトンボじゃないよね?」
ライアンは小高い丘の上から眼下を一望して言った。視線の先には、一目で高度な文明によって築かれたと分かる街並みが広がっている。
デルタは作業の手を休めずに、
「あれはヒトという種の建造物です。この惑星の歴史上、最も高度な文明を発展させた種になります」
レーダーを設置しながら、
「この星にはかつて2つの太陽と呼ばれた時代があり、惑星外への通信や移動も可能になるほど大きく繁栄したようです」
機器を広げ終えた小さな簡易机の前に腰を据え、
「しかし2つの太陽の時代は長く続かず、やがて通信記録は途絶えました」
意識をモニターに集中させた。
「太陽ってのはあの恒星のことか」
ライアンは目の上に手をかざして見上げながら、
「あれだけのエネルギーを出す恒星が2つもあればずいぶん文明は発展しただろうね」
眩しさに目がくらんだ彼が視線を戻すと、黄色い太陽は青い空に浮かぶ雲の影を黒く街並みに落としていた。
「んで、そのヒトってのは今は……」
どうなの、とライアンは助手を振り返った。
「――確認できません」
デルタは機器の反応を見逃すまいと凝視し続けたが、生体レーダーには一向に反応がない。わずかに耳に届くのは飛び回るトンボの羽音と機械の駆動音。
「――ってことは、僕達の任務は観察から調査に変更だね」
「そうなりますね。しかし、宇宙に足を伸ばすほど文明を進めた種族が絶滅したとなると、原因はやはり戦争でしょうか」
環境は悪くないようですし、と付け加えてデルタは同意を求めたが、ライアンは眼下に広がる景色を眺めながら考え込み、やがて口を開いた。
「どうやらそんなに単純な話ではなさそうだよ。ここじゃ良く分からないから街に下りてみようか」
二人は調査機器を撤収するとすぐさま宇宙船に再び乗り込み、街へ下りた。
街の中心部に適当な着陸場所を見つけて降り立つと、現在この惑星の支配者が植物であることを二人は思い知った。獣と昆虫がレジスタンスとなってゲリラ戦を繰り広げてはいるものの、組織力の差は大きく、戦況は歴然であった。しかし、そんな戦場においても、かつてヒトが生活していた残骸はなんとか残されていた。
「立派な建物ですね」
樹木に飲み込まれながらそびえ立つ摩天楼を見上げて感嘆の声を挙げたデルタに向かってライアンは、
「戦争じゃなさそうだね」と、言った。
「え? なぜですか?」
「これほどの文明を持つ種が戦争で消滅したのなら、たとえこの街が戦場ではないとしても、暴動や混乱による破壊の痕跡があるもんでしょ」
「なるほど……」
デルタは先程とは違う感情を持って辺りを見回した。舗装された道路は地中から伸びるタケに引き裂かれていたが、意図的な破壊の痕跡は見当たらなかった。
「有害物質の汚染は?」
言われてデルタは慌てて機器を取り出し、
「検出されません」と、意識を調査に戻した。
「あとは病原菌の可能性もあるか。建物の中も見てみよう」
二人は目の前の建物に近づいて行った。それはかつて数多くのヒトが生活をしていた高密度住居だった。
ツタによって過度な装飾を施されたドアには鍵がかかっていなかった。また、防犯システムや生活AIなどは全てその役目を終えており、建物内には容易に侵入することができた。
探索を始めるとすぐに、ヒトの死骸を見つけた。時間による浸食の中でその形はほとんど失われていたが、シーツや家具に残った染みから、かつてそこに居た存在を確認することができた。ある場所ではその痕跡はベッドの上に。またある場所ではソファーの上であり、床の上でもあった。
いくつかの部屋を調査するうちに二人は奇妙な感覚を覚えていた。
「どうやら、椅子に座ったまま亡くなったみたいですね」
新たに踏み込んだ部屋で、ついに耐え切れずデルタは違和感をそのまま言葉で表した。その部屋では机の上に食器すら残っていた。状況を考えるに、食事の途中であったのだろう。ここにあるヒトの死骸は食事中に椅子に座ったまま死んだのだ。
それまでに見つけた死骸の状態を思い返しても、病気に苦しんだ様子はなかった。争った様子もなかった。ましてや殺すための凶器なども一切見つからなかった。そして全ての死骸は例外なく、死んだままの状態で放置されていた。
「どう思う?」と、ライアンはデルタに投げ返した。
「分かりません……病原菌など、生命の脅威に繋がるような物は一切検出されませんでした」
「死んだのがいつ頃か、って分かる?」
「サンプルは全て採取しているので、C14の計算をしてみます」
そう言ってデルタが取り出した機器は、簡易的なものでありながら誤差数秒という精度で死亡時刻を推定できるものだった。若干の操作の後、計算によって導き出されたその数値に二人は目を見開いた。
「――やっぱりね。争った形跡もないのに全ての死骸が放置されているなんておかしいと思ったんだ」
デルタは息を呑み、
「確かにこの星の文化では、遺体は埋葬されるはずです」
モニターから目を離せないまま、上司の判断を促すように相槌を打った。
「間違いないね。みんな同時に死んだんだ」
ヒトは全て同時に死んだ。それも、日常生活を続ける中で突然に。いったいこの状況をどのように報告すれば良いのだろうかとライアンは頭を悩ませた。
物理的には可能なはずだ。全ての個体にナノチップを埋め込み、同時に薬物を溶け出させる。それを誰も知らないランダムなタイミングで行っただけのこと。この文明レベルなら十分に出来ることだ。
「しかし、理由がないとね」
二人は調査を打ち切って宇宙船に戻り、手掛かりを探すべく惑星をぐるりと巡った。水と緑に覆われた惑星は美しく、やはり争いの痕跡などはどこにも見当たらなかった。点在する都市は新しい王を受け入れ、静かに崩壊を待っていた。
やがて宇宙船は南極の上空に差し掛かった。植物もここまでは到達できないのだろう、と氷の世界を眺めていると、突如小さな黒い塊がライアンの目に飛び込んできた。それは黒い金属で覆われており、小さいながらも広大な銀世界では大きな存在感を示していた。明らかに意図的。二人はすぐさま着陸し、調査することにした。
「良く考えたもんだね」ライアンは扉の前で建物を見上げながら呟いた。「ここなら植物や動物が入り込むこともないだろうし、流水による浸食や熱による風化も最小限に抑えられるはずだからね」
デルタは皮膚にへばりつく冷気の中、
「しかし、いったい何なんですか、この建物は」と、震えながら言った。
「それは入ってみれば分かるだろう」
ライアンは臆することなく入口を開き、建物の中へ足を踏み入れた。
そこには清浄な空気と光で満たされた空間が広がっていた。フロアの中央には螺旋階段があり、どうやら上の階まで続いているらしい。照明の類は無かったが、あらゆる角度から太陽の光を取り込み、反射させることで、十分な明るさを生み出していた。その光の中で見出したもの、それは壁一面に貼られた写真だった。
「これは……?」
デルタは困惑しながら写真を眺めて周った。恐らくヒトが最も繁栄した当時の姿ばかりであろう、世界中ありとあらゆる風景と場面が美しく撮影されていた。写真の中のヒト達は総じて幸福そうに見えたが、デルタには理解不能な感情が芽生えていた。いったい何のために? 誰に向けて? こんな物を?
「そんな物よりこっちを見てごらん」
ハッとして、ライアンのもとへ駆け寄ると、
「読めるかい?」
と、彼は入口のすぐ横の壁を指さした。そこだけは写真ではなく長い文章が書かれており、デルタは翻訳機を取り出すと早速文章を読み込んだ。それは以下のような内容だった。
“我々人類はこの惑星で大いに発展した。そしてそれは二つの太陽によって絶頂に達した。世界からは貧困や無知が無くなり、争いや差別は過去の物となった。我々は満たされ、しかし停滞した。そして破滅の道を歩むことになった。”
「――どうやら、ヒトは記録を残さずにはいられない性質のようですね」
「しかも、それを誰かに見せたいんだろう。承認欲求が強いようだ。誰か認めてくれる存在がいれば良かったのかもね」
二人は理解を超えた種族間の差異に不気味さを感じながら、文章を読み続けた。
“この世界からあらゆる影を消し去った二つの太陽は一つに戻ってしまった。今後この世界を維持するためには、奪い合わねばならぬだろう。しかし、今の我々はあらゆる面で満足し、あらゆる面で平等なのだ。再び、戦争と貧困の時代が戻ってくるという選択は出来ない――”
その後の顛末を要約すると、栄光の時代が終焉を迎え、爆発的な人口を抱えたヒトは、その将来を憂い全人類による投票のもと、争い奪い合うよりも自決する道を選んだ、ということであった。実行方法はライアンの予想したものとほぼ相違なかった。もちろん反対派も居たようだが、何もかも満たされ、互いを尊重しあう高度な思想にまで達したヒトにはもはや暴動や混乱を起こすような情熱は残っておらず、ことが決まればすんなり受け入れられた、と書かれていた。
「理解できません……」
「まぁ、あんまり難しく考えちゃダメだね。要するに彼等は失敗したんだ」
報告書が楽になりそうで良かったよ、とライアンは溜息をついた。
藤城孝輔 投稿者 | 2017-12-16 14:50
このお題に対してSFが来たのが意外だった! 感情を抑えた単調なセリフの連続も静謐な世界観をうまく引き立てている。特に一番最後のセリフがニクい。タイトルが不正確だとは思うが、今回の合評会作品の中では最も優れていると感じた。
斧田小夜 投稿者 | 2017-12-17 16:47
謎がしっかりと提示してあって(納得できるかどうかはともかく)一応結論がついていたのでなるほどなと思いました。ただ主役二人が交互に見解を話しているだけなので二人登場させる必然性が低いと思います。バディなので二人は異なる性質を持っていたほうがよいのではと思いました。
Juan.B 編集者 | 2017-12-21 01:17
大体、何でライアンとデルタって名前なんだ。アイルランド系と三角地帯か。偶然そんな名前を付けられる異種族が近くにいるとは宇宙的感覚から考えると信じられない。地球人じゃないのだから、控えめに言ってもပြည်ထောင်စုとか─┐┌└┤┬├みたいな名前じゃないのか。地球人の感覚の名前の二人はどこから来たんだ。聖書においてアダムとエバとその息子しか人間がいなかったのに唐突に出てくるノドの地の人々みたいじゃないか。一体誰なんだ、お前らは。お前らフリーメイソンリーとNHKの手先だな。絶対にNHKの受信料なんか払わないからな。
とても良い話だった。地球人が優しさを最大限に発揮できる形に進化してくれて良かった。ハッピーエンドだ。俺の作品がハリウッド向けなら、こちらはルネ・ラルーに「ファンタスティック・プラネット」みたいにアニメ化してもらいたい。
高橋文樹 編集長 | 2017-12-21 15:10
人類が絶滅したという謎の提示から一応の解決まではまとまっているが、人類滅亡に対する視線がやや中二病ぎみなのが読んでいて気恥ずかしい。
バディ感がなかったのが残念。