『大人の童話(四)』――織田作之助

九芽 英

小説

2,789文字

大和川で砂金が採れる、という新聞記事は実際にあったのでしょうか。大谷晃一氏の著書によると「十四、五年に作之助は日本工業新聞記者で大阪鉱山監督局に詰めていた。17年に同局の文化委員になった。」と、あります。オダサクが書いた新聞記事読んでみたいですね。敏腕記者として活躍する一方、記事の捏造をしていたという記録もあるので、もしやオダサク自身が砂金の記事を捏造して人を集めたなんて事があったり、なかったり。

 

 あくる日も三吉はこりずに大和川の河原へ出掛けました。

 ところが、驚いたことには、昨日とちがつて、河原はまるで何ごとか異が起つたやうな人間の洪水でした。人々はめいめい茶碗をもつて、川の中にはいつてをりました。そして見れば、しきりに砂をすくつては、あやしげな碗がけをしてゐるのです。

「なんちゆうこつちやろ。」

 呆然として三吉が突つ立つてゐますと、

「三吉さアーん!」

 と、女の聲がしました。聲で木島おたねだと、三吉には即座にわかりました。木島おたねは人ごみの中から、裾からげして水色の湯文字を覗かせた意氣な姿を現はしました。これは一どうしたことだらうと、あきれてをりますと、木島おたねは、

「三吉さん、あんたも來たのね。」

「へえ。」

 三吉は曖昧に答へました。

「やつぱり新聞見て來たんでせう?」

「新聞? いや、そんなもんえしまへんぜ。」

 三吉が言ひますと、木島おたねは三吉の方を柔く敲いて言ひました。

「今更なにもさなくつたつていいぢやないの、薄情なのね、あんたといふ人は……。來るなら來るで、さう言つてくれたら、一緒に來るんだつたのに。あたしにかくしてひとりこつそりやつて來るなんて、そりや卑怯といふもんよ。」

 三吉はなにがなんだか分らず、つまり、言ふべきことを知らないといつた状態でありました。

 實は、三吉が昨日撮られた寫眞が今朝の新聞に載つてゐたのでした。ピントが合つてゐなかつたと見えて、ぼうつと霞んでゐて、一體なんの寫眞だか、さつぱりのわからぬ梃な寫眞でしたが、けれどその新聞を見た人は、横についてゐる「大和川に砂金の洪水!」といふ見出し文句で、その寫眞の意味は納得できました。

 昨日三吉に聲を掛け、寫眞を撮つた男は、けだしの新聞記者だつたのです。

 などとは、三吉はちつとも知りませなんだから、可哀相なくらゐ呆然としてをりました。

 けれど、やがて三吉は事情を納得し、人々や木島おたねが新聞見て、砂金を探りにやつて來たことだと分つた時には、三吉もまた新聞を見てやつて來たやうな顏をして、木島おたねと一緒に群衆のなかにまじり、せつせと砂をすくつてをりました。

 群衆は暗くなるまで、河原を立ち去りませんでした。三吉も木島おたねも同じことでありました。

 ところが、なんといふことでせう。それはもう、下手な言ひ方ですが、河原の小石のもあるくらゐのおびただしい群衆でありましたが、そのうちの誰も、

「やあ、砂金だ!」

 と、聲をあげた者はありませなんだ。

 それでも、時々聲があがると見れば、

「やあ、鮒だ!」

 あくる日も、しかし人々は大和川の河原へ群衆しました。三吉と木島おたねも仲良く並んで群衆のなかにまじつてをりました。その次の日も同じでした。

 人々は分辛抱がいと言はずばなりますまい。てんで砂金はみつからなかつたのですが、すつかりは閉口してしまひませなんだ。なかなか諦め切れなかつたのだ、とも言へるわけです。

 けれど、さすがに落伍した人もありまして、メンバーはりました。主として米屋や酒屋の小僧さんが多いやうでした。また、三吉のやうに服を扱つている人もかなりをりました。その外、お菓子屋のお内儀さんや八百屋のおつさんもをりました。

 かういふ人達は概して閑人と見えました。そんなに商賣が忙しくないと見うけられました。それ故、かういふ人達は日がな一日河原に頑張つて、砂金が發見されるまでは梃でも動かぬぞといふ、不動の決意を示してをりました。

 なかには目のない者もをりまして、

「茶碗貸します。一時間二、但し三時間以上は五。保證金として原十八お預りします。」

 といふやな新商賣をはじめました。これはしかしりはやらなかつたやうであります。

 また、別製アイスクリン屋が屋車をひいてやつて來ました。ひやし飴屋も來ました。この人たちも、商賣片手間にしばしば砂をすくひました。

 さうして一週間ばかりちました。けれど、一向に砂金は發見されません。遺憾ながら、一粒も發見されませなんた。

 ある日、遂に山監督局の技師がやって來まして、調査を行ひました

 調査がむと、技師はいきなり、

「皆さん!」

 と、群衆に呼び掛けました。

 人々は何ごとかと思つて、聲のする方へ振り向きました。

 技師は大きな聲で言ひました。

「皆さん! 大和川には砂金はありませんぞ!」

 人々はかすかに動しました。技師は最初の一言で人々の心臓を捉へたといふべきであります。技師は一段と聲をはげましました。

「大和川に砂金があるなどといふ説には、全然根はありません。出鱈目です。とりとめのない風説です。阿呆らしいデマです。信ずるに足りぬローマンスです。皆さんは直ぐおりなさい。そして、家の生業に就いて下さい!」

 この時、一人の裾からげした婦人が飛び出して、技師の前に踏を置きました。木島おたねでした。三吉はいろんな意味で恥しい想ひがしました。

 技師はの上に登つて、叫びました。

「今日この時、これは一なんたることでありますか。こんな無駄なことに皆さんの貴重な時間、貴重な力を費すとは、かへすがへす莫迦げたことですぞ。いや、残念極まつて何ともはや小生には言ふべき言葉がない。なるほど、皆さんはお見受けするところ、閑人であるらしい。閑で閑で仕様ないから、家でぶらぶらしてゐるよりも、いつそ大和川へ行つて砂金探しでもしてこましたるかと思はれたに違ひない。無理もない。けれどです。皆さんは何も閑人だからといつて、ありもせぬ砂探しに無駄骨を折る必要はありますまい。それよりも皆さん、必ず見つかる砂金、いや必ず手にすることの出來る金や銀や銅を採られたらどうですか。」

「そら何に行けば採れまんねん。その金や銀や銅のある場所は何でんねん?」

 誰かがききました。

「日本全國到るところに金、銀、銅があります。さうして、日本はいま金、銀、銅が非常にほしい。ほしいが、思ふやうに手にはいらない。日本全國到るところに金、銀、銅、、石炭その他の鑛山やまをもちながら、思ふやうに手にはいらないと言ふのは、つまりなんでありましせう? 言つてしまへば身も蓋もないが、つまり掘る人が足りないからであります。かういふと、何だか皆さんを一杯ひつかけたやうで恐縮ですが、既に皆さんは一杯も二杯も掛つてをられる。だから、次に小生が言はんとする言葉をきいて、なんのこつちやといふやうな顔をしないで下さい。一杯掛つたと思はないで下さい。小生の言ひたいのは、つまり、皆さんに山で働いてもらひたいといふことなんです。物は相談ですが、どうです? 皆さん、砂金探しをやめて、山へ行きませんか。」

 だんだんに日が暮れて行きました。

2017年10月23日公開

© 2017 九芽 英

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