『大人の童話(一)』――織田作之助

九芽 英

小説

2,512文字

出来る限り1943年1月発行の作品集『素顔』(撰書堂)の本文ママ。二点之繞は再現出来ませんでした。図書館の倉庫の隅に追いやられた『底本織田作之助全集』では新字体に改められています。この作品は初出が不明になっているので、一体いつ頃、どのようなモチーフで書かれた作品なのだろうかと考えながら読んで頂けると幸いです。願わくば多くの人の目に触れる事で初出が判明すればと思うのですが、無理からぬ願いでしょうか。

 

 三吉は朝八時大きな風呂敷包を背負つて、露地を出て行きます。夕方七時頃に大きな風呂敷包を背負つて、露地へつて來るのでした。

 年中そんな風に大きな風呂敷包を背負つてゐますので、若い身空でありながら、隨分背中が曲りました。もうかれこれ七八年も、大きな風呂敷包を背負い續けて來たでせうか。けれど、三吉はちつともそれを苦にしてゐませなんだ。いや、むしろそれを得意に思つてゐるのでありました。

 三吉は服屋なのです。服屋といつても、いろいろあります。たとへば、大丸だとか、十合だとか、今でこそ百貨店になつてをりますけれど、もとは服屋でした。また、小大丸のように、心齋橋筋に大きな店を出してゐる服屋もあります。公設市場のなかにほんの一坪のちひさな店を出してゐるのもあります。けれど、三吉は店を持つてをりませなんだ。大きなのも小さいのも持つてをりませなんだ。いて申しますと、三吉の店は移動するのです。もはやお分りでせう。三吉はぎ屋なのです。御幣かつぎの意味でのぎ屋ではありません。世間で服の行商人のことをぎ屋と申します、そのぎ屋でもあります。

 ぎ屋でもしかし立派に服屋であります。三吉はこの服屋という商賣を徹底的に好いてをりました。心底から惚れ込んでをりました。

服屋さんが來やはりましたぜ。」

 得意先を訪問して、そこの子供が玄でさうわめきますと、三吉はほんたうにその子供の顏を撫でてやりたいと思ひます。また、さうするのが常でありました。服屋さんと呼ばれるのが大好きなのです。

 三吉は服屋といふ商賣を上品な商賣だと思つてをるのです。たしかにそれは上品な商賣に違ひありません。だいいち、服屋はいつも綺麗な手をしてゐなければなりません。油や煤によごれた手で、縮緬の反物にるのは、一般にどうかと思はれることですが、商賣になりますと、それはますますどうかと思はれることではありますまいか。で以て、三吉の手はいつも綺麗で、あまつさえ、しなやかでありました。三吉はもとは百姓の子で、ごつい手をしてゐましたが、永年服屋に奉公し、また自分でぎ屋をしてゐる間に、いつとはなしに、女のやうな手になつてしまつたのであります。ほんたうに、ひろげた反物をシユツ、シユツ、と音を立てて巻きこむときの、三吉の手つきは惚れ惚れするほどでありました。自分でもその音にき惚れてをりました。

 次に、三吉が服屋といふ商賣を上品な商賣だと思つてゐるもうひとつのわけは、服屋はいつも白足袋をはくからであります。いや、はいてゐなければならないのです。三吉が田舎にゐた頃、白足袋をはくのは、葬式か婚の時にきまつてゐました。しかも、葬式や婚の時でも黑足袋をはく人もありました。夏、白絣を着てからに黑足袋をはくといふ、言はば野暮天な人もあつたくらゐです。それでありますからして、白足袋といふものは滅多にはけなかつたのであります。

「おれは一生白足袋がはかれないかも知れん。」

 まさかそんな風には思ひは致しませなんだでせうが、ともかく三吉は一生田舎で野暮天で終るだらうくらゐには思つてをりました。それが、大阪へ出て來まして、服屋に成りますと、年中白足袋がはけるのです。それを嬉しく思ひ、三吉は年中白足袋をはいてをりました。大掃除のときでも、白足袋の足袋はだしになりました。

 右のごとくでありますからして、三吉は每朝起きますと、何はともあれ白足袋をはきます。寝巻のままで白足袋をはきます。夏でもさうします。それから寝巻を脱いで、紬の着物を着て、角をしめます。

 そんないでたちで、三吉は朝八時に路地裏長屋を出て行きます。大きな風呂敷包を背負つて出て行きます。りも大きな風呂敷包を背負つてをります。この風呂敷包は分と重いです。けれど、馴れてをりますから、ちつとも苦になりません。とは申しますものの、もしも、出しなとりと、同じ重さのときには、りは分重いと思ひます。反物がちつとも賣れてゐないからであります。

 以前はそんなことはありませなんだ。いつもりはかつたのです。時には、からの風呂敷包を腰に巻きつけてつて來ることもありました。また、しばしば女の子のマフラみたいに首へまきつけて、小意氣なもんでした。ところが、近頃になつて、とんとさういふことはなくなりました。ひどい時なぞ、一反も賣れずにとぼとぼ露地へつて來るのです。娘の結婚にも衣装を新調しない家が多いのであります。よしんば、新調してもエプロンであります。いやはや、なんたることになつたものかと、三吉は背中の荷物がとてものことに重くてなりませなんだ。

「いつそエプロン賣りに成つてしもたろか。」

 三吉はさう思ふことがだんだんにしげくなつてりました。

 無理もないところです。ある露地の入口には、

服商人出入禁止!」

と、貼紙してあるのです。三吉は野良猫のやうにこそこそとその貼紙の前からげるのでした。さすがに三吉の住んでゐる露地には、そんな貼紙はありませなんだが、しかし、今日この頃は露地のお内儀さん達も以前のやうに、

「三吉つあん。なんぞ出物わけとくなはれや。」

 などとは言はなくなりました。

 また、新聞を見ますといふと、贅澤は敵であると書いてありました。街にもそんな立札がありました。ちよつとした銘仙などが良くさばけた新開地の住宅街でも、「服の新調はお互いにむことにしようではありませんか。△△隣組一同」の回板がまはつてゐるといふことでありました。

 三吉は人相書のまはつてゐる犯人のやうに、もはや身を縮めて歩くのでした。いつそ富山の賣に見られる方がましだといふ顏で歩くのでした。

 三吉は每朝八時大きな風呂敷を背負つて、露地を出て行きます。夕方七時頃に大きな風呂敷包を背負つて、露地へつて來るのでした。ところが今日びはなんといふことでせう、三吉の風呂敷包は朝出しな夕方歸つて來るときと、まるつきり同じ大きさで、同じ目方でありました。每日さうでした。三吉は浮かぬ顏をして、考えこんでしまひました。

2017年10月11日公開

© 2017 九芽 英

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