『大人の童話(二)』――織田作之助

九芽 英

小説

2,798文字

4行目の「擔ぎ思」は間違いなのでしょう、『底本織田作之助全集』では「担ぎ屋」に改められています。三吉の「担ぎ屋」という設定に関しては、昭和12年頃オダサクの妹・登美子の夫・西沢多四郎の呉服の行商が次第に窮屈になっていた事がモチーフではないか、と大谷晃一氏が自身の著者『織田作之助―生き、愛し、書いた。』の中で指摘しています。そう言えば『夫婦善哉』のモチーフは姉夫婦。成立背景に関連はあるのでしょうか。

 

 ある日、三吉の住んでいる露地の入口に、

「二階六かします」

 と、いふ貼紙が貼られました。三吉が書いて、貼りつけたのです。

 三吉は親もなし、妻子もない、まつたくのひとり者でありましたが、永年奉公した末立してぎ思を開業するに際して、わざわざ一戸を構えたのです。ひとり者ですから、よその二階を借りたり、アパートに住んだりしても良いのですが、それでは世間の信用にかかはると考えまして、路地裏ながら、一戸を構えたやうなわけでした。

 それを今日、もはや一戸を支へ切れず、せめて家賃の足しにもと、二階の六一間を貸す破目にたちいたつたとは、三吉にとりましてほとほと感無量なものがありました。

 張紙を出しましたところ、こればつかりは運良く、直ぐ借手がつきまして、御とやつて來たのは、若い小意氣な女でありました。その女は、三吉がぎ屋であることをききますと、思はず

「あら、服屋さんなの。いいわね。」

 と、言ひましたが、すぐ、

「いいわねなんて言へたのはむかしのこと。今ぢや、あたし出物をわけて貰はうと思つても、駄目だわ。むかしならねえ。」

 と、溜息をつきまして、そして問はず語りに身の上を語りました。

 その女は木島おたねと言ひ、生國は廣島縣の片田舎でありましたが、「鄙にもまれなとはあたしのやうな女のことを言ふんでせうね」美人でありましたので、人一倍都會に憧れまして、「十九の春に花の大阪へ出て來てからといふものは、あたしといふ女はそりや人にも言へぬ苦をした」けれど、遂にある人の世話になりまして、氣氣儘に暮して來たのですが、この頃隣組といふものが出來、何かにつけて日かげの暮しの内が明るみに出て、恥をかく事が多く、といつて、「まさか出來もせんお花の師匠の看板をかけて世間態を魔化すわけにも行かないでせう。ですからあたし思ひ切つて……」永年の旦那と別れ、何もかも算して、今までの家もんでしまひ、まづ二階借りして、新しく出直さうという氣になつた、と言ふのでした。

「ほんとに、むかしならね、ちよつと服屋さん、羽織の意氣なのを、見せて頂戴ななんて、あんたを喜ばすんだけど、もうかうなつちや、それどころぢやないわ。あたしあしたから働くことを習はうと思つてるの。しかし、タイピストなんて、あたし御だわ。ピストーなんて、なんかかうまがいものの酸つぱい物みたいでせう? あんなのいやだわ。そんな英語の職業婦人ぢやなくて、あたし算盤を習つて郵便局にめるの。郵便局の事務員て、なんかかう利口さうで良いぢやないの。鄕里くににゐた時、高等科を優等で出たお友達が郵便局につとめてゐたけど、ほんとに素敵だつたわ」

 木島おたねは分よく喋りました。三吉はい顏をしてきいてをりました。木島おたねは、初面の三吉にむかつてぬけぬけとあたしは美人だといふだけあつて、頗る垢の抜けた婦人でした。そのことを納得しました三吉の心事は、むしろ淋しいものがありました。

 三吉は、商賣柄つねに婦人と接してをるわけですが、三吉はどのやうな婦人の前においても、淋しい氣持をずるようなことは、以前は滅多にありませなんだ。つねに、得意満面であつたのです。何故かと申しますと、自分が服屋であることを自慢に思つてゐたからであります。ところが、昨今は三吉は自身服屋であることが恥しくてなりません。それ故、三吉は木島おたねのやうな美人の前において、分淋しい想がするのでした。

 三吉は木島おたねのお喋りをきき終ると、

「なんでんな。お互ひいろいろ苦があるもんでんな。しかし、まあ、お互ひしつかりやりまひよやおまへんか。」

 と、言ひました。

 けれど、三吉にとつて、目下、しつかりやらうとは一どんなことを言ふのでせう。なにをしつかりやれば良いのでせう。三吉は、目方のえもせず、減りもしない風呂敷包を背負つて、ひよこひよこけづりまはつている自分の姿を想ひ出して、げつそりしました。

「この女の眼から見たら、わいは人に二階を貸さんと食べて行けんやうな、がしんたれ(不甲斐性者)に見えるこつちやろ。わいのやうな肩身のせまいぎ屋の二階住ひして、この女もきつと肩身がせまいと思ふこつちやろ」

 三吉はこんな風にひがんで考へ、のない顏をしました。

 すると、木島おたねは、

「あんた服屋だから、算盤お上手でせう? お暇なときあたしにえて頂戴な。御恩に着るわ。」

 さう言つて、

「どうせあたし、あんたに着るものは買へないんだから、せめてせめて御恩だけでも着せていただくわ。」

 と、しんみり、かつ、洒落のめして言ひました。

 三吉はにわかに元氣づきました。すぐさま算盤を取り出して來ました。商賣柄、行儀わるく立膝をして坐つてをりますので、起居が活であります。

「御破算で願いましては三也、五なあり、十と二なあり、またぱーなあり、また八なり、三では……?」

「ちよつと、あんた、もうちよつとゆつくり言つて下さいな」

 木島おたねはあきれるくらゐ算盤が下手糞でありました。

 けれど、十日ばかりちますと、やや上達しました。

「御破算で願ひましては三也、五なあり……」

「ちよつと、三吉さん、三なんて、分不景氣ぢやないの。もつと景氣のいいとこを言つて下さいな。」

 三吉はなにか狼狽して、

「御破算で願ひましては二萬三千六百八十圓也……」

 三吉はつくづく貧乏がいやになりました。木島おたねが間代をう時、

「よろしおま、よろしおま。いつでもめしめへん」

 と、せめて平氣で言へるやうになりたいと思ふのでした。

 思ひは木島おたねも同じでした。木島おたねは自分の金を、

「御破算で願ひましては二萬三千……」

 廣々と勘定してみたいと思ふのでした。いや、そんなに景氣がよくなくても結構、せめて三吉に、

「同じお渡しするんだから……」

 と、月末前に間代を渡すやうになりたいものだと思ふのでした。

 木島おたねは日あちこちの郵便局へ顏を出し、葉書を一枚買うて、

「お宅で事務員は要りませんか。」

と、きくのでした。

「要りますよ。」

 と、ときに郵便局の人は言ひますが、事務員になりたがつてゐるのが當の木島おたねだと分ると、郵便局の人は物好きでありませんから、つねに周章狼狽して、

「おや、あんたですか」

 と、るのでした。木島おたねはかたぎに見せようとして分苦心をし、顏の白粉も落してをりましたが、首筋にこつてりと白粉がつてをるのでした。おまけに、素足に塗りの下駄をはき、黑襟の半纏をひつかけていました。

 一方、三吉は相かはらず朝八時に大きな風呂敷包を背負つて、露地を出て行くのでしたが、りは分情けない顏をしてゐるのがつねでありました。

2017年10月13日公開

© 2017 九芽 英

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