ナツキ J

ナツキ(第13話)

ムジナ

小説

8,048文字

第13話

 私はまたノートの1ページをぐしゃぐしゃに塗りつぶした。
だめだ、これじゃ。最後のシーンなのだ。この物語の中で一番、一番ギラギラしたセリフを、ここで玲ちゃんに言わせなければならなかった。あと1年も生きられない玲ちゃんが、一人で思い出の海に来て、叫ばなければいけないことは何だ。知っているはずだった。なのにでてこない。
 脚本を書き換えるのは、簡単なことではなかった。深夜の勢いで3日間で書き上げた物語を、軸がぶれないように、つじつまが合うように直しながら撮影して、撮影しながら書き加えて来た。最後のシーンを書き換えようと決断してからもう一週間経って、いよいよ明日が海ロケの最終日だった。最後に撮影するシーンは、それよりは時系列的に少し前の、玲ちゃんがもう一度空っぽの学校に一人で来るシーンだった。海のシーンはまとめて撮り終えることにしたのだ。だから、ストーリーの最後のシーンは明日撮ってしまうことになっていた。
 なのに、まだ私は脚本を書き換え終えていない。最後のセリフが、出てこない。この1週間、夜中まで考えていたのに、これだというものが出てきていなかった。もどかしい。ノートのページに何かを書いては塗りつぶし、また書いては塗りつぶして、ということをもう4時間は続けていた。多分もうすぐ日付が変わる頃だ。
 私は頭をかきむしって、ペンを置いた。
なんで出てこないんだ。私には吐き出したいものが何十トンも詰まっているはずなのに、どうして今、出てきてくれないんだ。自分の頭蓋骨を開いて、脳みそから引っ張り出したい。いや、脳みそじゃない、胸だ。肋骨をぎりぎりと無理やりこじ開けて、中に詰まってる重い湿った塊を、丸ごと投げ出してノートに押し込みたい。心臓が蚊に刺されたみたいに、もどかしかった。
 もし、書けなかったらどうしよう。明日の朝までに書けなかったら。みんな優しいからきっと、先延ばしにしてくれるだろう。でも、今日書けないものは、きっと明日も書けない。明日書けないものは、明後日もダメだ。ずっと書けずに夏休みが過ぎていく。私のせいで、せっかくみんなでここまで撮った映画は、完成しないまま終わってしまう。
 そもそも、こんなにうまくいってたのがおかしかったのかもしれない。3日で書いた脚本を褒められて、みんなが都合よく楽しんでくれて、演技力もあって、撮影が毎日サクサク進んで、杉山と一緒に海に行ったり、9人全員で海でロケをしたり、二、三年の四人で並んで座ってアイス食べたり、そんなフィクションみたいに青春臭いことを私なんかが体験していた、この1ヶ月の方が間違っていたのだ。きっとそうだ。今までそんなこと一度もなかった。私はこの夏で、自分が変わったような気になっていた。明るくなって、行動力も増えたと思っていた。でも違う。私は結局生来の根暗で、明るい青春とは無縁の生活を送らなければならない人間だったはずなのに。
何もかもが嫌いになりそうだ。海なんて嫌いだ。映画なんて嫌いだ。本当に、大嫌い。

 スマホのバイブが机を鳴らして、私は我に返った。杉山から、lineの通知が来ていた。
『脚本、どう?』
私はちょっと考えてから、通話ボタンを押してスマホを耳に当てた。杉山はまだ起きているだろうか。4コールほどで、ブブっという雑音がした。
『もしもし、水野?』
「出てこない!最後の、最後のセリフがぜんっぜん、出てこない。」
声が聞こえた途端、私はまくし立てていた。
『落ち着いてよ。どこまでいったの?』
私は軽く深呼吸してからもう一度話し始めた。
「学校に行って、そこからシーンが海へ飛んで三人の時と同じように、一人で防波堤の上を歩いて、浜辺に下りるの。」
『うん。』
「それで、そこで、主人公の感情が爆発して叫ぶの。すごいセリフを言わなきゃいけないの、そこで。その一番大事なセリフが、思いつかない。」
『確かに、大事だね、そこは。』
「でしょ。全然書けない。ダメだなぁ私。このままずっと書けないような気がしてきて。私のせいで、せっかくここまで撮ったのが台無しになっちゃう。」
『ダメじゃないよ。あんだけいい脚本書いたんだから。』
「あんなの誰でも書けるよ。」
『書けないよ。…水野、最近またずっと徹夜してるだろ。』
杉山の声が急に鋭くなったので、私は少し驚いて、ひるんだ。
「ん?うん、まぁ完徹はしてないけど、3時くらいまでは考えてる。」
『今日はもう寝なよ。明日は休みにしよう。脚本ができたら最後のシーン撮ればいいじゃん。』
そんなこと、分かってる。
「ダメなんだよ!明日までに書けなかったら、もう一生書けない!」
『そんなことあるはずないだろ。寝ろ、お願いだから。お前までそんなに、無理しなくたっていいだろ。明日は撮影は休み。』
「嫌だ!」
『…。』
勝手に語調がささくれ立っていった。それと同時にどんどん自分が嫌になる。この1ヶ月の間頭蓋骨の奥の方に閉じ込めていた、梅雨の時のままじめじめした私が、ずるずると這い出して来る。ダメだ、せっかく変われそうだったのに。
「杉山なら分かってよ!今すごい苦しいの!もともとただのダメ人間なのに、こんな青春みたいなことしようとするから、跳ね返ってきたんだよ!せっかく、せっかくうまくいきそうだったのに、みんな頑張ってたのに、私が––」
『お願いだから、聞いてよ、水野…』
「だってそう……杉山?」
『…。』
「泣いてるの?」
しばらく沈黙した後、ずずっという音が聞こえて、杉山の声のトーンが少し変わった。
『お願いだから、今から俺がいう通りにして欲しい。』
「…うん。」
『今日は、今すぐ寝ろ。目覚ましをかけずに。で明日起きたら、俺に連絡して。そしたら俺、部室開けに行くから、水野も来て。二人で書こう。玲ちゃんとか、呼んでもいいし。』
「…分かった。」
『うん。じゃあ明日ね。』
「うん…ごめん、ありがとう。」
『うん。』
通話の終わるポロロン、という音がして私はスマホを耳から離した。立ち上がって、部屋の窓を開けて、深呼吸をする。
ふう。
落ち着け、夏美。お前はすぐそうやって、ネガティブに回転しだす。
私の頭の中には、ブラックホールがある。一旦そこに入るとものすごい勢いで、全ての考えがネガティブな方へ渦を巻きながら落ちていく。寝不足の時や塞いでいる時期はは、特にそれが激しくなる。
 だいぶ気分が落ち着いて、電話の向こうの杉山の声を思い出していた。杉山は泣いていた、多分。なんでだろう。
 とりあえず、杉山に言われた通り、寝よう。これ以上起きていても思いつきそうにないし、またネガティブ思考に飲まれやすくなるだけだった。私は制服を脱ぎ捨ててスウェットの上下を着ると、電気を消してベッドに這い上がった。
 目が暗さに慣れてくると、夜全体が青白く光って見えてくる。ベッドに横たわったまま、目だけで部屋を見回す。開けっ放しの窓から流れ込んでくる青白い光が、部屋の白い壁紙をぼやっと光らせている。
こんなに綺麗だったんだ、夜って。
 杉山が、明日は休みだとみんなに連絡してくれてるだろう。ごめんね、杉山。杉山は、すごくいいやつだ。ダメだなぁ、迷惑かけまくっちゃって。
 目を閉じた。窓から遠くの道路の音が空に反射して聞こえてきた。いろんな音が干渉しあって、波みたいな音になっていた。一定のリズムで揺れている。明日は、セリフが書けますように。

 目がすっと開く。明るい。しばらくぼーっと天井を見てから、上半身を起こす。
体はそんなに重くない。気分も落ち着いている。
 今、何時だろう。ベッドから立ち上がって、スマホを充電器から外すと、自動的に電源がついた。
9:17と表示された。思ったより早い。映画部2016のLINEグループに、『臨時の部室点検があるらしいので明日は撮影休みになりましたー』という杉山からの通知が来ていた。
みんなに悪いことをしたなぁ。準備とかもしていただろうに。
私はしばらくその場に立ったままぼーっとしていたが、昨日杉山に言われたことを思い出して、スマホに目を戻し杉山のトーク画面を開いた。
『今起きた』
と打ち込んで、送信する。
そういえば、杉山がまだ寝ていたらどうすればいいんだろう。起きるまで待てばいいのか。それとも早くから起きて私からの連絡を待っていてくれたりするんだろうか。だとしたらやっぱり悪いことをしてしまった。
 とりあえずシャワーを浴びて制服に着替え、コーンフレークを食べているとスマホがブーっと唸った。見るとやっぱり杉山からだった。
『今から部室開けにいく。何時くらいに来れる?』
私は画面の上端を見て、時間を確認した。9時40分だった。
『10時半くらいかな。』
と送ると、『了解』と返って来た。
 昨日の夜を思い出すと、自分が恥ずかしくなって来た。信じられないくらいネガティブに吸い込まれていた。しばらく高いテンションで突っ走っていた疲れがきたのかもしれない。こういう時に本当に寝不足は良くない。でも塞ぎ込むモードになっている時は思い通りに行動できないことも多くて、そういう時は早く寝ようと思っていてもずるずると2時くらいまで起きていてしまう。
 でも長く寝て気分が平たく落ち着いている時も、なんとなく感覚が鈍らされているような気がして、本当にこの状態がいいのかどうか、時々分からなくなる。でも昨日の夜のテンションは、間違いなく最悪だった。杉山に会ったら謝っておこう。
 コーンフレークを食べ終えて、皿とスプーンを持って立ち上がりキッチンへ歩く。お皿にへばりついた牛乳とかすを流しの水で洗い流し、食洗機に入れる。
セリフ、書けるかな。杉山が協力してくれるとはいえ、最後は自分の問題だということは分かっていた。私の中にあるものを、私の手で、引っ張り出さなければならない。
食洗機の扉を閉める。ドタン、という平たい音がした。スタートボタンをグッと押し込んで、私はキッチンを出た。

 部室棟はいつもよりも一際静かだった。換気扇の回る音とか外からの音漏れとかがやたら大きく聴こえて、静かだった。今日はたまたま、どの部活も活動していないようだ。私は階段を上り始めた。かつん、かつん。足音もいたずらに響きわたって、自意識をくすぐった。
 階段を上りきって、2階の廊下を見回した。
静かだ。杉山はもういるんだろうか。私は廊下をゆっくり、部室の方に歩き始めた。
 部室の前の窓だけ、半分開いていた。ちょっと近づいて、外を見おろしてみた。
部室棟の影が平行四辺形になって、アスファルトの地面にうす青く映っている。先生の車が数台停めてある。その脇に原付置き場があった。誰かのカブが首をかしげるようにして停まっている。ミラーが太陽の光を反射してギラギラ光っていた。
 その光が目を刺した。瞬きをする。まぶたの裏に、残像が映る。その時、急に思い出した。いつか見た夢だ。誰かが、何か言っていた夢。私の横に座っていた誰かが、何かすごく大事なことを言っていた、そんな夢をいつか、見ていた。いつだったっけ。確か…確か、夏休みに入ってすぐの頃だ。ソファで目覚めたことを覚えている。青リンゴがなんとか、とか言っていたっけ…いや、違う。それは確か、テレビで誰かが言っていたことだ。夢の中でその人が言っていたのは、もっとこう、まぶしい、目が眩むような言葉だった。
 そもそも、夢の中に出てきた人は、誰だったんだろう。ぼんやりとしか思い出せない。うつむきながら泣いていた。黒い髪を揺らしながら、震えながら泣いていた。映画の中みたいな世界だった。あれは––
私は、ハッとした。
その瞬間、夢の中でその人が言っていたセリフも、氾濫したように頭の中で一気に流れ出して、夢の中の眩しい光と混ざり合ってぐるんぐるんと渦を巻き始めた。
『…私が、こののっぺりした空の下に閉じ込められて、息苦しくて、眩しくて、頭がズキズキ痛くて、それでもなんとか、こうやって毎日息をし続けているのは、こうしてじっと耐えていれば、そのうちには必ずまた夏がやって来るって、知ってるからだと思うんです。』
私は、固まってしまった。
なんて、何ていいセリフなんだろう。こんな不思議な夢を見て、こんな印象的なセリフを聞いていたのに、なんで私は忘れてしまっていたんだろう。メモっておけばよかったのに、このバカ。
 まさに、私が欲しかったのはこの台詞のような気がした。鳥肌が立った。なんであんな夢を見たのかもよく分からないし、その中の台詞がこんなにぴったり合うなんて、何かのお告げみたいだ。ほとんど、フィクションだ。
 私はトートバッグを床に落として、ノートと筆箱を引っ張り出した。ボールペンを掴んで芯を出し、ノートを開いて壁に押し付ける。
『待ってれば夏が来るはず』
それだけ書くと私はノートを開いたままぶら下げて、筆箱をチャックを閉めずにかばんに放り込む。かばんをひっつかみ、部室のドアに手をかけて力一杯開け放った。
ドアの動きは思ったより重い。私は思いっきり体重をかけてガタガタやっていたら、急にズバンと開いて、がしゃんという音を立てた。
 ヘッドフォンをつけた杉山が目をまん丸にして私の顔を見ている。
「…どうしたの?」
「お告げ!」
それだけ言って私は杉山の向かい側の席に飛び込んでノートを置き、文字を刻みつけ始めた。手が震える。頭が熱くなってくる感覚がする。ノートに顔を近づける。視界がだんだん、ノートに吸い込まれて行く。
 目の前には細かい凹凸のある白ちゃけたページと薄青い罫線が広がっている。私はただ、自分の胸の奥の真ん中にある青白く光る何かを睨みつけて、手を動かせば良い。いや、手はもはや勝手に動いていた。音楽が流れるみたいに思考が溢れ出してくる。夢の中の言葉が繰り返された。そうだ、あの人は、私は、苦しかった。べたっとした青ののっぺりした空の中に閉じ込められて、空の底で、大気に押し潰されそうになりながら生きている。息苦しくて、眩しくて、頭がズキズキと痛むのだ。それが私だった。でも生きている。今もこうやって私は、私にとってはまぶしすぎる空気の中で息をしている。それはただじっとして、待っていれば、いつかはまた夏がやってくるからだ。夏になればなんだってできるはずなのだ。夏のあの人は無敵だった。だから肺の奥底から、気持ち良かった。これ以上にないくらい楽しかった、この夏が。みんなで空っぽの学校で過ごしたり、海へ行ったりするのが、眩しいほど楽しかった。だからそれが突然打ち破られそうになった時、もう二度と私には夏が来ることはないと知ってしまった時、私の、あの人の絶望は本当に、まるで海みたいだったのだ。なんでこんな簡単なことに気付けなかったんだろう。あの人は私だ。あの人は、感情が爆発したのだ。昨日の夜の、私みたいに。ページの凹凸はだんだん見えなくなってきて、白かった視界は青く光り始めた。海だ。私は海に向かって走っていた。さらさらした黒い髪が、海風で顔にへばりついた。このまま海の中のずっと底まで突っ込んで行ってしまいたかった。でももう気力が残っていない。私はふらふらと立ち止まり、そのまま砂の上にへたり込んだ。
『嘘つき!』
私は裏返りそうな喉で叫んだ。
『嘘つき!嘘つき…』
私は俯いた。泣いていた。肩が震えた。力なくうなだれた前髪が揺らされて、顔をくすぐった。
『ずっと待ってれば、耐えてれば…いつか、いつか必ず夏が来るって、信じてたから、今まで生きてこられたのに…』
私にはもう、夏は来ない。もう、この夏の私は、二度と現れない。それはもうほとんど、今すぐ死んでしまうのと同じことだった。
『だから、だから今まで生きてきたのに!絶対夏が来るはずだからって、そのために、こんなに、眩しくて、苦しくて、悔しいのも我慢して、一生懸命、息をしてきたのに!』
目の前がぼやけていた。一緒に夏を過ごしてくれた、二人の顔が浮かんできた。
せっかく、やっと夏が来たと思ったのに。
頭が心臓の合わせて、ドクンドクンと、脈打つように痛む。
私は、青空みたいに空っぽだった。空っぽな青空の底に、空っぽな私が沈んでいる。
もう、自分でも何を言っているのか分からなかった。ただ、胸の奥が熱を放っていた。私はそのまま、後ろに倒れこんだ。
ああ、空だ。夏だ。丸いんだ、空って。
『…もう、夏なんて嫌い…』
また目の前がぼやけた。
 青かった視界はだんだんしらちゃけて、目のピントが絞られていった。ページ。踊り狂っている文字。手の動きが止まった。私はペンを放した。その途端、体が急に重力を感じた。手が痛い。肩が凝っている。頭がズキズキする。お腹が空っぽだ。何か食べたい。
深呼吸をして、私はノートに目を落とした。
『…もう、夏なんて嫌い…。』
ほとんど読めない。忘れないうちに清書しておかなきゃ。
顔を上げると、杉山はさっきの丸い目のまま私を見ていた。私はニヤッと笑って、言ってやった。
「書けた…。」
杉山は目を丸くしたままそろそろと手を上げて私の顔を指差した。
「泣いてる。」
「え?」
一瞬どういう意味か分からなかったが、頰に触れてみると、指が濡れた。
本当だ。私、泣いてる。
「…大丈夫?」
杉山が少し眉を下げて聞いてきた。私は微笑んだ。
「うん。あー、やっと肩の荷が下りた…。」
そう言うと、杉山もやっと顔を和らげた。
「完成、ってこと?」
「うん、やっとね。」
「俺手伝う必要なかったな…」
私は軽く笑った。
「ごめんね。でも杉山のおかげだよ、ありがとう。」
言ってから驚いた。こんなピュアなセリフ、普段だったら言わない。まるでフィクションのセリフみたいだ。脚本を書いていた間の、映画の中に入ってしまったような感覚が抜けきっていない。多分ここ一週間の寝不足と蒸し暑さとテンションのせいだ。杉山がどう思ったかはよく分からないが、ちょっと下の方を向いて小さく笑っていた。

 
 温玉うどんを食べるには今日は暑すぎる。二人とも480円のカルボナーラと、セットのドリンクバーを頼んだ。
杉山がコカコーラのボタンを押しながら口を開いた。
「さっきさ。」
「ん?」
私はトングで氷を掴む手を止めて、杉山を見た。
「脚本書いてる時、水野すごかったよ、なんか。」
「すごかったって?」
杉山はボタンから指を離した。
「なんか、憑依されたみたいだった。ブツブツ言ってて、目つきも、なんかすごい鋭くてさ。途中で泣き始めるし。」
そんな感じだったのか、私。客観的に見たら、めちゃくちゃ情緒不安定だ。
「夢中になっちゃってたからね。なんか恥ずかしい…」
「いや、それがすごいかっこよかったんだよ。なんか、びっくりした。」
私は黙ってコップをセットして、カルピスのボタンに置いた指に力を入れた。杉山は続けた。
「本当に、のめり込んでるなって。そう思って。」
私は黙って、ノズルから柱を作って出てくるカルピスが氷になめらかに穴を開けていくのを見つめていた。恥ずかしくてとてもうんとは言えなかった。言えなかったし、多分言わなくても杉山には分かるだろう。
 ボタンから指を離す。その時急に思い出して、私はコップを持ち上げると杉山に問いかけた。
「ねぇ、昨日の電話の時、杉山泣いてた?」
杉山はちょっと目を広げて、手元を見た。
「あぁ、うん。ちょっとね。」
「なんで、泣いてたの?」
杉山はちょっと眉を下げて困ったように笑った。
「なんか、よくわかんない。」
「なにそれ。」
私も軽く笑った。杉山がストロー入れから2本引き抜いて席の方へ引き返し始めたので、私もカルピスの水面をなるべく揺らさないようにしながら杉山の足を追った。

2017年9月30日公開

作品集『ナツキ』第13話 (全20話)

© 2017 ムジナ

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