美浜原子力発電所は三機よりなる加圧水型軽水炉である。そこから南南東に移動していくと、ここは福井県三方郡美浜町竹波・水晶浜海水浴場。その砂浜に三人の男がぽつねんと点在している。時刻は午前零時をまわったところであろうか。
(補) Google Earth インプット
経度 35°41’46.46″N
緯度 135°58’33.87″E
講話1 かなしみのはじまりについて
Tarouは腕組みをしたまま、足下に横たわるちくわを冷然と見下ろしていた。油田も含めた一般の人間にとって、もはや汚らしい肉塊に過ぎないちくわを見るその視線に侮蔑感はない。あくまで優れた事務遂行能力を持つ者としての冷徹さがあった。彼はここ、どん詰まりでありつつも、ある解放を約束された(あるいは自分で勝手に約束した)地で自らの詩的破産を丹念に計上していこうとしていたのである。
「自己実現」などという奇妙な言葉を哂いながらも、りーまん労働を自らに課し、それをまたワンコらいふの名の下に一蹴してしまった。Tarouが企業というシステムが差し出すストーリィに抱き込まれることを頑強に拒み、もがき離れ、オナ子を触媒としてたどりついたこの場所。
現代において優秀なテクノクラートでありながら同時に詩人たるは難い。
彼の破綻を知るか君。彼の怒りを知るか君。彼の叫びを知るか君。
「その姿勢はなんですか。おねんねしてる場合じゃないでしょう。しかしまああなたは、生まれながらにしておねんねしたままここまで生きてきたらしいから、おねんねしながらききなさい。正座はゆるしておきましょう。はい。肉でぷるぷるだからオニクとでも呼ばせてもらいましょうか。オニクはまずあちらでなんかわめいてる、まる刈りの男を呼んできてください」
オニクと名づけられたちくわは、もうどうでもいいよといったような憮然とした表情でよろよろ立ち上がると、Tarouをしっかりと抱きすくめてゆっくり二度うなずいた。なみだをふたつぶポロポロとこぼした。「お前のことはよくわかる」とでもいう具合に。彼は歩き出し、おぼろにかすむようなポイントで「ちくわさぁぁぁぁん、マジやばいっすよぉぉぉ」とあいもかわらず、かすれ声でうたいわめく油田を引きずりTarouのもとにつれてきた。
「私の貴重な素材としてはこのまる刈りなのですがね。いやいや、まあこちらの話ですが。ええ、まる刈りはめんどくさいから、ガリ、とでも呼ぶことにしましょう。ガリはまず正座しなさい。それから私のことはTarou先生と呼びなさい。はいガリ。Tarou先生と呼んでごらん」
「いったいなんなんスかこれ」
明らかに困惑している油田はちくわを見ながら不安げである。
「いいからTarou先生の言われた通りにしろ」
ちくわは一喝した。
「オニク、ガリ、私語は慎みましょうね。次はペナルティですよ。まず最初に大切なことをいっておきます。ここで大事なことはコアなのです。コアの認識とかなしみです。それが全てです。他のことは全て忘れましょう。いいですか、忘れましょう。返事」
「はい」
「はい」
「さて、そろそろはじめましょうか」
Tarouは脇においてある砂まみれのカセットデッキをしゃがみこんでいじりはじめた。
「これじゃない。じゃないじゃない。そうじゃないか。ええじゃないか。もう何もないじゃないか。ふむ。これこれ、でなくてこれ。よし」
Tarouが「くはは」と笑ってスィッチをいれると、なんだかどうしようもなく場違いでホーリィなメロディーが砂浜に流れ出した。
「『カンタータ第147番《心と口と行いと生活で》』ああバッハはやはりリバッティですね。ここではどうでもいいことですが。さて。時は満ちた。突入の時は近づいた。悔い改めずに破滅を信じなさい。いいですか。コアについての歴史は古く、現在まで様々な呼び名が使われてきました。魂ですか。心ですか。アートマンですか。原理ですか。核心ですか。人はまず定義することからはじめます。じゃあオニク、あなたは自分をどう定義しますか」
「出血大サービス」
「わるくない定義ですね。サービスしすぎてほんとによたついているトコロがいいですね。ただし『見切り品』も加えておいたほうがよりポイントは高いでしょう。さて。定義でしたね。日本というのは特異的な土地でして、汎神論的な色彩が昔から強いですから、コアについて固めて攻めるという発想があまりなかったのですね。おーむかしのじゃぽんでは、コアは偏在しておりエーテル状に漂っていてまさにヤオヨロズですよ。ガリ、まじめに聞いてるのですか」
「ほんといったいなんなんスか、これ」
「いいからTarou先生の言われるとおりにしろ」
「ガリ、オニク、もう一度だけ言いますよ。これで最後です。私語は慎むように。さて。こーいうじゃぽん形式は他でもみられるもので、なかなか良かったんです。少なくとも私は好きです。コアも膜もあなたもわたしもなく。すべてがゆるやかに溶け込んだゼラチンらいふですね。煮こごりみたいな、コラーゲンたっぷりのぷるっぷるな世界です。一昔前にはやった言葉でいえばLCLの海ですか。ところが人間というのはコアを具象化し始めました。ここからオニクやガリ、私を含めた全人類的かなしみが作動しはじめたわけです。西洋の方がこういったことは早かったですし今でも色濃いかもしれません。ところで、具象化とはなんでしょうか。実在していないものを様々な表現手段を用いてリアルに定着させること、とでもいいましょうか」
「その、カネを具象化させることはできんの。せんせ」
ちくわはなぜか生真面目に拝聴しながら尋ねた。
「ふむ。お金というのもモトをただせばただの概念ですから、もともと実在してないわけですね。それが具象化されるとこんな紙っぺらになるわけです。つまりもう具象化されてしまっているわけで。私はオニクがねらっているような偽造通貨について話してるわけではないですよ」
Tarouは尻のポッケから取り出した万札をひらひらさせながら続けた。
「みんなが一致してこういう具象化を認めたから、このぺら紙が効力を発揮するわけです。オニクはこういう紙に縁がなさそうですね。どうですか」
「あまりおつきあいしたことはないな」
「『あまり』ではなく『全然』ですね。『生まれてこのかた』といったほうがより正しいでしょうか。ヒトはこのカミっぺらぺらで泣いたりわめいたりおどりあがったり殺しちゃったり殺されちゃったり。ぺら紙の代価として、ワンコ労働に走る自分にありもしない言い訳やら、大儀名分くっつけて安心したり。ワリ勘なのに『ここはひとつ私が。え。いいんですか。いやそんな』なんてくだらないことを言って消耗的心理戦やってみたりああ悲惨。これもまたもともとは、こうしたおおむかしの人類さまが行われた概念具象化、その供託に負っているわけですね。自業自得というか、なんとまあ悲しいオハナシでしょう」
Tarouは少しよろめいてひとしきりすすり泣いていた。
「ちょっと脱線しましたが、具象化はそんなもんです。人々に認知されうるものとして、ありもしないモノがモノ化されるということで。ん。なんか足りないですね。ガリ、何が足りないんでしょう」
「と聞かれても、ホント、オレ分かんないス。それにええと」
「Tarou先生」
「Tarou先生。僕にふらないでくださいよ」
「ファック・ユー、ぶち殺しますよガリ。はい。そうそう、私がお話するのに生徒がふたりだけというのが悲しかったんですね。しかも野郎二人はむさくるしいですね。ガリ、あそこにいる老婆も呼んできなさい」
"****年のフルーツボール(3)"へのコメント 0件