方舟謝肉祭(20)

方舟謝肉祭(第20話)

高橋文樹

小説

12,213文字

ついに休暇村事業を諦め、日本へと向かう松永ら一行。パラオから一度も寄港せずに神戸へ向かうという無謀な船旅が始まったが、太平洋の亡霊が彼らを飲み込んで行く。大正時代の太平洋を舞台にして、少しずつ「血のこと」が明かされていく。

Chapter Five……謝肉祭

前編 デイドリーム(一)

 

大正十一年七月一日。この日付は私にとって、死出の旅路への出発日としてだけでなく、決別の日として記憶されている。

午前中に下船を済ませる予定の郷中と萩は、船長室に来て「今生の別れになるやも解らんけえ」と別れの挨拶をした。夜までまだ時間があり、するべき仕事もほとんど無い。私は彼と萩が居を構えるという空家まで送っていく事にした。

家は南洋庁から少し離れた、土人の家だった。グレーテが住んでいたようなのよりは普請が良いようだが、入り口は狭く、高床の軒下には犬が何匹か昼寝をしている。ぽつんと離れた場所に寂しく佇むその様は、厭世家の住まいにも見える。

「ここで一から出直しじゃあ」

家に入り、荷物を下ろした郷中が言った。

「本当に松永さんは休暇村を作るんだろうか」

私がふいに漏らした言葉に、郷中は悲しい微笑で答えた。

「どうじゃろうか。儂らは期待せんで、自分で旅館でもこさえよう思うとります」

「自分で?」

「はい。そのうち内地から人が来るようになれば、客もぽつぽつ集まるようになるじゃろ思うとります」

「そうか……一国一城の主人というわけだな」

私がそう言うと、郷中は「そうですわ」と笑った。萩もそれに同調する。しかし、笑いは長く続かない。

ふと、郷中は「儂は次男坊じゃけえ」と漏らした。

「どうせ、柳井におったって、旅館は継げんもの。これでええんじゃ、これで」

「そうですよ」と、萩が慌てて会話を継ぎ足す。「私も司厨部長が二人ゆうんはおかしい思うてたんです。客船は長谷浦さんが面倒見たらええ。儂はこっちでおもてなしを考えますわ」

萩はズタ袋から彼の料理道具を取り出し、床に並べていった。包丁は古びていたが、よく手入れされ、鈍く光っている。

萩の言葉もまた、強がりだった。海光丸の司厨部長は萩と長谷浦の二人だったが、実際は長谷浦が指揮権を握っていた。出る料理も和食がほとんどである。普通、客船の料理と言えば洋食が中心で、日本郵船では外国人のコックを副社長並の高給で迎えたくらいである。しかし、松永が洋食を好きではないというただそれだけの理由で萩は冷遇されていた。

第一、この家には厨房が無い。土人は料理などほとんどしないのだ。

「松永さんは旅館を建てろと言っていたが……日本風の旅館を建てるのかい」と、私は尋ねた。

「和風の旅館いうより、こっちの建築を見て考えますわ。独乙人の建てたホテルありましたろ。あれなんか、暑くて住んどれませんわ。その地その地にあった普請を調べて、立派なのを建てます」

「今は軍縮で協調外交が進んでいるから、そのうち外国人もここを訪れるようになるよ」

「ああ、そうですか」と、郷中の顔が綻ぶ。「政治の事はよく解らんが、それは頼もしい。通訳も傭わんといけませんな」

「それなら僕も外人用の料理を考えんといけませんな」と、萩が重ねる。

「洋食でもそういう違いがあるのかね?」

「そりゃあそうですわ。舌は人種で違いますから。貴欧軒におった頃は、ライスカレーに醤油滴らしとりましわ」

微かな笑いが起こり、すぐに途絶える。

「資金は誰が出すんだ? 木谷さんという人が面倒を見てくれるんだろうか」

「さあ、どうでしょうな。まだ解りませんわ」

郷中の言葉はあまりにも正直で、かすかに芽生えかけていた希望の芽を摘んだ。静かになった家の中を、椰子の葉のざわめきが風と共に通り抜けていく。

そう、我々には何も解らないのだった。私は松屋汽船に籍を移す時、不承不承を気取りながらも、確かに希望を見出してはいなかったか? 海光丸が南洋に向かって発つ日、雄々しい汽笛の音を何か新しい物の到来を告げる神託のように聞いたのではなかったか? すべてに追い詰められた者達にあれほどの希望を抱かせた「休暇村」事業はどうして壊れてしまったのか?

……我々には何も解らなかった。確かに、満州へ向かった人間達が「聞いて極楽、見て地獄」と口々に言う事は知っていた。だが、太陽の降り注ぐ南だけは、確かに希望をもたらしてくれると思っていた。それはほんの瑣細(ささい)な理由によって瓦解したのだ。ちょうど、美しい機械が、歯車の噛み合わせが悪いために壊れてしまうように。

「ビーチ・コウマ……」と、私は知らず知らず呟いていた。

「なんですの、それは英語ですか」と、萩が問う。私は慌てて「浜辺で富を掴む者という言葉だよ」と答えた。

「そうですか。ビーチ・コウマ。それはええ」と、郷中は笑った。「儂は別に諦めとりゃせんです。丁稚(でっち)にでもなったつもりで色々お手伝いすりゃあ、何とかなりますわ。下準備が出来たら、ちゃあんとホテルを建てて、松屋汽船で専務待遇ですわ」

私達は短く笑い合うと、固い握手を交わして別れた。

波止場へと向かう敷石の道を歩いている私の胸で、嘘の苦い味が何度も蘇っていた。

私は「ビーチ・コウマ」という言葉を、英国の小説家スチーブンスンの手になる小説で見つけた。「コウム」とは(くし)()く事、転じて地面を漁る事である。海洋大国の英吉利(イギリス)には、太平洋の島々に夢を見て訪れる者が多かった。そして、その多くは失敗した。本国ではそれなりの階級に属していた者が、植民地での起業を志し、夢破れて乞食同然の身となる。フィジイや木曜島には、そういう輩がごろごろしていた。「ビーチ・コウマ」を直訳すれば「浜辺を漁る者」だ。つまり波止場ゴロの事である。

嘘を憐れみとして正当化しようと必死になったのは、見捨てる者の自己弁護だったのかもしれない。が、振り返ってみれば、結局はあれで良かったのだ。後の不幸を考えれば、見捨てられる方がむしろ僥倖だったのだから。

海光丸に戻った私は、機関槽へ向かった。松永はパラオから直接神戸に戻るつもりでいる。約一八○○海里の強行軍だ。石炭は補充してあったので何とか保つが、火夫達の体力を思うと、少し心配だった。しかし、小笠原に寄港するよう進言してみようか、という私の問いは、敗残兵の顔で迎えられた。

「どうせ無駄じゃけえ、お気持ちだけ受け取っとく」

2008年8月3日公開

作品集『方舟謝肉祭』第20話 (全24話)

方舟謝肉祭

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© 2008 高橋文樹

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