私はいま、山谷感人の遺骨が届くのを待っている。「いま」というのは、二〇二五年十二月二十一日のことだ。より正確には、届かないのかもしれないのだが、できれば来年には届いて欲しいと思っている。感人の遺骨をせめて私だけは弔うことができるように。
感人は二〇二四年十二月頃に亡くなった。「頃」というのは正確な日付がわからないからだ。当時、一、二週間に一度ぐらいは感人からLINEで連絡が来ていた。しかし、年末には某かのまとめ的な長文を送ってくる感人が三週間ぐらい間を空けていたのだ。最後の連絡は十二月六日の破滅派から出した『東京都九尾島全記録 知られざる離島の阿修羅伝説』という本が無事届いた、という報告だった。たしか、「序文を書いたのは奈多留里子という女性名義だがそれを書いたのは文体から明らかに高橋くんじゃん」「よくわかったね」みたいな会話だったと思う。私は年末に「生きてるかい?」というメッセージを送った。返事はなく、既読を示すマークもつかなかった。電話してみたが、繋がらなかった。もしかしたらスマホの料金を滞納して通信できなくなっているのかもしれない。たしか、生活保護の給付があるのは月初だから、年明けにでも電話してみようと思った。それでも繋がらなかったら役所の人に電話をしてみよう、とも。で、実際に私は二〇二五年の一月六日に長崎市役所に電話をした。役所の人は「いまからご自宅に行ってみますね」と快諾してくれた。その後、折り返しがあり、「いなかったので手紙を入れておきました」と伝えてくれた。翌日、もう一度訪問した結果、警察を呼んだ、と連絡があった。死んでいたらしかった。すぐ長崎市警から電話があり、なぜ連絡したのか、トラブルはなかったか、などを聞かれた。死因は教えてもらえなかった。なぜなら、私は親族ではなく、ただの友達だったからだ。その電話を受けた日、私は友人の家に新年会で招かれていた。その友人は拙著『アウレリャーノがやってくる』を読んでいて、「えー、山谷さん死んじゃったの!」と驚いていた。他にも破滅派同人や北千住時代の友人、感人の生活保護仲間などにも連絡をした。
その後も何度か市役所と警察から電話があった。私が感人とどういう関係だったのか。なぜ電話したのか。親族はいなかったか。金銭的なトラブルはなかったのか。私はそれぞれに答えていった。文学サークルを通じた友人です。定期的に連絡を取っていたのに連絡が途絶えたからです。親族は義理のお父さんがいるはずですが、仲良くないはずです。生活保護なので金銭的なトラブルはないです――これは後日、感人は見栄から生活保護仲間に金を貸し、その補填として私から借金していたが生活保護仲間から回収できていないはずだ、死んだと思われる日が給付日と近いので金銭目的の殺人である可能性は否定できない――とミステリー小説を思い出しながら警察にあらためて電話で伝えた。とにかく、私は感人について色々答えたが、なぜ死んだかは教えてもらえなかった。なぜなら、私はただの友達だからだ。
事件性がないと判断したのか、警察からの電話はなくなったが、私は一週間ほどして長崎市役所に電話をした。感人と義父はお互いを憎み合っているので、もし遺骨の引き取りが拒否されたら、私に届けて欲しい。彼の大好きだった東京の海で海洋散骨をするつもりだ、と。市役所員は「では、進捗ありましたらお伝えします」といった。その後、なんどか連絡があった。義父は遺骨の引き取りを拒否し、「お友達が申し出ているならその通りにしてください」と答えたらしかった。実の父はまだ存命で、東京に住んでいるらしいことはわかったが、戸籍の照会やなんやかやを経たあとに郵送で連絡を取るので、進展があったら連絡をする、とのことだった。私は二〇二五年の四月に電話をした。市役所の異動時期にいろんなことが有耶無耶になってしまっては困るからだ。進展なし、とのことだった。七月にも電話をした。まだ進展なし、とのことだった。そして、感人が死んでからおそらく一年ほど経ったいま、私はこうして彼について書き始めている。
これから私が書く文章は、山谷感人についてのすべてである。私が知るすべてというだけではなく、本当の意味でのすべてだ。これまで感人が私に話したエピソードのうち、私が文学的だと感じたもの、書くべきだと思ったものはいくつもあった。しかし、私はそれを書かなかった。というのも、それらは他ならぬ彼の財産であり、いつか彼が自分で書くだろうと思ったからだ。でも、そのいつかはもう来ない。だから、私が書くしかないのだ。書かれるべきだった山谷感人のすべてを。
*
本章のタイトルは『マイ・ブロークン・マリコ』という漫画へのオマージュである。この漫画は「主人公シイちゃんが、自殺してしまった家庭環境の悪い友人マリコの遺骨をその家族から奪って逃走するあいだ、色々なことを思い出す」というシスターフッド・ロードムービーだ。その中に印象的なセリフがある。
シイちゃんに好きな人とかできて…
シイちゃんがわたしよりその人のこと大事になって
わたしから離れていったら一生許さないからね
シイちゃんがわたしのこと嫌いになったら わたし 死ぬから! 死んでやるから!
『マイ・ブロークン・マリコ』平庫ワカ(KADOKAWA、二〇二〇)
これと似たようなことを私もよく感人から言われた。ただ、私と感人の間には『マイ・ブロークン・マリコ』で提示される「シスターフッド」や「救済」がない。出会ったのは二十歳を超えてからだし、多くの人から縁を切られ続けた感人と異なり、私は交友関係が広い。ただ、私と感人のような関係――大江健三郎に私淑する私は奇妙な二人組と呼びたいが大江嫌いの感人は嫌がるだろう――はそう多くないはずだ。誰かが救ったり救われたりする物語を超えた、ガンギマリの友情について、私は書けるはずなのだ。
"マイ・ブロークン・カント"へのコメント 0件