山にきて、山にのぼって、山からおりたところでスマートフォンに電話がきた。上司からだ。趙和電工のシステムトラブルの件で支援にこいとのこと。「ひどく汗臭いですがいいですか」とイヤミを放つも「かまわない」の一言でかわされた。
車にのりこむと車用フレグランスが死のかおりをまとって鼻をうった。雲のうえで解放されたと錯覚した重力がふたたび胃の腑にぶらさがってくるのをかんじた。
まだ朝の十時まえだった。
高速道路にのった。すぐに渋滞にまきこまれた。すでにうしろにピタリと車につかれている。上司に電話で状況をつたえると「気をつけてこい」とだけ言われた。
地上におりたらどこまでも車をはしらせてやろうときめていた。じぶんできめたことなどもっともないがしろにされるのが〈地上〉の基本ルールであることをわすれていた。早々に山をおりてきたじぶんがおろかだったわけだ。あるいはそれが〈世界〉の基本ルールなのだとすれば山の上だろうとどこだろうとおなじことかもしれない。
まばゆい夏の日だった。
めのまえは白い車である。ひとつむこうも白い車。ぼくの車の右どなりは黒い車。左どなりは黒い車。そうしたけしきをべたぬりの青い空がふちどっている。それで風景は固定された。目に見える風景のすべては二次元だった。
たわむれにハンドルの端を指さきでつついてみる。するとそこだけが物質化した。つまり、この固い感覚だけがこの〈世界〉における三次元の全部だった。
だからぼくにできるのは指でふれることだけだ。いまごろ上司と後輩はコンピューター画面をまえに四苦八苦していることだろうが、ぼくがむかったところでできることと言えばキーボードのキーにふれることだけなのだ。押せそうなところをかたっぱしから押して〈現実=二次元〉が〈システムトラブルの解決〉という〈事実=二次元〉に移行するのをただ待つ。その行為と渋滞がうごくのを待つ行為とどこがちがうのか、ぼくにはわからなかった。
小林TKG 投稿者 | 2023-09-19 15:55
白い車白い車黒い車黒い車って書いてる所がなんとなく狂ってる気がして好きです。え? あれ? あ、そうなんだ。ふーん。って思いまして、それからなんか、え、なんでこれ、ここ、こうやって書いたんだろう。って思えて来ました。白い車白い車黒い車黒い車。あと、麦茶が毒みたいにぬるくて草でした。
大猫 投稿者 | 2023-09-23 19:48
仕事納めで同僚と飲んでいる最中に顧客から呼び出されたことがあります。酔っぱらいながらシステム立ち上げていろいろやって解決したので駅に向かったら終電過ぎていて、仕方ないからまた飲み屋に入って朝まで飲んで、の一連の記憶が現実感がなくて、まあ酔っぱらっていたからなんでしょうけど。
渋滞に巻き込まれたら、目の前のもの以外は全部非現実に思えてくるくだりとか、そこから<かのじょ>の思い出に走って、最後には<かのじょ>が見えて……という展開が、いやにリアルに感じられるのは、地に足のついた堅牢な文体のおかげでしょう。思い出も含めて人生の場面場面が分断された感じが好きです。
曾根崎十三 投稿者 | 2023-09-23 22:00
幻と現実が良い塩梅ですごいなと思いました!
ふわふわしつつも現実的で。浮かび上がってくる光景や音に、映画を見たような心地でした。
諏訪靖彦 投稿者 | 2023-09-25 08:47
渋滞にはまると世界から閉じ込められているような気分になって、現実逃避するため楽しかった記憶を思い出したりしますよね。それがに改ざんされた記憶であっても。不思議な作品でした。
波野發作 投稿者 | 2023-09-25 16:53
通勤時間帯の設定でないので若干の減点ですが、SF的世界観は大好きなのでとてもよかったと思います。
退会したユーザー ゲスト | 2023-09-25 18:45
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Juan.B 編集者 | 2023-09-25 21:03
免許がないので、乗客としての渋滞の向き合い方しかして来なかったが、主体的に渋滞に挑まされる無数の運転手それぞれの物語を考えると、辛くなる。ありがとう運転手。