米澤穂信『黒牢城』は有岡城の戦いを舞台にした連作短編集である。天正六年末からおよそ一年に渡って続いた籠城戦の最中に起きる事件を、荒木村重を視点人物として描くミステリー時代劇である。
事件の解決は、黒田官兵衛によってもたらされたヒントによってなされる。幽閉された官兵衛は「安楽椅子探偵」というミステリー的道具立てに採用されているが、幽閉や足が不自由になったことなどは史実に基づいている。
章立ては次の通り。三章までは出題範囲なので、残る四章を当てることになる。
- 雪夜灯籠 冬の出来事。人質安部自念の密室殺人
- 花影手柄 春の出来事。敵軍首級の手柄は誰のものか?
- 遠雷念仏 夏の出来事。巡回僧無辺を殺したのは誰か?
- 落日孤影 秋の出来事?
さて、本書は史実をもとにしているので、それをもとに推察してみよう。まず、史実によれば、村重がこのあとにたどる出来事は次の通りである。
- 天正七年九月、村重は茶壷を持ち、一人有岡城を脱出。嫡男村次を頼り、尼崎城へ一人で逃げる。
- 同年十一月、残された家臣、荒木久左衛門は織田信長からの講和に応じて開城。
- 同年十二月、人質解放のために久左衛門は尼崎城へ村重の説得に向かうが、失敗し、遁走。
- 信長の名により千代保を含む人質六百名あまりが殺される。
つまり、秋になると有岡城の戦いから村重は逃げるわけだ。しかも、妻子を置いて茶器だけを持って、である。ちなみに、このあと逃げ延びた村重は本能寺の変(=信長の死)以降、千利休らと交友をもち茶人として復活を遂げる。
となると、4章では「そもそもなぜ有岡城の戦いという謀反を起こしたのか」という理由が描かれなくてはならない。それはまた日本史上での謎でもある。
まず、幽閉された安楽椅子探偵である黒田官兵衛としては、脱出しなければならない。さもないと、人質が殺されてしまうからだ。三章までで黒田の息子であり織田への人質である松寿丸は死んだことになっているが、史実では死んでおらず、のちに黒田長政として名を馳せる。おそらく、第4章において村重は口を滑らせ、松寿丸が殺されたことを告げる。しかし、官兵衛はその圧倒的な推理力によってこれを嘘だと見抜き、一刻も早く脱出する必要性に駆られる。官兵衛は牢番を操ったように、村重に「茶器〈寅申〉を持ち、毛利へ向かって援軍を要請せよ」とけしかける。村重はこれに従い、夜目を忍んで一人有岡城をあとにする。これが「落日孤影」というタイトルの意味するところだ。
終章「果」では、おそらく茶人となった村重(道薫)が描かれる。黒田官兵衛の甘言にのってすべてを失った男の述懐で締め括られる。
本書は時代劇ミステリーとして面白く読める作品であり、未読の方、特にミステリーや時代劇のそれぞれに興味がない方におすすめした。それにしても、時代劇を書かないと直木賞はもらえないのだろうか?
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