精神のなんとか

かくおとこ(第11話)

吉田柚葉

小説

2,990文字

精神のなんとかです。YouTube見ながら書きました。

 昼ごろにめざめ、ブタがたべるような昼食を摂ったのち、冷蔵庫のドアをあけ、ウォッカの入ったビンを手にとってそれを何滴かのどに垂らす。ベッドによこになり、気絶し、夜になると、やみの中でめざめる。電気もつけず、もうろうとした意識のまま、書斎に入り、ちいさなデスクライトで手もとをてらし、原稿用紙に向かう。断片を書き、断片を捨て、外に散歩にでかける。しばらく放浪し、変に高揚したここちのまま家にもどる。冷蔵庫のドアをあけ、ウォッカを胃にながしこむ。ベッドで気絶する。

 ここ半月の私の生活である。大学で講義がある一日をのぞけば、このくりかえしで日々は掃かれていった。

 無為である。が、私自身、その無為であることに、みょうに晏如としたここちになり、どこかひとごとに感ぜられもした。と思えば、感情が右に左に大きくゆれることもあり、ちょっとしたうつ状態であるらしかった。短編小説を書き上げてからである。いわゆる産後うつのようなものらしい。そうだと判れば、そういうものだと思っておくよりしかたなく、「次」が書けないじぶんを責める必要もなければ、未だ家にもどことのない妻を糾弾する必要もない。ただ、ウォッカをのむためにめざめ、ウォッカをのんでしまえば、ねむりにつけばよい。

 めざめて、ウォッカをのんで、またねむる。

 めざめて、やみの中で私の目は冴える。

 原稿用紙を前に、私はたちどまり、おしたりひいたりするそぶりだけ見せて、一仕事したという思い込みを思い込む。思い込めなくなれば、外に出る。外に出てしまえば、小説のことなんぞ考えないですむのだが、そうすると、小説の方から私にすりよってくるけはいを感じる。それは、ちょっとした書き出しであったり、最後の一文であったりする。しかし、書き出しも最後の一文も小説そのものであるはずがなく、そのあとの何千文や、その前の何千文がなければ、ただの詠み人知らずの一言にすぎない。それらを書きとめておくこともしなければ、あとで思い出そうと呻吟することもしない。詠み人知らずの一言は詠み人知らずの一言のままやみに消え、私はやみの中の住まいにもどり、冷蔵庫のドアをあけ、光の中のウォッカのビンと対峙する。もはやとりわけ強いアルコールとも思えないが、のんで、ベッドによこになると、強いねむりに首ねっこをつかまれる。夢は見ない。

 ただ、やみの中で私の精神はたゆたう。

 ねむっていて、朝の光や昼の光に、私の精神がもたれかかっているように感じる瞬間がある。ねむりと覚醒の合間にとりのこされた私を、ひどいうつがおそってくる。

 文筆業なんぞ廃業してしまおう。

 毎日、そう思ってめざめる。私はブタになって、メシを喰らう。

「もう、辞めよう」

 そう言葉にすると、胸のすく感じがして、いくらかさわやかなここちで、冷蔵庫に手をのばす。ウォッカをのんで、気絶する。

2020年1月20日公開

作品集『かくおとこ』第11話 (全14話)

かくおとこ

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© 2020 吉田柚葉

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