数日後、次の運営からのメッセージが届いた。
当日の詳細と、組み合わせが記されていた。
ぼくの担当作家は「澤俊之」。彼とは昨年「セルパブ夏の一〇〇冊」という企画で接点がある。ギターの小説ばかり書いている人だ。
群雛掲載経験もあるので、縁はある方だ。
澤さんについてSF雑誌オルタナで一緒に活動している作家の山田佳江さんにこっそり聞いてみたら
「食べ物書くのものすごく上手です。あとかなりマイペースできちんとした人です」
という重要情報を得た。彼女は『ダイレクト文藝マガジン』で澤さんとご一緒したことがあるという。
『ダイレクト文藝マガジン』といえば、002号で藤井太洋さんがインタビューを受けていたのを思い出す。
藤井太洋さんは今回の審査員の一人だ。これは運命だ。
運命はリンクしていた。
もう一人の担当作家は「米田淳一」だった。思わずコーヒーを吹いた。
まさかのマッチアップに腰が砕けた。運営はどういうつもりなのか。
ぼくは米田淳一をよく知っている。この一年ずっと共に雑誌づくりをしてきたからだ。
その前も月刊群雛で担当していたこともあるので、彼のクセもメンタルも作風もすべて知りつくしていた。
全部ではないが、過去の作品も読んでいる。単著の表紙を手伝ったこともある。
そしてなにより、毎日チャットで話しているグループの一人でもあった。
しかし、運営からのメッセージには「担当作家にアプローチしないこと」と書かれていた。
バカな。
当日までまだ二週間もあるのに、どうやって過ごせというのか。
ぼくは頭を抱えてしまった。
ルールを詳しく読んでみても、編集者同士で情報を共有してはならない。とは書かれていなかった。
ということで、他の編集者がどんな作家を担当したか聞いてみた。
これで約半数の参加作家を知ることが出来たが、知ったところでどうなるものでもなかった。
自分のチームの戦略を考えるのに、ぼくの脳リソースは目一杯使用中になってしまったからだ。
澤さんの担当に決まってから、彼のTwitterを監視するようにした。
アプローチは禁止だが、情報収集はむしろ推奨されている。
すると「ギターは持っていくが、とくに準備はしない。丸腰で行く」とつぶやいていた。
彼の作品を読んでみる。数ページでわかる。上手い。というかぼくとテンポが似ている。
引っかる言い回しや、くどい表現もない。丁寧でシンプルな言葉遣いで、物語を整えていく。
そんな作家だった。ぼくはギターについてはよくわからないが、その辺は彼に任せておけばいいだろう。
ぼくが彼に道を指し示す必要はない。彼が自分でどこに行きたがっているか、気づかせてあげるだけで、それだけでぼくの仕事は終わりになるだろう。
ただ、彼がそのぐらいのスピードで書けるかわからない。
当日はまず、短いものを書いてもらって、その速度をアテにペースを計算することにしよう。
一方、米田淳一の方は、ノベルジャムへの入れ込み方がハンパではなかった。
おそらくものすごい手土産を持参してくるだろう。彼が手ぶらで現れるわけがない。
そして、彼の執筆スピードはすごい。ゾーンに入れば日産五万字も超える。
ノベルジャムの文字数は「3000字」である。書くこと自体は一瞬で終わるだろう。
要項を眺めていて、ぼくは重大なことに気づいた。
よく読むと「3000字以上」と書いてあった。
以上
バカな。運営は正気か!
上限がないだと?
二十人からの作家に対して、文字数上限のない小説を書かせるなんて、まったくクレイジーだ。
とはいえ、常識的には五千字程度にしてくれというエクスキューズが当日出てくるはずだ。
ぼくの米田淳一への仕事は、大量に湧き出てくる彼の文章を整理して、そこから魅力を引き出すことになるだろう。
段取りとしては、
1)澤さんにテスト用短編を書いてもらう
2)米田淳一の手土産を確認して、ファーストアクションを指示
3)澤さんとプロットを練る
4)米田さんのセカンドアクションを指示
以下交互に作業。
スタートでうまく回転を始めることができれば、作家の手を止めることなく、ぼくがフル稼働できるだろう。
これは編プロ時代に築いたぼくの編集テクニックだ。
チームとして機能すれば、どうにか戦えるかもしれない。そう思った。
つづく
"一人の編集、二人の作家。作戦を考える"へのコメント 0件