朝が来た。荷物を担いで電車に乗るのだ

ストラタジャム*NovelJam2017潜入レポート(第6話)

波野發作

ルポ

2,655文字

ノベルジャム2017当日。集合場所まではバスと電車を乗り継いで向かう。会場はかつて慣れ親しんだ元職場の駅だ。受付は9時から。9時半頃着けばいいだろう。

少し早めに起きたものの、荷物の支度はまだ終わっていなかったので、慌ただしい朝となった。

いつものノマドセット、VRセット、コスチュームのTシャツ二枚、一泊分の着替えをディパックとPORTERのバッグに詰め込む。

ファッションにはとんと無頓着なぼくだが、バッグと靴にだけは妙なこだわりがある。

バッグはPORTERのCLIPというマイナーなシリーズを好み、ネットで見つけて武蔵小山まで買いに行ったことがある。

今は吉田カバンのウェブサイトがしっかりしたので、それが受注生産にになっていることがわかるが、当時はまだそこまでの情報がなかったのでひたすら探したのだった。

 

ノベルジャムは初めての開催で、会場の状況がまったくわからないので万全の体勢を取れるように考える。

とはいえ大したこともできないので、せいぜい延長タップを持参するぐらいではあるのだが、それなりに対応力を高めておくことにした。

予定より三十分遅れで家を出た。家族には「今日の仕事は泊りなので」とだけ伝えた。浮気を疑われても仕方ない状況だが、文藝などに一切興味のない妻に詳しく説明したところで話が長くなるだけだ。というかこれで済むなら実際に浮気するときにも同じ手法が使えるのではないか。よし。

 

バッグ二つを抱えて、いつものバスに乗る。最寄り駅まではだいたい十五分ぐらいだ。軽く今日の展開をシミュレートしておく。

ぼくが担当する二人の作家は、下調べをした限りでは全くタイプが異なると思われた。

 

米田淳一は筆が速い。しかし、その分原稿が雑なタイプだ。校正は念入りに行う必要があるだろう。文筆家としての年月が長く、経験も豊富であるが、その分「手クセ」が強くなっていることを、ぼくはよく知っていた。月刊群雛から始まり、二〇一六年からはいくつかの電子雑誌企画(SF雑誌オルタナ、ガンズ&ユニバース、ポジションなど)で共同作業をやってきた。ぼく以上に今の米田淳一を知る編集者はいないだろう。これは大きなアドバンテージになると思われた。

彼の「手クセ」とは何か。彼は長年、大量の小説を書いてきていることで、文体や会話の展開に一定のパターンが形成されていた。米田節、とも言えるが、それはともすればマンネリでもある。駆け出しの作家であれば、その辺はナチュラルにランダムであり、自然にばらつきが出てくる。しかし、今年開業二十周年を迎えるベテラン作家には、もはやそのランダム性はない。彼の作品の多くは、これまでに培った黄金パターンが根底にある。これは安定とも言えるが、それは決まったテンプレートの上にそれぞれのテーマを盛り付けているだけにすぎない。ぼくはこういう「慣れ」による定型化を「手クセ」と呼んでいる。

念のため言っておくと、これは彼の作風や作品を100%揶揄しているわけではない(10%ぐらいあるのは否定しないが)。木村拓哉がどんな役でもキムタクであるように、小田和正やミスチルがどんな曲でもきっちり小田和正やミスチルであるように、あだち充の描く少女が同じ顔ばかりなように、固定ファンを抱える作家には必要な性能の一つである。要はその「手クセ」がマイナスにならないように、上手にコントロールできるかどうか、なのである。今回の審査員のうち、米田作品を大量に読んでいるのは、かつて月刊群雛で編集長を務めていた鷹野凌日本独立作家同盟理事長である。他の三名については未知ではあるが、セルパブ作品を片っ端から読み漁るというライフスタイルを送っている人物はいないように思われた。つまり、彼らは「手クセ」には気づかないということだ。作品の中で繰り返されなければ、それでいい。ぼくだって一作品しか読んでいなければそのパターンには気づかなかっただろう。

その一方で、米田淳一の筆が速いのは、決定的なアドバンテージに思われた。彼は一日に五万字は書けることを普段から自慢していた。要は、一万字の作品であれば、五回書き直しができるということだ。五本は無理でも三本ぐらい書かせて、一番よいものを選んで提出するということだって可能である。彼を兵器に例えると重機関砲だ。リライトを指示してもすぐに修正を終えるだろうと思われた。

 

電車に乗り換えたが、土曜日の朝というものは郊外でも意外に混んでいて、ギリギリ座れなかった。バッグを網棚に上げて両手で吊革につかまる。もちろん痴漢対策だ。これからノベルジャムに参加するというのに、痴漢冤罪でパクられたのでは参加が危ぶまれる。これは万全を期すための方策の一つなのである。

二、三駅過ぎたら席が空いたので座った。キンドルペーパーホワイトを取り出して、担当作家の作品をおさらいすることにした。

 

澤俊之に関しては、ギター小説である『440Hz』シリーズを読んではおいたが、それ以外の情報は「食事の描写が上手い」というだけである。ただ、作品を拝見した限りは、ぼくの書くものとテンポとリズムが近かった。表現的にも素直でシンプルであり、読みやすさを感じた。情報よりも情感を盛り上げるタイプと思われた。そっち方面であまり仕上がりの心配はしなくてよさそうだ。となると問題は、「書き上げられるかどうか」である。プロットがまとまるのか、という意味でもあるが、その速度が出せるか、ということでもある。そして、書き直しが必要な場合、その時間が残せるか、である。澤俊之のスピードは現時点では未知数である。考えても仕方がない。こっちはでたとこ勝負にならざるをえないが、仕方がない。仕方がないことは考えないことにした。ただ、対策は思いついたので、あとでやってみよう。

 

SNSを見ていると米田淳一はすでに到着しているようだ。しかも、開場の九時より前に到着していたらしい。彼の場合は家が遠いので時間が読めないから仕方がない。編集参加の古田靖も到着したようだ。時刻は九時を回っていたので、各自会場入りしていることだろう。ぼくは余裕を持って、もう少し遅めに到着することにしていた。

 

電車が到着。荷物を抱えて、かつて通い続けた市ヶ谷のホームへ降り立つ。ここはまさしく俺のホームグラウンドである。ということはこれはホームゲームだ。ホームゲームで負けるわけにはいかないのだ。

 

地上への階段を上がりきると、足繁く通った書店と、サボりに使っていたカフェが見えた。確かその上がノベルジャム2017の会場だ。

急ごう。作家が待っている。

 

つづく

2017年3月19日公開

作品集『ストラタジャム*NovelJam2017潜入レポート』第6話 (全17話)

© 2017 波野發作

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