あだゆめ

巫女、帰郷ス。(第25話)

合評会2023年11月応募作品

吉田柚葉

小説

3,987文字

2023年11月合評会「海老とストレート・ネック」応募作品。

「本商品はむしろストレートネックの方にこそお使いいただきたい商品となっております。」

とぼくは、ダメ押しの一文を打ちこみ、送信ボタンをクリックした。「無重力まくら」の問い合わせフォームにきた質問への回答であるが、すこしも考えずにつらつらとこんな文章が出てくる自分に意地の悪い成長を感じて、ちょっとせつなくなった。

じっさい、この職についた当初はこれだけのことを書くにもメーカーの担当者にいちいち確認をとっていた。つきあいのあるほとんどのメーカーがたいていの問い合わせに対していかなる確定的な回答も用意していないことがじょじょに判るにつれて、こちらで適当に答えをでっちあげるようになった。

今回の件で言えば、そもそもの話、ぼくは「無重力まくら」のサンプルに触ったことさえなかった。中国での商品ページと、国内で販売されている類似商品の情報からそれらしく商品ページをこさえたのだ。「無重力」なんて言葉は、事前にもらっていた情報のどこにもない。ぼくが用いたレトリックであり、昌平おじさんに言わせれば欺騙だ。

 

このまえの正月に帰省したときのことである。親父とお袋はとっくに床について、ふたりになった狭い居間で、赤ら顔の昌平おじさんが無重力の話をしてくれた。

「無重力なんて現象はあり得ん。人間が存在し得る場所であるかぎり、数式上の重力値はつねに存在しつづける。もっと言えば、重力がないところで人間は身体をたもってはいられん。バラバラになる。NASAがインチキなのは、もうそれだけで素人でも判る。宇宙という真空状態……、ほんとうのヌル値は、そんなヤワなもんじゃないぞ」

ぼくが言えばホラ話と一笑に付されるであろうこんな話も、かつて宇宙開発に携わっていた昌平おじさんが言うと、筋がとおって聞こえるから、経歴は重要だ。マーケティング用語で言うところの、「権威性」である。

「下の方にいくと、そもそも宇宙は存在しないというヤツもいたが、そんなことはない。いまのところだれも宇宙に行っていないというだけで、いちおう、地球の『外』という概念はある。ただ、外に出た瞬間に人間の身体に制約が加えられるがな」

「制約?」

おじさんのグラスにビールを注いでやりながら、ぼくは問うた。

「寿命が残り二年に設定されるんだ」

そう言っておじさんはあぐらをかいた状態のまま目を閉じた。つづきを待っていると、おじさんはしずかに寝息をたてはじめた。それはちょうど、見えないだれかに「これ以上はやめておけ」と強制的に話題を打ち切られたけしきだった。

おじさんの取り皿には、おせち料理の煮られたエビがまだ殻をむかれていない状態でぐったりと横たわっていた。

 

十三時を過ぎていたので経理の中島さんをさそってランチに出た。オフィス近くの個人経営の洋食屋に入って二人席に着いた。日替りランチを注文する。きょうはハンバーグとエビフライがメインとのことだった。

「三浦さん……、きのう見た夢の話をしていいですか」

2023年11月9日公開

作品集『巫女、帰郷ス。』第25話 (全29話)

巫女、帰郷ス。

巫女、帰郷ス。は4話、12話を無料で読むことができます。 続きはAmazonでご利用ください。

Amazonへ行く
© 2023 吉田柚葉

これはの応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。

この作品のタグ

著者

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


3.3 (8件の評価)

破滅チャートとは

"あだゆめ"へのコメント 9

  • 投稿者 | 2023-11-23 17:58

    経理の中島さんの前振りの所がすごい好きです。
    バカにしないでくださいとか、してもいいけど、表情に出さないでとか、凄い好きです。なにこれって思いました。あと、トンカチっていうのが好きです。金づちじゃなくてトンカチ。トンカチ。トンカチなあって思いました。

  • 編集者 | 2023-11-24 10:32

    ストレートネック対策のまくら開発という点からテーマに入っていくという点は面白い発想だと思いました。途中の会話劇が謎で良かったです。昌平おじさんのキャラも好きでした。

  • 投稿者 | 2023-11-24 21:06

    終始「うそ」が顔をのぞかせつつ展開する話で、その微妙な不信感のなかでいっとう信じられない昌平おじさんというキャラがよかったです。元宇宙開発従事者とか余命が二年に縮むとかもう完全に眉唾もので、騙されるもんかー! と思いながら読みました。
    「ぼく」がちょっと一歩引いた感じで俯瞰して見ているのがいいですね。

  • 投稿者 | 2023-11-24 22:48

    一見、関連のなさそうな場面場面が中島さんの「みんな嘘をついている」で緩くつながっている感じが良いです。昌平おじさんが高度な知識を披露した後、エビの皮剥きに失敗してあーあって顔をするところとか、粗悪品のまな板を使ってたらなんだから楽しくなってくるとか、すこく好きです。

  • 投稿者 | 2023-11-26 16:57

    エビフライの使い方がもうちょっと派手でもいい気がします。ほぼ一か所だけなので、もっと展開が欲しかったです。

  • 投稿者 | 2023-11-27 04:11

    「夢の中で嘘をつかれる、自分でそれが分かっていながら夢の世界は平然と続く」という発想で長編一本書けそうですね。それと昌平おじさんのキャラが良かった。私も甥っ子にトンデモ話をしてやりたくなりました。

  • 投稿者 | 2023-11-27 14:56

    「怒りのベーキングパウダー」が好きです。いろいろとワードチョイスが面白く、経理の中島さんとのやりとりや、昌平おじさんとのやりとりが上手く絡み合って独特の空気ができていました。海老の描写も良いですね。匂いがしそうで。

  • 投稿者 | 2023-11-27 16:57

    宇宙に出たら余命2年というシステマチックな世界観がいいですね。あえてかな表記にしたり、語り部が微妙に頭が悪そうに見える言葉選びが絶妙でよかったです。

  • 投稿者 | 2023-11-27 18:45

     掌編にしては場面や登場人物が多く、おじさんの話と中島さんの話と仕事の話に分裂している印象を受けた。
     ダイヤが乱れた駅などで中島さんと話をしつつ、スマホで上司に対応をするなどの構成にすれば、掌編にふさわしいすっきりした形にできたと思う。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る