誕生日に寿司

巫女、帰郷ス。(第6話)

吉田柚葉

小説

2,140文字

自分の大切な人に大切なことを伝えられる場は、外にはなかなか見つけられません。

私の四十五歳の誕生日に次女の香澄と二人きりで寿司を食べに行った。寿司屋は銀座にある、ネタの新鮮さと大将の腕は確かなところで、貸切にしてもらった。

とおされたカウンター席にすわった。

「こういうのは、おまえの誕生日にすべきことなのだろうけど……。すまんな、東京で時間をつくれるのは、きょうしかなくて」

「いいよ」

となりにすわる香澄は大将のほうを見て目を合わせてくれない。妻の香織によると、幼いころからだれに対してもそうであるらしいので、私の短所をうけついだのだろう。だとすれば、いずれ克服する。いまが十六歳だから、まあ、五年以内だな。なにも心配いらない。

ひらめが出た。

香澄は「……おいしい」とつぶやいた。「おいしいなあ」と私もいう。大将が会釈する。

タイが出た。

トロが出た。

コハダが出た。

そのたび、私たちはそれらを手でいって、「おいしい」「おいしいなあ」という。だが、ほんとうは、ちっとも味がしなかった。

「香澄、おれもなあ、学校がきらいだったよ」

ふりしぼって、ようやっとそう言った。

「そう」

「そうだ」

湯呑を持つ手がふるえた。何十人のまえでしゃべるよりも、はるかに怖くて勇気がいる。

「だからおまえも、べつに、むりして行くことはないぞ」

2023年11月14日公開

作品集『巫女、帰郷ス。』第6話 (全29話)

巫女、帰郷ス。

巫女、帰郷ス。は4話、12話を無料で読むことができます。 続きはAmazonでご利用ください。

Amazonへ行く
© 2023 吉田柚葉

読み終えたらレビューしてください

この作品のタグ

著者

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

"誕生日に寿司"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る