昔のマンガ

巫女、帰郷ス。(第26話)

吉田柚葉

小説

2,129文字

Z世代がどんなマンガを読んでいないのか気になります。

息子が昔のマンガを読んでみたいと言っているからもう読まないマンガがあれば送ってくれないかと姉から連絡があった。昔と言っても漠然としすぎてよくわからない。たとえば『るろうに剣心』は昔のマンガだが、ちょうどいまあたらしいアニメを放映しているらしいし、『ドラゴンボール』にしても現在進行形のコンテンツだ。かつて僕が読んでいてもう読まないマンガと言えばそのあたりになるが、どうだろう。そうきくと姉はよくわからないけど読まないのであれば送ってくれと言う。それできょうは段ボールを三箱送った。すっかり疲れてしまった。

つい二ヶ月まえまでは七時に家を出て日をまたいでから帰宅する生活をつづけていた。それでも溌溂としていた。いまでは昼まえに目覚めて、朝食だか昼食だか分からない即席麺をつくってそれを食べおえるともう一日分のエネルギーを使い切ってしまっているのだ。ハローワークの求人をスマホで閲覧できるようになったので、いよいよ外にでる必要がなくなり、風呂にも入らなければ、ヒゲも剃らない日がつづいていた。いちおう、明日の十時半から面接の予定があった。

「十時三〇分からでお願いします。よろしく!」

と、明日、僕の面接官になるであろう男は電話口に言った。この「よろしく!」に、ハズレの予感をビシバシ感じて、当日はすっぽかしてやろうかと本気で迷っている。面接を通ったとして内定は辞退するだろうし、そうでなくとも、面接で不快な思いをする可能性が高かった。わざわざ交通費を出してまで嫌な目に遭うのは損でしかない。社会人としての最後の一線として、きょうのうちに面接辞退の電話を入れるべきだろう。だが、その気力は、姉夫婦の自宅住所に段ボールを郵送する手配を終えた瞬間に、すべて尽きてしまった。

送るまえにいちど『ドラゴンボール』を読んでおけばよかった。少年時代に夢中になって読んだのは戦闘シーンばかりだったが、たとえばセル編の序盤あたりの、トランクスや悟飯がセルの抜け殻を見つける、ホラーテイストのところなんかは、じっくり読むとかなり面白いのではないか。「でぇじょうぶだ、死んでもドラゴンボールがある」なんて言って、展開が雑だと言われがちな『ドラゴンボール』だが、引きのばしのひどいアニメ版は別として、コミックの方は、案外と丁寧にお膳立てしてスマートにまとめている印象がある。そういう視点で『ドラゴンボール』に感心する時間をつくっても、よかったかもしれない。

そんな風に悔やみながらベッドの上で大の字になった。『ドラゴンボール』ではなくても、なにか娯楽をたしなみたいと思った。それこそ、ネットフリックスで『るろうに剣心』のあたらしいアニメでも見ようか。だが、映像はどうにも億劫だった。映像も、ストーリーも、いやに体力をつかう。

そこで、スマートフォンでラジコアプリをひらいた。「でぇじょうぶだ」という悟空の声が聞こえてきて、さすがにギョッとした。野沢雅子が出ているのかと思ったが、物まね芸人の方だった。しばらく聞いていると面白くてゲラゲラ笑ってしまった。お笑いはいいなと思った。舞台に出るのはハードルが高いが、作家ならやってみてもいいかもしれないと思った。コントの脚本なんかも書いてみたい。

要は、ひとをたのしませたいのだ、と思った。面接に来た休職者に、嫌味をいうような人間にはもちろんなりたくない。そうでなくても、これまで僕はろくな仕事をしてこなかった。他人をダマして数字だけを追うようなことばかりをやってきた。それで良い給料を貰って、高いボーナスで喜んで、結果何を得たのだろう。あるいは、ひとびとに何を与えることができたのだろう。

衝動的に、姉にLINE通話をかけた。

「はい。何?」

2023年11月19日公開

作品集『巫女、帰郷ス。』第26話 (全29話)

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© 2023 吉田柚葉

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