エビリファイ・エブリウェア・オール・アット・ワンス

破滅派19号「サミット」応募作品

藤城孝輔

小説

8,944文字

憔悴しきった男が《声たち》と同時進行させる脳内トップ会議。
不毛な議論の果てに男がたどり着いた決断とは!?

何をするにしても集中できなくなった。じっと座っているとお尻の下を無数の小さな虫が動き回る感覚に襲われて三分もしないうちに立ち上がってしまう。母さんが何かしてもらいたくて僕の名前を呼んでいるけれど、彼女の口から発せられる言葉は僕の耳に届く前にバラバラにほどけて意味のない音の連なりになってしまう。カーテンを閉めても窓の外が気になって本も読めないし、文章を書いて同人誌に出すのもとっくにやめてしまった。以前に比べて明らかに知力が劣化している。それもこれも全部あの女のせいだ。

「ブレスくん、電話をもらってからずいぶん間が空いてしまったんやけど、先週末に毬藻っこりんさんと少し話をしました」

同人誌の編集をしている吉田さんから最後にもらったメールは、こんな書き出しだった。「ブレス」というのは僕が使っているペンネームだ。

「もちろんブレスくんから直接電話があったとは言わず、あなたとのことを探るような形で聞いたんやけど、結論を言えば彼女の気持ちを聞くことはできなかった。

まだ彼女の中で気持ちが消化できてないからか、考えたくないのか、うちへ話せることじゃないのか、理由はわからないけれど、最近あなたと連絡が取れないということと、ブレスくんはうちの雑誌にとってかけがえのない存在だよね、というようなことを確認するだけで終わったよ。

差し支えなければ、どのような経緯でもう毬藻っこりんさんに会うことはしないことになったのか、教えてもらえないかな。

私はブレスくんがもう参加しなくなるのは寂しいです。あなたにとっても、ふだんの仕事とは違う創作のおもしろさがあったと思うし……。その時間をもう持てないというのは残念です。

では、時間のあるときにでも返信してね」

この一件に関して吉田さんは慎重に立ち回るばかりだった。被害者は僕のほうなのに、僕の話を聞いても毬藻っこりんと当たり障りのない話をするだけで何もしようとしない。こっちは何度も助けを求めてきたのに「話を聞かせて」とか「経緯を教えて」と最初から説明を求めたがる。健忘症なのか、そもそも関心がないかのどっちかだろう。

結局、相手に遠慮するみたいに同人活動を辞めることになったのは僕のほうだし、「ふだんの仕事」も今は休職中だ。毬藻っこりんが吉田さんに何を言ったのかは知らないけど、女性同士だからよく考えずにあちらの言いぶんを鵜呑みにしているのだと思う。きっとそうに違いない。

「それに長らく向精神薬のお世話になってるだろ? 吉田さんはダークウェブでそれを調べあげたんだ。メンタル病んでるやつに対して世間は偏見もってるし、たやすく信用してはくれないものさ」

と、ボイスが言った。ボイスはいつも僕が一番聞きたくないことを言う。でも、耳に痛いことを言う友こそ真の友だって意味のことわざ、なかったっけ?

「だから、僕はあなたの言うとおりなるべく薬を控えるようにしてきたんです。副作用だってありますしね。それでもダメですか?」

「ダメだね、全然。デジタルタトゥーって言葉、聞いたことあるだろ? ダークウェブならなおのことだ。あらゆる言動は一度やってしまえば、なかったことには決してできない。いつか誰かが調べをつけてそのことについていちゃもんをつけてくる」

「最初は吉田さんも、僕に同情的だったんです。たぶんダークウェブで僕のことを調べる前だったんでしょう。僕が転送した毬藻っこりんからの脅迫メールを読んで、『あまりにうちが知ってる彼女と違うくって、動揺してる』って言ってくれました。『毬藻っこりんさんの心理状態も心配です。あのメールの書き方はちょっと異常だよ』とも。たぶん今でも両方のがわに対して心配くらいはしてくれてるんだと思う。少なくとも僕はそう願いたい。だとすれば、だからこそ、たとえ吉田さんが同人同士の個人的な問題に介入しない主義だったとしても、こうしてじっさいに被害が出ていることに対して同人を取りまとめる立場としての責任があるはずなわけで、どっちにもいい顔しなくたって……」

「どっちにもってのは正しくない」

僕の言葉をさえぎってボイスは言った。

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2023年5月4日公開

© 2023 藤城孝輔

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