長すぎる!

名探偵破滅派『遊女の如き怨むもの』応募作品

藤城孝輔

エセー

2,000文字

名探偵破滅派2023年4月(テーマ『幽女の如き怨むもの』)応募作。

締め切りまぎわに読みはじめたら、案の定読めなかった。いったい誰がこんな分厚い本を課題に選んだんだ? 課題の範囲だけでも630ページもあるじゃないか。しかもたかだか推理小説なのにだ。新幹線で暇つぶしに読んで駅のくずかごにポイっと捨てられる程度の娯楽になぜここまで時間と労力を費やさなければならないのか。私は速読ってわけでもないし、暇を持て余しているわけでもない。読むのが面倒くさいから誰か2時間サスペンスに映像化してくれよ。そもそもこんな悪態をつくくらいなら最初から今回の名探偵破滅派に参加しなきゃいいのに、なぜ私はこんな規定違反の大遅刻をしてまで律儀に課題範囲を読んで周回遅れの推理を書いているのだろう。結局、私も自分の人生と向き合いたくないから目の前のタスクに集中しているふりをしているだけなのかもしれない。ポイっと捨てられるべきなのは私の人生のほうだ。

しょうもない愚痴はさておき本題に入ると、初代、二代目、三代目緋桜は全員同一人物である。初代緋桜の日記は彼女が殺人を犯す前に書かれたものなので、おおむね事実は記述どおりである。通小町の自殺に疑わしい点はない。月影も日記の記述どおり、堕胎直後の錯乱で飛び降りた。緋桜は本当に異界の者に魅入られてしまい、のちに殺人を繰り返す運命をたどる。

二代目緋桜(染子)は初代緋桜の変装であり、戸籍抄本を偽造して潜り込んできた。変装が上手かったのと、優子は「余りお顔も覚えていなかったくらい」(350)だったため、まったく気づかれなかった。かつて初代緋桜は「お姐さんたちの誰でもない花魁の姿を、たまに見てしまう」(255)と嘘をついて部屋替えをうまく免れた経験をもっており、これに味をしめて二代目としてやって来た当初から、渡り廊下の曲がり角で花魁の姿を見たと嘘をつき、あたかもこの妓楼で怪奇現象が続いているかのように見せかけている。ちなみに、喜久代に見られた二代目の「周作」の入れ墨は、かつて漆田に彫られた「吉」の字をカモフラージュするために重ねて彫ったものである。

登和の身投げは、呉服問屋の嫁の染子という偽装が登和にバレたことによる殺人。裕福な軍人の家柄に嫁いだ登和は、××県の呉服問屋の事情も客として見聞きしていたと考えられる。正体を知られた緋桜は登和の腰をつかんで制止するふりをしながらジャーマン・スープレックスで窓の外に放り投げた。

殺人の目撃者である雛雲を殺したのも二代目。「蓬莱楼の仲どんは、別館の表玄関の前に雛雲が落ちたのを目にした後、本館と別館の間の路地から二代目が飛び出して来たのを見ている」(464)という理由で二代目にはアリバイがあることになっているが、「一番高くて三階にまで達して」(62)いる李の木をつたって降りれば、すぐに表に出られる。「廊下を走りながらも襖や柱にぶつかって」(489)他の遊女の注意を引き、みずから身投げの芝居を演じて見せた。

空襲によって焼けた小屋から出てきた幽女の死体は織介。初代緋桜の嫁ぎ先だった織介もその祖母も実はろくでもない連中だった。緋桜は壮絶な虐待を受けて命からがら逃げ出してきたが、もはやかつての勤め先以外に行き場所はなかった。二代目に扮して元の妓楼に出戻ったという噂をどこかで耳にした織介は、乗り込んできたところを特別室で殺害され、小屋に隠される。優子が聞いた不審な物音は織介と緋桜の足音だった。

出戻り遊女はいじめられるというが、戦時下と戦後の動乱という壮絶な体験を通して遊女たちのあいだには絆が生まれていた。緋桜が三代目として三度妓楼に戻ったあとに、浮牡丹、紅千鳥、月影の先輩が戻ってきたのも緋桜がわざわざ呼び寄せたのである。三人は三代目の正体を最初から知っていて黙っているし、浮牡丹は自分が周作と付き合っているように見せかけつつこれまで緋桜と周作の連絡係を務めてきた。本当に情が通じ合っているのは、幼いころに学問を教えてもらう関係にあった緋桜と周作である。紅千鳥に付きまとう腐れ縁の漆田を三代目と遊女たちが結託して殺害し、またしても緋桜が身投げを装うことで怪奇現象に見せかける。ところが、事件についていろいろ嗅ぎまわりはじめた佐古荘介が事の真相にたどり着いてしまう。だからこそ、口封じに彼を片づける必要があった。

このように梅遊記楼、梅園楼の時代に起きた一連の殺人は緋桜が他の遊女の手助けを借りながら犯した連続殺人であり、幽女による怪奇現象ではない。しかし彼女の心を惑わせ、殺人に駆り立てたのは、今までこの場所に蓄積された遊女たちの怨念に他ならない。「この世のすべての出来事を人間の理知だけで解釈できると断じるのは人の驕りである。この世の不可解な現象を最初から怪異として受け入れてしまうのは人の怠慢である」というみずからのテーゼに従い、刀城は現実の出来事として説明不可能な余白を残して推理を終えるだろう。

2023年4月17日公開

© 2023 藤城孝輔

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