夢見街

TURA

小説

7,611文字

夢見街。短編です。                

もう二度と戻れない場所に鍵を落としたなら、扉の前で一生を終えるしかないんだろうか。俺は昔を思い出しそんなことを思う。その時はそんなに切実な物だとは思わなかったんだ。ただ、ポケットが少し軽くなるだけだと思った。その頃は身軽であることが子供である何よりの証明だったんだ。

言い訳はともかく、どの分かれ道を間違わなければ、この一方通行の行き止まりを避けられただろうか。今まで見送った幾千の夕日は、年を重ねるに連れ萎んでいく俺を見て、どんな色の軽蔑を、その燃え立つ黄金色に隠していたろう。この沼に溜まる鈍色を、絵本にでもできたらどんなに良いだろう。

俺の身勝手な後悔をよそに、体が足りなくなるまで遊んだあのジャングルジムも、退屈を寄せ付けないほど入り組んでいてくれているのだろうか。名残惜しさと共に聞いたあの17時のチャイムは、音程を外さずに、子供達を帰路に導いているだろうか。そう願う。

恐る恐るかつての日々を振り返ると、俺があの街で落とした何かは、今ここに無い全てのものと、無関係では無い気がする。

俺を宙に浮かせ、水底に引きずる全ての結び目。ポケットは確かに空にしたはずなのに、袂の石は、入水を誘うかの如く重い。

子供のふりをして泣き出す代わりに、ここに座って、何もかもを懐かしんでいよう。太陽の鋭いあの夏の日に覚えた、シャボン液の味を忘れてしまうまで。

 

目を覚ますと、眼前にフローリングの床があった。すっかりワックスの落ちた黒ずんだ木目が肌に冷たい。目覚めた時にまず触る、スマートフォンを手探りで探す。しかしどこにもない。

いつの間にか眠っていたのか。そう思いゆっくりと体を起こす。しかし、焦点を結び始めた俺の目に映る物には、少しも見覚えがなかった。俺が俺という一人称を使うことにすら、違和感があった。それほどに、何一つ覚えていなかった。

目が覚めたのはそうだ。あの、チャイムの音だ。小さな鐘が鼓膜の中で鳴っているような、そんな響きだった。

さっきまで、俺は何をしていた。車の中だった気がする。革の感触が残る両掌。なぜか首元に残る痺れ。記憶は全て抜け落ちているが、感触だけは体に残っていた。

部屋を見回す。陽で焼けた、元々は白かったであろう壁紙、乱雑に干された古い男物の下着、殺風景を覆い隠す様に壁に貼られた、百科事典のオマケについてそうな世界地図のポスター。少し気になり、近づいて観察してみた。

俺は、地理になんて関心はないし、世界情勢なんて考えるのもまっぴらだ。それでもやっぱりおかしい。地図に示された大陸は、大小合わせて10以上ある。形にも見覚えがない。しかし、妄想癖の持ち主が妄想に駆り立てられるままに手作りした地図にしてはあまりに精巧で、商業的完成度を持っている。ジョークグッズだろうか。

地図なんてどうとでも処理できるにしても、ここは一体誰の部屋なんだ。その謎だけは、依然として残る。

記憶がないせいで、目の前の物の何もかもが真新しく見える。俺は、キョトンとして途方に暮れた。図体のでかい、生まれたての赤ん坊の様に。密かに温めていた輪廻の夢でも叶ったか。

ベランダへ出ると、潮と生ゴミの入り混じった、独特の香りがした。意外にも不快ではなかった。青く光る海洋が、点在する小さな島を縫い、向こう側へ広がっている。今いる部屋は、四階建てのマンションの最上階であることは分かった。海岸。僻地。石油会社の近く。朝でも夜でもなかった。緑のきつい木々。俺がうたた寝してる間に春は終わったようだった。

甲高い鳴き声がした方を見ると、サギらしき馬鹿でかい鳥が、沿岸のあたりに佇んでいた。鳥籠程の大きさの目玉をギョロつかせて、松の木を揺らしていた。そのサギを見た瞬間、俺の感情に、あの鳥の輪郭通りの穴が開いた。心の陥没の原因は分からない。絶望でもなければ、到底希望でもない。ただ、俺はあいつを初めて見たに違いないが、あいつはずっとどこかで俺を見ていた様な気がする。誰かに、もしかすると俺に、気がついてもらう為にあれ程まで大きくなったんじゃないか。虫垂が腫れ上がるのと同じ理由で、世界の影に埋もれぬ様、嘴を突き出し翼を翻しているのではないかと思った。

驚くべき事に、俺は冷静だった。港の方へ続く道で、黒装束の影の群れが、ゆらゆらと揺れながら、何かを待っていた。とても人には見えなかった。

俺は、おかしくなったんだろうか。それとも世界の方が、いかれたのか。単純に、鮮明な夢でも見ているのか。時間が経てば、記憶は戻ってくるのだろうか。あんなものの存在を許している世界なら、或いは俺も……。冷えた床で目を覚ました時、疑っていた誘拐の件は、ここらで消えた。

混乱の中、俺は自分を鼓舞した。来たのだから、帰ることも出来るはずだ。帰れるなら、ここがどこだろうが関係ないさ。さっさとこんな場所からは消えてやる。

可能性より確かなものは、自分の足と目だ。俺は、外に出て行く事にした。不思議と靴は体に合った。

階段を降り、駐車場まで出た。廃棄され、潮風に吹かれ、錆にほとんど乗っ取られた自転車が、連なって置かれている。その隣には、三輪車の後輪が半分になった様なものが、束になって捨ててあった。自転車の補助輪だろうか。

俺は、海を背にして、住宅の並ぶ区画に入って行く。その途上にあった『迷路の入り口はこちら』と書いてある標識は無視することにした。俺は街に入る。

明らかに素人仕事の、雑なリフォーム後の外壁塗装の住居。同じ形態の小さなマンションの連なる区域。物理的な効果は何一つ期待できなさそうな、自壊寸前の石塀。じっくりと歩いて見回しても、やっぱり見覚えはない。磨りガラス越しに掃除用洗剤の透けた、やけに所帯じみた小さな教会の横を通り、俺は向こうへと歩いた。

やがて、小さな交差点に差し掛かる。足早に交差点を通り過ぎると、俺はある建物の前で、足を止めた。

建物に、明らかに見覚えがあった。何度も見た光景だ。なにより、あの大きなパンダの絵だ。赤、黄、緑の3つの風船を持って、擬人的なデフォルメがなされたパンダが飛び上がっている。引っ込んでいた記憶の一部が突出して、俺を小突いた。いまは灰色に色褪せているが、元の色が、脳裏にありありと浮かんでくる。

ここは、幼稚園か何かだ。ここがあるなら、そうだ。この、道路が斜めに交差しているせいで、三叉路めいた作りをしているこの道路だ。この奥には、あの肉屋があるはずだ。肉屋らしく、安い手作りコロッケを売っていた。俺は、喜んで近づいた。あの、丸い目をした店主の笑顔を期待して。

しかしそこには、店主も、油の香りも、温かな照明を照り返すショーケースも、何一つなかった。時間によって朽ちた廃墟の様な荒れ方というより、切除手術を受けた肉体の様に、何もかもがもぬけの殻だった。俺は絶望して、後ずさった。蘇ってきた記憶を頼りに、あたりを見回す。

近くにあった小ぢんまりとした古い理容院。そちらに駆け寄る。しかしそこも、同じく廃屋と化していた。俺は、幼少の頃、理容剃刀にひどく怯えていたから分かる。この位置だけは確かだ。ここは、祖父母の家があったところだ。今では疎遠になった、彼らのいた街。かつて俺が駆けた街。

それなのに、他の場所には全く見覚えがない。この一帯だけが洲の様に浮き上がって、知らない街を漂流している様だった。

この街は、いや、この店があった街は、そもそもが分かりづらい構造をしていたことは確かだ。経線緯線に沿うかのようにきっちりと区画ごとに、住宅が整理されていながらも、太い道路が、街の中央を斜めに走る、正しく歩くことの難しい街だった。

しかし、それとは無関係に、俺は迷子になりそうだった。大人が迷子にならないのは、どうやら精神性のおかげでは無いらしい。

とりもなおさずここは、知らない街だ。結局、頼るものは何もない。帰ってきたと思った。帰郷の喜びが、心の内を掠めた。取り返しのつかない幼少の思い出が、かえってこの絶望的な漂流を感じさせる。俺は、手がかりを求めて両手を失った気分だった。

帰らなければ。俺は、帰るんだ。

この場所には、何一つ期待は出来ない。こんな物は、黒子が裏に取っ手をつけて運んできた単なるハリボテだ。真剣になれば馬鹿を見る。

俺はあの部屋へと戻る事にした。行き止まりで出来ることは、振り出しに戻る事だけだ。あの部屋で目を覚ましたのなら、何か意味があるはずだろう。俺は、早足であの部屋へと向かう。

夕暮れの訪れと共に、俺は例のマンションに着いた。そこはあいも変わらず、何の特徴もない狭い、安っぽい部屋だった。鍵は、俺が掛けなかった通り開けっぱなしだった。

俺は、机の近くに座り込んだ。初めは混乱から気にも留めなかったが、机の上に、パズルがあった。これで遊べと言わんばかりの様子だった。まるで俺の記憶のように、スカスカの台紙。散らばるジグソーは、俺を挑発するかのように重なっている。

初めは、馬鹿なやつだと思った。この部屋の主が一体どんな奴かは知らないが、大人が社会に生きようと思えば、パズルなんぞにかまける時間は、それこそ一片たりともない。ままごとの炊事なんてしているうちに、飢えて死んでしまう。

例え記憶を無くしたところで、自分の性質だけは、体が覚えている。俺はパズルをやるほど、集中力などなければ温和でもない。それでもだ。この、徒然の幽閉、どこまで続くか分からない、水平線の彼方まで見通せる闇。四方八方に散る精神を収束させる何かは必要だった。それが、ただの疲労をもたらすだけの代物だとしても。

そう考えるとパズルは、何も考えず自失のままに、錯乱した神経を鎮めるうってつけの儀式になりそうだと感じた。俺は、取り掛かることにした。

散らばったピースを指で摘み上げては、縁の付いた台紙に、ゆっくりと嵌め込んでいく。結局、遊びは遊びだ。それでも、何もかもを徒労に変えてでも掴みたい物があった。少しづつ充実するその情景は無地の灰色で、退屈と呼ぶのにも烏滸がましい絵だった。尚もかまわず、微かな色の濃淡を頼りに、ピースをはめ込む。

埋まっていく空白。現れていく風景。たった1ピース無くせば、もう完成はしない、全てが必須の、全てが心臓の完成像。

それぞれのピースには、予め定められた場所がある。人間の生活の様に。故郷と人間。嵌められる場所。なくてはならない、全ての為の一部。パズルをやるやつは、そもそもそんなものを探しているのか。俺はそう感じた。

ここで俺は、気付いた。ただの灰色の絵に、ある情景が表れている事に気が付いた。この場所には、見覚えがある。いや、正確にはどんな場所か分かってきた。病室だ。暗い白壁、装飾の極端に少ないベッド、寝具。誰かが、ベッドで横たわっているのか?

なんという絵だ。病床に伏せる人間の、臨終の時を描いた絵なのか?生誕記念でも、成人式でもなく……。いや、そんな事はどうでもいい。現状を切り拓けるなら、錆びた鍵でも、一向に構わない。こうなれば、俺はもう止まらなくなった。見つけ出した目的地。俺は駆け出した。

所有者への軽蔑も、遊戯への抵抗も忘れ、台紙に向かって、一心不乱にピースを嵌め込んでいく。しかし、パズルの完成が差し掛かった頃、薄々勘づいていた懸念に直面し俺の手は止まる。まだ、この悪夢は俺に絶望を準備していた。つまり、明らかに、ピースが足りない事に気が付いた。

しかし直ぐに次の行動に移る。することは決まっていた。ピースを求めて、俺は部屋を探し回った。初めはゆっくりと。次第に乱暴に。棚を開けて回り、ソファを乱暴にひっくり返す。

額から、汗が散る。手の甲が擦りむけて、血が滲んだ。どこだ。帰り道はどこだ。そうやって発見したいくつかのピースを嵌め込んだ。しかし、どれだけ部屋をひっくり返しても、依然として足りないピースがある。病床に伏せる人間の顔の部分だ。

俺は、ピースを探す過程で見つけたタバコのパッケージを片手に、対象の無い憎しみを募らせた。遊戯の成就すら、俺に許さない。誰だ。俺をこんな目に合わせるのは。

禁煙など、もはやどうでもいい。今の気分を鎮めてくれるなら、例え後戻りの出来ない、ヘロインでも良かった。俺は、ベランダへ出てタバコの火をつけた。

「うるさいぞ。」

すると突然、隣のベランダから声がした。

「何時だと思ってる。いや、時間なんて関係ない。集合住宅にあるまじき騒音だ。」

俺の反応も待たず、声はさらに続けた。

「誰だ。」

ここへ来て目が覚めて、初めての人間だ。驚きに飲み込まれて機を失うのを恐れ、俺は焦って答える。この時の俺は、生まれたての赤ん坊が、母親に向ける顔をしていたろうか。きっとそうだ。

「おい、ここはどこだ。」

初対面の礼儀など忘れ、俺は乱暴に尋ねる。

「401号室。私の隣の部屋だ。」

パーテーションのせいで、男の半身しか見えない。割と歳を食っている。

「黙れ。質問に答えろ。」

半ば怒号とも取れる返答。

「そんなことは聞いてない。ここはどこだ?」

「それなら、お前のことを知ってる場所だ。」

しばらくの沈黙ののち、俺の声を牽制する様に、男は言った。

「つまり、ここがどんな場所か、知ってるんだな。ここは、お前が作った場所なのか。」

「違う。」

「なら、何故ここにいる。こんな、人を狂わせる様な場所に。」

「静かにしていろ。帰りたいなら、そこにいろ。理想郷なんて、どこにも無いんだ。」

「大人しくしてたら、迎えにでもやってくるのか。お前が、俺をここに連れてきたのか。」

「私じゃない。君が、私を呼んだんだ。」

「お前がここを作ったのではない以上は、お前も囚われの身なんだろう。それなら俺たちは、さしずめ囚人仲間だろう。」

俺は、男の声を無視して続ける。

「鎖で繋がった、同志への情けはねえのか。」

「だから言ってる。馬鹿みたいにはしゃぐのをやめて、部屋で完成しないパズルでも作り直してろ。」

「待て。なぜパズルの事を知っている?」

「何も知らん。話すことはそれだけだ。静かにしていろ。」

俺は、ベランダから身を乗り出した。部屋に引き返そうとする男の腕を掴み、ベランダから引き摺り出そうとする。男は落下しかけ、声を上げた。

「お前は誰だ。」

「離せ。このろくでなしが。全てはお前のせいだろう。」

俺は、男の顔を、強かに殴りつけた。焦りと不安が、俺が元々持っていた粗暴な性質に、拍車をかけた。男の抵抗をよそに、俺は更に男をこちらに引き込む。

「最後のピース、お前が持ってるのか。」

俺は、男を殴りつける。暴力が、次の暴力を許した。憤慨の騒音が、次の憤慨を呼び起こした。紐付けされた、鎖状の暴力。

「やっぱりお前はそういう奴だ。それで、何がどうなる。」

負け犬の遠吠えじみた男の物言いが、俺の神経に触り、暴力を更に凄惨なものにする。古い記憶の中で、いつぞやの教師にも言われた事だと思い出す。

「こっちを見ろ。関係の反故だって、立派な暴力じゃねえか。」

拳を振るうごとに思い出した。俺は、男だ。血走る拳が俺の体に教えた。俺をそそのかす。俺は男だ。俺に、帰らせろ。

「今更、痕跡を残すな。」

男が、苦し紛れにそう言う。

「ジグソーパズル如きで、お前は人を傷つけるのか。」

「手がかりなんて、これしかねえんだよ。」

抵抗する男の身体を、ひときわ強く、引っ張った。ほんの一瞬、男と目が合い、時間が緩やかに流れる。男は、バランスを崩し、下の方へと落下していった。決して取り返しのつかない、決して手の届かない標高0メートルへと、男は吸い込まれていく。

硬く尖る、老いたアスファルトの地面が、男の皺立った肌を打ち付けた。俺の原風景の野に埋められた不発弾。ちょっとした刺激で、いつの日か爆裂し、全てを滅茶苦茶にしてしまうであろうその不発弾が、この錯乱を機に炸裂した。男の姿を見送りながら、ああ、遂に。俺はそう思った。

ベランダの床に落ちた、火のついたタバコを深く一吸いしてから、俺は部屋を出た。扉は、開けっぱなしにして。

下に降りると、男は萎んでミイラのようになっていた。体を横向きに丸まらせて、死さえも懐かしむように、地面に張り付いていた。その変容にも気を止めず、男が身につけていたセーターの懐から覗くパズルのピースを拾い上げた。

俺は、ジグソーパズルの柄を眺めた。そりゃそうだ。分かっていたさ。これが俺だってことぐらい。最後のピースには、目を瞑り、包帯を巻かれた俺の顔が印刷されていた。死んだ様に眠る俺の代わりに、記憶の方は、鮮明に蘇ってきた。

帰ろうと思ったんだ。あの、懐かしい街に。幼い頃に離れた、父親の住んでいたあの街。俺の引きちぎられたあの街。随分立ち寄ってなかった。何もかもから逃避するために作った、酩酊した頭がそれを求めた。

事故だったんだ。あの三叉路。幼い記憶と目の前で揺れる景色。それらを重ね合わせようと、さらに深くペダルを踏んだ。そこで、突然現れた自転車を避けようとした所を、あの肉屋に突っ込んだんだ。そうだ。俺は、地面に膝を打った。退けと叫んだ時の喉の痺れが、後悔と連れ立って喉に渦巻く。

俺は、夢の中にいるのか。俺は、無意識の中に取り込まれているのか。これは俺が作った罪悪感か。俺が、俺に課した罰なのか。心当たりはある。俺がここまで焦ったのもそう。ここの居心地の良さのせいなんだ。

そうだ。俺は、どこかへ行こうとした。全てを引きちぎって。ここではないどこかへ。自分の暮らしを捨て、酒を飲み、あの街を走った。

全ては嘘で、全てはハリボテで。いや、全てを嘘にするために、抜け出そうとした。あの街に、俺が何かを失ったあの街に、帰ろうとしたんだ。

揺れる黒子達が、俺に懲役を言い渡すために、殺到してきた。ある者は俺の両脇を抱え、ある者は俺にあのパズルを見せた。俺からピースをぶんどり、嵌めてみせる。確かに俺だ。病院のベッドに伏せる、俺だった。

絵は、俄に変化を始めた。部屋の内部が、激しく明滅し始めた。朝と昼と夜を、繰り返していく。夏にも冬にも取り残され、俺は絵の中で年老いていった。俺は、みるみる、朽ちていく。

あの街の病院なら、それなら、それでいいとも思った。せめてあの街の、1ピースになれるなら。

黒子達が、俺の体を引きずり、歩いていく。

「殺したから、刑務所だ。」

中の一人が俺にそれだけ告げた。

「どこへ行くんだ。」

俺はどこへ。

「結局、終着点はない。」

「関係したな。この世界に。遂に、何も愛せなかったな。」

黒子たちが、さめざめと言う。お前たちは知らないだろうけど、かつては愛していたさ。全てのものを。燃える夕日が、沈んでいく。あの街も、俺の夢を見てくれるだろうか。

夜が来る。俺は、終身刑を言い渡される羽目になる法廷まで歩いていく。あの大鳥が、空を纏って飛んでいった。

遠くの空から馬鹿でかい鳴き声が聞こえる。

何処かで、扉の閉まる音がした。

2022年6月27日公開

© 2022 TURA

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