02 インテンシヴ

azure malin moon(第2話)

篠乃崎碧海

小説

12,324文字

三人の訪問者と彼の縋るものについて

 

「何度も言わせるな。そういうのは他所をあたれ」

 いい加減にしろと鋭い視線を向けたのと、沸点の低い男が胸ぐらに掴みかかったのはほとんど同時だった。

 腕を避けることなく真正面から受ける。確実に動きを止めたいならはじめから急所を狙っておけばいいのに、そこまでの度胸はないからこうして威圧感だけで人を制そうとするのだ。手の出し方ひとつ、言葉の選び方ひとつで相手の程度は知れる。これくらいなら避けるにも値しない。

 力を流すように片足を引いて半身になりつつ、突き倒す勢いで迫ってきた右手首をとって軽く外側に捻った。重心を見失った体を肘を支点にして引き崩す。一瞬の間に男は床に転がり、抜けそうになった肩の痛みに呻いていた。

 倍近く体重のありそうな巨体をてこの要領で押さえ込んだまま、ジャケットの内側に仕込んだダガーに左手で触れる。銀の切っ先で首筋につッと赤い線を引いてやれば、立ち上がろうともがいていた男はすぐに静かになった。

「腕力だけで思い通りになると思うな」

 次はもう少し深く抉ってやろうか。耳元で低く囁いてから解放してやる。一瞬で反撃の意思を打ち砕かれた男は何も言わず、フラフラとドアの向こうへと消えた。外へと向かう階段で足をもつれさせたのか、鈍い音と口汚い罵り声が捨て台詞のように後を追った。

 

「ッ、は……余計な体力使わせやがって」

 胸の底から溢れるような空咳を繰り返しつつ、情報屋は忌々しげに呟いた。ネクタイを少し緩め、釦をひとつ寛げる。胸を衝くような息苦しさにいっそ解いてしまおうかと手をやりかけて、はたと動きを止めた。

 階段の方からまた音が聞こえる。先程とは違う重さの靴音だった。タイミングからしてエントランスであの傍迷惑な男とすれ違ったはずだが、何も起こらなかったのならとりあえずはまともな客だろう。そうだと願いたい。

 革靴のたてる音は階段を下りきって迷わず事務所の前までやってきた。ノックの後に聞こえた控えめな声は予想通りに覚えのあるものだった。

2021年9月4日公開

作品集『azure malin moon』最新話 (全2話)

© 2021 篠乃崎碧海

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