「夏休みの日記 五年二組 山内優奈」

牧野楠葉

小説

6,318文字

2017年ぐらいに書いたものを修正しました。

例えば道のど真ん中を大きなヘッドフォンをつけて歩いているときにふと自分にはほんとうの志でキャップを集めて、途方もない数のキャップを回収して、キャップ八千個でようやく一個? の車椅子を作る、気があるのかと思って、そしたら、うちのマンションから出てすぐにある酒屋の、前の道路で、各国の大統領たちが次々轢き殺されていっちゃうんです。国会であんなに必死にエコについて唾を飛ばしていた大統領が轢き殺されていっちゃうんです。そんな風な幻影が見えるような気がするのです。全世界の全てのペットボトルのキャップのプレッシャーというものが、わたしのように生半可な気持ちで、ボランティア活動をやっている末端の者の心を押しつぶしていくので、明日から、ボランティア活動をやめようと思います。先生こんにちは。

 

夏休みに何をしたかというと、わたしとシヅちゃんで、サヨちゃんのお家にオトマリをしました。特に人生ゲームをしただけのつまらないオトマリだったのですけども、髪の毛は茶色に染めているサヨちゃん、やはりヤンキーガールでしたっ笑! サヨちゃんのお母さんとお父さんはどちらも働いているので、お昼のご飯にマクドナルドに行くように勧められ(チキンクリスプ等)、千円をわたしたちにくれ、マクドナルドに行こうとしたらサヨちゃんは何か知らないけど何故か反対方向に歩き始め、シヅちゃんは大人しいので、黙ったままで、わたしはそもそも食うのが面倒くさいので、黙ったままで、サヨちゃんについていきました。サヨちゃんはどんどんくねくね歩いてコープの二階にわたしたちを連れて行きました。

 

先生コープの二階に何売っているかしっていますか? 主に、トイレの詰まったときに使うスッポンなどが売っています。後はシャンプーやリンス、ストッキングが売っています。サヨちゃんがカゴに入れたのは洗顔石けんの隣に置いてある脱毛クリームでした。

 

それでようやく大人しい(昔、自分が喋ったらヒットラーに殺されると思っている、とこっそり教えてもらった記憶があります)シヅちゃんが重い口を開いて、そのお母さんから貰った昼食代の千円で八百円の脱毛クリームを買うの? と言ったら茶髪チビでデブで短足のサヨちゃんは顎の肉を震わせて大きく頷きました。そしたらあのシヅちゃんが怒りすぎて泡を吹いてその場で派手に倒れました。二人で笑って、シヅちゃんの回復を、ずっと待とうと思っていたら、その隙にサヨちゃんはレジに脱毛クリームを持ってダッシュしていました。サヨちゃんは茶髪チビでデブで短足ですが足がとても速いのです。前、市の小学生陸上記録会で三位だったと言ってましたがわたしは三位は嘘だと思います。

 

それで汚らしく乞食のような醜態のシヅちゃんをサヨちゃんが背負ってサヨちゃんの家に帰って、昼ご飯は何にするのかとサヨちゃんに聞いたら家のどこからか探してはんぺんを持ってきて、はんぺんを下から両手で掴んで貪り食うのでした。サヨちゃんはわたしたちにもはんぺんをすすめました。味はしなかったです。何年前のはんぺんか知りませんが、からからに乾いていて老人の首の皮をしゃぶっているような感じでした。サヨちゃんはカロリーが抑えられたと言って、飛び跳ねて喜んでいました。いつも床がギシギシ軋みました。サヨちゃんは一人だと、コンビニで焼肉弁当を買ってしまうそうです。寂しいから、何かで心を満たそうとして、それが結果的にいつも焼肉弁当だから、サヨちゃんは太ってしまったのだそうです。わたしは鼻で笑いそうになりました。寂しさのせいにして。焼肉食いたいだけだろって。

 

喜びすぎてあばれすぎて汗まみれになったとサヨちゃんがいうから、気絶しているシヅちゃんの服を脱がせて、わたしたちも衣類を脱いで、まだお昼の十一時だったけど、お風呂に入ることにしました。

 

見るからに醜い容貌をしているのにサヨちゃんは体を洗うのが嫌いだと言っていたので正直言うとサヨちゃんの裸を見てわたしは絶句してしまわないか、それだけが心配だったのです。もし小さい虫が蠢いていたら、わたしは絶句してしまうと思います。仮にも、同じグループに属し、一学期を乗り切った仲ですが、絶句してしまうと思います。他人の何かを見た後にする絶句ほど失礼なことはないと、姉からよく聞かされていたので、わたしは禁忌を犯してしまう。サヨちゃんの裸が恐怖でした。

 

先生、虫はいなかったんですけど、毛だらけでした。ネットサーフィンをしてる時にみた、多毛症の女の子そのもの。前、お姉ちゃんと、ココロンカードを使って動物園をタダ見したときのチンパンジーのようでした。男性的で力強く重力に逆らってる毛が茂り倒しているサヨちゃんの奇跡の裸体です。なんとか、絶句を止めてアジエンスを掌でこねてわたしは軽快に頭を洗い始めましたが、シズちゃんはまだ泡を吹いて床に倒れていて回復する兆しもなく、サヨちゃんは頭や体を洗うのが嫌いなのでじっとわたしを見ていて、正直あんなに緊張したシャンプーの時間は初めてでした。そしてわたしが一人で綺麗になった後、風呂場の床に座っていたら、汚いサヨちゃんが先程購入した脱毛クリームを持ってきて、体育座りのわたしよりちょっと頭の位置を低くして、わたしを見上げたのです。そう、まさしく、サヨちゃんの目線が低くなって、アフリカにこういう動物がいそうだなあと思っていたらサヨちゃんは奇妙な目つきでわたしを見上げたのです。それが「上目遣い」だと気づいたのは、オトマリが終わって例えば道のど真ん中を大きなヘッドフォンをつけて歩いているときに自分の生半可なボランティア精神のせいで全世界の全てのペットボトルキャップのプレッシャーに心が押しつぶされ、各国の大統領が轢き殺されていく幻影を見た数秒後でした。まさかそんな雑誌の特集になるようなお洒落な仕草をサヨちゃんがするなんて予想できるわけないですよね先生。どちらにしろボランティア活動はやめます。

 

その時「上目遣い」だと気づかなくて只の奇妙な現象だと思っていたわたしは容赦なく、何よと冷徹に言ってしまったのでした。彼女の精一杯の、「可愛らしさ」の発表を、わたしは土足でずかずかと、踏み荒らして蹴散らしてしまったのです。今でも、何よはないと思います。サヨちゃんはきっと、可愛いねって言ってほしかった。そんな、純粋な気持ちだけだったのに。
サヨちゃんは脱毛クリーム塗っていい? とわたしに聞きました。勝手に塗ったらいいよとわたしは言いました。使い切っていい? とサヨちゃんはわたしに尋ねました。イエスユーキャン。とわたしが言ったらハァン? とサヨちゃんがアメリカ人っぽくわからないという意を示したのでわたしは自分の、人より少しだけできる英語が貶されたと苛立ちました。確実にわたしの方が今までアメリカ人ぽかったのにハァン? なんていう、簡単な単語でニュアンスだけアメリカ人さを押し出してわたしの「人より少しだけアメリカ人に近い」という唯一のポジションを奪われたとわたしは怒り狂ったのでした。それにも関わらず空気の読めないサヨちゃんは、そんなわたしに背中にクリームを塗ってくれ。マジで塗ってお願い。と懇願してきて、さらにウザくわたしは最終的にあははと笑ってしまいました。
贅沢に。クリームをふんだんに使ってわたしは背中に塗り込んでいきました。毛が少しずつヌメっと湿ってきてしなやかになってきてわたしは、まるで世界の真実を理解したような気にならされて、深く考えそうになりました。こんなチンケな化学薬品ひとつで毛の細胞は死滅するのか。莫迦らしい。世界の真実のことはもっと素晴らしい光景を見、本当に感動をしてから考えたいと思っていたのですが何故サヨちゃんの只しなやかになっただけの背中毛を見て考えなければならないのでしょう。手が脱毛クリームだらけになってしばらく放っておくとまるで指紋がなくなったみたいに指がぺかぺかしてきて洗い流すのも勿体ないし、どうせならサヨちゃんの右眉毛と左眉毛の間に生えている毛も脱毛したらいいんじゃないかと、眉間に塗りこみました。サヨちゃんが少し呻いて、何故呻いたのか聞くと自分でもこの繋がった眉毛が嫌で、父親のカミソリで剃っていたようなのです。その剃り跡にわたしがヒリヒリするクリームを塗りこんだのでサヨちゃんが呻いたというわけなのです。その呻きに驚いたわたしの手が滑って、サヨちゃんの眉頭にもクリームを塗ってしまいました。

 

シヅちゃんが復活しました。
三人揃ったので、風呂場の中で、好きな男の子の話をしました。シヅちゃんは一組のリョウタ君が好きなのです。もうすぐ告白するそうです。リョウタ君はロッカーに汚い体操服を何枚も突っ込んでいて、はっきりいってロッカーからも彼の体からも異臭がします。それでも野球がうまいです。顔は授業で習ったネアンデルタール人より劣ります。しかも何の癖かわかりませんが常に「どんまいっ」と言っています。二秒に一度言っています。その言葉は皆を不快にさせるし一体何が「どんまいっ」で、それは貶しているのか励ましているのかよくわからないのです。先生、彼を一度シバいてください。公衆の面前でシバいてください。

 

ですがわたしも実はリョウタ君が好きです。一年前わたしの好きなバンドのギターボーカルが死んで、どうしても悔しく、もう本当に悔しく、わたしの寿命をごっそり受け渡しても良いと思ってわたしの主食である命のカントリーマアムをトイレの便座の上でぐちゃぐちゃに握りつぶした後、二組の教室に戻ろうとして一組の教室の前を通り過ぎようとしたとき、リョウタ君の「どんまいっ」が聞こえてきたのです。わたしは驚愕しました。何故ならリョウタ君の「どんまいっ」の吐息の入れ方が、詳しく書くと、「んどんまァいっッ」と言った感じでしょうか。それがとてもその死んだギターボーカルの吐息の入れ方と酷似していたのでした。わたしは咄嗟に一組の教室にどかどかと入り込んでリョウタ君の酷い顔を見つめました。一組の皆にはもうさほど興味も持たれない彼の呟き。彼は教室で人気者ではありません。どちらかというとウザがられているのに、それなのにリョウタ君の目は爛々と輝き、それはあのギターボーカルの目と同じでした。わたしは自分の瞳をそんなふうにキラキラさせたいです先生。

サヨちゃんは日能研の理科の先生と同棲したいそうです。その理科の先生は細身で白衣です。長身の伊達黒眼鏡です。前、その先生が、社会のヤリ手の女の先生に北海道へ行ったお土産だと言って毬藻を渡していたのを廊下で目撃してからカンフーを始めようと思ったと話していました。いつかあの女を打ちのめすと言っていました。

 

話は尽きなくて、次は三人が将来何になりたいかを話しました。シヅちゃんはケーキを焼くのが上手いから、パティシエなんてどうだろうと言ったら彼女は、わたしの母親はソロバン塾の教師ですと言いました。だから何。と言いそうになりましたが、わたしは無視しておきました。もしそれがわかりにくいボケだったならシヅちゃんには芸人になる素質はないでしょう。わたしは自分が何になりたいかわかりません。お姉ちゃんはスターバックスでアルバイトをしていますが完全に目が死んでいます。それはお姉ちゃんの元からの鬱々さかもしれないけれども、どうせなら、わたしはスーパーモデルになりたいです。サヨちゃんに並ぶほどのチビでデブで短足ですが、もしスーパーモデルになったらリョウタ君と恋愛映画を観に行きます。それで立ち食い屋のラーメンをしんどいので座って食べて、プリクラを撮ります。落書きはセンスが問われるのでしません。それでそのプリクラの彼の瞳のキラキラはわたしのスマホの裏に貼られるでしょう。一生。そのまま漫画喫茶に傾れ込んで富樫先生の「てんで性悪キューピッド」を肩を並べて一緒に読んだら二人の気持ちは高まってわたしたちは大人になれると思います。

 

そしてようやく、サヨちゃんの脱毛クリームをシャワーで流しました。クリームを買ったらついてきたスポンジでごしごし擦ると男性的な剛健な体毛が嘘のように剥がれ落ちサヨちゃんは本当の意味でその瞬間まさに生まれたようで、不本意ながらその生命の誕生の瞬間に立ち会ったわたしたちも少し感動して思わず拍手を送りました、それで眉間も擦ったら見事に眉頭がコソゲ落ちてせっかく悪いものを落として新しく生まれ変わったのにまた彼女は悲運を背負ってしまったのです。サヨちゃんはすぐに風呂場から飛び出してお母さんの化粧道具を漁り、眉毛を描きました。異常に黒々とした眉頭と、茶髪、ほら先生、サヨちゃんはヤンキーガールでしょう!?

 

そして気づいたら夜でした。サヨちゃんのお母さんが仕事から帰ってきてUFOのフタをめくってくれたうえに、お湯まで注いでくれました。やはりUFOは美味しいですね。先生も一度食べてみてください。ツバメの巣より美味いです。そしてその夜は大して面白くもない人生ゲームをして誰が勝ったのかすら未だにわからないままですが、寝ました。

 

それで次の日帰りました。楽しかったです。
自分の家に帰ったらお姉ちゃんの目がますます死んでいたので、少し看病をしました。熱さまシートを貼ってあげて、お粥を口の回りにべとべとつけて、今は食欲が無いだろうから後で舌でべろべろ舐め回したら自動的にお粥を食べれる形式にしてあげました。わたしは夏休みももう半分過ぎたことだし家出でもしてみようかと、そう思いました。わたしは電車に乗ったことがありません。小学校までは徒歩だからです。だからトレインに乗って色々世界を見てみようと思ったので、机の引き出しにしまってある、お父さんが時々落としていく小銭を拾ったのをかき集めてランドセルを背負って改札まで行こうとしました。それで死んだギターボーカルの楽曲を大きな黒い密着型ヘッドフォンで聞きながら歩いてマンションを出てすぐの酒屋の前の道路に来たとき、例の大統領たちが轢き殺されていく幻影を見たのです。それからあのときのサヨちゃんの奇妙な仕草は上目遣いだと気づいて、もう呆然としてしまい、家出どころの心持ちではないのに、それでものろのろ歩き続け、そして遂に改札まで来ました。改札からホームを覗き込むと、時間が経つのは早くもう夕飯時だったのでホームで大学生や会社員が中華料理の皿を回していました。きっとあの中にはツバメの巣もあると思います。不味いと思います。ホームで中華料理を食べてもいいんですね。飲食禁止だと思っていたけど、皆一心不乱に食事をしていました。わたしは多分夢なんか見ていないと思うんですけど。

 

切符の買い方は何て難しいものなんでしょうか。三十分後にわたしはようやくホームに入って電車を待ちました、でも、結局遠くの町に行くことはできなくて、そんな勇気なんてさらさらなくて、むしろ夏休みが早く終わって学校に行きリョウタ君のあの瞳を早く見たいなとうっすら思いました。わたしの瞳がキラキラするのにはまだ時間がかかりそうです。世界にはわたしの知らないことがたくさんあるようです。結局線路目がけてピンクのランドセルを放り投げただけでした。もしそのせいで電車が事故になってしまったらごめんなさい。でも多分ニュースになってないので大丈夫だと思います。
早く小学校六年生になりたいです。

2020年7月23日公開

© 2020 牧野楠葉

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