りそな総研

応募作品

牧野楠葉

小説

3,561文字

2020年1月合評会参加作品「りそな総研」お題「普通」

勤務先のコールセンターにて業務中横揺れをしていることは全く無自覚であり、ある昼休み同僚たちの会話で顔をよく見るとなまずに見えなくもないという理由もあいまってわたくしがアイデア豊かな音の重なりと隙間が生む日本初の横揺れグルーヴバンドと言われているらしい『フィッシュマンズ』というあだ名で呼ばれているのが発覚したときにはいきなり道ゆく他人に冷水を浴びせかけられたかのような衝撃を受け二年間の禁煙生活が瓦解した。それからというもの一時間に一度のペースで屋外に設けられた喫煙所にて真正面にぐぞっとそびえたつ灰色のビルの窓の数を上から順に数えてゆくのがわたくしの唯一の楽しみとなった。なにしろ大量に窓があるので数えていて飽きないし、一時間に一度なので次来たときにはどこまで数えたかを忘れているからいい暇潰しとなった。

我々コールセンター部隊の役目は月に一個定期で送られてくる三万八千円の『金運の上がる石』の顧客たちを解約させないこと。主な解約理由は一ヶ月で三十三万儲かったなどの触れ込みを広告や公式サイトで見て衝動買いしたが一向に金運が上がらない・毎月自動で一個送られてくるから石が増えすぎて邪魔・この石のせいで逆に家計を圧迫してしまった等多岐にわたり、小肥りのT本と出っ歯のM川は「未成年の親が怒り狂って電話してきたんやけどこんなん申し込む方が悪いやん。未成年やからてなんでも解約できるとかナメてるし、そのアホなド餓鬼のせいであたしの月の実績が一下がるとかありえへん」「ほんまそれ」などと分厚い鼠色の煙の中でほざいていたが、ほとんど悪口に近いと思った『フィッシュマンズ』のあだ名の件を除けばわたくしは三十二年の人生の中で最も良い状態にあった。いつも心にチャイコフスキーの交響曲と共に濃い梅の花が咲き溢れ大草原の脇にある泉からは黄金の水が常に湧いているというような塩梅で、というのも実家付近のスーパーとコンビニのレジ係を転々としてきたわたくし至上一番金が貰えていたからであり、あと一万円上がれば『家賃が鬼高い東京での一人暮らし』という勝利のゴングが鳴る。一個三万八千円の『金運の上がる石』(商品名『金運の上がる石』)は今の日本の経済不況のおかげで願掛け目的なのか飛ぶように売れ、おまけにわたくしは自分でも驚いたのだが金運が上がらず怒声を浴びせかけてくる顧客たちをのらりくらりとなだめるという天賦の才を持っており、部署の中ではトップを争うほどに電話を受けてからの解約率が低くどんどん給料が上がっていった。入社してから三ヶ月ですでに五万円上がっていたわたくしはビルの窓の数を数えながら「経済よもっと不況になれ『金運の上がる石』よもっと売れろ」と心から深く念じていたし、業績も右肩上がりであるので同僚たちの給料も各々上がり上記のような愚痴を溢しながらも通常のコールセンターより並外れて稼げる今の現状に概ね満足しているようにわたくしには見えた。

重い雪が降る一月のとある朝、赤い手袋で職場のドアノブを捻ると二ヶ月に一度ぐらいしか本社から来ない情報商材業界にいたという北海道大学出身・二十八歳の若社長が皆々のデスクの間の通路に大きなモニターと椅子を置いて足を組んでいたのだ。いつも来る前には来ると連絡があったが今回はいきなりで、喫煙仲間のドブスシスターズT本とM川の視線は逆に愛おしくなるほど不安げであり、わたくしも軽く戸惑いながら自分の席へと歩いていった。

「はい皆さん注目してくださーい」

コールセンターを一時停止させてまで、それは十時過ぎに始まった。その声のテンションの高さとなんだか小洒落たベージュのニットを着ていることからわたくしは若社長が圧倒的な陽キャであり一生自分とは相容れない人種であることを知った。資本主義の勝者になるためにはやはり性格も明るくなければならないのだろうか……? 一辺倒にスーツしか着てこなかったが服装にもこだわった方がいいのだろうか?

五十過ぎの典型的なハゲとわたくしが殴ったら一発で死にそうな存在感しかないおそらく三十代のか細い男の二人組が我々の視界に登場し若社長の隣に置かれた空の椅子に座った。

「新しい方もたくさんコールセンターに入って来てくれる中でどうやったら給料が上がるのかわからないという声がたくさん僕に届いていて、これまでなんとなく皆さんの毎月の実績を見て頑張ってくれているから等であげていたのですが、ある程度会社っぽくした方がいいのかな。って思って、今後の人事評価ですね。主に給料を上げるための指標を設けることにしました。はい。なので今回はその説明会ということで一時的に電話を止めて頂いて、りそな総研さんの話を聞いていただこうと思います。一時間ぐらい? ですね。それでは」

ハゲが年のわりに勢いよく立ち上がって、

「S木社長と何度かお話させて頂き、非常に未来ある会社さんだと痛感致しました。広告事業と通販事業、そしてそのコールセンターの皆さんは若々しくてフレッシュ。さらにクリエイティブな発想をお持ちで、今後上場もありうる企業さまということで人事評価のプログラムを組んで参りました。詳しい話は隣のO木から……」

その時点で、全員の脳裏に?が浮かんだのは間違いなくこれまで特に密に結びついた訳でもない同僚たちと心がひとつになった記念碑的瞬間でもあった。とにかくハゲは何か捉え間違えをしているし、我々は『金運の上がる石』というそもそも胡散臭い商品を広告にて「絶対に儲かる」と刷り込ませ売るという商売をやっているのであって、クリエイティブという言葉の対極にわらわらと存在しているのである。

O木はなにやらしっとりと立ち上がり、モニターにパワーポイントを映して薄い声で話し始めたがその声は業務用エアコンの豪風音にかき消されわたくしがようやく聞き取れた内容は次に列挙する三点である。

 

・人それぞれに等級を設ける

・各自が設けた目標設定を達成すれば等級が上がり月の給料が五百円上がる

・目標設定シートを配布するのでそこに記入した上で、月に一度行われるコールセンター長とのミーティングの際に再度話し合い、S木社長に送る

 

特に五百円、のくだりの際の同僚たちの動揺は凄まじくある者はえぁという声を漏らしわたくしの隣で仕事をしている、普段何を考えているのか全くわからない能面顔のY田が「マジか」と言いながらわかりやすい音の屁をこくといった有様で、しかしこのように場が騒然となるのも当たり前で、というのもこれまではS木社長も金運が上がらないと怒声を浴びせかける人々をうまくあしらう我々に辞めてもらったら困るのがわかりきっているため言い値で給料が馬鹿上がりしていたにも関わらず、面談や目標設定シートなる複雑なものを記入しても五百円アップするか否かというところで、尚且つ己に一度つけられた等級とやらも簡単には上がらないだろうし総括すると現状の給料以上にするのはとてつもなくハードであるということだけが淡々と差し出された訳である。幾人かの勇者が我々に付与される最初の等級のつけ方や基準をO木に質問したが説明が下手すぎて回答されても四方八方を鏡に挟まれた迷宮にぼんぼん否応無しに放り込まれていく気しかしなかったしさらにりそな総研が我々のために組んだという人事評価プログラムへの謎が深まってゆくばかりでわたくしは少年時代に読んだ『鏡の国のアリス』の主人公の気持ちは「これだったのか!!」とわかったし、一人暮らしという他愛ない夢も宙で打ち砕かれたのは明白であった。

ハゲとO木と若社長が説明を終え帰っていき、我々の職場にはいつも通り電話がじゃんじゃか鳴り響き、それを取り始めたのだが、同僚たちの声は沼の中で溺れていく真っ只中の人の喘ぎのように聞こえ、わたくしは気分転換に喫煙所へ行き窓の数を数えに席を立った。

先客がいた。一度オナニーのオカズにしたことのある茨城出身、猫目の十八才金髪娘E田である。E田はわたくしと目も合わせずしばらくiPhoneで韓国アイドルのサイトを見ながらアイコスを吸っていたが突如、掠れた声で話しかけてきた。

「さっきの説明会の意味、わかりました?」わたくしは窓を数えながら首を横に振った。縦にふりたくなかった。

「わたしも全くわかんなかったんですけど」

「うん。そうだろうね。まだ若いしね」

「K澤さん、今日はより一層揺れてるなって。もうずっとそればっかり見てて。わたしK澤さんの右後ろなんで、ものすごい激しいなってそればっかり見ちゃって」

わたくしは急に本当に恥ずかしくなりどこまで窓を数えたかをぽんと忘れてしまった。

「……揺れてたって、横に?」

「いつも横ですよ。横。あれってほんとなんなんですか?」

 

 

2020年1月19日公開

© 2020 牧野楠葉

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"りそな総研"へのコメント 10

  • 投稿者 | 2020-01-23 11:22

    常同症ってヤツかなと思いつつ、サポセンは大変そうだなあスピリチュアル商材はストレスもすごそうだなあと思いながら、これがフィクションであることを思い出し、よく見てきたようにこんな具体的なホラ話が書けるものだと舌を巻いた。フィクションかどうかは知らないけど。

  • 投稿者 | 2020-01-24 07:55

    小学生の頃、なんらかの式典のたびに前に座ってるやつが横揺れしてた。あいつが今も揺れてるのか、さすがに直っているのか、すこし気になった。

  • 投稿者 | 2020-01-24 17:18

    それまで「わたくし」の目線から物事を見ていたのが、E田との会話によって、スーッとカメラが後ろに引くように「わたくし」の横揺れが画面に映ったように感じました。りそな総研の人事評価プログラムは、給料は現状維持のまま、という印象を受けたので、給料が下がるわけでも会社が潰れるわけでもないようで、そこまで騒然とすることなのかなあと思いました。

  • 投稿者 | 2020-01-25 11:23

    比喩が華麗で全体的に肉厚。『鏡の国のアリス』は四方八方を鏡に挟まれた迷宮に放り込まれる話ではないけどなーとは思ったものの、サシのたっぷり入ったステーキを食べるように美味しく読めた。横揺れは非人間的な仕事のストレスから来ているのだろうとは思うが、もっと原因がわかりやすくなるように仕事以外の私生活(同居している親との関係とか)を書き加えたらもっとメリハリが出るかもしれない。

  • 投稿者 | 2020-01-25 23:50

    コールセンターで働いていたことがあって、クレーマー的な人の話を受け流せなかった私は、小説の主人公が羨ましいと思ったり思わなかったり。物語のアクセントに横揺れを持ってきた着眼点は良いですね。最後に物語が締まりました。
    S木とかE田とか名前をぼかしているのは事実が多分に含まれているからなのでしょうか? 『フィッシュマンズ』、命名センスがあるなあ。

  • 投稿者 | 2020-01-26 11:10

    ワード選びのセンスが凄いです。擦れた感じの文章好きです。いきなりドン詰まりになった状況ツライ。最後の急に客観的に自分見えた感じ上手いなあって思いました。

  • 投稿者 | 2020-01-26 22:22

    50のハゲと30のか細い男が持ってきた絶対に儲かる石がその新しい人事評価制度なのだろうなと考えると、因果応報なのか、それとも、諸行無常なのか。後者なんですかねえ

  • 投稿者 | 2020-01-27 12:32

    フィッシュマンズ呼ばわりされ、禁煙生活を解禁したわたくしの心の中でのネーミングセンスが容赦なさすぎて最後のオチも笑えました。「ナイトクルージング」を聴きたくなりました。

  • 編集者 | 2020-01-27 15:02

    人が考える仇名・ニックネームの類の創造性豊かさには度々驚かされる。コールセンターでは俺は多分働けない。石を売りつける仕事の方が良い。チェルノブイリやスリーマイル産の石を売ってみんなを幸せにしたい。

  • 投稿者 | 2020-02-06 03:27

    不思議な感覚になる作品で好感が持てたが、句読点(とくに点)をもう少し使用した方が読みやすくなるかと思う。もし(、)を打たないというテクニックであったら申し訳ないが…… あと「わたくし至上」は「わたくし史上」の変換ミスなのかも悩まされた。
    もうひとつ。「わたくし」が男性であることが文末でわかるが、「わたくし」の独白が非常に女性ぽいので、そこをなおすともっと良い作品になると思います。

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