少佐と軍曹

応募作品

波野發作

小説

4,147文字

仏映画『ヴァレリアン』に関する考察と、死亡フラグに関する四方山話、そしてオリーブオイルダイエット。合評会2020年3月参加作品。絵:Bruce Rolff/123RF

「俺と結婚してくれないか」

仏映画『ヴァレリアン』のヴァレリアン少佐は、パートナーであるローレリーヌ軍曹に、劇中で再三再四求婚する。プレイボーイであることを理由に軍曹はその誘いをかわし続けるが、まんざらでもないように描かれている。少佐と軍曹という立場を考えると明らかにセクハラであり、パワハラであり、さらにモラハラでもあるが、二十八世紀の外宇宙のできごとであるから、現代地球の価値観など関係ないのであろう。童顔アラサー坊ちゃん刈りの少佐は、小柄であまり強そうではないが、頭脳明晰で格闘にも長けている。軍曹も相当に賢く強くそして美しい。金髪パリジェンヌという風情の美少女エージェントである。まあまあシワのある少佐とは違って、正真正銘のピチピチガールが軍曹だ。軍曹というとゴツいスキンヘッドのアフリカ系筋骨隆々ミドルガイを想像しやすいが、これは単なる階級であり、さまざまな人種、性別、容姿の軍曹がいる。むしろヴァレリアンのような少佐のほうが現実世界ににはあまりいない。ただし、年齢相応のリアル少佐が、JKかもしれないような美少女軍曹に何度もセクハラを繰り返していたら、公開中止に追い込まれる可能性もなくはないため、ジャニーズ辺りにいるかもしれない童顔メンズを採用したのは、キャスティングの妙と言えるだろう。

『ヴァレリアン』について軽く説明しよう。『フィフス・エレメント』以来の仏SFの金字塔がついに誕生。人気SFコミックを完全映画化。巨匠リュック・ベッソンが、一度は断念した映画化をついに実現。などなどの前評判のあと、ひっそりと公開し、パッとした興行成績も出せないまま埋もれた作品である。このあとモロにネタバレしながら話をするが、知っていても知っていなくてもあまり本編には関係がないことばかりなので、気にせず読み進めても大丈夫だ。そしてあなたは『ヴァレリアン』を見ないで人生を終えるだろう。もちろんそれで何も問題はない。これを見るぐらいなら、先に『スター・ウォーズ』か『スター・トレック』か『アヴェンジャーズ』を見たほうがいい。話を『ヴァレリアン』に戻そう。人工惑星アルファ(宇宙ステーション)の連邦捜査官ヴァレリアン少佐はローレリーヌ軍曹とともにVR/AR市場のある惑星でコンバーターと呼ばれる生物を回収する。この襲撃作戦の部隊はなんとM4を使っているのだが、これは現代映画でいきなり弓を射始めるのと同じぐらい珍妙なことではあるが、アヴェンジャーズでもそういうことがあるので、別にいいのかもしれない。コンバーターを回収してアルファに戻ると各国の首脳会議が開催されるのだが、ここを白塗りの黒人のような風貌のミューズ星人の一団が襲撃し、司令官を拉致して、秘匿された彼らのコロニーへと連れ去る。司令官の回収を命じられた少佐は単身追跡を開始するが行方不明となり、軍曹がその捜索に乗り出す。軍曹は明らかにアフリカの民族を模した野蛮人に捕らえられ、頭を食われそうになるが、なぜか軟体宇宙人と組んで潜入していた少佐にピンチを救われる。少佐はアフリカの民族を模した野蛮人の国王以下近衛兵を皆殺しにした上で、地下廃棄物処理場に逃げる。そこで軟体宇宙人(名前はバブル)は落下の衝撃で死ぬ。生き残った少佐と軍曹はミューズ星人の本拠地に乗り込み、司令官が過去の失態でミューズ星を滅ぼしていて、その隠蔽のために生き残ったミューズ星人も皆殺しにするつもりだと知り、殴る。その後ミューズ星人の移民船はアルファを飛び出して新天地に向かい、少佐は軍曹に改めて求婚をする。という物語だ。うん、わからん。とりあえずハリウッドでは作れないことだけはわかった。今どきセクハラとパワハラと人種差別てんこ盛りの映画など作れるわけがない。2017年公開であるからそう古いわけではない。フランスはまだまだLa libertéなのだろう。知らんけど。

さて、少佐は何度も軍曹にプロポーズをしているのだが、本来は戦場で結婚を口にしたら、生きては帰れないのが定石セオリーである。しかし、この世界には主人公補正というものもあり、主人公の場合は死なないケースがある。主人公が死ぬ場合は、決戦前に思いを遂げている場合であり、いろいろと複雑な作法のもとに、人々は戦闘中に愛を育む。ヴァレリアン少佐の場合、求婚相手が同僚というか部下で、しかもなんら思いを遂げることなく(多少の進展は見受けられるが)、ナチュラルに拒否られ続けることで、死亡フラグが無効化されて、結末まで死なずに済んだ。代わりに巻き込まれて無駄死にしたバブル嬢には同情を禁じ得ないが、お約束としてアフリカン系キャラは儚い。ヒロインの恋敵候補となればなおさらである。バブル嬢に関してはジェル状の不定形生物であり、アフリカンベースと言い切るのは少々憚られるのだが、彼女の基本擬態デフォルトが黒人系女優を模した状態である以上は、キャラクター的には黒人系であると断言していい。そして先述の通りあっさり死ぬ。ヴァレリアン氏としては死の瞬間だけはある程度憐憫の情を表すそぶりは見せるが、バブルが粉になった後はすぐに気を取り直して作戦行動を再開し、ものの数十分後には本命であるローレリーヌ軍曹を口説き始めており、この時点以降彼は人生においてバブル嬢を思い出すことはないだろうし、彼の「リスト」(劇中で語られる少佐の歴代情事相手一覧)に加えられることなく、ただ消え去るのみなのだ。それはこの映画が、公開翌年以降いかなる映画情報メディアにも載ることなく、見放題動画サービスの肥やしとして緩やかに消費されつつ誰の「リスト」にも残らずうっすらと消えていくのにどこか似ている。話が逸れた。ヴァレリアン少佐は名もなき異星人の少女を生贄に、まんまと死亡フラグを回避して、生きたままエンディングを迎えることに成功したわけであるが、この戦場での求婚による死亡フラグの励起はどこにルーツがあるのだろうか。死亡フラグという用語自体は、ゲーム開発で使われる言葉であり、映画やアニメーション発祥のものではないが、メディアが近接し混交する中で、創作物全般に用いられるようになった。ネットなどを中心に2000年代初頭あたりから一般化し、使いやすくわかりやすいことばであるため、すぐに普及・定着したものと思われる。すでに多くの人々により、ルーツの考察がなされている。結婚を口にした兵士が直後に死ぬという死亡フラグに関しては、1986年公開の米映画『プラトーン』で確認されているが、これがその元祖なのかどうかまでは明らかになっていない。プラトーン以降の作品では無数に使われており、モブキャラの死亡を劇的にし、主人公や関係者のショックを無駄に大きくする効果は普遍的であり、今後も多用されていくものと思われる。米映画『ターミネーター』でもカイルはサラ・コナーと結ばれて種を仕込んでから死ぬ。主人公以外のキャラクターがクライマックス前で思いを遂げてしまうと終盤で死ぬのである。ハリウッド映画ではだいたいクライマックス前に逃亡する男女はモーテルにしけこんでセックスして、翌日死ぬ。両方か片方が死ぬ。死なない場合もあるが、死ぬ場合よりは少ない。死なない場合は印象に残っていないだけな可能性は高いが、まあ死ぬものと思っていれば間違いはない。フランス映画の場合はどうなのか。うむ、わからん。とりあえず『ヴァレリアン』、『レオン』、『TAXI』、『トランスポーター』はそんな感じではなかったと思う。そもそもフランス映画とはなんなのだ。映画自体がリュミエール兄弟のシネマトグラフを発祥とするのであれば、フランス映画が映画の元祖・本流であるとも言えなくはない。多少稼ぎが良くとも、ハリウッドの方が後発の亜流なのである。現代以降では『アメリ』、『最強のふたり』がヒット作ということであるが、実は見ていない。リュック・ベッソン作品以外は、あまり見た記憶がない。香港映画ならそこそこ見ているが、私の嗜好はどうにも米映画に偏りすぎている。なので、『ヴァレリアン』でヴァレリアン少佐が常時部下を口説き続けるのが、フランス流のスタンダードなのか、それともヴァレリアンのエロ少佐だけの所業なのか、それはわからない。ただ、シティーハンター冴羽獠が、違和感なくフランスで映画化されたことも鑑みると、こういう設定のキャラがフランスには多いのかもしれない。どう思う?

「え?」

「だから、どう思うかって」

「ごめん、全然聞いてなかった」

「まあそうだよね」

俺自身、どこから口に出していたのか記憶が定かではない。

「死亡フラグって知ってる?」

「脂肪? え、なんかダイエット?」

「ダイエットではないな。まあいいよ」

「最近やってるダイエットは、オリーブオイルダイエットかな」

「オリーブオイル? 飲むとか食べるとか?」

「ううん。塗るの」

塗るのか。どういう感じだろうか。そしてどこに塗るというのか。

「試してみる?」

「え、ベッドで試せるものなの?」

「少しだし。大丈夫」

俺の軍曹はベッドから抜け出して、持参してきたトートバッグからオリーブオイルの小瓶を出してきた。うつ伏せになるように言うので従うと、背中にとろりと垂らしてきた。それを手のひらでのばしていく。

ローションよりはだいぶ濃く粘度が高い。にゅるにゅると俺の背中を軍曹の小さな手が這い回る。これはなかなかよい。思わずプロポーズしたくなるが、ぐっと堪える。

「どう?」

「いいね。替わろうか」

ん、と軍曹は答えて俺の背中に抱きつき、オイルを自分の胸と腹につけ、俺の横に仰向けになった。薄明かりの中で、彼女の小ぶりな乳房がぎとりと光る。俺はうっすら塗布されたオリーブオイルをさらにうすく彼女の前面にゆっくりとのばす。力を入れず、力を抜かず。じっくりとのばしていく。そういえばあの映画でこんなシーンがあったっけ、なかったっけ。

「エマニエル夫人って映画、見たことある?」

「見てなぃ」

ここでタイマーが鳴って時間となったが、延長してシャワーを浴びた。オリーブオイルは落ちにくい。

その後彼女とは諸事情により連絡がつかなくなり、一度も会っていないのでダイエットの効果は不明だ。

 

Fin

 

2020年3月23日公開

© 2020 波野發作

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ハードボイルド

"少佐と軍曹"へのコメント 7

  • 投稿者 | 2020-03-27 23:08

    前半の映画の考察が実は人に向けて話しているという展開が意外だったなあと思いました。ラストでは軍曹だけでなくバブル嬢も登場させるとさらにパンチのきいた感じになるのかなあと思いました。

  • 投稿者 | 2020-03-28 00:38

    小説の内容としては最後のオイルプレイが中心であるので、その前の説明が多すぎな感じを受けました。小説と言うよりは映画『ヴァレリアン』の説明になっています。あと、死亡フラグの部分は必要だったのでしょうか? 死亡フラグは単なる繫ぎに過ぎず、他に書くべき内容があったのではと感じます。

  • 投稿者 | 2020-03-28 10:41

    『ヴァレリアン』、めちゃくちゃお金をかけて作っためちゃくちゃチープなSF映画という感じでなかなか味わいのある作品ですよね。人種差別的な部分も(この種族は助けるけどこの種族は皆殺しオッケーなんだ!?のような)今の時代にこれをやるとはリュック・ベッソンもやはり老体なんだろうかと思った記憶です(でも今調べたらまだ61歳なんですね)。私はカーラ・デルヴィーニュが好きなので、あのむすっとした表情がたまらなく良かったのがかなり救いとなっていた作品です。
    オリーブオイルは一時期、洗髪前に髪に塗布するのが話題になりましたね。小説として評価するとなると難しいですが、四方山話は嫌いではないので面白く読みました。

  • 投稿者 | 2020-03-29 01:10

    何だったのかよく分かりませんでしたが、語りの面白さでつい最後まで読まされました。「軟体宇宙人(名前はバブル)は落下の衝撃で死ぬ」のくだりで大笑い。
    「死亡フラグ」は「妊娠フラグ」とセットで戦争アクション映画の王道ですね。
    子供が保育園の頃、年長組のお友達が話していたことを思い出しました。
    「あのね、映画ってね、かっこいい男の人が戦争とかに行って悪い奴を倒してね、最後に女の人が待っていてチューするの」
    ハリウッド映画を何と見事に言い表しているかと感心しました。

  • 投稿者 | 2020-03-29 10:57

    どういう方向にオチるのか見当もつかないまま考察を読み進めていたら、いつもの地点に華麗な着地を決めたので波野さんの業の深さを感じた。これほどネタを引き出せる映画を見つけられたのは、金脈を掘り当てたようなものだろう。だが、私は『ヴァレリアン』を観ることなく一生を終えると思う。

  • 投稿者 | 2020-03-30 12:00

    最後に波野節が読めてよかったです。安定感があります。ヴァレリアンをこれだけ論評するのであればそれだけで一つ書けると思うので、嬢を宇宙人にしてほしかったですね。

  • 編集者 | 2020-03-30 13:07

    もはや多くの破滅派同人に「波野節」というものが認知されていて(俺の作品が「最後どうせ爆発するんだろ」と思われてるのと同じように)、フランス映画・リュックベッソンすら波野節の引力に寄せられている。結局この世は大きな風俗なのか。

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